第一章 船上の物思い
あれから一日船に泊まり夜が明けて、目が覚めた俺は甲板に出て、まどろんだまま海を眺めていた。瞳に海を映していると、なんだか自然と気分が落ち着いてくるのが不思議だ。ふと気が付くと、船乗りのお兄さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「どうかしましたか?」
「もうすぐワンタイ諸島に着きますので、お知らせしようかと思いまして」
「そうでしたか、ありがとうございます」と俺が返事をすると、彼ははにかみ、その場から離れた。ええと、エドガーが空中都市に行くために、俺らもワンタイ諸島に向かっているんだったっけな……
空中都市! そうだ! 色々ありすぎて、それについて詳しく質問しなかった! 空中都市ってまるでおとぎ話の世界のようだ……って、散々すごいことに巻き込まれてきたんだった。
でも、気になるな、空中都市。いいや、エドガーのことだ「どうせすぐ着くんだから自分で見てみろ」とか言うような気がする。そうだ、蓮さんに聞いてみようかな。
船内に戻ると、木製の大きな椅子に腰かけた蓮さんと目が合う。それはいつもの、精悍でありながらも優し気な蓮さんだった。
「あ、あの、空中都市でしたっけ。エドガーが言っていた物知りの知り合いがいるって……空中都市ってすごいですね! 昔詩人さんにも聞いた気がします……なんか聞けたら聞きたいなと思って」
俺が思いつくままに言葉を口に出すと、蓮さんは穏やかな声で答えた。
「僕も行くのは初めてだから詳しいことは知らないが、分かる範囲で話す。エドガーが懇意にしていた人物がいて、たまに空中都市の話を聞いた。なんでも古代技術だか魔力だかの力で空に浮かんでいる街で、一定の軌道上をゆっくりと移動しているらしい。ただ、その軌道を結ぶと円になるそうで、年と月を合わせると一応は来訪者も狙って訪れることができるらしい。ただ、そこに入るだったか、暮らすにはそれ相応の資格が必要という話だったような……詳しい話はエドガーに聞いた方がいいと思う」
「いえ、これだけ聞けたら大丈夫です。そっか、古代技術で浮かんでいる街……あ、アーティファクトの都市ってこと? あ、前の『存在してはならない帝國』って……」
「そうだな。それについての詳しい話も、中にいる人なら答えてくれるかもしれない」
「そうですね! 色々な話が聞けたらいいな。あ! 俺エドガーに聞いてみます。エドガー起きてるかな」
俺はそう言うと、エドガーがいるはずの寝台へと向かう。十分な広さのある木製のベッドが並んでいる。エドガーが大きな身体をそこに投げ出している。彼が寝ているとベッドが小さく見えてしまう。
俺は寝ているらしいエドガーの顔の近くで声をかけると、いきなりエドガーは身体を起こして、俺に抱き着く。
「なあ、忘れちゃえよ。いいから、な。俺と一緒は嫌か?」
え? またこの人は寝ぼけているのか……というかねぼけているはずなのに、あまりにも力が強くて逃げだせない!
「几帳。ジパングで俺たちが出会えたのも何かの縁って奴なんじゃねえのかな。俺はお前のことをもっと知りたい。几帳。細い指だ。俺に任せてくれ。好きだ。几帳」
こ、この人は……ジパングでもやっぱり女遊びをしていたのか……飽きれるというか流石と言うか……
俺が手のひらからヒールウォーターをかけてみると、とろんとしていたエドガーの黒い目が生気を帯びて……いってえ!!! 何だよ! 無理やり抱きしめられた後は、思い切り突き飛ばされた!!
「おめー何やってんだよ。朝からきもちわりぃ……」と大あくびをするエドガー。俺が起こって抗議をすると、
「はいはい、俺も準備すっから、外で待ってろ」と相変わらずの対応。ちょっと不満だったが、かなうわけないし、おとなしくそれに従う。