第三十九章 その時が来たなら
ほんの少し、酔ってきたのかもしれない。アイシャの姿がぼんやりと頭の中で浮かび、消える。彼女は、確かに死んだ。でも俺はそれをどこかで認められないのかもしれない。
この世界には蘇生魔法、命を蘇らせることが出来る技術がある。でもそれを扱える人はごく一部で、エドガーのお母さんのロアーヌさんはそれができるらしいけれど、かなりの制限があるそうだ。
魂を受け入れる器がなければ難しいだろうし、そもそも魂の行方や魂というものをぼんやりとしか俺は理解していない。
アイシャは自分の意志で蓮さんの腕になることを選んだ。それが自分の運命とか、贖罪であるかのようにして。その彼女の強い意志を、俺は尊重するのが一番だと思った。
でも、本当はそんなの答えられない。分からないんだ。
ゼロも、俺と出会わなければスクラップの中でのんきに暮らしていけたのかな。思わずそんな思いがよぎって、それを打ち払った。だめだ。酔っているのかもしれない。バカだ。弱気になって何が解決するんだ。
「お前が鳳凰を生贄にして、五十螺との闘いを制した。それに加えて、あの四式朱華の使うという歌を使えるようになったのか?」
エドガーのその言葉で一気に目が覚めて、五十螺の妖術にかかっていた光景がありありとよみがえる。そうだ、あの時の違和感。恐ろしい感覚。
蓮さんは穏やかな声で「大体そうだ」と言った。そして言葉を続ける。
「僕は西京で鳳凰の力を得た。そもそも外法の力を持つ僕と鳳凰の力が同居していたことがおかしい。自分でも不思議なことだと思っていた。僕は鳳凰を解放した。かの鳥は死ぬことがない。また新たな使役者が現れるまで眠るだけだ。ただ、僕が和歌の力を開放するとしたら、ずっと世話になった鳳凰は元の世界に還してあげたかった」
「それって……おい、確か鳳凰ってのは聖獣、神獣の類だよな。朱華が身にまとっていたのもその類なんじゃねーのか? わざわざ開放しなくたって……ああ、すまねえ俺とアポロが術中にいたから、鳳凰が犠牲になったって話だよな」とエドガーは言うと舌打ちをして「ほんと情けねえな」と呟く。
「いや、朱華は使役しているんじゃなく、四聖獣の使役者を屍鬼に堕として喰らったんだ。だからそこに聖獣の意志はない」
そして蓮さんは少し酒をあおると溜息をつき、海に目を向ける「ただ、僕が和歌を使っても、誰も殺さなくても大丈夫なのかもしれない。今の所、そういった気配はない」
俺は生唾を飲み込んだ。蓮さんと朱華の姿が重なる。畏怖という言葉がこれほど似合う存在が、自分にとって頼もしく大切な仲間であるという事実に感情の置き所が分からない。
急に蓮さんが軽く笑った。俺は何かと思ってびくり、としてしまったが、蓮さんはその笑みのまま、
「これで僕は修羅の力と外法の力、そして四式の和歌の力を手にしてしまった。おそらくアポロは聖なる太陽の力、そしてエドガーも聖なるサファイア・ドラゴンの血を引く龍人。身近に二人がいる僕は幸せ者だ。もしも僕が道を踏み外すことがあったら、その時は頼む」
その言葉の重さに俺が固まってしまうと、エドガーが俺の頭をぐりぐりして苦笑いをする「ほんと、冗談きついぜ……」




