第三十六章 理解したくなんてないんだ
俺はしばしコップを手にしながらその場で棒立ちになる。ここにいるのは、蓮さんとエドガーと俺。そして喜撰。弓月や朱華やらの姿はない。そして五十螺と飯綱は……蓮さんが倒したということなのだろうか……
エドガーとは対照的に、ちびちびと酒を口にする蓮さん。俺は思い切って、今日何が起こったのか尋ねてみた。蓮さんは「そうだな……」と口にしたが、何故かエドガーが言った「やめとけやめとけ。そんなん聞いてどうすんだ。鏡は手に入った。この国には戻らねえ。それでいいだろ」
確かに聞いちゃいけないことなのかもしれない。でも、このまま流せるほど俺は物分かりがいい子ではない。
「蓮さん、俺、何だか混乱していて。自分の想像以上のことが立て続けに起こって……その……」
あー! いざ言葉にしようとしてもうまくまとまらない。
「先ず、朱華がエドガーとアポロを殺そうとした」
蓮さんがそう口にすると、俺の身体に寒気が走った。蓮さんは穏やかな口調で言葉を続ける。
「奴は僕の手でそれをさせようとしたが、それはしたくなかった。その代わり、朱華が句会に参加するようにと言った。初めからそれが目的だったのかもしれない。朱華が本気を出したとしたら、こんなまどろっこしいことをする必要はないからな。遊びに付き合った、ということだ」
「遊びで人殺しの見物とはな。それも東京と西京のトップらへんが集まってやってたんだろ? ほんとどうかしてる国だよな、お前の所はよー」
エドガーが嫌そうにそう口にすると、喜撰がひと笑い。コップのお酒をあおると、愉快そうに言う。
「そう言うな。親心、とか口にしたのもあながち間違いではない。息子の歌の力を引き出してやったんじゃあないか。こりゃあめでたい!」
それって、あの和語の歌のことか? 不思議な世界を生み出す魔法みたいな……
でも、その為に五十螺達も使って殺し合いをさせたってことなんだよな。それを西京の有力者らしい喜撰とかいう爺さんも了解している。なんかなあ、ほんとこの国は力が全てで、力がある物を大切にしているってことなんだろうか。よく分からないというか、あんまり理解したくない。
ああ! さっきから「分かりたくない」ばかりだ!
そういえば、この人は何でここに来たんだろう。朱華が招待していない客人みたいに言っていたような。ほんのり赤くなった喜撰にそのことを尋ねてみる。彼はじっと俺を見て、
「童は招待されない場所には行ってはいけないと言うのか。若いのに情けないのぉ。もっと自分の内なる欲望を愛してやらねばならない。肝に銘じておくんじゃ」
はぐらかされてしまった。力のある我儘な人と言うのは分かる。そう、一瞬で船の上に移動できる力。テレポーテーションということでいいのだろうか? でもポータルのように繋がった地点。ある場所同士の移動だって限られた力のはずだ。これをつかえるのってごく一部というか、ものすごい力の持ち主のはずだ。
でも、おちゃらけた感じで敵なのか味方なのか分からないなあ。今のところ襲ってくるような感じはしないし、船だって用意してくれている。でも五十螺だっていきなり正体を現してきたから気は抜けない。