第三十章 雪降れば木ごとに花ぞ咲きにける いづれを梅とわきて折らまし
俺の頭にそんな疑問が浮かび上がると、きらめく朱色が世界を染め、それが虹色になって光り輝く。それは陽光を浴びるような心地よい温度ではあったけど、俺の心はざわつく。
暖かい温度を感じる。そのゆくもりが、魔力反応らしきものが弱くなるのを感じた。
鳳凰が、消えた?
蓮さんの声がした。俺の胸を刺す、美しい声。また、景色が変わる。
「雪降れば木ごとに花ぞ咲きにける いづれを梅とわきて折らまし 紀友則
雪が降ったので、どの木にもどの木にも白い花が咲いたことだ。いったいどれを梅の木だとして他の木と区別して折ったらよいものだろう」
ここは洞窟であるはずなのに、そこには天井が、空があり、草木が咲き誇っていた。空から降っているのは、雪? いや、白い花の花弁にも見えた。幻想的で美しい光景。そして羽の先まで冷たくなっているのを感じる。永遠の眠りをもたらすような、心地良い睡魔に襲われる。
俺は手の甲の炎を灯そうとする。生まれた熱はどうにか俺の意識をつなぎとめていた。
蓮さんが飛んだ、翼もないのに、あ、そうか。フォルセティさんと演習した時のように、修羅の力で跳躍したらしい。でも、腕は阿修羅のように増えてはいないし、肌を見せているわけでもない。
蓮さんの手には裏・村正の代わりに白い花が咲く枝があった。どうやら木々からそれをもぎ取っていたらしい。それを刀のように振るったかと思うと、矢のように放った。光を反射してきらきら光る巨人の氷の肌に、それは刺さった。そして巨人は赤い雫を流した。
同時に聞こえたのは、女性のうめき声。巨大な巨人は横たわる女性の姿になっていた。着物姿に黒い乱れ髪の彼女は五十螺。彼女の胸には白い花を咲かせる枝が刺さっており、蓮さんが、彼女の頭をはねた。
宙を舞う頭部が破裂し、黒い飛沫をまき散らす。泣き別れた身体も黒い粒になり消える。いや、それらは蓮さんの持つ刀へと集い、裏・村正は黒く染まったかと思うと、すぐさま曇りのない美しい刀身に戻り、天から注ぐ光を反射してきらめいた。
そこに場違いな拍手の音がした。空は青いのに、やはりそこからはきらきらと光る白い雪か、花弁が降り注ぐ。
「おい」と声がした。俺の隣には、それを発したエドガーがいて、俺もエドガーと共に立っており、目の前には蓮さんの背があった。どういうことだ? どこから、どこまでが夢? 幻? 俺の視界には、白い花びらが揺れながら落ちて行く。