第二十七章 災いの天使
気持ちを新たに、洞窟に足を踏み入れる。ライトの魔法で辺りを照らす。小さな光で照らされるその中は少しひんやりとしていて、内部もごつごつとした岩肌。やはり見ただけだと天然の洞窟にしか感じられない。
大人が三人並んでも余裕で歩けるような、やや広い道を歩く。動物やモンスターがいる気配も物音もなく、俺達の靴音が響く。特殊な魔法や力といった物が働いているとは思えないのだが、風水というのはそれを操る物にしか感じられないものなのだろうか。
歩いてすぐに、五つに別れた道に辿り着いた。蓮さんがすぐに、俺とエドガーが進むべき道を指し示す。エドガーが「お前は何が得意なんだ?」と質問をした。すると蓮さんは穏やかな声で返した。
「僕は外法。五行のことわりから外れているから、何でも力でねじ伏せる。余りものでいい」
「そりゃあ、頼もしい、いつものことだけど頼りにしてますよ、師匠。じゃあ、俺、ちゃっちゃとすませて飯でもするかー! はーらへったー」
エドガーがおどけた感じで口にして、背中の大剣を軽々と鞘から引き抜き、悠々と先に進む。俺はそれを見送りながら「行ってきます」と独り言のようにつぶやき、自分の道へと進む。
一人で洞窟を歩くなんて、あの最初の冒険の遺跡以来だ。あの時と比べると、数ヶ月しかたっていなかったとしても、自分が随分成長した実感がある。最後に頼れるのは自分自身だ。俺はそっと手の甲の紋章に触れる。
この狭い場所では鷹の紋章は不向きだろう。木というのは、多分植物の樹を現しているはずだ。それなら俺の太陽の、火の力が有利だろう。狭い空間で炎を勢いよく出すと、自分もまきこまれてしまうかもしれない。たまたまだけれど、エドガーにしてもらった訓練がさっそく役に立ちそうだ。
そうだ、今まで俺はみんなにカバーしてもらえる環境だったから、力をぶっぱなすことしか頭になかった。これからのことも考えると、前にジェーンが言っていたようなシールドを発生させるような魔法も習得しなくっちゃな。
そうだ、ジェーンが一人旅をしていた時って、どうやって敵の攻撃から身をまもっていたのだろう。ああ、この冒険も彼女がいたらなあ。でも、考えても仕方がない。自分がやれる力を生かす。敵の姿を確認したら、先手必勝だ。
って、石に炎って、きくのか? 木の属性の、石? うーん、こればっかりは実際に行かなきゃ分からないなあ。
なんて考えながら歩いていると、あっさりとその場についてしまった。その場についても、やはり力という物がはたらいていることが分からない。しかしこの場はつきあたり。そしてそこには石の皿らしきものがあり、その中央には緑色の石があった。
これを、割ればいいのか? そうなると、もしかしたら鷹の紋章の力をこめて叩きつける方がいいのかな。でも、蓮さんが言っていたことを考えると、炎が有利ってことだよな。それに、同調するって、具体的にどうするんだろ……
景色が、変わった。あの遺跡や太陽の祭壇であった出来事と同じだろうか。俺の眼の前の景色は、どこでもない、何もない空間らしい。俺は身構える。しかし身動きがとれない? 動けないし、魔法も使えない? どういうことだ?
「アポロ」
声がした。その声には、聞き覚えがあった。しかし、俺はそれを認められずに、確かめるように尋ねる「誰?」
「アポロ」という声と共に俺の眼の前に現れたのは、天使。長い黒髪は風を受けてふんわりと揺れ、背中には虹色の翼。美しい顔に似合いの凛とした黒い瞳、忘れてないんていない。
「アイシャ……」俺はそう言いながらも、現実味がなかった。
なんで?
「君は……」と弱々しく口にした俺の言葉に被せて彼女は言う。
「蓮さんの腕の一部に私はなった。私はそこで生きていた」
「生きていた……?」
「アポロ。私は宿主である彼を殺した。私は災いの天使だから」
そう言ってアイシャが掲げた両手の中には、蓮さんの生首が抱かれていた。その瞳はとじており、顔は青白く生気を感じられず、まるで蓮さんが死んでしまっているかのような……