第十六章 ジパングの書、文化
「は? え? ちょっ! ちょっと!! 何で蓮さんがエドガーみたいなことを言ってるんですかっていうか俺! そんなまだ早いというか、その、そのですね! あの、初恋、恋した人と、その、キッスを……あー!! 何言わせるんですか!!」
「どうしたアポロ。炎の魔法を使ってないのに、全身真っ赤だぞ」
れ、蓮さん! ジパングに来てからか、なんか性格変わってないか? それとも元々こういうお茶目な所があるのか? 俺は何も言えずに顔が赤くなっているのを意識していると、
「なら書店はどうだ。和語で書かれたものではなく、コモンの物もあるはずだ。それならいいだろう」
「行きたい! です!」と俺がついいつもの調子で元気よく言うと、蓮さんは微笑して、
「元気なのはいいことだ。行こう」と刀を差し、戸を開く。もー! ほんとこの人は天然なんだかいじわるなんだか分からん! でも、優しい人なのは確かだし、こんな時間が自由になる機会でもないと、荷物になる本を読める機会なんてないだろうしね! 楽しみ!
蓮さんが紹介してくれた本屋に向かう。戸を開くと独特の匂い。それは和紙という紙の匂いだと教えてくれた。並んでいる物は、当然のようによく分からない言葉で書かれている。つながっている上に波線のような複雑な文字は古文書の解読? とすら思った程の難解さ。蓮さんによるとそれらは連面体という物で、ある程度の地位がある人しか読み書きが出来ないらしい。当然、蓮さんはそれが出来るということなのだが、蓮さんは本当にすごいな。刀を扱えて鳳凰も呼び出せて、修羅で教養もあって。
俺はもっと蓮さんのことを知りたくなった。でも、今は蓮さんが話してくれることだけ、知ることができればいいのかなと思った。
「あった、これだ。ジパングに来た観光客向けに書かれたガイドブックだ。当然コモンで書かれているからアポロでも読める。暇つぶしに読むといい」
蓮さんは会計をすませ、俺にそれを渡してくれる。桜の花を背にした侍の絵が描かれた、
少し分厚い本。俺はお礼を言うと、さっそく宿に戻って読む。ガラクタウンやシェブーストのあるメサイア大陸。その周辺にある大陸とも、一部を除いて大きな文化の違いはないらしい。それを考えると、このジパングと言う国の独自の文化は目を見張るものがあった。
本の分量もそこそこあるし、様々な目新しい情報にわくわくしながらも、混乱してくる。それでも新しい知識と言うのは俺をわくわくさせてくれる。気が付けば夕ご飯もそこそこに、夜がふけてもライトの魔法の明かりで、夢中になって本を貪り読んでいた。
異文化、という言葉で片付けられない様々な風習。特に目に留まったのが侍の文化。主君に仕えて、忠心と恥を第一にするという。蓮さんは正確に言うと主君がいない、ということなのだろうが、どこか蓮さんに重なる部分もあった。
俺らの大陸における騎士の文化に近いと思うけれど、「切腹」という行為は驚いた。自分の失敗で自ら自分の腹を切って死ぬ、ということ。信じられない、けれども蓮さんがアイシャの為に、自分の両手を失ったことが頭に浮かんでしまう。
俺はその考えを振り払う。また、和語の歌というのも気になった。こちらの大陸で言うと、バードや吟遊詩人の呪歌に近いのだろうか。そういえば蓮さんはエドガーと違って歌が下手だと言っていたな……
他にも気になる部分がいくらでもありすぎて、目が覚めると、傍らには読みかけで伏せられた本。大分読み進められてはいるけれど、それをちゃんと記憶しているかはあまり自信が無い。詳しいことは蓮さんが知っているから、俺が覚えなくてもいいのだけれども……
よし、顔でも洗ってすっきりしよう、それかお風呂に入るのもいいなあとふらふら歩いていると、エドガーがこちらにやってきて、ニヤリと笑う。
「お迎えが来たぜ。覚悟しておけよ」