第十三章 消えそうな火
そう言うと、エドガーは衣服を脱いで龍化する。あれ? いつもは服や鎧を着たまま変身していたような。ともかく、全身龍人の姿になったエドガーは、銀色の鱗に包まれ、厳めしい顔で俺を見る。ここまでされたら俺もぐだぐだ言ってられない。
「いきます」と宣言して、手の平の太陽の紋章を意識する。炎を糸のような細さにするようなイメージをして、エドガーの持つ氷の棒に放った。しかしそれは簡単に避けられる。
「お前遅すぎ。遠慮しているような余裕なんてあんのか? もっと本気で来い」
そうだ。本気で、それこそ倒す気持ちで挑まなければ、かすることすら無理な気がしてきた。俺は小さな炎の矢をイメージして、何度も放射する。これはさすがによけきれないはずだ。
そのはずだった。ダミーと追撃を重ねて、確かにその中の幾つかは、氷の棒に当てた感覚はあったのだ。しかし、それはきらきらと光を放つ氷のままで、少しも溶けている様子はなかった。
「それで終わりか? それとも、本気でやってそれか?」エドガーの声に自信が削られる。もしかしたら、あの氷は普通の氷の耐久力ではないのかもしれない。でも、炎の魔力で溶けないような、巨大な物ではないこと位分かる。
「お願いします」と言いながら、俺は肩で息をして、意識を集中する。小細工がきくような相手ではないことは分かる。でも、策がない。これまで俺は、自分の身に余る力を解放していただけだった。幾ら瞑想を重ねたって、素人は素人だ。
でも、このままなんて嫌だ。俺は太陽の力だけではなく、鷹の紋章にも力を入れる。風を意識する。そう、風と炎の力をミックスさせ、手の平にこめたその熱風を放射する。
やった……か? 目の前には、氷の棒が無かった。やったぜ! と思わず俺の緊張が和らぎ、膝が土についてしまった。はは……普段しないことだからか、予想以上に魔法力を消費していたみたいだ……
俺は肩で息をして、どうにか呼吸を整えていた。そんな俺の頭をエドガーが叩く。エドガーは龍人の姿から人に戻っていた。彼はローブを身にまとっており、周囲には冷えた空気に満ちていたことに気付く。
「お前馬鹿か! 趣旨を理解しろや! 熱風を巻き起こすのは、敵に対してはありだ。俺も氷の棒を守り切れなかった。でも違うだろ。今はコントロールを鍛えるって修行だったはずだ。それに、周りを見てみろ。俺が氷の息のバリアを張っても、焦げた跡が残ってる。今は俺らがパーティを組んでダンジョンで戦ってるけれど、周りに一般人がいる街中で、お前の能力を発揮できるか? 乱戦状態になる強敵相手で、お前の能力は発揮できるのか?」
エドガーの言うことは全て正しかった。俺は何も言い返せずにうなだれる。魔力の消費もあって、頭が上手く回らない。しかし、冷たい空気がしたかと思うと、
「今度はもっと正確さを考えてやってみろ。この氷の棒を、周りに影響を与えないように溶かしてみせろ」
エドガーは休ませてくれる時間なんてくれなかった。でも、彼が俺にひまつぶしかもだけど、稽古をつけてくれるなんてこの先いつあるか分からない。俺は意識を集中する。軽い瞑想状態に入り、少しずつ空気中の魔力を吸収して、回復をはかる。
色んな炎のイメージを浮かべ、それを具現化し、針のような細さにして射抜く。はずだった。それがどうしてもできない。いや、炎の力を制御すること位はそれなりに出来ている。問題はそれが実用に耐えうるかどうか。
エドガーは無茶なことを言っているわけではない。だから、できていない自分が歯がゆい。少しずつ休憩を入れながらも修行を続ける俺に、エドガーは静かな声で言った。
「お前。今回は残れ。よくわかんねーけど、その鏡はアーティファクト使いでなくても使用できるんだろ。あー俺、服とか破らねーで変身できそうだな。ったく、面倒な身体だな……俺も……これも慣れって奴か。そんじゃあ」
エドガーは自分の肩を大きく回す。そして背中の翼が出現したり消えたりしている。どういうことだろう……いや、今はそのことじゃない! 中断しようとするエドガーの声に、俺は追いすがる。