第十一章 精霊流し
俺達はのんびりと入浴を楽しんだ後、部屋に戻る。その際に俺達は浴衣とかいう、ジパングのローブ、寝具? を着る。腕を通すことのできる布を羽織って、真ん中に合わせて帯で留めるタイプのローブだ。へへ。不謹慎だけど、なんだか俺もちょっと楽しい気分になって来たぞ。
そしてのんびりしている間に食事の時間になる。食事は小さな黒塗りのテーブルが一人ひとつずつ用意されていて、その上に小ぶりな皿に食べ物が盛り付けられている。うわー見た目だけでも色とりどりで食欲を誘うなあ。何でも、ジパングにはフォークやナイフはないらしく、二本の細い棒、箸を使って食事をするらしい。
二本の棒を片手で挟んで……っと、中々難しいな……これはフォークみたいに刺して使えばいいのか?
「アポロ。そうやって箸で食べ物を突き刺して口に運ぶのはマナー違反だ」
「そうだぜ。姉ちゃんと飯食う時に恥かくぞ、アポロ君」
あれ? エドガーは蓮さんみたいに綺麗な箸使いをしている。そっか、ロアーヌさんがジパングの生まれだし、こんなんでもエドガーは貴族のお坊ちゃまだからな。テーブルマナーは心得ているんだろう。
でも、なんだこれ! 黒い紙みたいなもの! エドガーがそれを手にしてバリバリ食べている。これは手で食べていいのか……マナーが良く分かんないなあ。俺も少しだけその黒い紙を食べてみたのだが……おいしいのかまずいのかよく分からない。まあ、色々あるしな。俺は白身魚の切り身と格闘中。
「そうだ、エドガー。ロアーヌさんの生まれはジパングのどこなの? もし余裕があったら寄る? それにこんな状況だけど、力になってもらえるかもだし」
エドガーは小さく首をかしげ「それなんだがよー。あの人、ほんとわけわかんない人でよー。一応西京で巫女、天女をしていたってのは知ってるんだが、後は良く分かんねーんだ、これが」
「え! 自分の親でしょ! そもそも、ジパングの生まれなのに、和語? の名前ではなくて、ロアーヌってこっちの大陸とかの名前なのは何で?」
「そんなん考えたこともなかった。自分の親だから、そんな興味なんてねーし。それにガキの頃にはもう家を出ていたからな。親のあれこれなんて詳しく聞く機会なんてねーし」
エドガーが不満げにそう言うと、蓮さんが「ロアーヌ殿の一家は有名だ。ジパングの西京にある、吉祥天を祀る一族の血を引いている。今はその一族の長がこちらの大陸の人らしいから、ロアーヌ殿も和語の名前とコモンの名前の二つの名前を持っているはずだ。確か、ロアーヌ殿のジパングにおける呼び名は吉祥天賛迦だったはずだ」
エドガーより、蓮さんの方がエドガーのお母さんについて知っているなんて、不思議な気分。というよりも、エドガーの適当さかげんがすごいのか……ロアーヌさんの一族が力を貸してくれたら、これから先かなり力強い反面、荒事を持ち込むのも悪い気がする。でもこればかりはこの先の上皇との交渉次第だろう。
俺はなんとか箸を使いながら、美味しい料理を平らげると、宿の人が部屋に布団を敷いてくれる。これこれ! 話には聞いていたけれど、一度寝てみたかったんだよね! 俺が布団の中に身体を入れると、ふわふわで軽いのにあったかいー。ベッドになれているからか、何だか不思議な気分。
「おいおい、遊びで来てんじゃねーんだぞ。第一なんでこんな所で、男三人で布団で寝なきゃいけないんだよ。あーあーさみーよーあったまりてーよー」とぼやくエドガー。
「ここは色街でも連れ込み宿でもないんだ。我慢しろ」
「へーへー分かってますよ。あーあ。新しい土地で美人の姉ちゃんと愛を語らい合うのが、俺の数少ない楽しみだっていうのによお。まあ今回はやべーもんなおあずけにしといてやるよ」
と、言いながらもエドガーは浴衣姿で外に出る。蓮さんもそれを止めようとはしない。だから俺も黙っていた。でも、幾ら布団の寝心地がいいからって、今すぐに寝る気分にもなれない。俺が瞑想でもしようかと思っていると、
「アポロ。良かったら少し夜道を歩かないか? どこに行くというわけでもないのだが……」
蓮さんがそんな風に言うなんて珍しいなあ。俺はそれを受け、とりあえずギルドリングと猫目石の指輪だけはめて、外に出る。蓮さんは当然、裏・村正、碌典閤と共に外に出る。
外に出てみると、意外にも人通りが多い。それに、建物の屋根の下にカンテラの淡い光が灯り、ナイトホルムの街とはまた違った美しさがあった。あちらよりも弱い光だが、その淡い光が町中に灯る様子は中々壮観だった。
「蓮さん、ジパングも夜はこんなに明るいんですね」
「いや、そうでもない。今日は特別なんだ。川へ行こうか。綺麗な物が見れるはずだ」
と、颯爽と歩き出す蓮さん。行きかう人は皆、カンテラらしき物を持っている。よく見るとそれは船の形をしているようだ。火が灯った蝋燭の周りが色紙で作られている物らしく、淡く、色付きの光が転々と辺りを彩っていた。
夜の心地良い冷たさ。浴衣のせいか、風が肌の上を撫でるのが気持ちいい。出店らしきものもちらほらある。気になるけれど、ここは黙って蓮さんと共に歩く。しばらく歩くと、朱塗りの大きな橋に人々が集まっていた。
そこにある川辺から、人々がそのカンテラを川に流している。色とりどりの小さな花が咲いたかのような光景に思わず息をのむ。でも、人々は歓声を上げるでも談笑するわけでもなく、瞳を閉じて手を合わせる人が多く、まるでお祈りをしているかのようだ。
「蓮さん、これは……」と俺が小声で尋ねると、
「日本の風習の一つだ。精霊流しと言って、死者の霊を弔う伝統行事だ。たまたまこの時期に帰るとは思わなかったが……僕も、一つ流そうか」
蓮さんはそう言うと、出店の中から小さな船を手に戻って来る。蓮さんは指先で火をつけ、紫の小さな花に飾られた小さな船を、そっと川に流す。死者の霊を弔う。蓮さんは誰のことを思っているのだろう。
ふと、ガラクタウンで若くして命を落とした名前のない子供たち、そしてアイシャのことが頭に浮かんだ。俺も出店で小さな青い船を買う。幸い、店員はコモンで喋ってくれるし、通貨は同じだったから買い物には困らなかった。
俺も蝋燭に火をつけ、川に船を放つ。頼りなく、美しい光が川の上で揺れている。自然と俺も瞳を閉じていた。何かをしたかったはずの子供たちのことを思う。そして、伝いたい思いが、意志があったはずのアイシャのことを思う。
どの位その場に立ち尽くしていただろうか。蓮さんが優しい声で「そろそろ行こうか」と口にした。俺も黙ってうなずく。振り返ると川には新しい光が生まれ、それは当分止みそうになかった。




