第九章 碌典閤
俺は言葉を飲んだ。神を殺した。それがどれだけのことなのか、はっきりとは分からないものの、普通の人間ではできないこと位分かる。というか「そうしたら、その上皇は、人間ではないということですか?」
俺の質問に蓮さんは「人間だよ。一応は」と付け加えた。た、確かに人間だとしても、そこまですごい戦闘能力を持っているなら、種族なんて関係ないのかもしれない。それにしても、神殺しの皇か……すごい相手だとは思っていたが、これほど厄介な相手だとは……
「でもよう、俺らだって、あの色を無くす神だか天使だかを倒すんだろ。同じじゃねえか」とエドガー。すると蓮さんは、
「そうだな。もしかしたら、あの神の方がまだ与しやすい相手かもしれない」
「は? お前何を……」とエドガーが口ごもると、
「四式朱華は四季皇と呼ばれている。朱華は四季を我が物として扱う。要するに、自分が得意或いは相手が不利な空間を生み出すことが出来る。そして、四季は屍鬼と言う言葉にもかけられている。屍鬼。恐ろしいのは、奴は自分が認めた強者が人型であるならば、男でも女でも神であっても、幻惑の呪言で自らの虜人形にして、屍鬼に堕とす。そして、惚れたままの相手の心臓を喰らい、その力を我が物にするんだ。様々な力を喰らい我が物にする。無限の力を内包する化け物なんだ、奴は」
俺だけではなく、エドガーも黙り込んでしまった。蓮さんが化け物という言葉を使うなんて、どれほどの相手なのか。むしろ接触することが危険なんじゃないのかと俺が思いを巡らせると、エドガーが、
「それでよ、その四式朱華っての子供はお前以外に誰がいるんだ? そのおっかねえ力を持っている人間はよお」
「僕が認識しているのは、四式五洛と四式拾嘉だ。他にもいるだろうが、死亡しているか、あまり問題にはならないはずだ。それに僕が知っている中では、彼らには屍鬼喰いの力はないはずだ」
「へーそれは一安心って言えばいいのか? でもそんな甘い話はねーだろ。誰だ? 朱華以外にその屍鬼喰いの力を持っている奴はよう」
「僕だ」と、蓮さんは言った。俺は、蓮さんの顔を見てしまった。眼が、反らせない。いつもと同じ澄んだ灰色の瞳。その奥にある恐ろしき力。
「ついでに告白させてもらう。僕の愛刀、裏・村正の正式名称は碌典閤。僕のもう一つの名前だ。真の村正の継承者は西京の皇、教皇悟道閻慶の愛刀であり、闇を払う聖なる刀だ。彼が封印していた呪われし刀、そして呪われた忌み児がこの僕だということだ」
「それで、お前は人を、屍鬼を喰ったのか?」 臆せずに発せられたエドガーのその質問に、俺の全身に鳥肌が立った。しかし、蓮さんはいつもの穏やかな口調で返した。
「残念なのか幸福なのか、未だ、食べていない」
「未だってことは、食べる予定でもあるのか?」と、エドガーが軽く口にした。それに対して蓮さんも、
「裏・村正、碌典閤は持ち主の魂を喰らう刀だ。何故か、僕は彼に気に入られているのか相性がいいのか、喰われてはいない。でも、刀が僕の心に求めるんだ。人を切りたい、人を喰いたいと。僕がその誘惑に負けるか、或いは僕が力に魅力され、誰かを喰らい、四式朱華のような人間になろうとする確率は、ゼロとは言えない」
「じゃあ、今の所ゼロだな。安心したぜ」
エドガーがそう言うと、蓮さんは驚いた表情で、半開きの口のままじっとエドガーを見つめた。
「お前が厄介な人間で、それを隠してることなんて百をも承知でこっちはパーティ組んでんだ。むしろ、そんなヤバくて強い奴が身近にいるなんて、腹立つし面倒だしなんかよくわかんねーけど、でも最高だ。ありえねーけど、俺がもしも死ぬことがあるなら、俺より強い奴と戦って死にてー。蓮だってそう遠くはねえんだろ? ならいい。自分がバケモンだからって引け目を感じたりすんなよ。俺は強い奴が好きだ。そんだけだ」
蓮さんは何も言わなかった。俺も何も口出しできなかった。これはエドガーだからこそできる気づかいなんだと思う。蓮さんはしばらく間を置いて「ああ」とだけ口にした。
エドガーはやおら立ち上がると、大きな身体を伸ばし、
「先に風呂行って来る。固い話ばかりで身体がこって仕方がねー。そんじゃな」
と、木の戸を開けて、どこかへと歩き出して行った。その足音が遠ざかるのを聞いていると、蓮さんが「アポロも風呂に行ったらどうだ? シャワーとは違った気持ちよさがあるぞ」