第七章 警戒、決壊
轟音がした。思わず俺とエドガーが同時に「何事?」と声を揃える。すると落ち着いた声で蓮さんが、
「砲撃を行っているんだ。でも威嚇のためだろう。そろそろ車を留めてくれないか?」
「おい! これ、威嚇じゃなくて狙ってんじゃねーのか! こっちが魔道馬車だから平気なだけでよ」とエドガー。蓮さんはそれに静かに返す「そうかもしれない」
「おい!」とエドガーが再びツッコミを入れるが、蓮さんは再び馬車を留めるように頼む。
「車を止めたら、こちらも被害に合うかもしれないんですけど。とりあえず安全な場所っていうか、その攻撃している人と交渉できる場所まで行きますから。」
そりゃあ、フューシャの言う通りだ、と思う。馬車はそのまま直進を続けて、途中また威嚇砲撃らしきものがあったけれど、魔道馬車はびくともしない。そしてほどなく東京湾? らしき場所についた。
馬車は停止したのだが、揺れも音もない。エドガーはちらとフューシャを見て「俺から出る」と告げるが早いが扉に手をかけ外に出る。それに蓮さんも続いたので、俺も続く。
そこにあったのは、木製らしき船が大量に停泊している、風景だけなら港町の入り口って感じがする。ただ異様なのが、そこにいる厳めしい格好の武士達。赤茶や黒色の鎧をまとった彼らが、馬車から降り立った俺達を無言で睨みつける。
武者鎧と言うのだろうか。俺達の大陸では一般的な、光を反射する銀色の金属製の鎧ではなく、渋い光沢を放つ鎧。中には蓮さんのように軽装なジパングのローブ、和服姿の者もいる。ただ、彼らは全員蓮さんのように、腰に鞘を差し、刀を所持しているようだった。かなり警戒されているようだ。
ん? その中の誰かが声高に何かを口にした。でも、聞いたことがない言葉。そうだ。これは蓮さんが口にしていた和語というものだろうか。相手の怒気が含むその言葉に、蓮さんが穏やかな調子で、しかしはっきりと何かを口にした。
彼らはしばらく黙り込んで、仲間内で何やら話を始めた。しびれを切らしたのかエドガーが、
「おい、てめーら。国の玄関なんだろ。当然コモンだって喋れて当然なわけだ。あんまなめた真似してると、無理やりにでもけちらしてやるぞ、オラ」
「エドガー。少し待ってくれ」とエドガーを制する蓮さん。そして彼らの中から朱色の鎧を身にまとった男が前に出てきて、今度は俺達にも分かるコモンの言葉で言った。
「証を見せてくれ。お前が上皇に連なる者であるという証拠を」
すると、蓮さんは俺達に小声で「少し我慢してくれ」と言うと、瞳を金色にして、修羅の力を……あれ? これは、いつもとは違う? そう、普段のように魂を捕まれるような恐ろしいうすら寒さを感じるのだが、何かは分からないのだが、いつもとは違う。魔力感知をしてみても分からない。というか、気を集中していなければ、喰われる!!
漂う瘴気、身体の奥が冷える、死を意識する感覚。うごめく恐れ、怯え、穢れ。
俺が太陽の紋章に力をこめて耐えていると、ふっと、それが途切れた。気が付くと、目の前の男達の一部は体勢を崩し、中には膝をついている者までいた。
「これでも不服なら、お相手いたそう。上皇への謁見を願いたい」
それを聞いた朱色の鎧を着た男は、顎に手を当て、しばし言葉を止める。肩で息をする武者鎧の武士達。ちらりと俺は仲間を見ると、エドガーが大剣から生み出した風の膜で、フューシャを包み込んでいた。さすが、色男。って、俺も守ってくれよー! これは前にジェーンがレヴィンの背に乗った時に使用した、エアースクリーンに近いものなのだろうか。
小声でエドガーに「さすがだね。こんなのも使えるんだ」と言うと、エドガーは苦笑いをして「ほんと、俺の師匠様は人間離れしていて恐ろしいな」と口にした。
「上皇への謁見となると、私の一存で決められることではない。しばし旅籠で返事を待ってくれないか」
すると、蓮さんは着物の懐から手紙らしきものを取り出し、男に渡した。
「これを渡せば納得してくれるはずだ」と蓮さん。男はそれを受け取りながら「して、お主の名前を教えてくれないか。私の名前は同舟と申す」
「蓮だ。それだけで相手は分かるはずだ」と蓮さんは素っ気なく返した。男は部下らしき男に目配せをすると、
「ではこの男が旅籠まで案内する。着いて来てくれ」
その男は俺達に軽く頭を下げると、この近くの建物へと案内しようとしているらしい。そしてエドガーはフューシャに向かって、
「残念だがここでお別れだな。感謝している。また近いうちに会おう」
「そう言って、近いうちに会えたためしがないけれど、いいわ。私も思いがけずエドガーに会えて良かった。それじゃあ、死なないでね」
そう言うと、彼女は指を鳴らす。すると、その場に俺達の荷物、リュックサックが現れた。彼女は一度俺達を見ると、黙って魔道馬車に乗り込み、ワープするかのような速さで消え去る。自分に言われた言葉ではないのに「死なないでね」という言葉を意識してしまう。でも、そんなことを深読みなんてしていられない。俺達はその男の案内で、木々の生い茂る森の中へと足を踏み入れる。




