ロマン
「また下界を見ているの」
「あぁ」
「……飽きないのね」
「…………うん、飽きない」
暗闇の中に、碧い宝玉が浮かんでいる。表面に浮かぶ白い筋は一瞬たりとも止まることなく、時間と共に緩やかに流れてその表面を滑らかに撫でる。多量の水を含んで潤いつつも、所々に乾いた面も持ち、苔のように張り付いた植物群や、人の造った灰色も見えた。
左方から射す眩しいものは、星を照らして光らせた。影になったところにはポツポツと、粒のような黄色の綺羅めきが輝いている。まるで背後の暗闇の向こうにある星々の、縮小版のように。
吸い込まれそうな無限の宇宙の中で、地球は支えもなしにピタリとその空間に浮かんでいて、時間と、雲と同じように、常に自転と公転を続けながら動いている。奇跡のような光景に、男はいつまでも見惚れていた。
その恍惚とした表情には麻薬中毒者のそれと同質のものがあって、女は少し気味悪く思っている。なにより彼女は、彼が近頃自分に構ってくれなくなったことを寂しく思っていた。
「……なぁ。見て、あれ」
男が指差す先には、黒煙が上がっている。火山活動が活発化している地域である。
「噴火しているの?」
「そう。少し前には、台風の渦もよく見えた。かつての人々が〈神の怒り〉だと信じて疑わなかった自然現象が、ここから見ればあんなにちっぽけに見える……」
黒煙は風に流されると、やがて雲と同化して灰色になり、白くなって消えてゆく。
「なぁ、君は神を信じるかい」
彼女は男を見た。まるで宗教の勧誘をするかのようなセリフだったが、彼女は彼が〈神〉などといったものを全く信じていない人間だということを知っていた。
「なによ、突然に」
「君は信じているんだろう、と思って」。男は女を見た。
「何を信じようと私の勝手じゃない?」
「その通り」。男は地球に視線を戻した。瞳に像が写って、彼女の目には二つの地球が見える。
「でも、科学の極みみたいな時代だ」
「科学でこの世界の全てが解き明かせるだなんて、人間の思い上がりじゃない?」
「でも〈神〉がいたとして、その高次の存在は人間や宇宙を創って何がしたい」
「綺麗でしょう」
何が? と訴えかけるような目で彼は彼女を見る。「地球」。彼女は言った。
「私は陶芸をするでしょう。絵も描く。写真も撮る。あなただって、小説を書く。映画を撮る人だって、漫画を描く人だっているわね。美しいものが好きだわ、誰だって」
「だから〈神〉はこの世界を創ったって?」
「さぁ、知らないわ」
「でも、『そんなわけない』とも言えないな。根拠も証拠もない」
「でしょう」
「それでも、僕は信じないけど」
「結構」
女は男の手を引っ張ると、窓からようやく彼を引き剥がしてテーブルへと連れて行った。
柔らかな光の降り注ぐテーブルの上には湯気立つ料理が並んでいる。彩り豊かな野菜で作られたサラダ、オニオン・スープ、ミート・ローフ、七面鳥。
シャンパンの注がれたグラスの底からは絶えず泡がプチプチ浮かび、はじけた。
「でも、宇宙人はいたわ」
彼女はそう言って、少し気取った風にグラスを掲げた。
「いたね」
彼は苦笑しながらそれに応じる。グラスが宙でぶつかりあって、高く澄んだ音が船内に響いた。
「メリークリスマス」
底の知れない宇宙の中に、小さな小さな宝玉が浮かんでいて、その側に、小さな小さな船が浮かんでいた。




