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へらへら王子といらいら姫の新婚一ヶ月目

作者:春馬
産まれてから一度も足を踏み入れたことの無かった地に嫁いでから、一ヶ月が経つ。

周辺国がこぞって頭を垂れる全世界有数の超大国・ビブリアント王国の三番姫フィリアにとって、嫁ぎ先を聞いたときのショックたるや、尋常ではなかった。
絢爛豪華な馬車に乗って辿り着いた先も、フィリアに衝撃を与えるには充分。
右を見ても左を見ても田んぼ。ちょっと進むと果樹園。もう少し進むと魚市場。
なにこれ、田舎じゃない。そう呟いたフィリアに、故郷から大勢連れてきた侍女のうちの一人が、「姫様」と諌める様に声を低めた。

冗談じゃないわ。
確かに私は王位継承権なんてこれっぽっちも掠りやしない三女だけど、だからといって、なにもこんな馬臭いド田舎に嫁ぐほど、王位が低いわけでもない。
けれど哀しいことに、このド田舎改めジール王国は、父が最も信頼を寄せる同盟国。
父としては、たくさんの子どもたちの中でも最も可愛がっていたフィリアを、一番信頼できる国に嫁がせたつもりなのだ。
そんな大好きだった父が、今や憎くて憎くてたまらない。
未来の有る有能な娘を、兄弟姉妹の中でも群を抜くほどの才女だったからこそ可愛がっていたこの私を、こんな何もない田舎に嫁がせるなんて。

国民曰く、「立国以来、史上最高に絢爛な結婚式」という質素な愛の契りを交わして一ヶ月。
白くてぼんやりした春の陽射しが降り注ぐバルコニーから眺める景色に、何百回目かの大きな溜め息を吐き出した。整えられているけれどもそれほど華美でもない……正直に言ってしまえば地味な庭園が、バルコニーの下には広がっている。
視線を上げると、王宮を囲む楓の木。楓は、ジール王国の国樹だそうだ。楓の囲いの先にある、申し訳程度の堀。
堀のすぐ傍には、国民がせっせと耕している畑が広がっている。

王宮のすぐ隣が、畑? 信じられない。新婚の王族に与えられた部屋から見えるのは、汗を流して鍬を振るう国民の姿? 信じられない。この国の「普通」は、フィリアにはまったく理解できないことばかりだ。そして、やっぱり田舎くさい。
夢見ていた結婚生活は、決して、こんなに地味なものじゃなかったはず。辺り一面の薔薇の花が風で舞い上がってバルコニーに立つフィリアを包み、背中からそっとフィアンセが抱き締めて呟く。どうだい、僕の国は? ええ、素敵だわ……私、幸せよ……なんて囁きあうはずだったのに。
実際は一面を彩る畑、畑、畑。首から下げていたタオルで汗を拭って、大きく深呼吸する国民。こちらに気付いた国民が、当たり前のように手を振ってくる。無視することもできずに渋々手を振り返すと、また農作業に戻っていった。
いや、なんなの、これ。有りえないでしょう。私、王族よ? 臣下の貴族たちでも、こんな経験したことが無いと思うわ。
大きな大きな溜め息を吐き出してバルコニーの欄を握り締めていれば、室内で音一つ立てずに書物を捲っていた男……不本意ながらも「私の旦那様」になった男が、ぺたぺたという間抜けな足音を立てながら近づいてくる。

「フィリア。暇ですか? 一緒に本でも読みますか?」
「いいえ、結構」
「では、お茶を淹れましょうか?」
「いいえ、結構」
「少し、お昼寝でも」
「いいえ、結構!」

妃らしからぬ大声とともに、威嚇するように歯をむき出しにしても、男はへらりと笑うだけ。
このド田舎に無理矢理嫁がされただけでも吐き気がするのに、旦那がこの万年お花見状態の男だというのが一層腹が立つ。
この男、いつ見ても気の抜けた笑い顔をしているけれど、ジオール王国の第一王子・リオだ。
第一王子、つまり次期国王。
次期国王。次期国王。いや、冗談でしょう? こんなふわふわした男に、国王が務まるわけないじゃない。
フィリアは、国王である父を尊敬して、父のように賢帝になりたいと女ながらに学問は血を吐く程に学んだ。そんなフィリア自身が言うのだ。この男は、国王になんか向いてない。

「わかります。私も、我ながら向いてないと思っていますよ」

思っていたことがそのまま口から出ていたらしい。けれど、リオは相変わらずへらへらとした笑みのまま返してきた。
今の、怒るところでしょう? そんな我が亭主の頼りない態度に苛立って口をへの字に曲げると、リオはくすくすと笑いながらバルコニーへと出てきた。
隣に立ったリオは、背が高い。兄様やお父様よりもすらりとしていて、見上げた顔は、悔しいけれどフィリアの好みにしっかりと合っている。

リオの噂は、嫁ぐ前から聞いていた。
『農作業が似合う、顔が良いだけの優男』。一国を担うことになる第一王子が、他国でこんな言われ方をしているなんて、私はリオ以外では聞いたことがない。
リオは誰が見ても頼りない。読書が大好きで、散歩が大好き。たまにふらりと外に出て、四葉のクローバーなんか持って帰って来る。
外、と言っても、王宮の敷地内のことではない。城下、つまり楓の木で守られている王宮の外へと出て行くのだ。
バルコニーから眺めていれば、ふらふらと畑に向かっていくリオを見ることができる。国民と一緒に鍬を持ち、楽しそうに雑談しながら畑を耕す姿を見て、何度頭を抱えたことか。
そんなリオを見るたびに、腹が立つ。殴りたい。ぼこぼこにしたい。あんた、王様になるんでしょ、と酷い言葉を連ねて叱責したい。
けれどリオはお構いナシだ。実際に棘を交えてみたこともあるけれど、全く意に介した様子はない。

誰になにを言われても、リオはいつも笑っている。
そこがリオ次期国王様の良いところ、なんて、ジールの国民は口を揃えて言う。
ジール自体が、リオそのもののような暢気な国だ。
好きなように畑を耕して、売りたいときに売る。商売する気はあまりない。だから、特に栄えない。
腹立たしい。
なんなの、この平和ボケした国は。
ビブリアントは、城下に人が溢れ、金が溢れ、活気に満ち、王家の繁栄に勤しんでいるアグレッシブな国だ。そんな国が好きだった私が、こんなド田舎に送られるなんて。

「フィリア、今日は一緒に城下に下りてみませんか」
「いやよ。城下って言ったって、ただの田んぼじゃない」
「ええ、ただの田んぼです。でも、楽しいですよ」

ふわりと笑むリオに、唇を噛んだ。
悔しいけれど、やっぱり顔は好き。これぞ王子様! という、正統派の整った容姿は、夢見ていた伴侶そのものなのだけれど……
つやつやの黒髪に、色白の肌、すっと通った目鼻立ち、細い割にはしっかりとしている男性の骨格。
最高。見た目だけは。

「そんなことより、武術の一つでも嗜んではいかがかしら?」
「武術ですか……私は、誰かを傷つけるのは苦手で」

困ったように眉を下げるリオに、鋭く細めた目を向ける。
嫁いでから一ヶ月。
フィリアが見たリオは、いつも本を読んでいるか、畑に行って国民と一緒に泥まみれになっているか、花畑できゃっきゃしているかのどれかだ。
国王らしく、自身を鍛え、臣下を跪かせ、誇り高く王座に座っている姿なんかは見たことがない。
多分、いや絶対、弱い。
幼い頃から兄様に混じって武道を習っていたこちらの方が、絶対強い。

「リオ陛下」
「私はまだ、陛下じゃないですよ」
「リオ次期陛下」
「……どうしても陛下と呼びたいのですね」

頑なに返すと、折れたリオが眉を八の字に下げて微笑む。
構わずに、隣に立つリオを見上げた。こてん、と首を真横に傾げるリオは、こちらが何を言うのか楽しみにしているような笑顔だ。

「次期陛下。いずれはこの国を担う身でありましょうに、散歩ついでに国民と馴れ合うのはいかがなのかしら。国王としての威厳が失われますわ」
「そうですか?」
「そうです。王たるもの、常に厳と国民の前に立ち、国民からの畏怖の対象となるべく……」
「つまり、国王とは、常に独りで高みに立っている者ということですか? 国王とはとても寂しいものですね」

思わず、首を絞めたくなった。
咄嗟に手が出なかったのは、肩から掛けていたストールが腕に絡まってしまったからだ。
婚約して数日後にリオがくれた桃色のレースのストールは色が気に入ったから使っていたけれど、バルコニーから投げ捨ててしまいそうになった。
何度も何度も殴り掛かりそうになる拳を握り締めたが、膨らんでいる怒りは収まらない。なにかを投げたい衝動は鎮まらなくて、代わりに、腕に嵌めていたブレスレットを投げ捨ててやった。確か、婚約が発表されて間もない頃、まだ顔も見たことが無かったリオが送ってきた品だったはず。ストールと同じ桃色の宝石が控えめに飾られた華奢なもの。
それも気に入っていたから、投げてしまってからはっとして、けれどもう引くことは出来なかった。
ごくんと、一度息を飲み込んでから、リオを睨み上げる。

「リオ!」
「はい」

呼び捨てにしても、リオはにこにこしたままだ。
むかつく。むかつく。むかつく。なんなの、この人は。

「むかつく!」
「ああ、そうですか。すみません」
「あなたは、この国にどう貢献しているの? ただ遊び歩いているだけじゃない! 国民からの血税で遊んで暮らしてるだけ!」
「そう思われていましたか」

リオは、やっぱり笑っている。
そんな笑顔に一層苛立ちが募って、もう限界だ。腹に溜め込んでいた言葉がどんどん飛び出していく。

「あなたは、いえ、王家は、国民から給料を貰っているのよ! わかる? 王家が王家らしく、国民を『率いてあげている』報酬が、国民からの貢物や金なの! 今の貴方は給与を貰う資格はないはずなのに! 最低最弱の高給取りだわ!」

言い切って、部屋の中に飛び込んだ。リオが飲んでいたローズの紅茶を一気に呷り、熱く掠れていた喉をとくとくと潤す。
ぜぇぜぇと荒く乱れた息を整えながら、バルコニーで立ちすくむリオを睨んだフィリアは、そのまま口を閉ざした。

リオは笑っている。
こんな言われようでも笑っている伴侶に呆れたが、その瞬間に、リオは静かに静かに口を開いた。

「私は、フィリアの望む国王にはなれませんね。私がなりたい国王は、絶対的な存在じゃない」

潤っていたはずの喉が、一気に渇いていくのを感じた。まるで呪縛を受けたように、身体がぴくりとも動かない。
部屋を満たしていたのは、緊張感だった。フィリアは、それを何度も経験したことがある。
王座に足を組んで座る父王の前に立ち、恭しく頭を下げる瞬間。その瞬間、この緊張感を味わう。
そんなまさか、と息を飲んだ。フィリアの視線の先。春の真っ白な光を背に浴びたリオは、静かに立っていた。
リオの目は、真剣だった。いつもへらへらと笑うリオとは違う。
誰もが頭を下げてしまう圧倒的な存在感が、リオから放たれている。それはまさに、国王としての威圧感だ。

「一緒に物を作り出し、ともに汚れ、ともに息を吸い、並んで笑いあえるような国王に、私はなりたいのです。人を土台にして生きるものには、なりたくはありません」

言い切ってからふと泣きそうな目をしたリオは、すぐに笑みを見せる。普段どおりの、頼りないようなあの、へらりとした微笑だった。
笑みを見せた瞬間に、フィリアを包んでいた緊張感がふっと霧のように消えていくのを感じた。ハッと詰まったままだった息を吐き出していれば、リオが隣を通り過ぎていく。
振り返る勇気がなかった。フィリアの知っているリオとは、違う。別人のように感じたリオに対して、胸はどくどくと大きく脈動していた。
何度も踵を返そうとしても、身体がいう事を聞いてはくれない。
そうこうしているうちに、扉に手を掛けたリオが小さく笑った。

「あのブレスレット、フィリアはいらないかもしれないけれど、私はデザインが好きなんです。探してきますね」

背後で、ぱたりと小さな音を立てて扉が閉まる。

ああ、悔しい。と、思った。ようやく踵を返した頃には、当たり前だけれどもリオの姿は無くて、残ったのは、相変わらず早鐘を打って熱を増長させている己の身体だけだ。
王の気質、そんなもの彼には無いと思っていたのに、リオは、確かに王だった。
笑みを消してフィリアを見つめたリオの目が、脳裏に焼きついている。
真剣な眼差しに射抜かれて、ぞくぞくと背が震えた感覚。それは、初めての感覚だった。
王として、そして一人の男性として、リオをはっきりと意識した瞬間の、血潮が疼く感覚。未だに手は震えたままだ。

恐る恐るバルコニーから覗き込めば、リオが膝をついてブレスレットを捜している。
その姿を捉えた瞬間に、胸が激しく痛んだ。
ブレスレットを投げ捨てた後悔からなのか。それとも、リオに対する感情が姿を変えたからなのか。
どちらにしても、ただただ、悔しかった。

フィリア・ビブリアント。改め、フィリア・ティオジール。
嫁ぎ先の王子は、酷く、怖ろしい男だと、ようやく気付いてしまった。

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