上葛城商店街の魔 1
和菓子屋『野乃屋』のある上葛城商店街に襲いかかる魔の手。
対抗すべく暴走する看板娘。
幼馴染みは彼女を止める事が出来るのか?
そんなかんじの中編になる予定です。
私鉄上葛城駅を東口から出て、バスターミナルをぐるりと回り込んだ先に見える二百メートル程の歩行者天国。そこが上葛城商店街だ。
道幅は広く、アーケードがないのもかえって開放的な雰囲気を生み出している。いや、アーケードがないのは単にお金がないからなのだが。
しかし賑わいはなかなかのものだ。空き店舗も少なく、夕暮れ前になると多くの買い物客が行き来する。議論の末、歩行者天国にしたのは正解だった。
その上葛城商店街の東端近くに、我が和菓子屋『野乃屋』はある。
夕方近くのこの時間は、一人娘の私、野宮みこが店番をする事になっている。
お店には私の他にもう一人。
「なー、理科の宿題見せてくれよー」
同じクラスの水野由起彦だ。既に買い物は済ませているので、今は単なる面倒な幼馴染みに過ぎない。
「宿題は自分でするものよ。ズルは駄目よ、ズルは」
「固い事言うなよー、今日も高いの買っただろ?」
「それはお祖母さんのお金よね? 君は単なるお使いだから」
「俺が理系教科、苦手なのは知ってるだろ?」
「知ってるからこそ、よ。今ちゃんと勉強しておかないと、社会に出た時に苦労するわよ」
「そんなのお前に関係ないだろー」
関係あるから言っているのだ。
和菓子を作るだけならともかく、お店を経営していくのにはそれなりの学力が必要なのだ。こいつはその点、不安がある。
やはり経営は私がすべきなのだろうか。幸い私は数学が得意ではある。
いやいやいや、ちょっと待って。
確かに私は一人っ子、お店を存続させるためには婿を取る必要がある。でも別に、相手が由起彦である必要があるのだろうか?
確かに由起彦は気安い奴である。だからと言って、結婚するなんてちょっと飛躍し過ぎじゃないだろうか? こういうのはもっとじっくり考えないといけない。そう、じっくりと考えるべきなのだ。
「まぁそうね。高校受験に失敗したら、ウチで丁稚奉公させてあげるわよ」
「ひでーなー。まーそれもいいかもなー」
「え?」
「満員電車で通勤しなくて済む」
なんだそりゃ。
入り口の引き戸が開かれる。
「いらっしゃいませ!」
由起彦の存在を頭から消し去り、にこやかにお客さんを迎える。
お客さんは大きなサングラスをかけて、赤いコートを着た若い女の人。初めて見る人だ。
おはぎを指さし、指を二本立てた。
「おはぎを二個ですね?」
確認してから、おはぎを箱に詰める。
カウンターに箱を置き、レジを叩く。
「それでは二個で……」
目の前のお客さんがいなくなった。
いや、今まさに入り口から走り去ろうとしている。
え? 何?
一拍置いて、ようやく理解した。
「万引き! 由起彦、店番頼む!」
脇目も振らず、お店を飛び出す。
万引き犯は商店街から外れる方向に走っていく。距離はなかなか縮まらない。
よく見れば、スニーカーを履いている。計画的犯行だ。私もスニーカーだ。しかし、運動に自信はない。
路地に入り込んだ。逃げられるか? しかしお店に害を成す万引き犯を許す訳にはいかない。死ぬ気で追い上げる。
右に曲がり、左に曲がる。
路地はいくつも行き止まりがあるが、それを全部避けて通っている。下調べも万全か。
何度か角を曲がったところで急に目の前が塞がれる。慌てて払いのけると赤いコートだ。さらに先にはサングラスとウィッグ?
その先に次の角を曲がる万引き犯の足が見える。
しかしその向こうは大通り。多くの人が行き交い、万引き犯の姿は消えてなくなっていた。
「クソッ!! クソックソッ!!」
何度も思いっきり地面を踏みつける。
内側から沸き立つ怒りを抑えながらお店へと戻っていく。
と、いきなり後ろから肩を掴まれる。
「何やってるんだよ」
見ると由起彦だった。
「店番は?」
「お祖母さんに頼んだよ。それより何やってるんだよ」
「犯人に逃げられた。最悪よ」
悔しさのあまり奥歯を噛みしめる。
「何言ってんだよ。何かあったらどうするんだよ。危ないだろ」
「うるさい! 私のお店で万引きなんて絶対に許さない。見つけ出して、ギタギタにして、警察に突き出してやる」
「落ち着けよ。一人で追いかけて、向こうが襲いかかってきたらどうするつもりなんだよ」
「そしたら取っ捕まえるだけよ」
「無理だって。子供、ましてや女だろ? 無茶するなって」
「じゃあ、どうしろって言うの? おめおめと犯人を逃がせって言うの? そんなの絶対に許せない」
「大人に任せろって。俺達じゃどうにも出来ないって」
「あんたにはどうにも出来ない。でも私はやる。絶対に見つけ出して……」
ここで頬に痛みが走る。
「いい加減にしろ」
「ぶったわね? この私をぶったわね? 何様のつもりよ、馬鹿野郎!」
由起彦を両手で突き飛ばそうとすると、両手とも掴まれてしまう。
「離してよ」
必死に振りほどこうとするが、どうしても振りほどけない。
「見ろよ。俺相手でもどうにもならないだろ。こんなんで大人に向かっていくなんて、無茶なんだよ」
急に身体を引き寄せられる。
「頼むから無茶するなよ。良かった。無事で良かったよ」
そう言って両手を背中に回してきた。
髪をそっと撫でてくる。
私はもう、抵抗するのをやめた。