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放課後にお話

「やってらんねー」


 いきなり実知がシャープペンシルを机の上に放り投げた。


「ちゃんとしなよ。未だにこの辺分かってないってヤバいんだよ」

「そうは言うけどなー、勉強とか私には無理なんだよなー」

「もー、せっかくメグが教えてくれてるんじゃない。ホントにちゃんとしなよ」


 放課後の教室。

 県立高校の受験が迫り、今日は私達三人で勉強会だ。

 恵と実知が向かい合わせに机を向け、その横に私が机を寄せている。

 まぁ、勉強会なんて言いながら、私と実知がもっぱら恵に教えてもらっているのだが。


「言っちゃ悪いけど、メグの教え方って分かんないんだよ。勉強できる奴って根本的に考え方が違うんだよな」

「それ、本当に言っちゃダメだし」


 いくら思ったことをすぐ口にすると実知とはいえ、せっかく教えてもらっていてこの態度は酷すぎる。恵は前にいる実知相手に丁寧に教えているのに。


「なんだよ、古文か? 元町」


 声のした方に顔を向けると高瀬だった。こいつ、クラスは違うのだが。


「そうだよ、全くわけ分かんない。これ、日本語と違うだろ」

「今さらそんなこと言ってるのかよ」


 呆れ顔の高瀬。その後ろには由起彦と柳本もいた。元ハンドボール部の友達同士なのだ。そうか、このクラスの由起彦のところへ集まっていたのか。


「教えてやろうか?」

「馬鹿のお前に教えるとかできるのかよ」


 本当、口の減らない……。


「でも高瀬君の偏差値はミチなんかよりよっぽどいいはずだよ」


 さりげに天然で酷い言い方をする恵。


「じゃあ、教えてくれよ」

「いいぞ」


 高瀬が近くのイスを引っ張ってきて実知の横に座る。


「えらい親切だな、高瀬」


 にやにや顔の柳本。


「こいつは私に借りがあるからいいんだよ」

「どんな?」


 初めて聞く話なので実知に聞いてみる。


「ゲーム貸してやってるんだよ」

「どうせ元町はできないんだからいいだろ」

「それでも貸しは貸しだ。あれどこまで行った?」

「まだ序盤。あれ難しいわ」

「そういう奴じゃん。はー、私も早くやりたいなぁ」

「今は勉強だろ。どこが分からないんだよ」


 などとお話ししている。


「あれ? あんたらそんな仲良かったっけ?」


 お互いの友人である私と由起彦が幼馴染みなのでたまに遊ぶことはあったが、この二人が特別親しいという印象はなかった。


「クラス一緒なんだし、ちょっとくらいは仲良くなるだろ?」


 若干焦り気味な実知。


「なるほどねぇ、密かに育んだ愛ですか」

「そんな訳あるかよ、柳本」


 高瀬が柳本をひと睨みする。


「前に高瀬のクラス行った時も話し込んでたよなー」

「ゲームの攻略法の話だよ」

「ゲームから生まれた愛ですか」

「ミチのこと、よろしくお願いしますわね、高瀬君」


 などとわざとらしく頭を下げる私。

 普段、由起彦との仲を散々からかわれているんだし、ちょっとした意地悪をしてやるのだ。


「こんな馬鹿、相手にするわけないだろ?」

「こんながさつな女、興味ないって」

「なるほど、馬鹿とがさつでいいコンビだね」


 恵さん、あいかわらず……。

 よく見てみると、実知の様子がいつもと違う。


「顔赤いわよ、実知」

「うるさいなぁ、こういうの言われ慣れてないからどうしたらいいのか分かんないんだよ。あ! でもこいつとは何でもないからな」

「そういうことにしといてやるわ、当面は」

「下手に邪魔したら悪いもんなー」

「卒業までにちゃんと付き合えよ、高瀬」

「これでミチも女の子らしくなるね」


 みんなで好き勝手言ってやる。


「もう勘弁してくれよなぁ」


 ついに実知が机に突っ伏した。


「どう? 周りからあれこれ言われるの、結構こたえるでしょ?」


 私が意地悪く聞いてやる。


「まったくだ。しかもみこと違って、私は完全に濡れ衣だしな。よりよってこんな馬鹿とか」

「うるさいなぁ、俺だって御免だって。俺はもっとこう、可愛らしい女子が好きなんだよ。例えば……」

「例えばー?」

「そう例えば本屋の響さんとか」


 そう言って、拳を握り締める。

 なるほど、響さんか。商店街で一、二を争う美人をご指名とか、随分と高望みをなさいますなぁ。


「またそれかよー。こいつ、しょっちゅう参考書買いに行ってるんだぜー。しかもマンガだと格好付かないとか言うし」

「本気で好きなの?」


 ちょっと意外な展開だ。その高瀬、顔を赤くしてみんなを見回す。


「違うって、ちょっとした憧れだって。いいだろ、憧れくらい」

「まぁ、憧れくらいで留めとくべきよね。響さん、彼氏できたし」

「嘘だろ!」


 いきなり立ち上がって私に顔を近付けてきた。近いって。


「ホント、ホント。おもちゃ屋の西田さん。私、その場に立ち会ったし」

「嘘だろ? しかもよりにもよって、西田だと?」


 頭を抱えて机に突っ伏す高瀬。忙しい奴だ。

 よりにもよっては酷い言い草だ。まぁ、あの人、見た目冴えない昔型おたくだけど。


「ざまぁないな、高瀬」


 頬杖をついてせせら笑う実知。


「もういいや、勉強しようぜ。で? どこが分からないんだよ」

「えーっとなぁ」


 ノートをめくりながら実知がシャープペンシルを指で回した。

 しかし失敗して落とす。


「なんや、へたっぴやな、ミチちゃん」


 拾い上げたのは夏生だった。こいつは神出鬼没だ。


「よう見ときや、これがプロの技や」


 そう言うと、クルクルと手の上でシャープペンシルを回しだした。

 ただ単に人差し指の上で回すだけでなく、指の間を器用に潜らせていったり。しかも速度が尋常でなく早い。


「すごっ!」


 思わず声が出る。


「どや、すごいやろ」


 得意げな顔で実知にシャープペンシルを返す夏生。


「ナッツンすごいでしょ。塾でも講義の間ずっと回してたりするからね。隣でそれやられると目障りなんだけど」


 褒めてるのか、非難しているのかよく分からない言い方をする恵。


「受験には何の役にも立たないけどな」


 負けず嫌いな実知は口を尖らせる。


「でも頭ええっぽい感じするやろ。あ、そんなんちゃうねん。メグちゃんに用あってん」

「わ、私?」


 恵の声がなぜか裏返る?


「そうそう。例の告られたって奴、あれなんて言って断ったん?」

「えっ!」


 夏生以外の全員が声を上げる。


「メグ、告白されたの?」


 そんな話は初めて聞いた。


「なんで知ってるの? そしてなんでそれをみんないる前で言うの?」


 恵、怯えきった仔猫みたいな目で夏生を見る。しかし、夏生に対してデリカシーとか期待しちゃ駄目だ。


「ええやん。どうせ塾で一緒なだけの、違う中学の奴やねんし」

「やるな、桜宮さん」

「まー、桜宮さんなら不思議はないけどなー」


 そして若干複雑な表情の柳本。こいつは恵の顔が好きなので、微妙な思いがあるのかもしれない。まぁ、一度自分から恵を振っているのだが。


「で、なんて言って断ったんだよ、メグ」


 実知が身を乗り出す。


「なんてって……え? 言わないといけない?」

「ぜひとも」


 全員で顔を近付ける。


「怖い怖い。えーっ」


 仰け反りながら顔を赤らめる恵。まぁ、こんなけ可愛いければ、告白されても仕方がない。


「うーん、いや、別にちゃんとお断りしたよ。今は勉強が大事なんだしって」

「でも向こうは、受験が終わって会えへんようになる前に告りたかってんやろ?」

「まぁ、そうだけど。受験が終わってから答えを聞かせてくれって、電話番号もらったけど……」

「けど?」

「それもその場で返したよ。変に期待させてもダメじゃない?」

「とりあえずオッケーしとけばいいじゃん。どうせメグ、惚れっぽいんだし好きになるかもしれないし」

「そんな簡単に好きにはなんないよ」


 いや、恵の場合はそうとは言い切れないのだが。


「なんて言うんだろ、ピンと来なかったんだよ。好きになる予感みたいなのがなかったの。とりあえず、高校入ったら部活に専念したいからって言っといたんだけど」


 ピン、か。そういうのがあるんだ。

 私はそんなの感じたことはない。由起彦相手じゃ今さらな感じだし。おっと、由起彦は今は関係ない。


「ふーん。パッとせぇへんから眼中に入らんかったんか」


 どこから取り出したのか、メモ帳に熱心に書き込んでいる夏生。噂話のネタ帳か? そんなの持ち歩いてるのかよ。


「あ! ナッツン、向こうに変なこと言わないでよ!」

「言わへん、言わへん。今以上のショック与えて受験失敗したらヤバイからな。さすがにそんなん後味悪いわ」


 ああ、こいつにもその程度の自制心はあったのか。

 と、柳本が深いため息をついた。恵の恋バナにショックを受けているのだろう。


「俺んとこも大変なんだよ……」

「柳本が告られるとかないだろ?」


 実知は思った通りのことを言う。まぁ、私もそう思うけどね。


「俺じゃなくて妹だよ。中学入って一年だけで三回告られたんだ」

「すげぇな。まぁ、あんなけ美少女だしな」


 納得したようにうなずく高瀬。前にもそんなこと言ってたな。


「でもなんでそんなの分かるんだー」

「そのつどめちゃくちゃ浮かれるんだよ。俺がなんとか思い止まらせるんだけどな」

「おいおい、お前、断れって言うわけ? 妹に」


 高瀬が身を乗り出す。確かに過保護な気がするけど。


「まだまだ早いって」

「お前、どんだけシスコンなんだよ」

「シスコンの柳本か、笑えるな」


 実際に笑い出す実知。


「まー、あんなけ可愛けりゃ、過保護になるのも分かるけどなー」

「水野君も見たことあるんだ?」


 由起彦の言い方が若干引っかかる。


「おう見たぞー、すげぇ可愛いんだよ」

「美少女だよな」

「そう、美少女」


 断言した。由起彦がこんなけ言うのはめったにないぞ?

 私? 私だってめったに言われない。

 あ、何か腹立ってきたな。でもここは我慢だ。

 そんな私には気付かない様子で、実知が由起彦に向かう。


「メグと比べたらどっちだ?」

「桜宮さんには敵わないかなー」

「みこちゃんとは?」

「野宮?」


 夏生に言われて由起彦が私を見下ろす。私も由起彦を見る。

 首を傾げて黙り込む由起彦。

 ようやく顔を上げる。


「コメントは差し控えるわー」

「それって、言ってるも同じだろ!」

「イテッ!」


 由起彦の足を踏み付けてやる。


「おいおい、今のはないぞ、水野」

「ちゃんと嫁さんの肩持てよな」

「いや、私はこいつの嫁とかじゃないし」


 いつもウザい男子二人を睨み付ける。


「でもみこ、今ずっと機嫌悪かったよね」

「水野が柳本の妹褒めてからずっとやな」


 クソッ、こいつらよく見ていやがる。


「そんなのとんでもない言いがかりだわ」

「水野も浮気するなよな」


 柳本が由起彦をヒジで突く。


「そうだぞ、みこを泣かせたらただじゃおかないぞ」

「だから俺達そんなんじゃないってばー」

「でも二人で『野乃屋』を継ぐんでしょ? うちのお母さんまで知ってたよ」

「え! 何でメグのとこまで!」

「さぁ?」

「真実は伝わりやすいんだよ、みこ」


 にやにや笑いの実知が忌々しい。

 それにしても、駅向こうの高級住宅街に住む恵のお母さんのところまで話が広がっているとは……。


「水野も年貢の納め時だな」

「むしろ喜んで婿入りだな」


 勝手なことばかり言いやがる。


「そんなん、まだまだ決まってないんちゃうかなー」


 由起彦狙いの夏生が焦り気味に遮る。いつもはウザい奴だが今はいい助けになりそうだ。


「ナッツンも往生際が悪いね。青春を無駄に潰しちゃうよ?」


 恵はあいかわらず天然で酷いことを言う。


「恋を追いかけるのが青春やて。大体、水野は甘いもん好きちゃうやろ。和菓子屋とか無理やん」

「大丈夫だって。みこのお父さんも和菓子作れないのに店長だしな」

「愛の力だな。愛の力があれば何とでもなるな」

「好みだって今から変えていけばいいんじゃないか?」


 などとうなずき合う奴ら。


「その、水野君が婿入りしてくるのが当然みたいな流れは勘弁してよ」

「そうだぞー、俺にだって選ぶ権利があるんだぞー」


 なによ、その言い方は。ちょっと睨んでやる。

 すると恵と実知が急に顔を近付けてきた。


「じゃあ、このまま二人は単なる幼馴染みで終わるわけ?」

「え? いやー、どうだろうねぇ」

「本当にそれでいいのか? 本当に」

「でもだからってさー、私達まだ中学生なんだしさー」

「はっきりしないなー、友達相手に嘘付くのかよ」

「いや、そんなつもりはないよ? でも微妙な問題なんだし、温かく見守ってて欲しい的な」

「十分温かく見守ってきたじゃない」


 拳を振るう恵。いや、単に見守るだけじゃなかったでしょうに。


「煽り立てられるのは勘弁なのよ」

「よーし、分かった」


 二人が身を引いてくれた。


「分かってくれた?」


 しかし二人は憤然といった様子で立ち上がった。


「私達の友情はその程度だったんだね。私は親友だと思ってたけど、みこは違うんだ?」

 

 恵が腕組みをして睨んでくる。


「いや、そんなことないって。分かってくださいよ、お願いしますから」

「いいや、ここらではっきりしろ、今すぐはっきりしろ。お前ら好き同士なんだろ? ちゃんと言えよ」


 実知が指さしてきた。


「別にその辺、すぐにはっきりさせんでええんちゃうかなー」

「ナッツンは黙ってろ!」

「ナッツンは黙ってて!」


 もうすっかり興奮している恵と実知が夏生を怒鳴りつける。

 そしてすぐに私の方へ迫ってくる。

 やばい。マジでやばい。

 これはもう、言い逃れができない。

 由起彦はやがて『野乃屋』を継ぐ。それは決まり切っている。

 これをさっさと認めるべきだった。今じゃ二人の要求は、私達が好き同士なのを認めろ、というところまで行ってしまっている。ハードルが跳ね上がってしまった。

 でもどうなんだろう、私の気持ち、由起彦の気持ち。

 私達は単なる幼馴染み。そうではないと思う。

 じゃあ好きなの? どうなんだろ、あいかわらず好きってものが分からない。

 前に由起彦が遠くの高校へ行くと思い込んだ時、絶対に離れたくないと思った。でもそれが好きって奴なのかは結局分からなかった。

 本当に分からないのかな?

 いいや、答えは後もう少し手を伸ばせば届くところにある。それを私は知っている。

 ただ、知る勇気がなかった。

 でもいつかは決着を付けないといけない問題なのだ。それが今なのかな? そのいいきっかけを、このお節介な友人達は与えてくれているのかな?

 本当の気持ち。それは?

 と、肩に手が置かれた。

 見上げると由起彦だった。


「俺は野宮みこが好きだ」


 由起彦は優しい視線を私に向けていた。

 いつだってこの優しい眼差しに包まれると安心できる。


「私も。私も好きだよ、由起彦」


 自然に言葉が出ていた。

 今までどうしても出てこなかった言葉なのに、それはあっさりと口からこぼれ落ちた。


「本当だな?」


 実知が厳しい視線で私と由起彦を睨んでいく。


「本当だ」

「本当だよ」

「その場の勢いだからやっぱなし、とかなしだよ?」


 恵も真剣な表情を崩さない。


「違うってば」

「違うよ」


 恵と実知が顔を見合わせる。


「キャ―――――ッ!」

「ウォ―――――ッ!」


 二人抱き合って叫び声を上げる。


「やったよ、ミチ、ついに認めたよ!」

「長かったな。最初から答えは決まってたのにな!」

「やるな水野」

「ついに男を見せたな」


 高瀬と柳本も笑顔だ。

 そうか、言ってしまったのか。

 由起彦が私を好きだと言い、私が由起彦を好きだと言う。

 私達は幼稚園からの付き合いで、仲の良い幼馴染みでここまできた。

 いつの頃からか胸にあるこの気持ち。それが何なのかはずっとよく分からなかった。

 幼馴染みという繋がりとごちゃ混ぜになって、新しい気持ちだけすくい取ることができないでいた。

 でも分かってしまえば簡単な話だった。

 いつからかは分からない。それは大した問題じゃない。

 どれくらいかは分からない。それは大した問題じゃない。

 どうしてなのかは分からない。それは大した問題じゃない。

 ただ、この瞬間、野宮みこは水野由起彦が好きなんだ。

 それが一番大切。


「メグ、泣くことないじゃない」


 本人より感激を表に出している優しい友人に声をかける。


「だって、だって。ずっとみこって素直じゃないし」

「手間がかかる奴だよな」


 実知まで涙ぐんでる。

 この二人にもいろいろと世話になったよな。そして今はこうして喜んでくれる。

 これって、これって何だか。

 私は立ち上がる。


「メグ――ッ!」

「何?」

「ミチ――ッ!」

「何だよ?」

「好きって言ったぞ――ッ!」


 そうして二人に抱き付く。


「言ったぞ――ッ!」

「よくやったぞ、みこ」

「やっと言えたね、みこ」


 恵と実知はしゃくり上げながら私の頭を撫でてくれた。


「あーあ、最後の最後で水野だけ彼女持ちだよ」


 腕組みをして首を振る高瀬。


「え? なんでだー?」

「はぁ?」


 声を上げたのは柳本。


「なんでって何だよ。お前ら好き同士なんだろ?」


 高瀬にうなずく由起彦。


「じゃあ、付き合うんだろ?」


 柳本に首を傾げる由起彦。


「なんでそこで首ひねるんだよ。え? 付き合わないの? お前ら」


 由起彦が私を見る。私も由起彦を見る。


「別に付き合いはしないよな?」


 え? そうなの?

 好き同士はお付き合いするのでは?

 私は当然そのつもりだったし、いろいろと妄想がスタートしてたんだけど。

 でも由起彦的には自動的にそうなるものではないらしい。

 なんか、釈然としないものがあるんだけど。


「え? お付き合いしないの、私達」

「別に付き合う必要はないだろー。それはそれ、これはこれだってー」

「じゃあ、二人はデートもしないの?」


 涙が乾いたらしい恵が聞く。


「遊びになんてしょっちゅう行ってるぞー」

「いや、遊びとデートは違うだろ」


 そう、柳本の言うとおりのはずだ。

 ただの遊びには甘い空気なんてないのだ。そういう甘いのが欲しいのだ。


「そんな変わらないってー」

「分かった!」

「何が、高瀬君」

「お前、めちゃくちゃテンパってるだろ」

「分かる?」

「あ、ホントだ、顔色悪いね。土気色だ」


 恵もそう言うので見てみると、まずもって唇が乾ききっていて酷いことになってる。


「とにかく俺達は付き合わない。今まで通り。それでいいよな、みこ」

「まぁ、由起彦がそう言うなら」


 どうも、テンパりすぎて前へ進むのをビビっているな、こいつ。

 なんでここでヘタレるんだよ、という気がしなくもないけど、どこかでホッとしてもいる。

 私達はあまりにも長い間一緒に時間を過ごしすぎた。急にアツアツのラブラブとか無理っぽい。よくよく考えてみれば、照れくさくって無理っぽい。

 まぁ、いいじゃない、ゆっくりで。


「いやいやいや、好き同士って分かって今まで通りなんてないだろ」


 実知が激しく首を振る。


「まぁ、由起彦こんなだし、ちょっとずつ前に進んでくってことで」


 とりあえず私がフォローを入れておく。

 なんか似たようなことを最近聞いた気がする。今年二十九才のヘタレが同じようなことを言っていた。あの時は呆れたが、当事者になると気持ちが分かってきた。うん、仕方ないよね。


「ほな、うちにかてまだチャンスはあるな」


 両手を腰にやってにんまり笑っている夏生がいた。


「あれ? ナッツン平気な顔してるな?」


 実知が夏生を見て言う。


「こんなん、前から分かり切ったことやん。それはそれとしてウチは我が道を行くんや」


 なんてはた迷惑な。


「でももう諦め時だろ、どう見ても」


 高瀬がため息交じりに言う。


「付き合いが長すぎて前へ進めへん二人。やがてぎくしゃくしてくる。そこへつけ込むウチ。そういうシナリオや」

「うわ、蛇みたいだね」

「結果的にモノにできたら、どんな手使こてもええんやっ!」


 へこたれない奴だなぁ。まぁいいけど。


「うーん、なんかイマイチ最後の方が締まらなかったけど、今日はこの辺にしとこうか」


 恵がのろのろと机の上の片付けを始める。


「すみませんねぇ、うちの由起彦が頼りないばっかりに」


 私も自分の勉強道具を片付けていく。


「おいおい、さっそく女房気取りですぜ、柳本君」

「神聖な学舎で不埒な輩ですなぁ、高瀬君」

「え! 冷やかされるのは冷やかされるの?」


 少なくともそのウザさからは解放されるはずだったのに。


「当たり前だろ、独り身のひがみをたっぷり味わってもらうぞ」

「学校でイチャイチャするのは許しがたいしな」


 本当に何も変わんないじゃん!




 そのままみんなで下校。

 実知と別れて由起彦と二人で『野乃屋』を目指す。


「はぁ、俺ってみこが好きだったのかぁ」

「え? 何その、今発見したんだ感」

「実際そうだしなー。元町等が騒いでるの見てて、ようやく気付いたんだよ」

「なんだそりゃ」

「そういうみこはどうなんだー?」

「私? 私もあの時ようやく知ったわね」

「なんだそりゃ」


 うつむいたら由起彦の手が見えた。ハンドボールで鍛えた頼もしげな手だ。

 由起彦の頼もしさを感じたくなり、そっと自分の手を伸ばした。

 お互いの手が触れた途端、由起彦の奴は手を引っ込めやがった!


「ちょっと、なにそれ!」

「お前こそなんだよ、急に変なことしてくんなよな」


 顔を真っ赤にして自分の手を守っている。


「いやいやいや、手ぐらい今までだってつないだことあるでしょ?」

「今は勘弁してくれ」


 そっぽまで向きやがった。

 はぁ? マジですか。手をつなぐのも駄目なんですか。

 いや、私だって積極的なスキンシップを望んでるわけじゃないけれど、ちょっと触れ合って今の気持ちを確かめ合いたいとかそういうのがあるんですよ。

 それをこいつは、まったく。

 またトボトボと歩いていく。

 そして『野乃屋』へ。


「まぁ、いいや。いらっしゃいませ、何になさいますか?」

「怒ってる?」

「当たり前じゃない。それよりどれにする」

「みこが選んでくれよなー」

「分かったわ。ホント、いつも通りよね」


 ショーケースから苺大福と芋羊羹を選んで箱に詰める。

 そして五百円をもらってお釣りを二百二十円。

 箱を由起彦に渡す。


「悪いな、幸せすぎて、どうにかなっちまいそうなんだよ」


 それは私もです。


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