友達の頼みは断り切れぬ
水野由起彦には二人の友人がいる。
高瀬と柳本だ。下の名前はいちいち覚えていない。
三人とも、同じクラス、同じ部活なので仲が良い。
高瀬はお気楽なお調子者だ。これはクラス中の誰もが認めるところだ。
柳本は見た目が大きい。ボーッとしている事が多く、しょっちゅう先生に怒られている。
水野はいつも眠たそうで、間延びしたしゃべり方をしている。
つまり三人とも、女子にモテる要素がない。これはクラスの女子の誰もが認めるところだ。そう思っていた。
私の友人、桜宮恵は、その名の通り恵まれた人だ。
才色兼備と言う奴だ。しかも運動神経もいい。
そんな恵が私に話しかけてきた。
「みこちゃんって、柳本君と仲が良いよね」
意外な事を言い出した。むしろ普段ボーッとしているくせに、私と水野が話していたりすると、即座に嗅ぎ付けて冷やかしてくるあいつは天敵だと思っていた。
「いや、仲が良いって事はないよ。ていうか、何で柳本君?」
「柳本君って、好きな娘いるのかな?」
「は? いや、全然知らないけど。え?何で?」
「まだ分からないのかよ、みこ。メグはあいつにホレてるんだよ」
息を弾ませながらやってきた元町実知が言う。今は体育の授業中だ。
恵は顔を真っ赤にしてうつむいた。
うわ、そうなんですか。あんなでくの坊のどこがいいんだろうか?
「でくの坊は酷いよ、みこ。柳本君は、私が重い物持ってると代わりに持ってくれるし、部活の時なんてすごい真剣な顔でゴールキーパーをしてるんだよ」
いつの間にか心に思った事が口に出たらしい。恵が必死で柳本を弁護する。
「メグの荷物を持ってくれる男子なんて一杯いるじゃない。前なんて、私一人置いてけぼりにされたし」
水野が助けてくれなかったら、危うく一人で泣くところだったのだ。
「で、でも柳本君は特に荷物を持ってくれるのよ」
「なんだ、向こうも気があるんじゃん。しょーもね」
実知の言うとおりだ。両想いという奴だ。しょーもね。
「何だよ、これでメグも彼氏持ちかよ」
「『も』って何よ?」
「みこは水野じゃん」
「それは違うって、前から否定してるよね。とにかくメグ、両想いみたいよ。良かったね」
「でも柳本君、私とは一言も口を利いてくれないし」
それは思春期の男子にありがちな行動である。意識しすぎて話も出来ないのだ。いちいち説明しないと分からないのだろうか。
「でも……」
「よし、ダブルデートだ。メグと柳本、みこと水野でダブルデートだ」
実知が余計な事を言い出した。
そんな羞恥プレイは全力で回避しなくてはならない。
「じゃあいっそ、ミチと高瀬君もくっついてトリプルデートで行ってみようか」
「うわ、それは勘弁」
実知が心底嫌そうな顔をする。常々実知は、馬鹿は嫌いと言っていた。
死なばもろとも作戦はうまく行った。これでダブルデートの悪夢は流れた。
「じゃあ、六人で遊ぼうよ」
恵が食い下がった。余程柳本とお近づきになりたいらしい。私達を巻き込んで。
「お願い。この通りだから」
恵の「この通り」は土下座なんかではなかった。潤んだ瞳で見つめてくるのだ。そして私達は、そんな恵に逆らうことが出来ないのだ。
「……と、いう訳なのよ」
その日の夕方。私の実家、和菓子屋「野乃屋」にて。
いつものようにお祖母さんのお茶菓子を買いに来た水野由起彦に、事のあらましを告げる。
「桜宮さんが? 柳本に?」
同じセリフさらに二回繰り返した。余程受け容れがたい現実だったらしい。実のところ、私もそうだ。
美人として名高い恵がでくの坊に恋をしているのだ。奇々怪々極まりないのだ。
「で、一緒に遊びに行くと言う訳かー、俺達を巻き込んで」
「そう、私達を巻き込んで」
「でも、その六人でどこへ遊びに行くんだよー」
「全くのノープランです」
「それも考えろって言うのかー?」
「お願い、水野君」
私も恵の真似をしてみる。
「丸投げはありえないってー」
全く効果がなかった。
柄にもないことをしてしまった上にスルーされるとは、かなり恥ずかしい。
「遊園地でも行く?」
「金のかかるところは嫌がるぜー?」
「動物園ぐらい?」
「いや、金かかるだろー」
え? 動物園って、千円もかからないでしょ?
ああ、そうか、お店の手伝いをしていてお小遣いが豊富過ぎる私は、そこらの学生と金銭感覚が違うのだった。忘れがちだが、気を付けねばならない。
「じゃあ、どこがいいのよ」
「キャッチボールとか?」
バッティングセンターですらない! しかし女子、ましてや恵が喜ぶとは思えない選択だ。
「無難にピクニックかな」
「ピクニック~?」
「女子がお弁当作って、鳥見ヶ丘公園に行くのよ」
鳥見ヶ丘公園は、ちょっと歩いたところにある、割と広い公園である。花壇がいっぱいあり、芝生の広場もある。
「そこでキャッチボールか」
何故そこまでキャッチボールにこだわるのだろうか? 別にフリスビーでも何でもいいのだ。
「それでいいわね。じゃ、柳本君と高瀬君を誘っておいてよ」
「あいつら、素直にうんと言うかな?」
「何で?」
「何しろ俺達は硬派だから」
「ふーーーーーん、じゃ、頼んだし」
土曜日。私のお店の前に六人が集まる。
私と実知はほとんど普段着だ。外で遊ぶつもりだから、ジーパンとカーゴパンツだし。
高瀬と由起彦はもっとやる気がない。あれは部屋着じゃないのか?
恵は気合いが入っていた。長いめのフリルの付いたスカートだ。あまり活動的に遊ぶつもりはないようだ。しかし女子をアピールしている。恵に似合っているし、まずは良いだろう。
柳本はよく分からない。奴なりに精一杯頑張ってお洒落したのだろうか? そう思わせなくもないが、私の目から見ると失敗していると言わざるを得ない。まぁ、男子のファッションなんてよく分からないのだが。
しかし残念ながら空はどんよりしている。
「予報だと昼から雨だったけど」
この分だと振りそうだ。
「そうなんだ、じゃ、解散だな」
高瀬がさっそく帰りかける。まぁ、こいつがいなくなっても全然構わないのだが。
「でもせっかくお弁当作ったのに……」
恵が目を潤ませる。
私と実知はこの目に弱い。
恵にホレている柳本も、このチャンスをみすみす逃すつもりはない。しかし奴に策はなさそうだ。ただキョドキョドしている。本当にこいつのどこがいいのやら。
「じゃあ、私の部屋に行く? 六人くらい入れるし」
一人っ子なので、大きい部屋をあてがってもらっているのだ。
と言う訳で、私のお部屋訪問と相成った。天気予報を見て、今朝のうちに片付けを済ましておいて正解だった。私に死角はない。
「大富豪する?」
「普通のゲームはないのかよ?」
「テレビゲーム?ないよ」
私は基本、お店の手伝いで忙しいのだ。暇つぶしのテレビゲームなんて、ある訳がない。
とにかく大富豪をする。
「よし、また俺が大富豪だ!」
柳本が空気の読めない一人勝ちを続けた。
せっかく隣に恵を座らせているのに、完全にゲームに夢中である。ガキである。
普段ボーッとしている癖に、無駄にカードゲームだけ強いとか、よく分からない奴である。どうも、やたらとカードの引きが良いみたいだ。
「さっきからずっとメグが大貧民じゃない。柳本君、メグと組んで教えてあげなよ」
親切な私が助け船を出す。
「え? いや、それは」
途端に尻込みする。
「良いハンデじゃん。あんたばっかり勝って面白くないんだよ。空気読め」
実知も辛辣に援護する。
これで柳本の連勝街道もストップした。
ぎこちなく協力プレイをする恵と柳本、見ていて微笑ま……いや、イラついてくるな。
恵は積極的に柳本に話しかけている。しかし柳本が駄目だ。さっきから、「はぁ」と「ええ」しか言っていない。
私が隣の由起彦をヒジでつつく。
「おい、柳本ー、ちゃんと教えてやれよなー」
「お、おう」
「どれを出そうか? 柳本君」
「はぁ」
「これがいいのかな?」
「ええ」
まるで駄目である。え? このフォローを私がしないといけないわけ?
「柳本君やる気あるの? 次、大貧民になったら、あんたら二人、手を繋いで商店街一周してきなさいよね」
「え?」
「ええ?」
もはや強引にくっつけるしかなかった。二人ペアになってから負けが込んでいるし、さっさと陥れて大貧民にしてやるのだ。
と思っていたら、私が大貧民になってしまった。
「よーし、じゃあ、大貧民の野宮と貧民の水野で商店街一周行って来い」
高瀬が余計な事を言い出した。
「私は関係ないでしょ?」
「何言ってんだよ、自分で言った罰ゲームだろ。大人しく、大富豪様の言う事を聞け」
大いばりの大富豪様が言う。く、まさかの展開だ。
結局、私と由起彦二人、部屋を追い出されてしまった。
「お前、余計な事言うからー」
「仕方ないでしょ、あの二人をくっつけないといけないんだから」
「俺達がくっついても仕方ないだろー」
二人仲良くお手々繋いで商店街引き回しの刑である。
私のお店は商店街の中にあるので、この商店街の住民は全員丸ごと私の知り合いである。
「お、どうしたんだ? デートか?」
「見せつけるね」
「ご祝儀だ、これ持ってけ」
煮干しを持たされた。
あああああ、この話が商店街中に広まってしまうのは確定だ。何たる羞恥プレイ。清純な私のイメージがガタ落ちだ。
それもこれも。
「柳本君、ヘタレ過ぎるよ」
「あいつは女子が苦手だからなー」
「本当にメグの事、好きなのかな?」
「それは本当だなー。言われて思い出したら確かにそうだった」
「そうなんだ?」
「好きなグラビアアイドルが桜宮さんそっくりなんだよー」
「え? それは何だか微妙ですよ?」
奴が好きなのはグラビアアイドルであって、恵ではないのでは?
単に似ているから気になるけど、別に本人が好きという訳ではないのでは?
えー? その場合どうなるんだろう。まぁいいか。柳本の意志がどうであろうと、恵は奴にホレているのである。強引にでも、二人をくっつけてしまえばいいのだ。
ただ問題なのは柳本がヘタレと言う事である。恵の方から押しても、奴は逃げかねない。
「何としてでも二人をくっつけないと。柳本君を何とか屈服させるのよ」
「屈服? 屈服なのかー?」
「柳本君の意志は関係ない。恵の愛の前に屈服させて付き合わせるのよ」
「どうやるんだよー?」
「それを今から一緒に考えるのよ」
「俺もー?」
「このまま私達だけ恥かいて終わりなんて許せないわ」
握り合った拳を振り上げる。
と、急に雨が降り出してきた。この商店街には残念ながらアーケードというものがない。
「濡れるー」
二人走って家まで戻る。
「げ、みこ、それはヤバって」
「え、何が? あっ! 見た?」
「いや見てない」
「いや見たでしょ?」
「ごめん、見た」
白いシャツ一枚なんてやめておくんだった。思いっきり透けてブラを見られてしまったじゃないか。しかも何の気合いも入っていない奴である。何? この罰ゲーム?
しかし半泣きになっていても事態は改善しない。由起彦にバスタオルを渡して、母さんに着替えを取りに行ってもらって、洗面所で着替える。
そして洗面所を出たところで、上半身裸の由起彦。
「ギャー! 何?」
「何って、服借りたんだよー。いいって言ったんだけどなー」
「隠せ、隠してくれ」
洗面所に逃げ戻る。
心に傷を負って自分の部屋へ戻ったところでお昼時となった。
さて、お弁当である。
恵はおかずを作ってきた。唐揚げやら卵焼きやらいろいろ、いや、本当にいろいろあるな。かなり気合いを入れて作ってきた様子。
才色兼備の恵だが、実は料理が壊滅的に駄目……なんて事はなかった。恵は料理も完璧だった。
「おお、うまい」
柳本の言葉にテレテレする恵。
実知はおにぎりを作ってきた。実知は料理が出来ない。普段からそう言っている。だから、失敗する可能性の低いおにぎりを担当した。形は歪だが、取りあえず食べるのに支障はない。
「ちょっと辛いけどな」
高瀬は余計な事ばかり言う。
さて、地雷は私だった。
「甘!」
「辛!」
「酸っぱ!」
ええ、分かっていましたとも。私は和菓子を作るしか能のない女。普通の料理は作れないのだ。今回作ってきたのは和食だが、私はどんな料理を作っても、味の加減が分からないのだ。
「あんた、食べ物屋の娘じゃないのかよ」
「和菓子はちゃんと作れるわよ。何の問題もないわ」
半分以上やけになって胸を張ってみせる。ちなみにブラもさっき着替えた。若干可愛いめの奴に。
とにかく食事である。当り前だが、私の作った料理だけなかなか減らない。さっきから食べているのは、私と……由起彦である。
「いや、無理して食べなくてもいいから」
「もったいないしなー」
そう言って、箸を伸ばしてくれる。
「見せつけるなー、水野」
また高瀬が余計な事を言う。
「全くだ。お熱いですなぁ」
あれ? 柳本? 今日のお前は冷やかす側ではなくて、冷やかされる側なんですよ?
「それより柳本君、メグの料理はどうよ。あんたの為に腕を振ったんだから」
「俺の為?」
柳本が固まる。もうこうなったら強引に話を進めてやるのだ。
「ち、違うって、みんなの為だから。みんなの」
「テレなさんな、メグ、もうハッキリしちゃいなさいよ」
「そうだそうだ。ガツンとかましてやんなよ」
友達二人に追い込まれる恵。目が潤んでいるが、この際構っていられない。
「頑張れ、メグ」
「一気に言っちまえ、メグ」
ようやく覚悟が固まった恵が、柳本を見る。
居住まいを正す。
「柳本君、聞いてもらいたい話があるんだけど」
「お、おう」
つられて柳本も正座をする。
見守る私と実知。
何故か自分も正座する由起彦。
呑気に弁当を食べ続ける高瀬。
「私と、お付き合いして下さい」
高瀬の箸から唐揚げが落ちる。
言った。言いました。
メグちゃん、やれば出来る子です。
ふー、ついさっきの心の傷も、これで報われるというものだ。
「その前に……」
「その前に?」
「聞いておきたいことがあるんだけど」
柳本が喉を鳴らす。何? 何の話?
「桜宮さんて、胸、何カップ?」
え? 何? よく聞こえなかった。何の話?
「え?」
「A?」
「ええ?」
「AA?」
「え、ええ」
「AAなんだ~」
がっくりと床に両手をつく柳本。
何? 全く話が見えません。
「あー、駄目だ。柳本は巨乳派だから」
「例のグラビアアイドルはFだからなー」
「Cは欲しかった。と言う訳で、この話はなか……」
柳本が言い終わる前に恵の平手が頬を打った。
「最低! 最低! 最低!」
恵が実知の胸に飛び込んだ。実知が優しく恵の頭を撫でてやる。
「うわー、今のはないわ」
「えー? そうなのかー?」
「最重要だろ」
「あんたらも最低だわ」
確かに恵は胸の発達が遅れている。それがほとんど唯一のコンプレックスなのだ。そこを的確に突いてくるとは……恐るべし、馬鹿な男子。
こうして楽しいお遊び会は終了を遂げてしまった。
早々に男子どもを追い出し、午後はメグを慰める会という名の女子会をして過ごす。
そして夕方。どうにか歩ける程度には立ち直った恵を見送った後。
いつものように店番。
由起彦が現れる。
「おーす、あれからどうなったー?」
「どうもこうもないわよ。あんたらは深い深い心の傷を、ピュアなあの娘に与えてしまったのよ」
「え? 俺も?」
「あんたらも柳本君に同意してたでしょうに」
「いや、まー、あれは柳本の考えを代弁しただけだよー」
「本当に最低だわ。見損なった」
「そう言うなよー、あ、これ服ありがとう」
「どういたしまして」
洗濯済みの服を渡される。
「俺は気にしないしー」
「いや、気にしなさいよ」
「みこの胸はまだまだこれからだってー」
「ああ、そう言う事。ちょっと、そこ動いちゃ駄目よ?」
「え? 何?」
私はカウンターを出ると、十分な助走を付けて、飛び蹴りを由起彦に喰らわせる。
みぞおちを押さえて由起彦が崩れ落ちる。
股間でないのはせめてもの情けである。
馬鹿な男子は本当に最低だ。
ずっと気になっていたので、最後の方に一文加えました。
恵の胸のサイズを知った後の柳本のリアクションです。
「と言う訳で、この話はなか……」
↓
「Cは欲しかった。と言う訳で、この話はなか……」
元の文だと、グラビアアイドルと同等のサイズを求めていたみたいになるので。さすがにそれは見たら分かるはず。
どっちにしても最低です。