作れる和菓子が増える
さて、私、野宮みこはいつものように家がやっている和菓子屋『野乃屋』の店番である。
そろそろあいつが来る頃だ。お祖母さんのお茶菓子を買いに来る。
中学三年も終わりに近付いて部活はやっていないので、学校から一旦家に帰ってこの時間になるとわざわざ出てくるのだ。
ああ、来た来た。
「ちわーっす」
「いらっしゃい」
いつものあいさつ。
水野由起彦は私の顔を少し見た。
「なんか、機嫌よさそうだなー」
そのとおり、今の私は機嫌がいい。それにすぐ気が付いたのは褒めてやろう。
「そうなの。今日は記念すべき日なのよ」
「なんかあったっけー?」
首を傾げる。
知る訳がない。つい今さっき記念すべき日と決まったのだ。
「どら焼きなのよ」
「どら焼き?」
「私、これまでお店に出せるどら焼きを作れなかったのよ」
「はぁ」
「ジャジャーン! 今日から野宮みこ、どら焼き解禁でーす!」
ショーケースにあるどら焼きの方へ両手をやってヒラヒラ振る。
ここまでの道のりは長かった。
もう何ヶ月も挑戦し続けていたけれど、祖父さんが納得できる物は作れなかった。
それが、今日、ついに、祖父さんが首を縦に振ったのだ!
「はぁ」
気のない返事。
「はぁ? いやいやいや、どら焼き作るのってめちゃくちゃ難しいのよ? うまく焼けるようになるのにどんだけ苦労したと思ってるのよ」
「そう言われてもなー。和菓子作りなんて知るかよー」
あくびまでしやがった。
「あんたねー、その態度は何よ。ちょっとは喜びを分かち合おうとか思わないの?」
一緒になって喜んでくれると思ってたのに……。
あ、やべ、なんか。
「おい、泣くなよなー。分かった分かったって。よかったなー、みこ」
「全然気持ちが入ってない」
「あー、じゃあ」
咳払いして背筋を伸ばす。こっちも背を伸ばして待ち受ける。
「おめでとう、みこ。頑張ったんだな」
「ありがとう。私、頑張った」
にっこりとお互い笑顔。
「うーん、でもなんかむりやり言わせた感が強いわね」
「実際そうだしなー」
そう言うと、早々にショーケースの中を物色し始めやがった。
もういいや、甘味が苦手なこいつに私の感動は伝わらない。
さっさと売る物売って、追い払おう。
「で、今日は何にする?」
「みこが選んでくれよなー。俺、和菓子はよく分からんから」
「はぁー、いつも通りよね。今日はこれとこれがおすすめよ」
「じゃあ、それ」
「二百六十円になります」
ショーケースから苺大福と草餅を取り出す。
「あ、それとどら焼きもくれよ」
「え? 三つになるわよ」
お祖母さんはいつも和菓子を二つ食べてくれている。
食も細くなっているし、それ以上は多すぎるのだ。
「どら焼きは俺が食うからさー」
「でも由起彦、甘いの駄目じゃない」
「いいだろー、別に」
「じゃあ」
どら焼きも一緒に箱に入れて渡す。
「このどら焼き、みこが作ったんだよなー」
「そうよ」
「じゃ、明日また学校でなー」
そう言って帰っていった。
ああ、そうですか。好きでもないのに、頼みもしてないのに、私のどら焼きを買っていったんですか。
やべぇ、顔がニヤついて止められない。