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台風の日に来客

 直撃コースだった台風はうまい具合に逸れてくれたけど、端の方には引っかかって今日は雨である。

 その雨の様子をお店の店番をしながらなんとなく眺めて過ごす休日の午後。

 さっきちょっと止んだけど、また降り始めてきた。

 風もあるし、今日はほとんどお客が来てくれない。店番の時間ももうすぐで終わりだ。

 雨が戸を叩くだけの静寂は、その戸が開かれることで破られた。とはいえお客が来たわけではない。


「みこちゃん、ちょっと、ちょっとだけやー」


 うるさいクラスメイトの夏生である。

 上から下までずぶ濡れだ。


「雨宿り?」

「せや。止むまでおらして」

「あんた、今日みたいな日に外うろつくとか何考えてるの?」

「雨止んだやん」

「まだまだ台風の中だし。天気予報くらい見なさいよ」

「公園行っても誰もおらんし」


 駅向こうに住むこいつがこっち側の公園に来る理由はただ一つ。水野由起彦に会うためだ。

 私の幼馴染みたる由起彦が好きだなどと言うこいつは、由起彦が公園でよく筋トレするのを知っていて、わざわざ出張ってくるのだ。

 なんかやぶへびだし、その辺のことには触れずにいよう。


「風もきついわねえ。傘貸してもいいけど今だと危ないかな?」

「どうせすぐ止むやろ」

「楽観的ね。その前に風邪引きそうよね。うちに上がって着替えてきなさいよ」

「え? そんなん悪いて」

「いいよ、それくらい。もう店番も終わりだし、来てよ」

「いや、ええてええて」


 しつこく遠慮してきたけど、風邪を引きそうなのを黙って見過ごすわけにはいかない。家の中に引きずり込む。

 確か父さんの着ていないTシャツがあったはずだ。

 自分で買わないくせに、父さんは気に入らない服だと一度も着ないで放置するのだ。

 しかも買ってくる母さんのセンスにも問題があった。安ければ何でもいいという主義なのだ。

 というわけで、夏生が着たシャツは蛍光色で「Welcome to the HELL!」と描かれた物だった。


「みこちゃんチて地獄なん?」

「その辺突っ込まないでよ」


 雨と風が落ち着くまで私の部屋で時間を潰すこととなった。

 とはいえなぁ。

 こいつと話す事なんて何もない。かといって放置して私だけ勉強するとかも感じが悪い。

 とりあえずお菓子でも与えておこう。


「クッキーと和菓子、どっちがいい?」

「クッキー」

「え? 和菓子屋に来てクッキー?」

「だって和菓子は売りもんやん」

「あそ」


 こいつなりに気は使えるらしい。

 というわけで、クッキーとオレンジジュース二つを持って部屋に戻る。

 戻ると夏生はベッドにもたれかかって頭を投げ出し、全身で「ヒマ」を表現していた。


「マンガでも読む? 言っても一つしかないけど」

「あ、それ全部読んだ」


 はい、暇つぶしネタ全滅。


「和菓子屋かー」


 テーブルに肘をついてクッキーをくわえながら夏生が大きい声の独り言をこぼす。


「和菓子屋がどうかした?」

「いや、自分チでお店やってるてなんか想像でけへんわ。うち、サラリーマンやし」

「まぁ、こっちは生まれた時からお店なんだけどね」


 百パーセントオレンジジュースに口を付ける。


「そんで大人になったら後継ぐんや?」

「そうよ」

「ふーん、なんやおもろいな」


 頭を左右に傾けながらそんなことを言う。


「まぁ、私にしたら当り前なんだけどね」

「ちょっと恥ずかしい話してええ?」


 身を乗り出してきた。


「日が出てるのに下ネタとか勘弁してよ」


 夜でも勘弁だけど。こいつの場合、露骨でキツいのをやらかしかねなかった。


「違うて、夢の話」

「夢?」

「うちてなー、大人になったら自動車の設計する人になりたいねん」

「車? ものすごい唐突ね」

「うちのおっちゃん、オカンの弟やけど、その人が車の設計屋やねん。うちなー、そのおっちゃんが小さい時から好きやってんわ。小五の秋までな」

「ふーん? 恋の終わりをはっきりと覚えてるんだ?」


 叔父相手に告白でもしたのか?


「そん時結婚してんわ」

「なるほど」

「そんでもずっとしてくれてた車の話が残ってて、それがうちの夢になってん」

「そうなんだ。うちの祖父さんも車好きよ。お店のワゴンもいろいろ改造してるらしいし」

「ああ、川遊びの時に借りた奴な」

「そうそう」

「あれ笑えたな。咲乃さんがアホみたいな運転やらかしてな」

「あの人は常にやらかすのよ」


 夏生がべったりとテーブルの上に寝そべった。


「うちてなー、あんなん初めてやってん」

「まぁ、最悪な運転だったよね」

「ちゃうちゃう。みんなで遊びに行くとか」

「そうなんだ?」

「うちて友達おらへんからなー」


 ごろりと身をひねって仰向けになる。


「え? 全然そう見えないけど」


 噂好きで常に何かしらわめいている印象しかない。クラスメイトどころか学年の違う生徒とも話をしているのだが。


「話する子とかはいっぱいおんねで? せやけどガッコ終わってから遊ぶ子ておらへんねん」

「へー、なんで?」


 夏生が起き上がり、テーブルに片肘をついて手のひらにあごを載せる。


「なんでてなー。なんでやろ? なんや逃げてまうねん、うち。うーん、怖いんかな? よー分からんけど。近寄ってええかどうかて難しない?」

「そう? 普通に仲良くなるもんじゃないの?」


 私はそんな感じだ。

 まぁ、実際に遊ぶのは恵と実知ばっかりだけど、それでも他の子も入れて遊ぶこともある。普通そうじゃないの?


「そうやねんなー、みこちゃんのそういうとこ、うらやましいねんなー」

「そう言われてもねぇ」

「それにみこちゃんてめっちゃ喋りやすいやろ?」

「いや、自分じゃ分からないけど」

「喋りやすいねんて。今みたいな話すんのも、うち初めてやし」

「初めてばっかりね。でもそうなのかな? 全然自覚ないけど」


 そんなこと言われたのは、それこそ初めてだ。

 三人でいるときに話しかけられるのはたいてい私だが、それは恵が引っ込み思案で実知がきつめのしゃべり方をするからでは?

 うーん、どうなんだろうなぁ。言われて初めて考えてしまう。


「でも、なんやかや相談されたりしてるやろ?」

「なんでそんなの知ってるの?」

「ん? 噂辿ったいったら話に出てくんねん」


 この噂好きは探偵まがいなことまでやってるのか。


「やっぱ、お店でお客さんの相手してるからやろか?」

「どうだろ? 小さい時から人見知りはしなかったらしいけど」


 今度は私が片肘をつく。

 私は赤ちゃんの頃からほとんど人見知りをしなかったらしい。

 そう言われてもふーん、としか思わなかったけど、これって珍しいのかな?


「生まれつきの客商売の女なんや? なんやカッコええな」

「まぁ、それはそうね。生まれた時からここを継ぐって決まってたし」

「ふーん、うちもバイトとかしたら変わるんかな?」

「うちでやる?」

「うーん、いや、やめとくわ。うち恥ずかしがりやし絶対無理!」


 わたわたと手を振るのがちょっとかわいい。


「まぁ、友達くらい、そのうち勝手にできるわよ」

「ほな、みこちゃんは?」


 夏生が身を乗り出して顔を近付けてきた。近いよ。


「私かー。私はどうだろ?」

「えー、なんやあかんやん。今めっちゃ勇気出したのに」


 ベッドの横側に身を投げ出す。

 うーん、友達か。夏生と?

 こいつとは由起彦を巡って因縁があるからなぁ。

 まぁ、でもこうやって話をしてみると悪い奴じゃないのは分かってきた。

 いいんじゃないの? 友達。


「嘘だよ、これから友達で」


 片手を差し出してやる。


「ホンマ?」


 身を乗り出してくる。


「ホンマ」

「ほな、よろしゅう」


 向こうも手を出して握手。

 本当にうれしそうに、顔をニマニマさせている。


「あ、雨止んでるわよ」

「あ、急いで帰るわ!」


 言い終わる前に立ち上がっていた。

 お店の外まで見送る。


「今日はみこちゃんとお話できてうれしかったわ」

「私も。こうやって話したのって初めて?」

「せやな。なんや水野の話、いっこも出てけぇへんかったな」

「ああ、そういえばそうね。いいんじゃないの? 別に」

「せやんな。ほな、また明日」

「また明日」


 夏生が手を振りながら帰っていく。

 しばらく見ていると、途中でこっちを向いてまた手を振ってきた。

 こっちも振り返す。

 見上げると、空はあいかわらず雲が垂れ込めていた。

 こんな天気に、今日はちょっと感謝だ。


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