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夏休み最後の日に

 今日は八月三十一日。夏休み最終日だ。

 人によれば夏休みの宿題に追われている日であるが、私は毎年二十九日までに終わらせている。私に死角はない。

 商店街の中を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「こんちは、みこちゃん」

「ナッツンこんにちは。どうしたの?」


 夏生は駅向こうのマンションに住んでいる。わざわざ駅の陸橋を越えて来たからには、なにがしかの用があるのだ。


「んなん、決まってるがな。水野の家行くねん。みこちゃんはもう行ってきたん?」

「まだよ。今から行くところ」

「じゃ、一緒に行こや」


 断る理由はないので、二人並んで歩いていく。


「当り前のように今日が何の日か知ってるのね」

「当り前やん。好きな男子の誕生日くらい余裕で把握や」


 そう、今日八月三十一日は水野由起彦の誕生日。

 私はそれに合わせて二十九日までに宿題を終わらせ、三十日にプレゼントの用意をし、三十一日に渡しに行くのだ。

 噂好きの夏生の情報網なら、由起彦の誕生日くらい余裕で把握なのだろう。


「みこちゃんはどんなプレゼントにしたん?」

「内緒」

「うちはこれやで」


 口の軽い夏生は自分のプレゼントを見せびらかすのに躊躇がなかった。

 夏生が取り出したのは一枚の封筒だった。


「名付けて『うちが勉強教えたる券』。成績の悪い水野にうちが勉強教えたるねん」

「そのままね。でもそれって、あんたが水野君に近付きたいって下心が露骨に漏れ出てるわよね」

「う、やっぱ分かる?」

「丸わかりじゃない。向こうも受け取らないんじゃないの?」

「そうやろか。会心の作戦やったのに」

「成績いいくせに抜けてるわね」

「どうしよ、受け取ってくれへんかったらかなりショックやで」

「もっと無難なのにしときなさいよ。商店街にスポーツ用品店あるわよ」

「うー、いや、やっぱうちはこれに賭ける!」


 ちっ。

 由起彦の性格からして、無下に断る可能性は低かった。そしてもらったからには一回くらい使わないと悪いだろうと考えるに違いなかった。

 私の横にいるこの飢えた狼と二人きりで勉強会とか、到底許せるものではなかった。

 しかしこの女を諦めさせるのは無理っぽい。執念深すぎるのだ。

 そうこうするうちに由起彦の家にたどり着いてしまった。

 私が呼び鈴を押すと、由起彦のお母さんが出てきた。私とは小柄仲間な人だ。


「こんにちは、おばさん。あ、これどうぞ」


 持ってきていた『野乃屋』の葛餅を差し出す。


「賄賂! 抜かりな!」


 小さく叫んだ夏生。


「この娘と二人合わせてという事で」

「わざわざいいのに。ありがとうね、ナッツンちゃんも」


 え! 夏生を知ってた? しかも変なあだ名の呼び方までしている。

 こいつこそ抜かりねぇ。


「まぁ上がってちょうだい。あの子も部屋にいるから」


 お母さんが由起彦を呼びに奥へ入っていった。


「みこちゃん感謝やー」

「貸し一つね」




 由起彦の部屋はあいかわらず殺風景だった。ダンベルとかスポーツ雑誌とかが、かろうじて個性を感じさせる程度だ。


「よー」


 そしてこいつもあいかわらず寝起きみたいな態度だ。


「ナッツン、渡したら?」

「お、おう。あ、水野これ、お誕生日おめでと」


 柄にもなくモジモジと封筒を渡す。

 なんだかラブレターでも渡すみたいなので、若干イラッときた。いや、今は夏生のターンだ。我慢しよう。

 この後、『うちが勉強教えたる券』の説明がなされた。

 嘘の付けない由起彦の表情が微妙なものとなる。そこには若干の葛藤が見られた。

 しかし予想通り由起彦は受け取った。


「やった、ありがと!」

「こちらこそ、ありがとう」


 あいかわらず微妙な表情の由起彦が応じる。


「じゃあ、用が済んだんだし、あんた帰りなよ」

「え? まだ来てすぐやん」

「さっきの貸しを行使します」

「いけずやな。まぁ、用は済んだしええわ。ほな水野、その券使ったってな」

「おー、二学期になったら使うわー」

「絶対やで」


 ひらひらと手を振りながら夏生が出ていった。


「ホントに使う気?」

「まー、勉強教えてくれるのは助かるしなー。野宮も一緒に教えてもらおうぜー」

「なるほど、その手があったわね」


 二人きりじゃないと駄目だというルールではなかったのだ。やっぱりあいつは抜けている。

 まぁ、今はそれよりも。

 

「はいこれ、誕生日おめでと」


 持ってきていた小さな箱を渡す。お店でラッピングしてもらった物だ。


「おう。開けるぞ?」

「どうぞ」

「石?」

「メノウよ、メノウ。この前川に行った時に拾ったの」

「拾った石かよー」

「でもきれいでしょ?」


 角が取れて丸くなった、ピンクと白の縞模様のメノウに、商店街にあるアクセサリー店で穴を開けてもらったのだ。昨日のうちに頼んでおいて、今日ここに来る前に取りに行ったのだ。

 ネックレスとか柄じゃないので、携帯のストラップのヒモを付けてもらっていた。


「まー、携帯に付けとくわ」

「それとそれってね、八月の誕生石らしいのよ。アクセサリー店の店員さんに聞くまで知らなかったんだけど。偶然にしては気が利いてるでしょ?」

「へー、まぁ誕生石なんて、みこが知ってる訳ないよなー」

「ひと言余計よ。素直に感動してればいいのよ」

「うん分かった。ありがとう。うれしいよ」


 由起彦が私の目を見て言ってきた。

 真正面から言われてしまうと照れるじゃない。

 でも目を離したくない。

 なんとなく時が止まる。


「あ、それで状況はどうなの?」

「例によって、数学と理科だよー」


 由起彦が立ち上がって自分の学習机の上をごそごそしだす。


「あいかわらずね。今日中に終わりそう?」

「みこ次第だなー」

「いや、私次第ってのはおかしいわよ。私は教えるだけだからね」


 部屋の真ん中に置かれたテーブルの上に、夏休みの宿題のプリントが積まれていく。

 由起彦は理系科目が全滅で、私は得意。

 だから三十一日は私が由起彦の宿題を手伝ってやるのだ。


「ホント、毎年恒例よね」

「今年もよろしく頼むなー」


 例の『うちが勉強教えたる券』を使えばいいって?

 由起彦は言ったじゃない。二学期になったら使うって。

 今日は由起彦と私だけの勉強会。


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