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川遊び! その3

 さて、夕食はバーベキューである。

 意外にアウトドアスキルの高い西田さん指揮の下、これまた意外に役に立たない二階堂さん、そして中学生男子が鉄板の準備を進める。

 一方の女子は材料を切ったりご飯を炊いたり。


「ナッツン、危なっかしいわね。指切らないでよ?」

「これでもだいぶん上達したんやで?」

「ナッツン、夏期講習でお弁当作ってきてたじゃない」


 恵の言うとおりだ。自分で作って、由起彦に食べさそうとしたのだ。たいてい断られてたけど。


「あれ、めっちゃ苦労したんやて」

「そのくせ水野君はほとんど食べなかったんだよね」


 少し意地悪げに言ってやる。


「それ言わんといてや。涙出てきたわ」

「タマネギ切ってるからよ」

「なー、私一人だけ飯ごう見てるだけとか、めちゃくちゃ暇なんだけど」

「ミチは何の役にも立たないから仕方ないよ」


 恵は天然で酷いことを言う。

 そうこうするうち鉄板班の準備も整いバーベキュー開始である。


「お肉はいっぱいあるからどんどん食べてね」


 商店街のお肉屋さんには響さんの親衛隊隊員がいる。響さんが買いにきたとあらば、いくらでも安くしたであろう。


「野菜も食べてね。ウチからいっぱい持たされたし」


 八百屋さんの娘であるところの咲乃さんが言う。咲乃さん自身はお店に関わっていないので、親御さんから託されたのだろう。


 とにかく肉を野菜を焼いていく。

 この場の役割は五分で確定した。

 焼く係は響さんと私固定である。残りは食べるだけだ。

 いいや、よく見ると西田さんも焼いている。しかし自分の分だけだ。自分で焼いて、自分だけで食べている。

 なんか、性格出るなぁ。

 実知と高瀬はひたすら肉ばかり食べている。これはまぁ、予想通りと言える。

 しかし実知の奴が私に向かって、もっと肉を焼け、と指示出しまでするとは思わなかった。気を使った響さんが実知の前に肉を並べていく。

 脅威なのはやはり予想通りだが二階堂さんである。速度と量がハンパではない。あの筋肉は膨大な量のタンパク質の摂取によって成り立っているようだ。

 タチが悪いのは咲乃さんだった。辺り構わず焼けた肉を強奪すると、せっせと二階堂さんに供給し続けた。愛の成せる業と言うにはあまりに傍若無人すぎた。

 一方で中学生男子の皿に野菜を投下していった。まぁ、野菜は大切だけど、これは明らかにライバルの腹を膨らませる謀略だった。

 柳本が不平をこぼすと、上目遣いで「私の野菜、た・べ・て・(ハート)」などとやらかすのだ。タチが悪すぎた。

 その柳本、野菜は苦手なようだが、なぜか牛肉にも手を出さなかった。もっぱら鶏肉だのソーセージだのを食べていった。聞くと牛肉はそれほど好きでないらしい。変わった奴だ。

 偏った食べ方をしていると言えば夏生だった。ひたすらホルモンばかりを食べていった。やはり聞いてみると、ホルモンの美味しさについて熱く語りだした。誰かが異を唱えても、聞く耳を持たなかった。

 幸いにして競合する者がなかったので、ホルモンの大半は夏生の胃袋に収まった。

 恵はジッと響さんの皿を睨み続けた。そして意外に肉を食べないのを認めると、「え、そういうもの?」とつぶやいて、肉も野菜もバランスよく食べ始めた。巨乳・イコール・肉好きという図式が恵の中で崩れた瞬間だった。

 バーベキューで肉を食べるというのに、恵はいつもどおり上品だ。唯一イスに座って食べているのが恵だった。こんな上品にバーベキューをする人間を初めて見た。さすがいいとこのお嬢様である。

 由起彦が場の状況に気付いたのは開始後一時間が過ぎてからだった。かろうじて及第点と言えた。


「野宮、焼いてばっかりじゃないのかー?」

「そんなことないわ。隙見て食べてるから」

「焼くの代わるし、ちゃんと食っとけよなー」


 そう言って、私から菜箸を取り上げた。

 よしよし。

 こうして私も心置きなく肉を食べられるようになった。ちなみに私も肉食である。

 肉も野菜も膨大にあったので、全員満足いくまで食べることができた。

 お開きになった時、響さんの周りにはビールの空き缶が山となって転がっていた。色気より食い気より酒であった。




 一通り片付けが終わると、とうに日の沈んだ空に向かって両手を突きだし響さんが伸びをした。


「さぁ、そろそろ寝ましょうか」

「何ふざけたこと言ってんですか、響さん」


 懐中電灯で真下から自分の顔を照らした咲乃さんが言う。いや、その顔怖いんですけど。


「夏といえば肝試し。もう既にセッティングは終えてますから」

「えー、私そういうの苦手なんだけど。それに眠いし」


 酔っ払いはすぐに眠たくなるものなのだ。ウチの母さんもそうだ。


「あの山をちょっと入ったとこにお堂があるから、そこに置いてある御札を取ってくるように」


 咲乃さんが響さんを無視してみんなに指令を下した。


「チーム分けはどうするんだ?」


 実知はすでにやるものと決めているようだ。他の男子も異存なさそうだ。

 恵が震えているのは、まぁ、そうだろうね。

 私としても、このまま寝るのは惜しい気がする。肝試しは小学生の頃にやったことがある。ちょちょいと夜道を歩くだけだ。恵は怖がりすぎである。


「チームは男女ペアで好きな子と組めばいいよ」

「一人余んで?」


 夏生、あんたのせいだけどな。


「じゃあ、残った子は一人だけで」

「好きな奴って言われても、しょせんこいつらだしなぁ」


 実知は相変らず思ったことをそのまま口に出す。


「いや、元町にだけは言われたくないから」


 高瀬が言い返す。


「では、クジにしましょう」

「え? 何言ってるの、二階堂!」


 全てのもくろみが水泡と帰す危険に慌てた様子の咲乃さん。


「クジが一番公平だろう、サキ。では、すぐに作りますから」


 一度言いだしたら聞き分けなさそうな二階堂さんがさっさとテントに潜り込んでいった。

 河原にへたり込んでうなだれる咲乃さん。欲に目がくらみすぎての自爆である。

 二階堂さん作のクジによって組み合わせが決まった。


 咲乃さんと由起彦

 響さんと柳本

 実知と高瀬

 恵と西田さん

 私と二階堂さん

 そしてボッチの夏生


 露骨にうれしそうなのは柳本だけであった。いや、由起彦もうれしいに決まっているのだ。ケッ。

 響さんが恵・西田コンビを険しい目でジーッと見ていた。

 言わなくても言いたいことは分かる。

 可憐な美少女中学生と昔型オタク。

 どう見ても危険な絵面だった。

 

「うわー、めちゃくちゃ犯罪臭いな」


 実知はどこまでも思った通りのことを言う。


「いや、俺は二次元しか興味ないから」


 言うことが余計に病的だ。恵はかつてない程の生まれたての子鹿だった。

 まぁ、二次元しか興味がないのは本当らしいので、恵の安全は確保されているのだが。

 

「まぁ、いいや、さっさとすませようか」


 完全にやる気を失った咲乃さんがとぼとぼと歩き始める。その後ろから由起彦が。

 しばらくして戻ってくる二人。普通に並んで歩いている。

 由起彦のところへ高瀬と柳本が駆けていく。


「どうだった?」

「うーん、何も?」

「何もかよ」


 うなだれる三人。美人女子大生と二人きりシチュエーションに夢を見すぎだ、バーカ。

 次に響さんと柳本か。これも同じパターンだ。

 と、思ったら、柳本の腕に響さんがしがみついてのご帰還だ。柳本、そのまま死にそうな笑顔である。

 また中学生男子が駆けていく。


「どうだった?」

「とんでもないって!」

「マジかよ! あーっ、くそっ!」


 三人して身悶えている。やっぱり馬鹿だ。

 実知と高瀬は悲しいくらい何もなく戻ってきた。


「よう、行ってきたぞ」


 軽く手を上げる実知。

 そして恵と西田さん。あんまり警戒するのも失礼と思っているのだろう。恵は強ばった笑顔を浮かべながら西田さんと山へ入っていった。

 時間は前の三組とそう変わらないはずだ。しかし、とてつもなく長い時間が流れているように感じてしまう。

 後ろで腕組みしている響さんから感じる“気”が怖い。

 ようやく二人が戻ってくる。


「何話目かは忘れましたけど、あの話は泣けましたよー」

「あの時の演出が今やってるシリーズでも演出しててね……」


 なぜか明るく盛り上がっている。

 私と実知が駆け寄ると、恵は軽やかに手を振って西田さんと別れた。


「何があったんだ」

「小さい頃観てた、変身する女の子のアニメのお話してたの。西田さんすごいんだよ、全部憶えてるの」

「意外な接点ね」


 西田さん、本人気付いているか分からないけど、かろうじて危機を乗り越えた。

 が、後ろからは相変らず響さんの“気”を感じ続ける。

 そっちを見るとまだ腕組みをしていた。

 あらがえない好奇心からちょっとだけ懐中電灯の光を向けてみると、目尻を痙攣させながらも笑顔を取りつくろっている響さんの顔が見えた。

 あー、目尻、しわになりますよ?

 さ、私の番だ。

 横に並ぶと二階堂さんとの身長差はものすごいものとなる。

 実知と恵に手を振って、山道に入っていく。

 さぁ、さくっと終わらせましょう。

 ……。

 わずかな風に木々がざわめき、そこかしこからこだまするように虫の声が響いてくる。

 湿気った土の感触が歩を進めるたびに足の下を伝わる。

 目の前を二つの懐中電灯だけが照らし、ゆらゆらと揺れるその光の輪が、ふいに何かを視界に入れそうな気がしてならない。

 何ですか、これ。めちゃくちゃ怖いんですが。

 え? みんなこんなところ通っていったの? 特に恵。

 ヤバイ。これはマジでヤバイ。

 どうにか開けた場所に出た。確かに小さなお堂がある。

 これがまた……。

 雨露にさらされて苔むしたお堂は、本当なら朽ち果てているところを、なにがしかの執念でもってここにあり続けているように見える。

 その念は、肝試しなんていう遊びできゃっきゃと使われるのを拒絶していて、こうしてのこのこやってきた頭の悪い現代人を、恐るべき力で呪い殺してしまうに違いなかった。

 そのお堂の前に確かに御札が置いてある。

 ゆっくりと手を伸ばす。

 急にお堂の扉が開け放たれ、中から想像だにできないものが飛び出してきそうで、私の胸の鼓動は際限なく高まっていった。

 どうにか手が届き、残り二枚のうち一枚を手にする。

 後は戻るだけ。

 後ろから何かが追いかけてきそうで、かと言って振り返ったらとんでもないものが真後ろで待ち構えていそうで、どうすることもできず、ただこの恐怖の行程が終わることを祈り続けた。

 川の音が近づいて来る。川はきっと私の恐怖を洗い流してくれるに違いなかった。

 見えた! みんなだ! いや駄目だ。こうやって油断した最後に取って喰われるのがお約束なのだ。最後まで心を固く閉ざして守り、歩いていく。

 急に目に光が当てられた。

 誰かが懐中電灯で照らしたのか? こちらからも照らしてみると、目の前に夜叉がいた!

 私は叫び声を上げて身を強ばらせた。

 その夜叉は私の腕を掴むとものすごい力で引き寄せてくる。

 地獄に引き込まれる!

 助けて! 助けて、由起彦!


「みこちゃん、いいかげん離れなって!」


 夜叉の地獄からの声が響いてくる。


「二階堂も何、抱き寄せてるんだよ!」

「しかしみこさんはこんなに怖がっているではないか、サキ」


 サキ? サキ? 咲乃さん。


「あれ? 咲乃さん? 夜叉?」

「夜叉はないよ、みこちゃん。いつまで二階堂にしがみついてるのさ」


 え、しがみついてる? 確かに今、丸太のようなものを抱え込んでいる。

 よく見るとそれは腕だった。見上げると二階堂さんの顔が微笑んでいる。

 そして目の前には怒り顔の咲乃さん。

 よかった。生きて帰ってこれた。

 あ、今のこの状況は非常にヤバイ。慌てて二階堂さんから距離を取る。


「違う、違いますって、咲乃さん」

「違うも何も思いっきりしがみついてたじゃない。人の物、取らないでよね」

「私を物扱いするのか? サキ」

「すみません、すみませんでしたって。謹んでお返ししますから」


 どうにかこうにか二階堂さんたちから離れてみんなのところへと戻っていく。


「ヤバかった、生きてる人間が一番怖いわ」

「やるなぁ、みこ」


 実知がにやにや笑っている。


「いや、怖かったんだから仕方ないじゃない」

「にしたって、あそこまで絶叫するんだから」

「絶叫?」

「水野君の名前叫んでたじゃない。『助けて、由起彦!』って。やっぱり最後は水野君なんだね」

「愛を感じたな」


 え、絶叫? そんなのしたっけ? 全然記憶にない。

 

「よう」


 声がしたので横を見ると、由起彦が立っていた。表情はよく見えない。


「大丈夫かー?」

「もう大丈夫。正気、取り戻したし」

「そっか」


 手のひらで、軽く私の頭を二回叩いた。


「水野、みこが二階堂さんにしがみついてて、心乱れたんじゃないの?」

「うっさいなー」


 不機嫌そうな声で顔も向けずにどこかへ行った。


「図星だね」

「図星だな」


 二人の意地悪げな笑みが迫ってくる。

 そっか、嫉妬ですか?

 あいつ、ラブラブの彼女がいる二階堂さん相手に嫉妬したんですか。

 それはそれは……悪くなかった。


「なぁ、なぁて」

「あれ? ナッツン肝試しは?」

「行ってきたて。ボッチな上に放置とか、めちゃめちゃツラいねんけど」


 夏生が自分のぶーたれた顔を、下から懐中電灯で照らして見せてきた。

次回に続きます。

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