川遊び! その2
深く青い空。山の向こうから入道雲が顔を出す。
川面はきらめき、絶え間ない流れが涼しげな音を鳴らしている。
そして小さい子供たちの歓声。
そう、今日は川遊び日和だ!
テントで着替えて外へ出た私は、大きく伸びをして山の空気を身体へと吸い込む。
私の横には実知と咲乃さん。
正直言って、この二人とは横並びになりたくない。
「みこちゃんのかわいいじゃない」
「ありがとうございます。咲乃さんのも似合ってますよ」
咲乃さんは赤いビキニ。ヒモで結わえてある。冬の受験で体重の増えた咲乃さんだが、見事ダイエットに成功して元のウエストに戻ったらしい。
ここで問題なのは、戻ったのはあくまでウエストだけということだ。ぶっちゃけるとバストのサイズは大きくなったままなのだ。
それで水着を買い替えないといけなくなった、余計な出費だ、などと聞かされた時には、さすがに咲乃さん相手でも殺意が沸いたものだ。
そして実知である。今年はクラスが違って水泳の授業で一緒にならなかったので不意を突かれた。
ビキニを着ているこいつの身体は私の数年先を行っていやがる。いや、私は永久にこの凹凸を得られないのかもしれない。
フレアの付いたタンキニにしておいてよかった。凹凸が誤魔化せられる。特に凹が悔しい。
男のテントの方でも中学生トリオが出てきたが、特筆すべきような事はない。全員運動部なので、それなりに身体が引き締まっているくらいか。
咲乃さんの連中を見る視線が非常に危険である。そのうち捕まるんじゃないか? この人。
まぁ、いいや。最大の懸念材料は、まだテントから出てこない。いろいろと「準備」が必要なので、一番最後になるはずだ。
夏生が出てきた。クソッ、こいつもビキニか。
「お、みこちゃんのかわいやん」
「ありがと。あんたは背伸びしたわね」
「まぁな。今年は見せなあかん相手おるしな」
臆面もなく言いやがる。
「痴女として捕まらない程度にね」
二階堂さんと西田さんだ。うわぁ、これは西田さんに同情するわ。逆三角形に対して立てた卵である。多分、体重はそう変わらないであろうところが涙を誘う。
Tシャツを着ていなかったらさらに悲惨な事になっていただろう。
それにしても二階堂さんだ。両隣の実知と夏生が「おおっ」と声を上げずにはいられない肉体美だった。すげえな。
「ふふん、あれ私んだからね」
得意げな咲乃さん。誰も取りゃしませんて。
「なー、あれ後で触ってもいいか?」
実知がとんでもないことを言いだした。
「んー、どっしょっかなぁ。あれはレア物ですからなぁ」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。ナッツンも触ってみたいよな?」
「え?」
あ、夏生の奴見とれていやがった。こいつの由起彦への愛もたかが知れてるな。
「いいよ、とくと堪能したまえ。でも他の男じゃ満足できなくなっても知らないぞ」
胸を反らせてどこまでも得意げな咲乃さん。まぁ、あれは自慢したくもなるわ。
と、今度は中学生男子がどよめいた。響さんが出てきたのだ。
咲乃さんを上回る逸品の登場に巨乳派ども大喜びである。
慎ましやかなワンピース程度で、その破壊力を隠せるわけがないのだ。
「ちっ、デカけりゃいいってもんじゃないんだぜ、ガキども」
咲乃さんのつぶやきはあえてスルーした。
「ねぇ、サキちゃん。私のTシャツどっかやった?」
「全部隠しましたよ」
「なんでよ。いたたまれないから早く返してよ」
「せっかくのBODY、見せびらかさなくてどうすんですか」
「十代女子の中に一人だけ三十前なのよ? めちゃくちゃツラいんだから」
「何言ってんですか、見てくださいよ、中学男子の視線を独り占めですよ」
「あの距離なら粗が目立たないからよ。ねぇ、本気で勘弁して。サキちゃんも後十年したらこの苦しみが分かるから」
響さん、涙目である。しかし不思議なことに、私の中に同情心というものは一切沸いてこなかった。
「まぁまぁ、響さん。せっかくの川なんだから、オープンに楽しみましょうよ」
「みこちゃんまで……うう、羞恥プレイだ。こんな羞恥プレイは離婚の原因を親に報告した時以来だ……」
離婚の原因は元旦那さんのエロマンガ収集癖だったな。それに匹敵する恥なのか。まぁ、私には当分関係ないけど。
そして最大の懸念材料がテントから出てきた。
よせばいいのに胸を反らせての登場である。
「うわぁ……」
実知のため息。
えらく盛ったなぁ。何枚重ねたらああなるんだ?
生地面積の広いタンキニでよかった。かろうじて異物は露出していない。
恵が男子達の方に顔を向けたので、私も連中の方を見た。
男子中学生、全員同時に大きく首を傾げた。まぁ、そうなるわな。
実に微妙な空気が恵と巨乳派男子どもの間を流れた。
恵はめげずに大地を両足で踏み付け、男子どもと対峙した。
男子三人が反対側に大きく首を傾げる。
恵は目に大粒の涙を溜めると、実知の胸に飛び込んだ。
「だから言ったろ」
「ううう」
優しく恵の頭を撫でる私と実知。
「青春ねぇ」
響さんの言葉から、余計な余裕を感じ取ったのは私のひがみだろうか。
さて、そんな馬鹿なことばかりもしていられない。準備体操の後、中学生男子どもが川へと飛び込む。そこへちゃっかり混ざる夏生。
私と実知はテントに撤退した恵待ちである。
と、足元でブシュと音が。
「響さん、いきなりですか?」
「飲まないとやってらんないっすよ」
シートの上に座ってビールをあおる響さん。やさぐれてるなぁ。
「あれ? 西田さん、どこ行くの?」
一人でどこかへ行こうとしている。
「釣り。ちょっと下ったとこによさそうなポイントが見えたんだよ」
マイペースな人だ。
「竿持ってきてるの?」
「持ってきてるよ、二本」
「じゃあ、響さん、行ってきたらいいじゃないですか」
「え、私? いや、私はビー……荷物番があるから」
「ここには私と二階堂がいますから。ほら、行った行った」
咲乃さんが邪険に手を振る。
「二人っきりのチャンスですよ」
「え? うーん」
響さんがビールと西田さんを交互に見る。いや、その二択で迷うのか?
「分かった、行ってくる」
強くうなずいた。さすが大人の女。腹をくくると力強い。
「西田君、私に釣り教えてよ」
「え? あ? お、おう、いいよ」
何だよ、あっちが駄目なのかよ。
まぁ、グダグダながらも二人は河原を下っていった。近付いたり離れたり、ぎこちない距離を保ちながら。
「あんなんで大丈夫ですかね?」
「夏の開放感に期待だね」
と、あるべき姿に戻った恵がテントから出てきた。
「はぁ、もう死にたいよ……」
まだ涙目である。
「くだんないこと気にしてないで遊ぼうぜ」
「ミチに言われると若干ムカッてくるけど、そうしようか」
「浮き輪で川下ろうよ」
三人で川まで走ると、なぜか高瀬がやってきた。
私たちの前に立つと、恵の胸に目をやる。おいおい、ここでまた傷をえぐるんですか? どうしようもない馬鹿に何か言ってやろうとする前に、向こうが口を開いてしまった。
「そっちの方がいいじゃん」
え? 何て言った?
「巨乳派に言われても何の慰めにもならないよ」
恵が目に涙を溜めて睨み付ける。
「俺、別に巨乳派じゃないんだけどな」
「え? そうなの?」
思わず私が聞いてしまう。
「別に胸なんて大きくなくてもいいだろ。そのままが一番だって」
「高瀬君……」
やべ、潤んだ恵の目がヤバイ。いつものスイッチが入りそうだ。
「女子は胸より足だって。桜宮さんの足、最高だぜ!」
親指を突き立てて歯を見せた笑顔。
うわー、馬鹿だこいつ。
途端に恵はしゃがみ込み、足を隠しながら高瀬に水をかける。
「最低最低。向こう行け!」
「おーこわ、あばよ」
他の連中のところへ駆けていく高瀬。
なおも水をかけ続ける恵。
「メグ、もう向こう行ったぞ。はぁ、何なんだあの馬鹿」
「足フェチとはとんだ変態ね」
よろよろと恵が立ち上がる。
「変態の視線にさらされちゃった。げっ、まだ見てる」
こっちを見ていた高瀬だが、柳本の体当たりを喰らって水中に没した。
あれ? 今気付いたけど……やっぱりだ。由起彦の奴、こっちを見ようとしない。
いや、別に水着姿を見せびらかしたい訳じゃないけど、全くこっちを向こうとしないのも気に入らないな。
腕に絡みつこうとする夏生から逃れながらも、決してこっちを見ようとはしない。むー。
「もう向こうで遊ぼう。三馬鹿は顔も見たくないよ」
ぷんすかとかわいらしく頬を膨らませている恵に引っ張られ、少し下流の方へ移動して三人で遊ぶ。
昼食時になったのでテントへと戻った。
二階堂さんの膝枕で眠りこけてる咲乃さんを放置してお弁当の準備をする。
今回お弁当を作ってきたのは恵と響さん、それに柳本?
「俺んち、親が仕事から帰ってくるの遅いし、自分で作ってるんだよ」
「意外にしっかり者なのね。じゃあ、男子それ食べなよ」
「いやいやいや、せっかく美人が作った料理が目の前にあるのに、何が悲しくて野郎の作ったの食わないといけないんだよ」
高瀬、必死の抗議。
「えー、でも柳本が作った料理とかなぁ」
実知、歯に衣着せぬ拒絶。
「せっかくなんだし、みんなで分けて食べましょうよ」
響さんが大人らしくナァナァでこの場を納める。
「おい、サキ起きるんだ。昼食だぞ」
「うーん、ハジメが食べさせて~ん」
その場にいた全員の顔が真っ赤になった。
「サキちゃんって、こんなキャラだっけ?」
「申し訳ないです。日毎悪化しているのです」
この人は本当に。
とにかく昼食が始まった。
うん、恵の料理は相変らずおいしいな。
まぁ、せっかくだし柳本のももらおうか。
お? 意外に美味しいぞ? もう一つもらおう。おお、このにんじんも甘くていいぞ。
「どうだ? みこ」
「信じられないかもしれないけど、美味しいよ」
「じゃ、私ももらおうかなー」
あ、実知の奴、私を毒味役に使いやがったな。
「お、美味い美味い。メグも食ってみろよ」
「そ、そうだね。じゃあ柳本君、もらうね」
「お、おう」
かつていろいろとあった二人なので、どうしてもぎこちなくなってしまうようだ。仕方ないけどね。
「あ、美味しい」
恵が目を大きく開いて柳本の料理を褒めた。
「もうちょっとちょうだいね。柳本君って料理始めて何年くらいなの?」
「まだ半年くらい。今年から妹も中学だから弁当作ってやろうって」
「へぇ、妹さんいるんだ?」
響さんの作ったカニコロッケを取りながら私が話に加わる。
「こいつの妹、美少女なんだぜ? 全然似てないんだ」
「そんなことないって。桜宮さんの方が何万倍もきれいだって」
「どさくさ紛れに何言うてんねん。相変らずメグちゃんの顔好きやなぁ」
「あくまで顔だけなんだよな」
悪気なく辛辣なことを言って、実知が恵の野菜炒めを口に放り込む。
「通りすがりにガン見やからな」
「そうそう、あれ恥ずかしいんだけど」
「二年の時はミチがブロックしてたけど、私じゃ背が足りないんだよね」
「俺だってやめさせようとしてるんだぜ? でも男の性だからどうしようもないんだよ。あ、響さん、唐揚げください。これ美味しいですね」
「うわ、なんや今の高瀬の締まりない顔」
「こいつ、本屋のお姉さんファンだから」
「やめろって、柳本」
「足?」
恵が冷たい声で聞く。さっきのことをまだ根に持っていらっしゃる。
「そうそう、足。こいつ足ばっかだからな」
「本人目の前でやめろって、柳本」
「さっき、メグの足も最高って言ってたぞ」
「桜宮さんの足か……」
「桜宮さんの足なんだよ……」
「見るな!」
恵が顔を真っ赤にして着ているハーフパンツを引っ張る。
うーむ、さっきから由起彦の様子がおかしい。ずっと顔を上げず、話に入ってこようとしない。夏生が話しかけても生返事だ。うーむ。
あからさまに私を避けてるな? 何なんだ、いったい。いらいらしてくるなぁ。
「水野君、食べてる?」
私が声をかけると、由起彦が何度もうなずいた。しかしこっちを見ようとしない。何なんだよ。
由起彦とはプールなり海なり何度も行っている。その時は別に普通だった。露出は夏生の方がよっぽどすごいんだし、どこで引っかかってるのかさっぱり見当が付かない。
「ん? そういや水野、全然野宮見ようとしないな」
こういうことだけ勘の鋭い柳本が言った。
「なるほどなぁ、愛する野宮の水着姿にドッキドキなんですなぁ」
高瀬が続く。
とはいえ食事中の今はパーカーに短パンなのだ。顔ぐらい上げろよな。
「水野はとんだムッツリ野郎だな」
実知が意地悪げな笑みを浮かべる。
あー、どいつもこいつも。
反論しようとしない由起彦も気に入らない。
「あーもー、どうでもいいわよ。さっさと遊びに行こうよ」
「それもそうだな、上の方で飛び込める場所見つけたんだ。野宮らも来いよ」
「面白そうだな。行こうぜメグ」
「うん、行こうか」
中学生たちが川へと走っていく。
「ほら、ここだぜ」
おお、小さな滝の滝壺に向かって飛び込むのか。
さっそく崖を登っていった男子三人を見てみると、五メートルくらいの高さになるようだ。
「行くぜー」
高瀬が手を挙げてから滝壺に飛び降りた。白い飛沫が広がる。
他の二人も次々飛び込む。
「よーし、私も行くぜ」
「私も私も」
「え? メグも行くの」
「私、バンジーとか好きだし。みこも行こうよ」
「え? 私なー。ちょっと様子を見るわ」
私はジェットコースターとか苦手なのだ。こういうのも私の繊細なハートが耐え切れるか心配だ。
あ、実知が手を振った。手を振り返してやると、思い切りよくジャンプした。
「おっ、面白いことしてるね」
「ああ、咲乃さん。膝枕はもういいんですか?」
「あ、あれはちょっと眠くなっただけだし。私も行ってこーよっと」
「そんな危なっかしい水着、外れませんかね?」
いつの間にか水着は白に変わり、さっきより表面積が少なくなっている。ヒモも細い。うーん、中学生には目の毒ですよ?
「そんな水着が外れるとかマンガじゃあるまいし」
だがしかし。
「ギャーッ。水着外れたー! みんな探してー!」
咲乃さんの絶叫。
何やってるんだ、あの人。
「咲乃さん、ええとこ持ってくな」
「真似しないでよ、ナッツン」
「さすがにあそこまで身体張れんわ」
ああ、こいつにも恥とかあるのか。
水着は中学生男子による下心満載の捜索によってどうにか発見できた。
満面の笑みで頭上に掲げ上げた柳本が印象的である。
その後も男子が持ってきた水中眼鏡で川の中を観察したり、みんなで二階堂さんを触りまくったり、楽しく過ごした。
いつの間にか恵も男子の中で、冗談を言い合って笑い転げたりしている。
「えー? それって柳本君が絶対おかしいよ」
「コショウ少々とか言われても、少々の加減が分からないだろ? もう、妹は散々文句言うし、たまったもんじゃなかったって」
「そうやって妹ちゃんに罵られるプレイだろ」
「なんだよ高瀬、お前、妹が出てくるとえらい食い付いてくるな」
「今度紹介してやれよなー」
「いいや、高瀬は近付けさせない」
「うわー、シスコンだぜ、こいつ」
実知がケタケタ笑う。
由起彦は他の子らとは普通に話すが、絶対に私が視界に入らないポジショニングをしやがる。ハンドボール選手の無駄なスキルだ。
そして夕方前に遊びは終了。河原の端にある水道で身体を洗い流し、テントで着替えていく。
私が外へ出ると、由起彦が一人で川に向かって石を投げているのが見えた。水面から出ている石にぶつけているようだ。
さすがハンドボール部のエース、ほとんどが命中している。
しばらく後ろから眺めていると、由起彦が私に気付いてこっちを見た。
目を泳がせ、うつむき、また川の方を向いた。
「ねぇ、こっち向いてよ」
石を投げる体勢だった由起彦の手が止まる。
河原に軽く石を放ると、こっちに身体を向けた。
「やっと見た」
「やっぱ、怒ってるよなー」
「当り前じゃない」
「いやなぁ……」
うつむき加減に頭をかく。
「こっちに思い当たることはないんだけど」
「俺にもよく分からないんだよなー」
「海とか何回も行ってるよね?」
「そうなんだけどなー」
「私って、どっか変わったの?」
「うーん、変わった。うまく説明できないけど」
「由起彦もなんか変わった。うまく説明できないけど」
「そういうもんなのかなー」
「そういうものなのかもね」
二人とも変わっていく。少しずつなのか、一気になのか、それさえも分からないんだけど。
できればゆっくりがいい。確かめ合いながら前に進んでいきたい。
たまに今日みたいなのがあったとしても。
「明日は今日みたいなのやめてよね」
「努力する」
「せっかく新しいの買ったんだし」
「お、おう」
「あーいや、あんたに見せるために選んだんじゃないんだけどね」
こいつは毎回感想をよこさないのだ。
そういうとこ、ちょっと変わってほしいんだけど。
次回に続きます。