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困った話が降って沸く

 さて、受験生たる私は今日も塾で夏期講習を受ける。

 昼休み、私がトイレから出ると、廊下で恵が待っていた。腕を引っ張って人気のない方へ連れていく。


「ちょっとヤバいかも、みこ」


 眉を少し寄せた顔を近付けてくる。今日も恵はかわいらしい。


「ナッツンなんだけどね。水野君が好きなのかも」


 あくまで真剣な顔でうなずいてくる。


「何の冗談なの? それ」

「いやいや、冗談じゃなく。毎日自分のおかず、水野君にあげようとしてるじゃない」

「三回に二回は断られてるよね」

「あれって、自分の手作りなんだよ」

「え! へー。ナッツン料理できるんだ」


 ちなみに私は和菓子以外の料理が作れない。


「服だって毎日見せびらかしてるじゃない」

「ノーリアクションだよね」

「一回、フレアのスカートちょっと褒めたら、それからずっとフレアじゃない」

「他にないんじゃない?」


 とはいえ夏生は毎日ちゃんとした格好をしている。私や実知は気合いの入っていないパンツルックだが。

 いや、たかが塾で着飾る方がおかしいでしょ?


「ていうか、休み時間、後ろの方の席にいる水野君、ぼんやり眺めてるんだよ」

「噂ネタ探してるんでしょ?」

「みこ、現実見なきゃ」


 私の肩を掴んで揺する。


「いやいやいや、だとして私にどうしろっていうのよ」

「取られたらどうするの?」

「それはないって。水野君、全然興味ないんだし」

「ちょっとした油断が命取りなんだから」

「あー、いや。別に私とは関係ないわ。水野君の自由じゃないかなー」

「まだそんなこと言うの?」


 見開いた恵の目からはむしろ殺意を感じる。


「分かったよ。とにかく私は忠告したからね。後でどうなっても知らないよ?」


 ここで次の授業が始まる時間になった。

 夏生が由起彦を好き? んなことあるわけがなかった。夏生は何よりも噂が好きな女。好きな男子がいるとか柄じゃないでしょ?

 あ、そうか。そうやって私と由起彦の仲を揺さぶって、新しい噂を作り出そうとしているのかもしれない。

 可能性としてはその方が高いな。タチの悪い女である。




 今日もようやく授業が終わる。日程の半ばを過ぎ、どうにか授業にも慣れてきた。ちょっとした充実感なんてものを味わう。

 方角の違う恵、夏生と別れ、私、由起彦、実知は駅の向こうにある我が家を目指す。


「ほな、水野また明日な」


 夏生が由起彦に手を振って見送る。

 あれ? そういえば、いつも由起彦だけにお別れを言ってるな。うーん。


「ナッツンって、あんな男子に媚びる奴だったか?」


 駅をまたぐ陸橋を降りたところで、実知が変な話を持ち出した。


「男子って水野君ってこと?」

「え? 俺?」

「水野しかいないだろ。さっきだってちょっと首なんて傾げて、水野にだけ手を振るんだぜ? ああいうキャラだっけ?」

「うーん、変なキャラでも作って、二学期デビューする気なんじゃない?」

「今さらかよ。まぁ、水野なんかを好きとかないだろうしなぁ」

「なんかとか言うなよなー。俺だってなー」

「水野がモテてるのはみこだけじゃん」

「いや、私たちはそんなんじゃないし」

「はぁ、夏の暑さと受験が、ナッツンの頭をおかしくしたのかな?」

「まぁ、多分そうでしょ」


 随分な言い草だが、実際夏生が由起彦を好きとかあり得ないし。




 家に帰って店番をしていると、珍しく夏生がやってきた。

 駅向こうのマンションに住んでいて、家族に和菓子好きがいるようでもない夏生が、お店に顔を出すのは極めてまれだ。


「いらっしゃいませ。どうしたの?」

「え? うーん、みこちゃんにちょっと話があってなー」


 頭をかいたり目をキョドキョドさせたりしている。


「そうなんだ? 何?」

「あー、いや、ちょっとここではなぁ。みこちゃんてお店何時までなん?」

「後二十分くらいかな? 私の部屋で待ってる?」

「あ、うん、そうさせてもらうわ」


 なんか様子がおかしい。とにかく部屋まで案内する。


「部屋漁るとかなしにしてよ」

「そんなんせぇへんて」


 いや、あんたならしかねない。

 部屋に入れたのは軽はずみだったか、などと考えているうちに店番終了。母さんと替わって自分の部屋に行く。

 夏生は床に寝転がっていた。


「あんた、何やってるの?」

「分からん。うちは自分がよぉ分からんねや」

「はぁ、なんかややこしい話?」


 すでに嫌な予感が胸に広がっている。

 起き上がった夏生があたしの前で正座をする。その顔は真剣というよりは強ばっている。


「あのな、みこちゃん」

「うん」


 夏生が私の膝辺りに視線を向けながら言葉を続ける。


「うち、水野のこと、好きっぽいねん」


 顔を赤く染めてうつむいた。

 うわ、やっぱりそういう話か。とはいえ、にわかには信じがたい。


「それってどういう罠なの?」

「いや、罠とかちゃうって」

「でもあんた、水野君に近づいて噂をでっち上げるとか、やらかそうとしたじゃない」

「四月の頃な。あの頃は何も思てへんかってん。でもな、今は好きっぽいねん」

「ぽいって何なのよ、ぽいって」

「分からんねん。きっかけも何もよう分からんねん。何なんやろうな、これ。でも多分、好きって奴や思うねん」


 そう言って身をよじる。まったくもって柄じゃない。


「うち、こういうん初めてやねん。よー分からんねわ。はぁ、でもなぁ」

「本気なの?」

「そう思うねん。そう思うねけどな。なんつうんやろ。なぁ、これってホンマなんやろか?」

「いやー、私に聞かれても」

「せやんなぁ、せやんなぁ。はぁー」


 深くうつむいてため息。


「私にどうして欲しいの?」

「うん。そうやな」


 夏生が顔を上げて私の目を見てくる。

 うーん、由起彦に取り持てとか、由起彦を譲れとか、面倒なことを言いだすんだろうなぁ。


「うち、告白するし」

「う、そうなんだ。私にセッティングしろって?」

「そんなん必要ない。いや、ホンマはしてもうた方が助かるけど。でもええ、自分で何とかするし」

「お、おう頑張れ」

「うち、振られるん確実や。水野はみこちゃんやし、でもうち、告白すんねん」

「いや、私と水野君はそんなんじゃ……」

「みこちゃん!」


 夏生が声を張り上げる。怒気の混じった声だ。


「うち、こんなけ腹割ってんのに、まだそんなんいうんか?」

「ごめん……」


 かといって。


「私、自分の気持ちがよく分からないのよ。向こうも多分」

「言い逃れすんな」

「本当だって。私だってよく考えてみるんだけど、いっつも結論出ないのよ」

「そんなんあるわけない」

「でも私たちって、幼稚園の頃から付き合いあるから。その辺の気持ちはこんがらがってて訳分からないのよ」


 これは本当の話だ。ここまできて嘘やごまかしを言うつもりはない。でも、正直に答えると、かえって不誠実に聞こえてしまう。


「でもうちは振られるんや」


 あくまで私の目を見ながら言う。


「そうね。それは確実だわ」

「でもうちは告白すんねん」

「うん」

「応援とか遠慮とかいらんし。ただ、みこちゃんには知っててもらいたかってん」

「うん、分かった」

「じゃ、今から行ってくるわ」

「え? もう遅いわよ」

「うちは決めたら、即行動なんや」


 そのまま夏生は出ていった。

 私はお店の外まで行き、その真っ直ぐな背中を見送った。




 翌日も夏期講習。

 お店の前で待っていると、由起彦が一人で現われた。肩が下がり気味で、目に見えて元気がない。


「おはよう」

「おーっす」


 二人、視線を交わす。


「昨日、なんて言ったか聞かないし」

「俺も言うつもりないから」


 由起彦の顔を見続ける。

 夏生の想いに由起彦がどう応えたか。それは聞く必要のないことだった。

 聞くまでもなく分かり切っている? いいや、由起彦が何と言ったのかは分からない。

 ただ私は信じるしかできない。

 そしてそれで十分なのだ。




 実知が遅れてやってきて、三人で塾に向かう。入り口脇で恵と夏生が待っていた。

 夏生は目が赤く、下のまぶたが腫れあがっている。


「どうしたんだ、なっつん?」


 驚いた顔で実知が聞く。


「昨日、めっちゃ泣ける映画観たんや」


 ニッと笑うその顔は晴れ晴れとしていた。これで夏生も心の踏ん切りがついたことだろう。

 と、夏生が由起彦の腕にしがみついた。自分の胸をしっかり由起彦の腕に押し当てている。


「水野もたまには一緒座ろーや」


 頬を肩に押し付けたりしている。


「え? いや、俺は」


 由起彦は慌てた様子だが、押し当てられた夏生の胸をしっかり見ている。とんだムッツリ野郎だ。


「ナッツンあんたねぇ」


 思わず怒りのこもった声を出してしまう。

 スパッと告白して、すっきり気持ちの整理をつけたんじゃないのか?

 夏生が私に顔を近付けてくる。


「うち、諦めるとか一言も言ってないで?」


 ニタッと笑いながら、私にだけ聞こえる声でささやいた。


「あーあ、前途多難だな」

「うかうかしてられないよ、みこ」


 実知と恵がため息を付きながら首を振る。


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