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彼女の彼氏がやってきた

「あ、そうだ。私彼氏できたし」

「え? そうなんですか? それはおめでとうございます」


 私は毎朝大学生の咲乃さんと一緒にジョギングをしている。体力作りだ。

 と、いきなりの咲乃さんの彼氏できた発言である。

 まぁ、前から彼氏が欲しいと言っていたし、咲乃さんは商店街で一、二を争う美人なのだ。別に不思議でも何でもない。ただ唐突なだけだ。


「どんな人なんですか?」

「そうだなぁ。真面目だよ、真面目」

「筋肉はどうなんですか?」

「当然あるよ。アメフトやってるし」

「ああ、やっぱりそうですか」


 さすが筋肉フェチ。筋肉があるのを当り前と仰った。


「明日こっち来るし、会わせたげるよ」

「本当ですか? じゃあ楽しみにしてますよ」

「まぁ、別に面白くも何ともないよ? 真面目なだけの男だから」

「え、お付き合いしてるんですよね? そんな言い方なんですか?」

「事実だしねぇ。明日だって、お付き合いしたからにはご両親に挨拶しないと駄目だ、とか言って来るんだし」


 どことなく邪険な扱いだ。嫌々のお付き合いなのだろうか?


「はぁ、ちなみにどっちから告白したんですか?」

「私だよ。面白味のない奴なんだけどね」

「はぁ……」


 よく分からん。

 まぁ、どんな人がこの人とお付き合いできるのかというのは興味深い。明日を楽しみにしていよう。




 さて、今日も我が『野乃屋』で店番だ。

 もう夏休みなので時間は豊富にあるのだが、もう受験なんだしと手伝いの時間は変わらない。まぁ、勉強は遅れがちだけど。

 そろそろかな? ああ、来た来た。


「ちわーす」

「いらっしゃい」

「なんか暑いよなー」

「そうね、ここは涼しいけど。そんなことより今日はいいニュースを仕入れたわよ」

「何だー?」

「咲乃さんについに彼氏ができたのよ」

「えっ!」


 その瞬間、奴の顔が変なふうに強ばったのは予想通りである。


「ショック? ショックですか?」

「何言ってんだ? なんで俺がショック受けないといけないんだ?」


 しかしそう言いながら、いつもの間延びした調子がなくなっている。あからさまに焦っている。


「憧れのお姉さんに彼氏ができてショックでしょ?」

「あのなぁ、別に森田さんはそんなんじゃないから」

「私に隠し事は不可能よ。何年の付き合いだと思ってるのよ」

「だから違うってば」

「明日こっち来るらしいよ」

「何?」


 また顔がおかしくなる。私だから、という訳でなく、こいつは隠しごとができない男なのだ。情けない。


「あんたも会ってみれば?」

「別に興味ないし」

「どんな人だろうねぇ?」

「どうせ大したことないって」

「でも真面目らしいわよ。前みたいに二股されたりはないんじゃない?」

「そいつはめでたいなー、ははは」


 そんなかんじで乾燥しきった笑いをこぼすのだった。

 今晩泣いて寝られなかったりしたらかなり笑える。




 さて翌日。

 今日は咲乃さんの家がやっている『八百森』は休みだ。

 お昼を過ぎてやってきた彼氏さん、まずは咲乃さんのご両親にご挨拶。

 私はというと、商店街にある喫茶店で待機である。

 なぜか隣に響さんがいる。意外に物見高い二十八才である。


「いや、サキちゃんが誘ってきたのよ? なんだかんだで自慢したいのよ」

「そういうもんですかねぇ。案外響さんにプレッシャーかける気なのかも」

「プレッシャー?」

「西田さんですよ。お二人さん、全然進展してないじゃないですか」

「私には私のペースがあるんです。でも着実に接近してるわよ。先週もパソコンのオーバークロックを……」

「あ、来ましたよ」

「ちわーっす」


 咲乃さんが手を挙げてお店に入ってきた。がっしりとした背の高い男の人が続いて現われる。


「こんにちは」


 響さんと立ち上がって出迎える。


「もう散々だよ。結婚するわけでもないのに、いきなり土下座だし」

「しっかりとしたあいさつが大切なのだ」


 太い眉が力強いその人は、私が思っていたよりずっと生真面目な人のようだ。


「あ、二人とも座って。ほら、あんたも」


 咲乃さんが彼氏さんの腕を引っ張る。

 しかし彼氏さんは座らない。


「はじめまして、私、二階堂肇といいます。これからよろしくお願いいたします」


 深々とお辞儀。


「はぁ、いや、これはご丁寧に」

「よろしく、お願いします」


 客商売二人が礼儀で圧倒されてしまった。


「もう、マジで勘弁してよ、二人ともドン引きしてるじゃない」


 咲乃さんが頬杖をついてため息をつく。


「さぁ、みんな座った座った」


 咲乃さんがみんなを座らせる。当り前のように二階堂さんは一番最後に座る。


「まぁ、こんな感じですよ」

「すごい美丈夫じゃない。サキちゃん、いい人捕まえたわね」


 確かに彼は二枚目だ。

 私は二枚目に興味がないので、なんだか興奮気味の響さんの気持ちは分からないけれど。ていうか、西田さんはどうした?


「まぁ、見た目はいいでしょ? 黙ってればいい置物なんですよ」


 あ、あっさりと肯定した。


「置物呼ばわりは失敬だな。君はいつもそうやって悪態を付く。二人の時はあんなにあま……」

「黙れ黙れ黙れ!」


 咲乃さんが顔を真っ赤にして二階堂さんの口を塞ぐ。


「なるほどー、二人っきりの時は甘えん坊さんですかー」


 響さんがにやにやして咲乃さんをからかう。


「違いますって、ごく普通ですから。普通」

「何を言うか、人前と全然違うではないか」

「やめて二階堂、マジで勘弁して。ていうか昨日、余計なこと言うなって釘刺したよね?」

「余計ではない。私はあくまで事実を言ったまでだ」

「世の中には余計な事実ってもんがあるんだよ」


 頭を抱えだした咲乃さん。

 商店街の悪魔と呼ばれている人をここまでグダグダにするとは、二階堂さん、恐ろしい人。


「で? どうやってお付き合いすることになったの? 洗いざらい事実を教えてよ、二階堂君」

「はい。とは言え、彼女がいつから私にアプローチをかけてきたのか、とんと見当が付かないのです」

「なるほど、鈍い人なのね」

「よく言われます。いつからなのだ? サキ」

「五月七日、ゴールデンウィーク明け。私、何回も言ってるよね?」


 髪の乱れた咲乃さんが厳しい視線を二階堂さんに向ける。


「休み明けのちょっとした彼の変化にキュンと来たわけね?」

「そうです。そうですとも。休み明けなのに、筋肉が強化されてたんですよ」


 もはや開き直ったらしい咲乃さんが吐き捨てるように言う。


「あくまで筋肉なんですね」

「違うよ、みこちゃん。確かにこいつのわずかな変化に気付いたのは私だけだった。問題はその後。変化を指摘した私に向かってニヤリと笑いやがったんだよ、こいつ。普段は四角四面のくせに。それ見てキュンときたんですよ。笑いたきゃ笑え」

「いや、笑いはしませんけどね」

「レギュラーを獲得するためのちょっとした抜け駆けでしたから。それを女子から指摘されたのがおかしかったのです」

「でもこいつは酷いんだよ。私がお弁当持っていったら平気で不味いとか言うし」

「実際殺人的に不味かったですから」


 そう言うと少し微笑んだ。あ、笑うとかわいいかも。


「でも全部食べるんでしょ?」

「食べ物を粗末にしてはいけませんからね」

「そしてサキちゃんはさらにメロメロになったと」

「その通りですよ。私、三回も告白したんですよ? 告白なんてしたことないのに。でもこいつ、二回振りやがった」

「私はアメリカン・フットボールに忙しいですからね。女ごときに時間を取られてはレギュラーが遠のいてしまいます」

「でも最後は受け入れたんだ? 渋々?」

「いいえ、三回目に泣き喚いたのです。その姿を見て愛おしく思えたのです」

「はぁ、なるほどねぇ、サキちゃん頑張ったんだ」


 さっきから響さんは実に楽しそうだ。まぁ、今まで何回も咲乃さんに振り回されてるしなぁ。

 一方の咲乃さんは涙目だ。


「ようやくお付き合い始まったのに、こいつの優先順位は常にアメフトの方が上なんですよ? 酷すぎますよね? この私がどうでもいい扱い受けるなんて……」

「どうでもいいとは思っていないぞ。大切に思っているから、キスもま……」

「黙れ黙れ黙れ!」


 また咲乃さんが二階堂さんの口を塞ぐ。


「清い交際なのね」

「今日ご両親にご挨拶したので、一歩前に進みたいと思いますが。サキの奴も随分せがむので」

「いっそ殺して……」


 テーブルに突っ伏す咲乃さん。


「お腹いっぱいになったわね、みこちゃん」

「はぁ。咲乃さん、大丈夫ですか?」

「駄目」


 起き上がろうとしない。


「あなたがみこさんですね。あなたの家の和菓子が、いたく美味しいとサキから聞いています。ぜひ頂きたいと今日は楽しみにしていたのです」

「ありがとうございます。甘い物がお好きなんですか?」

「ええ、似合わないとよく言われるのですが」


 爽やかな笑顔を見せてくれた。


「じゃ、『野乃屋』さん行こうか。響さん、また。あの今日のことは他言無用で」

「分かってるって」


 響さんはウィンクをして、今日一番の意地悪げな笑みを咲乃さんに送った。




 さて、『野乃屋』に向かおう。

 私の後ろでは咲乃さんが二階堂さんをなじり続けているが、聞こえないふりを決めこむ。

 時間的にドンピシャであった。

 向こうから由起彦がやってきた。


「ち、ちわーっす」

「いらっしゃい」


 口の片端を上げて迎えてやる。


「あ、こんばんは、水野君」


 せいぜい体裁を取り繕って咲乃さんが挨拶をする。


「こんばんは、水野君。君の話はサキから聞いています」

「え? そうなんですか?」


 私と由起彦が同時に声を上げる。


「二人、許嫁だそうですね。確かによく似合っている」

「いや、そんなんじゃないですから」

「何言ってるの、みこちゃん……駄目だ……意地悪する元気が沸いてこない」

「何? 具合が悪いのか? そういうことはちゃんと言え」


 そう言って、二階堂さんが咲乃さんのおでこに自分のおでこをくっつけた。

 この時の咲乃さんのリアクションも見ものだったが、私は由起彦の方に注目した。

 案の定、口を半開きにして目を見開いていた。


「もう、やめてよ。見てるじゃない」


 え! 今のめちゃくちゃ甘えた声、咲乃さん?

 咲乃さんを見ると、失敗に気付いて顔を真っ赤にしていた。


「違うって、違うから!」


 そのまま走って逃げていった。


「おい、サキ。はぁ、困った奴だ」

「あ、取りあえず和菓子持っていってくださいよ」

「そうですね。何がお勧めですか?」


 二人でお店に入っていく。由起彦は呆然としたまま。そのまま放置である。


「あ、お代は結構ですから。お近づきのしるしに」

「いいや、そうはいきません。こういうことはきっちりとしておかないと」

「いいですいいです。また今度お願いしますよ」

「駄目です」

「いいですから」

「絶対に支払います」

「はぁ、分かりました」


 仕方なしに、代金を頂く。

 お店の外に出て二階堂さんを見送る。

 向こうの方の電柱の影から咲乃さんが顔を覗かせている。何やってるんだ、あの人。


「今日は実に愉快でした」

「こっちも咲乃さんの意外な一面を見れて楽しかったですよ」

「いつも傍若無人なので、たまにこうやってからかうのですよ」

「あ、わざとですか」

「実に愉快な奴でしょう?」


 そう言うと、歯を見せて豪快に笑った。

 そして去っていくのを見送る。

 二階堂さんを殴るふりなんてしている咲乃さんがなんともかわいらしい。

 と、後ろを見ると、まだ固まっている由起彦がいた。

 ざまぁ見ろと眺めていたが、なんとなくむかむかしてきた。

 ゆっくり近付くと、まだ私の存在に気付かない由起彦のすねを思いっきり蹴飛ばしてやる。


「イテッ!」


 すねを抱えて飛び回る由起彦から少し距離を取って、お尻に盛大な飛び膝蹴り。


「何するんだよ!」

「どっち見てるんだよ、バーカ」


 イーッとしてやる。


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