七夕饅頭を作ったら
昼休みになったので、いつものように友達二人と昼食を摂る。
卵焼きに手を伸ばしながら実知が話しかけてくる。
「そういや、昨日の七夕饅頭? あれ美味かったぞ」
「でしょ」
昨日は七夕。
それに合わせて、我が『野乃屋』では七夕にちなんだ饅頭を特別販売したのだ。
織り姫と彦星をそれぞれかたどった饅頭で、二個セットになっている。一度に必ず二個売れる、我ながらよくできた商品なのだ。
「単に見た目だけだって思ってたわ」
「ちゃんと味も、うちの祖父さんがチェックして商品化してるからね」
「え? それってみこが作ったの?」
恵が話に入ってくる。恵の家は駅の向こうにあるので、『野乃屋』にはめったに顔を出さない。習い事や塾で忙しいし、仕方ないのだ。
「企画、試作は私よ。お店に出す分は全部一人で作れないから手伝ってもらったけど」
「すごいね。自分で考えたのをお店で売るって」
素直な恵は素直に感心してくれる。そう言われると照れてしまうな。
「まぁ、ちょっと気合い入れたのよ。オオキタで七夕フェアするっていうから」
「またオオキタと張り合ったのかよ。なんでスーパーと和菓子屋でいがみ合ってるんだよ」
「あそこの和菓子は脅威なのよ。気を抜けばすぐにお客を取られるわ」
「それでヒットしたの?」
「おかげさまで、完売でした」
にっこりと笑顔を見せる。
「まぁ、あれにはみこの熱い想いが込められてたからな」
「商売に対する?」
恵の言葉に首を振る実知。なんだか訳知り顔で、嫌な予感がする。
「あの饅頭って、みこと水野がモデルなんだよな」
やっぱりそう来たか。
「違うわ。顔、全然違うじゃない」
饅頭にかたどった顔は、織り姫が瓜実顔、彦星は眼のぱっちりとしたイケメンに仕上げた。私と水野由起彦とは似ても似つかない。
「あれ、わざと反対の顔にしたろ? ものの見事に正反対なんだよ」
「それじゃあ、モデルって言わないじゃない。言い掛かりもいいとこだわ」
「どんなだったの? 携帯で撮ってない?」
「あるわ。見てよ、全然違うし」
試作品を撮った画像を恵に見せてやる。
「ね? 全然違うでしょ?」
当り前であるが、一応確認しておく。
「そうだね、全然違うね。なんでわざわざ変えたの?」
「変えたんじゃなくて、元からこのデザインなのよ」
「うーん、なんかおかしいね」
なぜか眉間にしわを寄せる恵。
いや、おかしいのはみんなの方だって。と言おうとしたら、横から割り込んでくる声。
「な? おかしいやろ、うちもガッカリやったわ」
「ナッツンも買ったのか?」
「ええネタになる思てな。せやのにこれや、何やっちゅうねん」
「勝手に変な期待して、勝手にガッカリしないでよね。で? 結局食べたの?」
「食べた。美味しかったで」
「ありがとう。普通に食べてくれたらそれでいいのよ」
「せやけど、来んで来んでて期待されたら、ちゃんと答えるんが芸人いうもんやんか」
「いや、私は商売人だし」
この女は言うことがめちゃくちゃである。
まだしつこくああだこうだと言ってきたが、適当にいなしておいた。
放課後になって店番をしていると、滝川さんが来店した。
彼女はスーパーオオキタのパート店員で、生菓子部門を仕切る凄腕である。つまりは私のライバルだ。
「いらっしゃいませ、滝川さん」
「こんばんは。昨日の売上が出たよ。他の商品はよかったのに、和菓子だけは変わらず。今回はウチの負けだね」
「オオキタさんは何も新製品出さなかったんですよね?」
「そうフットワークよく毎回新製品は出せないよね。今回は『野乃屋』さんの手作りの良さが出たかな」
「ありがとうございます」
「でも、あれなんで君ら二人に似せなかったの?」
滝川さんは昨日のうちに七夕饅頭を買っていってくれていた。
ひと目見て、軽く片眉を上げたのだった。
「そんなことしたら、周りから何言われるか分かりませんからね。ちゃんと正反対にして、どうあっても似てるって言わせないようにしたんですよ」
「かえって変だね。別に堂々としてればいいと思うけど」
「私の周りは暴走する奴ばっかりなんですよ。隙を見せるととんでもないことになるんです」
「気苦労が絶えないね。でも変に突っぱねすぎると、今度は二人の仲がぎくしゃくしてしまうかも」
「前に失敗したこともあるんで、その辺は気を付けてやっていきますよ」
「せいぜい仲良くね」
ニヤッと笑みを浮かべて滝川さんが去っていった。
さらに店番を続けていると、部活帰りの由起彦がやってきた。
「ちわーっす」
「いらっしゃい」
「なんか機嫌いいなー」
「今回はオオキタに勝利したのよ」
「よかったなー、祖母さんもよく出来てるって褒めてたぞー」
「ありがとう。苦労してデザインした甲斐があるわ。見てよ、こんなに描いたのよ」
レジ下に置いていたスケッチブックをカウンターの上に広げる。
そこには七夕饅頭のデザイン案が並んでいた。
顔と身体の比率をどうするか? いっそ身体はなくそうか? どうやったら一目で織り姫、彦星と分かるか?
あれこれと考えて、いくつもの案を描いていったのだ。
「全部俺たちと違う顔だよなー。まー、俺たちに似てる方がおかしいけど」
「果たしてそうかな? ジャジャーン」
一気にスケッチブックの一ページ目を開ける。
そこには私と由起彦が並んで立っている姿が描かれていた。服は適当な私服だ。
「なんだこりゃ?」
由起彦の声が裏返った。
「まだまだ続くわよ」
次は織り姫と彦星の格好をした二人だ。この衣装のイメージが固まらず、何枚も描いていった。全部私と由起彦だ。
「お前、何やってんだ?」
口をパクパクさせながら、赤い顔の由起彦が言葉を漏らす。
「全ては商売の為よ。デフォルメ化の段階で顔は変えたけど、元はこのとおりなのよ」
ニヤッと笑顔を見せてやる。
「なんで俺たちなんだよー」
「なんでって、一番近くに一番いいモデルがいるんだから、使わない手はないじゃない。でしょ?」
「うーん」
腕を組んで口をとがらせている。
「でしょ?」
「まーそーかもなー」
うんうんとうなずく由起彦。
「昨日の残りがあるから食べていきなさいよ」
「おう、もらうわー」
ショーケースに入れておいた、お皿の上に置いた七夕饅頭を取り出す。
カウンターの上に置いて、二人で眺める。
「やっぱ全然似てないよなー」
「見た目だけはね」
織り姫と彦星。二人並んでお皿の上に収まっている。
私が彦星を、由起彦が織り姫を手に取って、二人揃って口の中に差し入れた。




