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今日は和菓子は無しで

「ねえ、私の事、和菓子しか考えていない女と思っているでしょ?」

「え、そうだろー? 野宮はいつだって和菓子、和菓子だろー?」


 私、野宮みこの問いに、水野由起彦が答える。

 ここは私達が通う中学校。時間は昼休み。

 そう、私は和菓子屋の娘。自分のお店を全身全霊で愛している。これは事実だ。


「先週も、中秋の名月がどうとかこうとか騒いでたろー?」

「あれは大成功だったわ。おかげさまで、去年比三割増しの売り上げを達成したもの」

「いや、聞いてないから」

「『餅つき兎饅頭』が当たったのが大きかったわ」

「いや、聞いてないから」


 由起彦は頬杖をついてあくびをする。 


「その中秋の名月も終わって、お店も一段落ついたのよ」

「それは何より」

「だから和菓子以外の事にも目を向けようと思うの」

「ふーん」


 由起彦はまともに私の話を聞く気がない。


「私、気になる男子がいるの」

「ふー……え!?」


 由起彦が思わず身を起こす。

 よしよし。


「一年生なんだけど、ちょっと追いかけてみようと思うの」


 ちなみに私達は二年生だ。


「え? なんでまた」

「それは乙女の秘密よ」


 由起彦が激しくうろたえる。必死で隠そうとしているが。

 よしよし。


「早速、今日の放課後から追いかけるわ」


 それだけ言って、私は由起彦の席から離れる。




 放課後、私は下駄箱でぼんやり時間を過ごす。

 やがて目当ての男子がやってくる。

 一年二組の斉藤優也君だ。

 化学部の部活動時間は短い。この事は同じクラスの男子からあらかじめ聞いていた。

 さて、後をつけましょう。


「あのさー、野宮」

 

 真後ろから声をかけられる。予想していたとはいえ、心臓がドキリとする。


「しっ、静かに。尾行がバレるわ」

「なんで尾行なんだよ-」

「彼の家を突き止めるのよ。じゃ、行ってくるわ」


 由起彦を置いてけぼりにして私は静かに靴を履き替える。


「俺も行くってばー」

「何で?」

「ん? いや、暇だし」


 そんなはずがなかった。

 今も由起彦が所属するハンドボール部は練習しているはずだ。由起彦は部活をサボって私のところへ来たのだ。つまり、私の事が気になるから?


「ま、いいけどさ。あ、早く行かなきゃ、見失っちゃう」




 一定の距離を開けながら、斉藤君の後をつける。

 私の隣には由起彦。


「どうせまた和菓子がらみだろ-?」


 由起彦が軽口を叩いてくるが、不安な気持ちは隠し通せるものではない。


「今回ばかりは違うわ。最近、斉藤君の事ばかり考えているの。もう限界なの」


 チラリと由起彦を見ると、いつものやる気のなさそうな顔がどことなく引きつっている。

 よしよし


「冗談だろ?」

「本気よ。大マジよ」


 斉藤君が住宅地の中に入っていく。

 そろそろ人通りが少なくなってきた。慎重に尾行を続ける。


「やめとけよー。そんなの野宮の柄じゃないだろー」

「私だって中学女子、和菓子和菓子だけじゃいられないの」


 え?

 いきなり由起彦が私の肩を掴んできた。


「勝手な真似は許さない」

「何よ、急に」

「お前には……」

「私には?」

「お前には……」

「私には?」


 由起彦の顔が真っ赤に染まっている。

 私の胸の鼓動も高まっていく。


「和菓子が一番似合っている」


 ガックリだ。


「とにかく、黙って付いて来てよ」


 由起彦の手を払いのけると、先に進む。

 由起彦は少し後ろから付いてくる。不機嫌オーラを背中に感じる。

 怒るなら、自分のヘタレ加減に怒って欲しいものだ。

 やがて斉藤君が一軒家に入りかける。つまりは彼の家だ。


「斉藤君!」


 私は彼の方へと駆け出す。

 斉藤君が驚いた顔でこっちを見ている。


「私、二年三組の野宮みこ。君にお願いがあるの」

「は、はぁ」


 斉藤君は先輩二人を前に戸惑っている。

 しかもそのうちの男子の方は自分に向かって殺気を放っているのだ。


「君の飼ってる猫見せて」

「猫!!!!」


 素っ頓狂な声を挙げたのは由起彦。




「ねーーーこーーーーー」


 リビングに上げてもらった私は、ソファの上にちょこんと座っていた猫に向かって突進する。

 フーッと威嚇してくるのも構わず、その子を抱きしめて黒いツヤツヤの毛を撫でまくる。


「噂通り、メチャクチャ可愛いわ」

「はぁ」


 斉藤君は私のテンションに引き気味だ。


「何で猫なんだよー」


 由起彦が脱力して言う。その顔に安堵が広がっているのを私は見逃さない。


「私猫大好きなの。知らなかった?」


 好きなのに、家が食べ物を扱っているので動物は飼えないのだ。

 そこが我が家の唯一不満なところだった。


「知ってるけどさー、野良猫でいいだろー、何で見ず知らずの後輩の猫なんだよー」

「分かってないわね。この子は血統書付きでコンクールにも入賞しているのよ」

「よく知ってますね」


 斉藤君が聞いてくる。


「君の部活の二年生が言ってたの。はー、本当に可愛いわー」


 既に抵抗するのを諦めた猫に頬ずりする。

 そうしてたっぷり三十分、斉藤君の猫を堪能した。




「また見せてもらってもいい?」

「いいですよ。いつでも言って下さい」

「じゃー、迷惑かけたなー」


 まだ少し未練のある私を引っ張って、由起彦が斉藤君の家から離れる。

 二人並んで歩く帰り道。


「猫なら猫って先に言えよな-?」

「んー? 焦った?」

「別に?」

「やきもきした?」

「別に? みこが和菓子以外の事で騒ぐから驚いただけだってー」

「ふーん。素直じゃないですなー。イテッ」


 私の脳天に由起彦のげんこつが振り下ろされた。


「何するのよ」

「ちょっとムカッと来た」


 由起彦がキョロキョロと挙動不審になる。

 ん?


「みこはさー……」

「うん」

「俺がな……」

「うん」


 沈黙。

 さぁ、もうひと息だぞ。


「面倒見とかないと何しでかすか分からないよな」


 ガックリだ。

 うーん、今日はこの辺で勘弁しておいてやるか。


「まぁね、これからもよろしく」


 手を差し出す。

 由起彦がギュッと握ってくる。

 ちょっと力が強い。


「今日はかなり焦った」


 顔を背けながら言う。

 う、ちょっと可愛い。


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