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蛇足に過ぎない日曜日

 「知らない男子に告白された」の二編を踏まえた話になりますが、テイストは全然違うコメディーです。

 タイトル通り、蛇足な一編です。

 毎週日曜日はお店の手伝いを休ませてもらっている。

 そして大抵、私は猫喫茶で終日過ごす。一週間の疲れを猫で癒すのだ。

 今週は特に疲れた。まぁ、それで得るものもあったんだけど。

 記憶を反芻しながら、膝の上に乗せたベティを撫でまくる。

 はぁ、ベティのモフモフ、最高!


「なんかにやけてないか?」


 私と向かい合った席で、頬杖をつきながら実知が言う。


「金曜日は見てられなかったのにね」


 実知の隣で、通り過ぎる猫を眺めながら恵が続ける。


「何があったんだ?」

「何って何?」


 はぁ、ベティのモフモフと言ったら。


「水野君とだよ。水野君、殴られて傷だらけになっちゃって、みこあんなに心配してたじゃない。でももう平気な顔してるし」

「怪我のことは悪く思ってるわ。私のせいで殴られたんだし」

「別にみこが悪い訳じゃないけどな。知らない後輩にいつの間にか惚れられたとか、そんなん知ったこっちゃないよな」

「まぁ、由起彦がきっちり諦めさせてくれたし。由起彦にはホント、感謝だわ」


 相手の一年生に好きなだけ殴らせて、諦めさせたのだ。もう後の心配はいらない。


「由起彦? みこって水野君の事、本当はそうやって呼ぶんだ?」


 恵が何故か驚いた顔をする。


「ん? 二人っきりの時は? 小学校で冷やかされたから、みんなの前では水野君って呼んでるけど」

「時たま間違って口走ってたけどな。それで冷やかされるんだよ」

「いや、ミチも冷やかしてきたじゃない」


 小学校の頃の話だ。

 恵は違う小学校だが、実知とは同じだった。

 実知はむしろ前に立って冷やかしてきた。小学時代の私達は、学年の覇権を争う敵同士だったのだ。

 覇権争いって何だ? 今となっては若気の至りである。


「そして水野は逃げるんだよ。あいつ、情けなかったからな」

「今は違うわ。今回だってちゃんと守ってくれたし、頼りになるのよ、由起彦は」

「あのー、今日のみこ、おかしくない?」


 恵が私の顔を覗き込みながら変な事を言う。


「そんな事ないわよ?」

「いや、なんか変だって」

「むしろ今は気分最高よ」

「自分で気分最高なんて言ってる時って、かなりヤバいんだよ?」

「メグも徹夜明けに言ってるじゃない」

「だからヤバさを知ってるんだよ。正気に返ってから、死ぬほど後悔するんだって」

「エッチなゲーム借りたり?」

「くっ!」


 恵が恥辱で赤く染まった顔を横に逸らせる。

 前にそういう事をやらかしているのだ。


「いいじゃん、面白いし、もうちょい様子見ようぜ」


 実知は相変らず頬杖をついたまま、にやにや笑っている。何がそんなに面白いのやら。


「そうだね、明日悶え苦しめばいいよ」


 恵が無理矢理貼り付けた笑顔を向けてくる。

 ちょっと言い過ぎたかな? ま、いっか。


「で、水野だよ。何かあったろ」

「あったって言えば、あったんだけどさー」

「何なに?」


 恵が身を乗り出す。

 目が凍ってるような気がするが、多分気のせいだろう。


「ギュッと抱き締めた」

「え!」


 二人が背もたれまでのけ反った。

 オーバーリアクションだ。私は事実を述べただけである。

 しかし二人の表情は固まっている。特に実知は顔が真っ赤だ。


「それと、土曜日に由起彦の家まで両親と一緒にお詫びに行ったんだ。まぁ、由起彦のご両親も怒ってなくて、『傷物にされたんで、そちらで引き取ってもらわないと』とか冗談めかして言われちゃうし。由起彦見たら目が合っちゃって、お互い顔が真っ赤になったよ。もうね、本人いる前でね。参っちゃうよね」

「私の方が参ってきたよ」

「ミチ、まだだよ。まだ引き出せるよ。で、みこ、それで終わりじゃないよね?」


 恵がテーブルに両ひじを立て、口元の辺りで両手を組む。

 その目は何故か力がこもっている。


「その後は由起彦の部屋でお話ししてたの」

「男子の部屋で二人っきりかよ」

「まぁ、男子ったって私と由起彦の仲だしねぇ」

「で、どんなお話したの?」

「いつも通り? 小学五年の時に誕生日プレゼントで手縫いのぬいぐるみをあげたんだけどね。それを未だに飾ってるのよ。可愛いとこあるでしょ? で、その時の話なんかしたり。あの時は二人喧嘩しててね。仲直りのきっかけ作らなきゃって、完徹して縫い上げてさ。でも向こうは口利いてくれないし。放課後ダッシュで先回りして由起彦の家の前で待ち伏せしてね。いきなり向こうは喧嘩腰だし、言い争いになってさ。駄目駄目、こんなんじゃ駄目! って涙が出てきて。そうなったら由起彦優しいし。なぐさめてくれるのよ。それで私もやっとプレゼント出せてさ。『誕生日おめでとう。これからもよろしくね』って。それで仲直り。今思いだしても……あれ? 聞いてる?」


 二人とも人の話も聞かずテーブルに突っ伏してる。

 しばらくベティを撫でて待っていると、ゆっくり二人は顔を上げた。


「恵さん、私もう、耐え切れません」

「実知さん、私ももう駄目です」

「そろそろ帰ろうか」

「そうしようか」

「いや、ちょっと待ってよ。せっかくだし聞いてってよ」


 立ち上がりかけた二人の腕を掴む。


「まだ何かあるのかよ」


 ゆらゆらと座り直す実知と恵。

 嫌々な表情を隠そうともしない。


「その後、絆創膏張り替えたげたのよ。そしたらほっぺた青くアザになっててさ。見てたら胸が苦しくなってね。思わずキスしちゃった」


 今思いだしても顔が赤くなる。


「キスしたのかよ!」

「しちゃったの!」


 二人とも顔を赤く染めて間近まで迫って来る。近い近い。


「いや、口と口じゃないよ? ほっぺだよ?」


 いやー、口同士なんて、そんな、まだ。


「口と口じゃなくても、キスはキスだよ。え? ナッツンが流してた噂って本当だったの?」

「たまにあるのよ、そういう事が。いやー、昨日はお互いの絆がより深まったっていうかさー。うれしくってうれしくって。もう、ずっと気分最高なんだよ」

「それはまぁ、よかったな」

「よかったね、おめでとう」


 しかし祝福しているはずの二人の目は死んでいる。魚と同じ目だ。

 椅子に体を投げ出して、どこか空中を見ている。


「はぁー、なんか滅茶苦茶疲れた」

「今日の事は聞かなかった事にしとこうか。正気取り戻したら、みこ恥ずかしさで死んじゃうよ」

「だな。ここだけの話にしとこう」

「いやー、今は駄目でも、お二人もそのうちいい相手が見付かるって」

「え?」

「え?」

「まだまだ若いんだし、これからだよ、二人とも」

「うわ、今、すごい上から言われたよ?」

「信じられないくらい上からだったな」


 死んだはずの二人の目が、強い光を取り戻した。

 ベティが、フーッとひと鳴きして私の膝から降りてしまう。どうしたんだ、急に?


「みこさ、せっかく気分最高なんだし、今の気持ちを保存しとこうよ」


 恵が自分のピンク色をした携帯を取り出して操作をし始める。


「あ、録音か」

「何を録音するの?」


 それには答えず、恵がひょいと私に携帯を向けてくる。


「野宮さん、愛する水野君に熱いメッセージをどうぞ」

「由起彦、怪我治ったらまた甘味食べに行こうね?」


 よく分からないけどメッセージを述べる。


「え? そんなもの? そんなものなの、みこの水野君への想いって?」

「がっかりだなぁ、そんなんじゃ水野もがっかりだな」


 え? 何その言い方。


「もう一回行くよ。さぁ、野宮さん、愛する水野君に熱いメッセージをどうぞ!」

「由起彦、愛してるぞっ!」

「残念だな。まだまだ残念だな」

「ここじゃこれ以上大きな声は出せないし、外で仕切り直そうか」

「うーん、でもみこの水野への想いがたかが知れてるしなぁ」


 やれやれと首なんて振りやがる。

 たかが知れてる……だと……?


「そんな事ないわ。このビルの屋上行こうよ。本気見せてやるわよ」


 勢いよく立ち上がる。




 月曜日。

 あれ? 月曜日? 日曜日はどこ行った?

 うわっ、こんな時間。朝の仕込みが始まっちゃう。

 あれ? 日曜日?


 登校して教室に入ると、私の席の周りに恵と実知がいた。二人はすぐに私に気付いた。恵は緩やかに手を振り、実知は元気よく手を挙げる。

 実知が私より早いのは珍しい。


「おはよう。どうしたの? 何かあった?」

「あ、正気に戻ってるみたいだね。みこ、これ付けて」


 恵が私にイヤホンを渡してくる。ピンク色の可愛らしい物だ。恵が持っている物は何だって可愛らしい。

 とにかくよく分からんが付けてみる。


「ではでは、レッツ羞恥プレイ!」


 恵が手にしていた携帯を振り上げてボタンを押した。

 羞恥プレイ?

 イヤホンから聞き慣れた恵の声が聞こえてくる。


『よし、では野宮さん、愛する水野君に熱っつーいメッセージをどうぞ!』

『由起彦、愛してるぜーっ!』

『まだまだ!』

『お前は私の婿だー!』

『もう一声!』

『毎日和菓子作って待ってるよーっ!』

『さらにさらに!』

『おっぱいの大きさなんて関係なーい!』

『その通りだー!』

『おい、メグまで叫ぶなよ』

『丸顔だっていいじゃない! お前の顔はモロ好みなんだよー!』

『これで最後だ!』

『由起彦を宇宙で一番愛してるのは、この私だー!』


 そんな事が、確かに昨日、ありました。


「みこ、顔真っ赤だぞ」


 両腕を組んで、にやにや実知が笑っている。


「言ったよね? 死ぬほど後悔するって」


 恵が優しく微笑んでいる。むしろ怖い。


「ごめんなさい。昨日は調子に乗りました。この事は、この事は、なにとぞご内密に」


 二人のセーラー服にすがりついて命乞いをする。


「なんてね。ちょっと遊んでみましたとさ」


 恵が悪戯っぽく舌を出し、携帯のボタンを押した。音声が消去される。

 助かった。これが恵で助かった。意地悪好きの咲乃さんや、噂好きの夏生だったらとんでもない事になっていた。


「ま、みこの想いはよく分かったしな」

「これまで以上にサポートしないとね」

「いや、私はいいから、二人は二人で幸せ探そうよ」

「余計なお世話だ!」

「余計なお世話だ!」


 ええ? 理不尽すぎるって。

 でもしばらくは何も言えない。


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