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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
知らない男子に告白された
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知らない男子に告白された、その後で

前回の「知らない男子に告白された」の続きの話です。まずは前回をお読み下さい。

 その日、私は由起彦を家まで迎えに行った。

 出てきた由起彦は、顔中絆創膏だらけだった。左頬には大きなガーゼを貼り付けている。

 昨日した喧嘩で怪我をしていたのだ。

 その喧嘩は私の為にしたものだ。

 私に告白してきた男子を諦めさせるための喧嘩だ。

 由起彦を見た瞬間、胸が張り裂けそうになった。


「おう、おはよー」

「おはよう。顔、酷いね」

「何だよ、不細工っていいたいのかよー」

「いや、そうじゃないって。怪我よ、怪我」

「ああ、これ、大げさなんだよなー。母さんがいいって言ってるのに貼り付けまくってさー」


 由起彦はいつもの呑気な調子でそんな事を言う。


「ごめんね」

「気にするなって言ったろー」


 登校する間、他の生徒は由起彦を見る度に驚いた顔をしていた。

 いつもは近くにいると余計な噂を立てられるので離れているのだが、今日は側から離れず由起彦についていった。

 教室に入った時も、他のクラスメイトは似たような反応をした。

 世話好きのクラス委員長、綾小路さんが飛んで来た。


「どうしたの? それ?」

「ちょっと転んでなー」

「いや、転んでそうはならないでしょ?」

「変な転び方したんだってばー。いいだろ? 別に」


 由起彦はさっさと自分の席についた。

 私も自分の席に座るが、由起彦が気になって仕方がない。ずっと横を向いて由起彦の様子をうかがう。


「あれ、どうしたの?」


 恵が声をかけてきた。


「んー、昨日ちょっとね」


 喧嘩の事を言うべきか迷った。由起彦が黙っているつもりなら、言わない方がいいのかもしれない。こんな事は初めてなので、どうしていいのか分からなかった。


「昨日の、例の告白と関係あるの?」


 恵は机の前にかがみ込むと、心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「まぁね」


 恵はそれ以上何も言わず、ただ私の側にいてくれた。

 そこへ夏生が登校した来た。


「あ、昨日の奴と喧嘩したんや?」


 夏生の他人事のような無神経な言い方に、カチンと来てしまった。


「あんたのせいでしょ!」


 立ち上がって怒鳴っていた。


「あんたがあの子をそそのかしたから、こんな事になっちゃったんじゃない!」


 頭に血が上ってどうしようもなくなっている。


「ゴメン、悪かったって。こんななるって思わんかったんやて」

「そうやって考えなしに引っかき回して! 好きな噂話にでも何でもすればいいんだ!」

「みこ、やめなって」


 恵が私の肩に手をやる。

 恵が周りを見渡したので同じように見てみると、クラスメイトが全員こっちを見ていた。

 由起彦も見ていた。何故だか悲しそうに見えた。


「悪かったって。反省してるし」


 そこでチャイムが鳴った。 

 私は夏生の肩を突き飛ばして席に座った。

 担任の先生は、教室に入るとすぐに由起彦に気付いた。


「どうした、水野」

「ああ、転んだんですよー」

「そうなのか? 後でちょっと話聞かせてくれ」


 今、私達は中学三年生だ。大事な時期だ。

 喧嘩して先生に呼び出されて、内申に響くんじゃないだろうか?

 私のせいで。

 ホームルームが終わると、先生と一緒に由起彦が出て行った。

 一時間目が始まる直前になって戻ってくる。

 次の休み時間になると、すぐに由起彦のところへ行った。


「先生なんて?」

「ん? 転んだって言ったら信じてくれた」

「そんな訳ないじゃない」

「何回も聞いてきたけどな。転んだってずっと言ってたら、そうかって言って納得してくれた。他の先生にもそう言っとくってさー」

「そうなの?」

「泉先生って甘いからなー」


 そうかもしれない。担任の泉先生は私の父さんと同じ年ぐらいの男の先生だが、ちょっとなよなよした頼りがいのない人だ。

 頼りないので、本当に由起彦の事をかばってくれるのか心配だけど。


「泉先生がそう言ってくれたんだし、他の先生も大丈夫だろ? あの先生、いざって時は頼れる先生だしなー」

「そうかな?」

「そうだってばー」


 由起彦がそう言うなら……。


「本当、ゴメン」


 授業中もこの事ばかり考えていた。

 朝は夏生につらく当たってしまった。

 あれは八つ当たりだ。

 本当はふらふらして告白してきた相手をちゃんと断らなかった私が悪いんだ。何としてでも私が断るべきだったんだ。

 それで由起彦に助けてもらった。

 駄目な奴だ、私は。

 昼休みになると、クラスが別の実知もやって来て昼食を食べる。


「喧嘩かよ」

「うーん、まぁ」

「やるな、水野の奴も」

「私のせいだわ」

「あいつが好きでしたんだろ? ちょっと見直した」

「ちょっとだけ?」


 恵が聞く。


「まぁ、ちょっとだけ。あんなけ殴られるとか、弱っちいだろ?」

「あー、そういう訳やないみたいやで?」


 また夏生だ。

 何かおどおどしている。反省は本気でしているようだ。


「例の一年の様子見て来てんけどな、向こうはひとつも怪我してへんねん」

「一方的にやられたのかよ」

「よう分からんし、本人に聞いてみたんや」


 こういう行動力には毎度呆れかえってしまう。


「本人、口割らへんねん。せやし、『水野、手ぇ出してへんのちゃうんか?』って言ったってん。すごい睨まれた」

「水野君は何もしなかったって事?」


 恵の箸が止まった。


「そうみたい。向こう諦めてんやろ? みこちゃんの事はもう関係ないしって言ってたわ」


 そうなんだ。

 殴り合いの喧嘩じゃなくて、由起彦は一方的に殴らせたんだ。それで向こうを諦めさせてくれた。

 そっちの方が由起彦らしい。


「みこ」


 恵がハンカチを出してくれた。

 いつの間にか涙が出ていたみたいだ。

 うつむいて顔を隠しながら涙を拭う。


「泉センセも、かぼてくれてるし。教頭センセにいろいろ言われたみたいけど、誤魔化してくれてんて」

「何でそんな事まで分かるんだ?」

「うち、仲ええセンセ、いっぱいおるから」


 夏生が私をじっと見ている。


「みこちゃん、ホンマゴメンな。これからは気ぃ付けて噂流すし」

「え? あくまで噂は流すのかよ」

「悪い。うちは自分で自分を止められへんねや」

「まぁ、その辺は諦めてるわ。ありがとう。いろいろ調べてくれて」

「こんくらいしかでけへんし。水野にお大事に、言うといて」


 夏生がとぼとぼと去って行った。

 でも本気で反省しているのかは疑わしくなってきた。まぁ、あれが夏生だしな。




 放課後、由起彦が気になって、お店の手伝いを休んで部活の様子を見に行った。

 体育館を覗いてみると、ものすごい声が響いてきた。

 ハンドボール部の顧問の先生の声だ。

 由起彦が怒鳴られている。

 怒鳴り声はすぐにやんだが、由起彦は練習に参加させてもらえなかった。

 体育館の端に座って、じっと練習を眺めている。

 由起彦が私に気付いた。すぐに同じ部員の高瀬を呼び付けた。

 高瀬が私の方へやってくる。


「帰って店番しろってさ」


 高瀬が言う。


「そういう訳にはいかないわ」

「あいつ、今日は見てるように言われてるけど、明日からはまた練習やらせてもらえるし。野宮はいつも通りにしといた方がいいと思うぞ」

「でも……」

「守った女にずっと心配されるなんて、カッコつかないだろ?」


 そういってにやりと笑みを浮かべる。

 格好がつくかどうかはともかくとして、このままここにいてもあいつにとっては迷惑なのかもしれない。大人しく帰るか。


「じゃあ、帰る。ありがとね」

「あんなのすぐ治って」


 高瀬はすぐに練習に戻っていった。




 家に帰って和菓子屋の店番をする。

 こんな時でも笑顔を絶やしてはいけない。お客に心配されるなんて事があっては客商売の恥である。

 しかし気付かれた。

 常連客の菊池さんだ。

 彼女はいつも私の作った和菓子を厳しくチェックしてくれている。この人のおかげで私の和菓子作りの腕前は随分と上がった。つまりは恩人である。


「ん? 今日は何も作ってないね」


 ショーケースを一通り見回してから睨み付けるようにして私に言った。

 由起彦の様子を見に行っていたので、いつもは店番の前にしている和菓子を作る仕事を今日はしていない。それをあっさり見抜くのが菊池さんだった。


「すみません。今日はちょっと」

「何かあったね?」

「え? いえ、別に」

「私は何十年も教師をしてたんだ。子供の事なんてすぐに分かる。話してごらん。話せば少しは楽になるよ」


 そうなのかな。今のよく分からなくなっている気持ちを、誰かに聞いて欲しいのは確かだけど。

 でもお客にする話だろうか?


「いいから話しな。話すまで今日は帰らないよ」


 言う事が無茶苦茶だ。でも私はいつの間にか話していた。


「余計な心配をするもんじゃないよ」

「でも」

「水野君は自分のやりたいようにやったんだ。あんたに余計な心配をされると、自分のやった事が間違ってたか不安になってくるだろ? あんたはただ感謝してればいいんだ」

「そういうものなんですか?」

「自分のやった事は間違ってなかったと確信させてやるんだよ。分かったね」

「はぁ」

「はぁ?」

「はいっ!」


 菊池さんが手にしている杖で床を突いたので、背筋を伸ばしてきちんと返事をする。


「じゃあ、今日は久し振りに先代の作ったのをもらおうか」


 そう言って、菊池さんはショーケースを覗き込んだ。




 もうそろそろ由起彦がやってくる時間だ。

 ああ、来た来た。


「ちわーっす」


 いつも通りの挨拶。

 私は何も言わずにカウンターを出ると、由起彦の前に立った。

 由起彦の顔を見上げる。絆創膏が痛々しい。


「どうしたんだー?」


 由起彦の胸に身体を寄せる。

 そのままぎゅっと抱き締める。

 由起彦の匂いがする。頼もしい匂いだ。


「おい、何するんだよ」


 由起彦が私の肩に手をやって押し退けようとするが、私は離さない。


「ありがと」


 もっと強く抱き締める。

 由起彦も手の力を緩める。


「ありがと」


 ずっと離さない。


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