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恋する馬鹿

 一例を挙げよう。

 時は去年に遡る。

 教室で私が帰り支度をしていると、幼馴染みの水野由起彦がやって来た。


「おう、野宮、ノートサンキュー」

「まったく、授業ちゃんと聞いてなさいよね」


 昼休み前に貸していた数学のノートを取り返す。


「お、何やってるんだ? ノート? もしかして交換日記という奴ですか?」

「高瀬君、今時交換日記はないですよ」

「これは失礼、柳本君。お二人は既にそんなものなんて必要ないくらい、強い絆で結ばれてるんでしたね」


 横から口出ししてきたのは高瀬と柳本。由起彦と同じハンドボール部員である。

 こいつらは、いつも私達の仲を冷やかしてくるウザい奴らなのだ。


「数学のノート貸しただけだってば。ほら、数学だし、数学」

「何でわざわざ野宮なんだよ。俺とかでもいいだろ」

「野宮さん手書きのノートを借りたい、水野君のささやかな想いなんですよ」

「違うってばー。お前ら字、汚いだろ? 野宮の方が分かりやすいんだよ」

「下手な言い訳ですね」

「下手な言い訳ですね」

「あー、うるさい。あんたら毎回毎回余計な事ばっか言ってきて。他にやる事ないの?」

「俺達には教室でイチャつく不埒者達を粉砕する使命があるのだ」

「その為に全てを投げ打っているのだ」

「この馬鹿どもめ。そんなんだからモテないのよ」

「モテなんてどうでもいい」

「硬派な俺達にモテなんて必要ない」

「馬鹿な事言ってないで、部活行こうぜー」

「よし、今日のところはこれで勘弁してやる」

「試合が近くて俺達は忙しいのだ。命拾いしたな」

「さっさと消えちまえ」


 こんなウザったるい事が毎日のように繰り広げられていたのだった。




 そして現在の話。

 授業が終わって教室を出ようとしたところで由起彦と出くわした。


「あれ? 部活は?」

「今日は休み」


 何となく一緒に帰る。途中まで同じ道なのだ。


「おい、水野」


 校門前で後ろから声がした。二人で振り返ると高瀬の奴が近付いてきた。

 高瀬も柳本も、三年になってクラスが分かれて清々していたのだが。


「何?」


 思わず私が返事をしてしまう。


「いや、野宮呼んだ訳じゃないし。あ、でもお前も同じクラスなんだよな」

「クラスメイト同士がたまたま一緒の道を歩くのが、何かいけないんですか?」

「そんなんじゃないって。そうだ、野宮も助けてくれよ」

「あー、例の話かー」

「そうそう。ちょっと付き合ってくれよ、野宮」

「事情によるわね」

「あ」


 由起彦が声を出したので昇降口の方を見てみる。何人かの生徒が下校しているだけだ。


「あ!」


 振り返った高瀬が声を挙げて、背筋を伸ばす。


「みんなも今帰り?」


 そう言いながら近付いて来たのは、私のクラスで委員長をしている綾小路さんだ。二年の時もクラスが同じで、やはり委員長をしていた。


「そうだよ。今日もお疲れさん」


 クラス委員長にして世話好きの綾小路さんは、毎日クラスで大活躍をしている。

 さっきやったホームルームでは、授業中にマンガを読んでいた男子がいた事を暴露し、いかに授業が大切なものかを熱く語っていた。

 男子を非難するのが目的ではなかった。大切な授業を聞き逃すのはもったいないと知って欲しい。それが世話好きの綾小路さんという人だった。


「じゃあ、また明日」

「あ、あの綾小路」


 通り過ぎる綾小路さんに後ろから声をかけたのは高瀬。


「い、い、一緒に帰らないか?」

「でも方向が逆だわ」

「あ、そうか、そうだったな」

「高瀬君もさようなら」


 ひらひらと手を振って、綾小路さんが去る。


「ほらなー、脈なんて全然ないんだよー」

「え? そういう話?」


 高瀬が綾小路さんに気があるって事? これは意外な展開だ。

 今まで散々冷やかされてきたのだ、この馬鹿に仕返しをするいいチャンスである。

 しかし高瀬は深くうなだれた。

 うーん、調子狂うなぁ。


「まー、ここじゃ何だし、公園行こうぜー」




 三人で住宅街にある児童公園まで行く。

 ベンチに腰掛けたところで、由起彦が口を開く。


「やっぱり綾小路は無理だってー」

「そうは言うけどなぁ」

「へー、そうだったんだ。全然気付かなかったわ」

「野宮はそういうの、疎いからなー」


 否定はしない。


「でも何でクラスが分かれた今になって?」

「クラスが分かれて初めて気付いたんだよ」

「で、どうしたい訳?」

「どうって、どうだろう」


 うつむいて頭をかいた。

 うわー、ウゼー。

 他の人ならそうは思わないのだろうが、こいつは常日頃の行いが悪いのだ。そんな奴がいきなりしおらしくなるなんて、ウザい以外の何ものでもなかった。

 正直どうでも良くなってきた。


「まぁ、頑張りたけりゃ頑張ればいいよ。じゃ、私帰るし」

「ちょっと待ってくれって」


 高瀬が立ち上がりかけた私の袖を引いた。


「頼む、本当、頼む」

「何を頼む気なのよ」

「俺の事、綾小路にアピールしてくれ」

「それはお勧めしないわ。私が他人の色恋沙汰に関わると、大抵碌でもない事になるの。今まで何度もやらかしてるのよ」

「うん、それは本当だぞー」


 由起彦がうなずく。他人に同意されるとむかっとくるな。


「いや、それでも頼むって。他に宛はないんだよ」


 実に情けない顔で頼み込んでくる。

 敵ながら哀れに思えてきた。あ、駄目だ。こうやって情に流されるのが私の悪いところなのだ。


「男だったら正々堂々と告白なり何なりすればいいでしょ? セコく他人にアピールさせるとか、マイナスポイントにしかならないわ」

「それもそうか。そうかもな」

「早く告って玉砕しろよなー。試合も近いし、今みたいに腑抜けだと困るんだよ」

「お前、親友と部活、どっちが大事なんだよ」

「早く決着付けるのは、お前の為でもあるんだって」


 由起彦が高瀬の肩に手を置く。

 一見、麗しい友情のように見えるが、単に誤魔化してるだけのようにも見える。


「分かった。告るぞ。告ってやる」

「よし、その意気だ」


 由起彦が肩を叩く。やはり友情なのだろうか。




 次の日の昼休み。

 高瀬がやって来て、綾小路さんに話しかけているのが見えた。


「なんだありゃ?」


 私と一緒にいる実知が言う。クラスは違うが、昼休みになるとやって来るのだ。


「ああ、高瀬君って、綾小路さんが好きなんだって」


 別にどうでもいい話なので、わざわざ隠し立てする事はない。


「え? そうなの? 女子より友達と馬鹿騒ぎしてる方が好きなタイプかと思ってた」


 恵の感想に私も同意だ。

 高瀬は馬鹿なお調子者。それがみんなの共通認識なのだ。

 高瀬の言葉に綾小路さんがうなずいて、二人で教室を出て行った。


「あーあ、合掌やなぁ」


 私の脇に噂好きの夏生が立っていた。


「合掌って決まってるんだ?」

「そうや。桜子ちゃんって、今まで三回告られてるけど、全部振ってんねん」


 桜子ちゃんとは綾小路さんの事だ。


「三回もか?」

「世話好きやろ? 勘違いする男子が多いんや」

「振っちゃうって、好きな男子がいるのかな?」


 恵の目が輝いている。恋バナが好きなのだ。


「ちゃうちゃう。桜子ちゃんって、世話焼き命やねん。誰かと付きおうたら世話焼きでけへんやろ? だから毎回振んねん」

「あんた、詳しすぎない?」

「振られた男子に何て言われて振られたか、ちゃんとリサーチしてるからな」


 どこまでも噂好きである。

 極端すぎる世話好きと噂好き。変人ばっかりのクラスである。




 夕方、私が家の和菓子屋で店番をしていると由起彦がやって来た。隣に高瀬がいる。ゾンビみたいにゆらゆら揺れて歩いている。


「ちわーっす」

「いらっしゃい。駄目だったみたいね」

「まーなー」

「野宮、失恋に効く和菓子をくれ」

「そんなのないって。別にいいじゃん。部活に生きなさいよ」

「駄目だ。何もする気になれない」

「そんなんじゃ、スタメンから外されるぞー」

「今は部活より失恋だ」

「ウザいわねぇ。さっさと帰って、枕を涙で濡らしときなさいよ」

「はぁぁぁ……」


 深い、どこまでも深いため息。これは相当なダメージを受けている。

 まぁ、だからと言って私に出来る事などありはしない。私が何かしたら、余計に傷口を広げるだけなのだ。




 数日後、また店番。由起彦がやってくる。


「駄目だ。事態は悪化する一方だ」

「何の話?」

「高瀬」

「ああ、あれってまだ終わってなかったの?」

「高瀬がふらふらしてるところ、綾小路に見付かってなー」

「気まずいね、それ」

「綾小路が励ましてきたんだよ」

「え? 振った相手が励ますの?」

「『私に振られたくらい、どうって事ないから』とか言って励まされるんだと」

「うわぁ」

「余計に傷口が広がってるんだよー」


 どうやら、私が何もしなくても悲惨な事にはなるらしい。


「どうしようか?」

「私に聞かないでよ。余計に非道い事になるわよ」

「それもそうだよなー」


 あっさり納得しやがって。じゃあ、聞くなよ。


「あーあ、次の試合どうなるんだよー」

「え? あくまで部活の心配なの?」

「あーいや、あいつが女子を好きとかどうとか、何か変だろ?」

「まぁ、それもそうね。人の事、散々冷やかしてくるしね」

「そんなのさっさとやめちまって、部活やったり馬鹿やったりの方がいいって」

「ずっと馬鹿ばっかりっていうのもどうかと思うけど」

「でも今は馬鹿な方がいいって」


 そんなものだろうか? 

 由起彦だって高瀬に冷やかされる被害者なのだ。それでも馬鹿な方がいいのだろうか?


「じゃあ、綾小路さんに、励ますのはやめるように言っとこうか?」

「そうしてくれると助かるわ」


 これくらいの口出しなら大丈夫だろう。既に事態は最悪なのだし。




 早速次の日、綾小路さんと話をした。

 説得にはかなりの苦労を要した。どうしても見過ごす事は出来ないと言って聞かないのだ。世話好きとして、困っている人間は放って置けないらしい。

 しかし、今回に限って言えば、困っている原因は綾小路さんなのだ。どうにかそれを説明し、納得させた。かなり疲れた。


 そして放課後、また店番。

 由起彦と高瀬がやって来た。


「おう、野宮、サンキューな」

「別に高瀬君の為じゃないわ。我が校のハンドボール部の為だから」

「つまりは水野の為だと」


 にやっと笑った。


「そういう訳じゃないって」

「ちょっと頼んだだけだってばー」

「水野君の頼みじゃ断れないって事だろ? それ」

「何? せっかく助けてやったのにその言い草」

「それはそれ、これはこれ。お前らのいちゃいちゃ振りは相変らず見過ごせないからな。て言うか、俺だけ失恋とか不公平すぎるだろ」

「そんなんだから振られるのよ」

「綾小路は人助けに忙しいんだよ。俺がどうとかじゃなしに」

「でもねぇ、今日話してたら、『高瀬君みたいな馬鹿は放って置けない』って口滑らせてたわよ」


 これは事実だ。実に深刻な顔をして言われてしまった。


「へん、馬鹿で結構。もういいや、馬鹿は馬鹿らしく、きれいさっぱり忘れて部活に励むぜ」

「その意気だ、高瀬」

「ハンドボールだけが俺の恋人だぜ」

「その通りだ、高瀬」

「いや、水野は違うだろ」

「え?」

「お前の恋人は野宮だろ。あーあ、ハンドボールと二股かけてやがるぜ、とんだプレイボーイ様ですなぁ」

「あー、うるさい。用が済んだらさっさと帰れ。商売の邪魔よ」

「おやおや、俺はお邪魔ですか。そうですわね。二人っきりの時間を邪魔しちゃ悪いですわね。では失礼」


 おばさんみたいな仕草で出口まで行く高瀬。


「じゃ、ありがとうな。野宮、今度和菓子買いに来てやるから」

「高いの買っていってよ」

「あばよ」


 人差し指と中指を立て、額の前で軽く振る格好付けをして去った。

 何やってるんだ、あの馬鹿。

 まぁ、でもお似合いである。


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