ホームページをリニューアル
「父さん、これがうちの商店街のホームページなの?」
「ん? そうだぞ。初めて見るのか?」
「もっと前に見ておくべきだったわ」
最近パソコンの使い方をマスターした私がインターネットを見ていると、とてもじゃないけど見過ごせない物を見付けてしまった。
我が、上葛城商店街のホームページである。
何これ?
「これ、最悪よ」
「そうか? 商店街の熱気が伝わってくるだろ?」
「駄目駄目よ。濃い緑の背景に黒い文字とか、見にくくって仕方ないでしょ? 両脇に並んでる商店街の写真もウザいし、ロゴも変にちかちかして目が潰れそうだよ。何で誰も止めなかったの?」
「みんな大喜びだったぞ」
「お披露目会、平日にしたのよね。私出られなかったんだよ。うわ、どれがボタンでどれがただの画像かも分かりづらいわ。これ作ったのってサガワさんとこの西田さんだっけ?」
「そうだよ。全部彼が一人で作ってくれたんだ。感謝感謝だよ」
「でも駄目。これは作り直す必要があるわ」
翌日、早朝。
私は毎日、八百森の娘さんである咲乃さんとジョギングをしている。
そろそろ温かいので、咲乃さんは長袖シャツ一枚でやって来た。最近サイズが大きくなったという胸が目立つ。クソッ。
「という訳で、商店街のホームページを作り直さないといけないんですよ」
「そんなのあったんだ。見た事なかったよ」
咲乃さんはお店の仕事には関わっていない。商店街にも無関心なようだ。まぁ、その辺は人それぞれである。
「私の友達に、絵が上手くて異常に凝り性な娘がいるから、監修をお願いするつもりなんですよ」
恵の事である。
恵はたまに周りがドン引きする程のこだわりを見せる。そして類い希なる集中力で、何でもかんでもやり遂げてしまうのだ。
正直、彼女を招聘すると、その異常なこだわりで大変な目に遭いそうな気がしなくもないが、この際仕方がない。全ては商店街の為なのだ。
「何言ってるの、みこちゃん。そんなの駄目だって」
「え? ああ、やっぱり商店街と関係ない娘、巻き込んじゃ駄目ですかね」
「違うよ。そのサイト作ってるのって、西田さんでしょ? 響さんとくっつけるチャンスじゃない」
「え? ああ、なるほど、その手がありましたね」
小村書房の娘さんであり、商店街で一、二を争う美人でもある響さんは、未だにどこがいいのかさっぱり分からないのだが、おもちゃのサガワで働いている西田さんに惚れている。
中学の同級生らしいのだが、昔型のおたくである西田さんのどこに魅力があるのか、本当に理解出来ない。
一度私と咲乃さんとで二人をくっつけようとしたが大失敗に終わっていた。西田さんは二次元にしか興味がないなどと仰るのだ。
しかし私達の活動以降、西田さんも響さんを意識しつつあるらしい。咲乃さんがそう言っていた。
なるほど、あの時の罪滅ぼしは必要である。
では早速動いてみましょう。
その日の夕方。お店の手伝いが終わった後、小村書房へと顔を出す。
「こんばんは、響さん。商売繁盛ですか?」
「おかげさまで。エロマンガの売上が伸びてるからね。その辺、釈然としないものがあるけど」
そのエッチなマンガの人気上昇に貢献しているのが西田さんである。
西田さんお勧めのエッチなマンガを響さんが読んで、響さんが気に入ればポップを立てる。そしてそれを見た商店街の若い衆が買っていく。そういうサイクルが出来上がっているのだ。
「ところで、この商店街のホームページって見た事ありますか?」
「あるわよ。大昔のデザインよね。あれはないわ」
「あれ作ったのって、西田さんって知ってます?」
「う、うん知ってる。彼にはそういうセンスがないみたいね」
「リニューアルしたいんですけど、響さん、デザイン担当して下さいよ」
「え! 私が!」
目を丸くして驚いた。そういう姿も可愛らしい。
でもそこまで驚く事か?
「でも、作るのは西田君よね?」
「そうですよ。二人して作って下さいよ」
「二人で! いやー、それはどうかなー」
「ポップとか見てると、響さんセンスあるじゃないですか。全ては商店街の為ですよ」
「裏でサキちゃんが糸引いてない?」
「いや、ちょっとアドバイスもらっただけですよ。まぁ、前やらかした失敗のフォローってのもありますけど」
「えー、うーん、二人でかー、どうしようかなー」
もじもじと身悶えている。
この人、二十八才である。
いい大人なんだし、そんな乙女乙女しなくていいと思うんだが。
「手こずってる?」
ひょいと咲乃さんが顔を出してきた。
「あ、サキちゃん、またやらかそうとしてるわね」
「今回は裏はないですよ。単純にお二人の共同作業って事で。こういうチャンス、逃さないようにしてかないといけませんよ?」
「うーん、そうは言ってもねー」
「響さんが駄目ならみこちゃんの友達にやってもらいますよ。ちなみに美少女中学生ですから」
「び、美少女?」
恵は確かに美少女中学生と言えるだろう。
しかし咲乃さんには、手伝ってもらうつもりだった友達が恵だとは伝えていない。この人、また口から出任せを言っている。
「おたく・イコール・ロリコン。非常に危険なんですよ、響さん」
「いや、西田君がロリコンって決まった訳じゃ……。でも美少女か……」
響さんが、口元に手をやってぶつぶつと考え込み始めた。
「今ロリコンじゃなくても、ロリコンに目覚める可能性がありますねぇ。見過ごせないのでは?」
「そうね、やるわ。私、やるから」
拳を握りしめて堅く決意する響さん。
こういうのがいちいち可愛い。
「じゃ、日曜日お店休みですよね? 響さんの部屋で頑張って下さい」
「ええ! 私の部屋で?」
「当然ですよ。仲むつまじく頑張って下さい。オ・ト・ナな雰囲気になっても響さんの部屋なら何でもオッケーじゃないですか」
「いやいやいや、それは勘弁してよ。商店街の会議室でいいじゃない」
「響さん、押す時は押さなきゃ」
咲乃さんが響さんの肩を掴んで揺する。
「本当、無理です。せめて二人も立ち会ってよ」
「え? 私達もですか?」
「どっちみち、二人っきりとか無理よ。みんなで終始和やかな雰囲気でお願いしますよ」
「でも商店街の会議室じゃ駄目ですよ。それじゃ、何の意味もないですから」
「分かった。私の部屋で。でも二人もいてね」
「このヘタレめ」
こうして話はまとまった?
二人で小村書房を出てから咲乃さんが言った。
「じゃ、西田さん誘っておいてね」
「分かりました」
「響さんの部屋でやるのは内緒にしておいてね」
「はぁ?」
「でないと向こうも逃げ出しかねないでしょ? どこでやるかは言わないで、当日みこちゃんがここまで引っ張ってきてよ」
うわぁ、この人は本当、タチが悪いな。
そして日曜日。言われたように場所は告げず、西田さんを連れ出した。
「え? ここって小村さん家じゃん」
「そうだよ。響さんの部屋でするのよ。言ってなかったっけ?」
「言ってない言ってない。いや、マズいって」
ノートパソコンと分厚い本を何冊も抱えた西田さんが脂汗をかいている。
今日もよれたネルシャツだ。
「ここまで来てドタキャンとかなしにしてよ? 響さん、もう待ってるし」
「分かったよ。みこちゃんと関わると、碌な事にならないよなぁ」
裏口のインターホンを鳴らすと、響さんが出てきた。
白い緩やかなスカートに黄色いブラウス。どう見ても部屋着ではない。何だかんだで気合い十分である。
響さんの部屋に通される。
扉を開けた途端、かぐわしい香りが鼻を通り過ぎる。
「うぉっ」
思わず西田さんも声を出す。この人、女子の部屋に入った事はあるのだろうか? 多分ないだろう。私は勝手にそう決め付けた。
薄い赤が基調の部屋は、昨日今日片付けたのではない、きれいに整理整頓された空間だった。
本棚が一つしかない代わりに、クローゼットが三つも四つも壁際に並んでいるのが見える。
私の部屋にはまだない化粧台もしっかりとあり、化粧品がいくつも、いやみっちりと並んでるな。すごい数だ。
ベッドも寝乱れているなんて事はない。
そしてパソコンの置かれた机。
その机に向かって、咲乃さんがパソコンを操作していた。彼女はデニム地の白いパンツだ。ちなみに私は普通のジーンズ。今日の私達は響さんの引き立て役なのだ。
「面白いブックマークはないなぁ。マンガのブログばっかりだ」
「こらっ、何荒らしてるのよサキちゃん。ほら、退いて退いて。あ、西田君ここ座って」
「あ、うん、ありがとう」
響さんが西田さんをパソコンチェアに座らせて、自分は衣装台から持って来た椅子にちょこんと座る。
二人とも、既に緊張しまくっている。
「あ、一応フリーのペイントソフトで仮のデザインは作ってみたんだけど」
響さんが横から手を伸ばして、マウスを操作する。
二人の距離はかなり近いぞ。と、思ったら西田さんが椅子を横に引いて避けた。ヘタレである。
「あ、二人も見て。こんな感じでどうかな?」
咲乃さんと二人で、後ろからモニタを覗き込む。
白が基調で、赤を効果的に使っているデザインだ。上品だし、華やかさもある。
「もうちょい派手でもいいんじゃないですか? 庶民的な商店街なんですし」
咲乃さんが意見を出す。商店街に興味はなくても、しっかり参加する気ではいるようだ。
「そうか、それもそうね」
「商店街のマップはいいですね」
私も感想を述べる。
「お手本にした都会の商店街にそういうのがあったのよ」
「クリックしたら、そのお店の紹介が出るんですね」
「西田君、こういうの出来るかな?」
「出来ると思うよ。サイト作りは詳しくないから、調べながらになるけど」
「お得情報が載ってますけど、これって更新大変じゃないですか?」
「それくらいやるよ。時間はそんなにかからないしね」
「西田君、頼りになるわ」
響さん、うっとりしている。本当に西田さんのどこがいいんだろうか?
その後もあれこれと意見を出し合う。
「じゃあ、今の話をまとめて、デザイン修正するわね」
「俺も作れるところから作っていくよ。小村さん、LAN繋いでいい?」
「でも差し込み口が一つしかないわ」
「ハブ持って来たから大丈夫だよ。ちょっと後ろ失礼するよ」
西田さんがパソコンの裏側を覗き込む。
「それにしても、デスクトップって言うんですか? 今時やたら大きいパソコンですね」
邪魔にならないようベッドに移動した咲乃さんが言う。
そうなのだろうか? ああ、確かに私の家にあるパソコンより一回り大きい。
「ゲームするからハイスペックじゃないと駄目なのよ」
「ゲームってエロゲーですか?」
「サキちゃん、なんて事言うのよ。違うって、オンラインのRPGよ」
「小村さん、そんなのやるんだ」
パソコン裏の作業を終えた西田さんが聞く。
「そうなのよ。前まではファ○ナル・ファンタジーしてわ」
「ああ、俺あれでネトゲ廃人になりかけたよ」
「何それ?」
よく分からない会話なので口を挟む。
「ゲームばっかりやって、日常生活をまともに送れなくなる事」
「駄目人間の極地ね」
「でもあれは面白いから仕方ないわ。今はあれこれつまみ食いしてるの」
「俺は最近FPSばっかりだけど、久しぶりにロープレもいいかもな」
「じゃ、今度一緒にやりましょうよ」
お、響さん、積極的ですね。さっきからよく分からない単語が飛び交ってるけど。
この後も、二人ゲームの話で盛り上がる。あの、ホームページ作りも忘れないで下さいね?
「すっかり熱々ですね」
横にいる咲乃さんに耳打ちする。
「案外早くくっつきそうだね」
ようやくホームページ作りが始まる。
「ここじゃ俺、邪魔だよね。床でやるよ」
と、持って来たノートパソコンを手に立ち上がる。
「え? それじゃやりにくいでしょ? 机の端なら大丈夫だから」
何とか隣同士で作業するのを目論む響さん。
響さんと西田さんが、それぞれ自分のパソコンを操作する。
「さすが、打つの早いわね、西田君」
「俺の取り柄はこれくらいだしね」
「あれ? 操作が分からないわ」
「これじゃないかな? あ、ごめん」
西田さんが響さんの手に触れてしまった。
「そんな謝らなくてもいいわよ。西田君って意外にきれいな手してるのね」
「そうかな? まぁ、苦労してないからね。小村さんこそ、爪とかきれいにしてるね。女の子っぽくていいよ」
「お、女の子って年じゃないって」
「そんな事ないよ。前におもちゃ屋に来たガキンチョも、本屋のキレイなお姉さんとか言ってたよ」
「恥ずかしいわねぇ。同級生は子供もいるのに。平田さんなんてこの春から小学生なんだよ?」
「あ、そうなの? あの人、結婚したの早かったよね」
「短大出てすぐよね。結婚しましたってハガキ来たけど、ウエディングドレスがよく似合ってたわ」
「小村さんの写真も写真屋さんに飾ってたよね。きれいだったよ」
「もう、またそんな」
「いや、ごめん」
すっかり二人だけの空間を作り上げてしまっている。
「見ててむかむかするくらい、よろしくやってますね」
「みこちゃん達も周りから見るとあんな感じだよ?」
自分のスマートフォンでゲームをしながら咲乃さんが言う。
「え? 私達って何ですか?」
「みこちゃんと水野君に決まってるじゃない。お二人毎日、みこちゃんのお店で甘い時間を過ごされてるじゃないですか」
「いや、甘いとかじゃないですし。普通にお菓子買いに来てるだけですって」
「でも商店街のお客さんも、二人でお話中は邪魔しないようにしてるんだよ? 私もお客さんに捕まって、しょっちゅうお二人さんの進捗状況を聞かれるし」
「何ですか? 進捗状況って」
「みこちゃんと水野君、どっちから告白するか、みんなで賭けてるんだよ。なかなか決着が付かないから、みんな焦れてるよ。私はみこちゃんに賭けてるから、さっさと告白しちゃってよ」
「何やってるんですか。私達は単なる幼馴染みですから。何度も言ってますけど」
「でもおもちゃ屋に来る小学生も、和菓子屋の小さい悪魔がデレデレしててキモいって言ってたよ」
西田さんがこっちに身体を向けて、話に入ってきた。
いや、あんたは響さんといちゃいちゃしてなさいよ。
「キモいは言い過ぎよ。でも二人は早くくっつくべきよね。実知ちゃんにも相談されてるのよ」
マンガ好きである友人の実知は響さんのお店にしょっちゅう来てるらしいけど、何とんでもない事言ってるんだ?
「あ、そうだ響さん、サイトにお二人さんの事も書いちゃいましょうよ」
「和菓子屋さんの看板娘の紹介文に書いとくわ」
「いやいやいや、何考えてるんですか」
「さっき言ってた賭けが出来るページも作っとこうか」
「西田さんまで何言ってるのよ。ネットに書いたら世界中から見られるんだよ?」
「世界中に宣伝すべきだよ。そうやってどうしようもなくなるまで追い詰めるの」
「そうよね。二人には早く幸せになって欲しいし」
「いや、響さんはまず、自分の幸せ掴んで下さいよ。今日だってその為の企画なんですから」
「み、みこちゃん、余計な事言わないでよ」
「いいえ、もうこうなったら言いますね。西田さん、今日のこれはね、西田さんとお近づきになりたい響さんが、自分の部屋に招き入れる為に仕組んだ企画なんだよ」
「ちょちょちょ、若干事実と異なりますよ?」
「そうなの、小村さん」
西田さんが顔を赤くして響さんを見る。
「そうだよ。響さんよく見てよ、おめかしバッチリでしょ? 良かったね、商店街で一、二を争う美人の猛アプローチだよ?」
「いや、でも俺、二次元しか……」
「そうよ。無理押しはよくないって、みこちゃん」
響さんが涙目で両手を振って、私の発言を遮ろうとする。
でもそんな姿は可愛いだけにすぎない。
「今は二次元オンリーでもそのうち変わるって。リハビリがてら、響さんとお付き合いしちゃいなよ」
「でもそれじゃ不誠実だろ?」
「響さんはそれでオッケーだし。ですよね?」
今では響さんは両拳を握りしめて胸元に引き寄せている。やはり可愛い。
「響さん、ここで告るんですよ」
咲乃さんが言う。一見真剣な表情だが、目が笑っている。
「に、西田君!」
「ごめん、俺には無理だ!」
「みこちゃん、ガード!」
「任せて!」
走りだした西田さんの先回りをして、扉の前に立ち塞がる私。
「覚悟決めな、西田さん」
「う……」
「さ、響さん」
咲乃さんが響さんの両肩を押す。
のろのろと立ち上がる響さん。
二人、向かい合う。
「西田君」
「は、はい」
「西田君」
「は、はい」
「お友達になって下さい」
深々と頭を下げる響さん。
「うわっ、このヘタレ」
咲乃さんがつぶやく。
「あ、うん。友達で」
西田さんが頭をかく。
うーん、今回はこれが精一杯かな。
「では、今回大活躍のみこちゃんの為に、さっき言ってた紹介文、しっかり載せときましょうね」
咲乃さんが余計な話を蒸し返した。
「そうね。是非とも盛り込まないとね」
「そうだね。しっかり書いておくよ。フォントも大きくして」
「いやいやいや、それ単なる罰ゲームですから」
「みこちゃんには感謝してもしきれないからね」
響さんは笑顔だが、目が笑っていない。
そして新しいホームページには、私と水野由起彦の事を婚約者呼ばわりする記事が書かれてしまった。
ボタンを押したら票が入る、どっちから告白するか賭ける画面まで作られた。
二人の画像を入れるのを、肖像権を主張して阻止出来たのがせめてもの救いである。