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今日も甘味を食べに

「父さん父さん、マウス壊れてるよ?」

「嘘だろ? さっきまで使えてたぞ」


 ここは自宅の二階。お店の事務所。

 今私は、お店の事務に使っているパソコンを、父さんに頼んで使わせてもらっている。インターネットが見たかったのだ。

 しかしマウスが壊れている。


「ほらほら、マウスはテーブルの端まで行ってるのに、画面の矢印は端まで行かないのよ」

「……みこ、マウスをマウスパッドの真ん中まで戻せばいいんだ」

「そうか」


 言われた通り、マウスを戻してみる。


「駄目。やっぱり壊れてる。マウス戻したら、矢印まで戻っちゃう」

「……みこ、マウスを一回持ち上げて、マウスパッドの真ん中まで持っていって、そこで静かに降ろすんだ」


 言われた通り、マウスを持ち上げ、下にあるシートの真ん中に置き直す。


「あ! 直った。ちゃんと端まで行った」

「……直ったんじゃない。マウスはそうやって使う物なんだ」

「ややこしいわね」

「そんなんで学校の授業はどうしてるんだ?」

「学校でもたまに壊れるけど、授業でペアになってる橋本君が直してくれるよ。まぁ、大抵橋本君が操作してて、私は滅多に触らないんだけど」

「……みこには和菓子作り以外にも教えないといけない事がいろいろあるな」


 いや、壊れるマウスがおかしいのだ。私に問題はない。


「で、ここで検索出来るんだよね。インターネット見る画面が、学校のと違うわ。インターネット・エク……なんとかじゃないの?」

「これはファイヤー・フォックスだよ。父さんはこっちの方が使いやすいんだ」

「ああ、それって橋本君も言ってたわ。インターネット・エクなんとかは駄目駄目だってさ。クローンとかいうのが良いんだって」

「クロームな。しかしみこ、打つのも滅茶苦茶遅いな」

「だから滅多に触らないのよ。F、E、リターンと。あ、出てきた出てきた。あれ? でもこれ、東京だわ。この近所じゃないと」

「検索の仕方は習ってないのか?」

「ああ、思い出した。スペースボタンを押して、別の単語を入れればいいんだよね。本当、パソコンは気が利かないわ」

「これでも昔に比べたら、相当便利になってるんだ」

「父さんはパソコンオタクなんだよね。母さんが言ってた」

「父さんぐらいは普通だって。お前らはメカ音痴ってレベルじゃないな、本当に」


 そんなこんなで、この日曜日は一日中パソコンに振り回され続けた。

 肩はこるし、手は痺れるし、散々な目に遭った。




 月曜日の放課後。

 家のお店で店番をしていると、幼馴染みの由起彦がやってきた。


「ちわーっす」

「いらっしゃい。あ、お店決めたわ。ほらこれ」

「おー、そうか。なんかいい加減な地図だなー。パソコンで印刷しろよ」

「駄目。あいつは言う事聞かないのよ。手描きの方が早いわ」

「まー、いいけどなー。じゃあ、水曜に行くか」

「水曜日じゃお店は休みだけど、部活はあるでしょ? 次の日曜日でいいわよ」

「部活くらい休めばいいってばー。ちゃんと水曜に行こうぜー」

「じゃあ、そうしようか。悪いけど」


 こうして水曜日の放課後、二人で出かける事が決まった。




 水曜日の放課後。

 一旦家に帰って着替える。今日着るのは、買う時に友人の恵が選んでくれた服だ。ヒラヒラしていて柄じゃないけど、今日ぐらい、こういう服でもいいだろう。

 外に出ると、由起彦が待っていた。由起彦もいつもよりマトモな格好をしている。


「じゃ、行くか」


 商店街を通って駅へ向かっていると、後ろから声をかけられた。


「おっす、お二人さん」


 振り返るとクラスメイトの夏生だった。


「あれ? ナッツン部活は?」


 正直、面倒な奴に出くわしたと思ったが、努めて平静に聞いてみる。


「今日はサボりや。水野が部活サボるって聞いて、これは何かあるな、思って待ち伏せしててん。正解やったな」

「あんたも大抵暇人よね」


 さすが噂好き。どうやって嗅ぎ付けたのか知らないが、とんでもない嗅覚を持っているようだ。


「で、どっか行くん? デート?」

「違うわよ。ちょっとした仕事よ」

「仕事?」

「そう。和菓子屋の娘として、甘味屋の偵察をして回ってるのよ。今日もこれから一件行ってくるの」

「ふーん、じゃあ、うちも行ってええ?」

「え?」


 由起彦が声を出した。


「駄目よ。これは遊びじゃないの。わいわい騒いでちゃ意味ないのよ」

「静かにしてるし」

「ああ、それに高いわよ、今日行くところ」

「ほな、やめとくわ。これはこれで、ええ噂になるし」

「また噂? マジで勘弁して下さいよ」


 この前も、由起彦とキスをしたという噂を流されたのだ。

 口と口のキスはしていないが、おでこにキスとかはされているのだ。

 なまじ百パーセント嘘じゃないだけに、噂を消し潰すのは大変だった。

 というか、今でも完全には消えていない。


「うちはでっち上げはせぇへんで。あくまで事実に基づいた噂しか流さへんから。二人仲良くお出かけ。これがデートやのうて何や言うねん」

「もういいってばー。噂にしたけりゃ、勝手にすればいいだろ?」


 由起彦が不機嫌を隠さずに言う。


「逆ギレされても、うちは噂流すで? まぁ、これも最終的にはお二人の為になるんやて。ほな、二人仲良うお楽しみ下さいませ」


 口元を手で隠しながら、そそくさと姿を消す。


「はぁー、あいつにも困ったものだわ」

「今日はもういいだろー。早く行こうぜ」

「そうね。明日の事は明日考えようか」


 ようやく電車に乗る。


「ここはイチゴパフェが美味しいらしいのよ。口コミの情報も見たわ」

「パソコン使って? みこにしては頑張ったなー」

「まぁね。これでもう、パソコンはマスターしたと言っても過言じゃないわ」

「どうだかなー。最初の授業じゃ、マウス空中で振り回してたからなー」

「そんなの遠い過去の話だわ。私は常に成長し続ける女だから」

「成長なー、身長とか全然伸びてないけどなー。小五くらいから変わってないんじゃないか?」

「失礼ね。二センチも伸びたわ」


 由起彦がちらりと下へ視線をやった。

 あ! こいつ胸見やがった。


「何?」

「いや、別に?」


 横を向いて口笛を吹き始めた。

 失礼な。こっちもそれなりに成長してるんだぞ?


「そんなに胸がいいなら、ナッツンとお付き合いしてればよかったじゃない」

「胸とか関係ないってー。郡山とか勘弁だってばー」

「まぁ、ナッツンとお付き合いすると、碌でもない事になるでしょうね。それにしてもお付き合いかー。前から不思議なんだけど、付き合うってどうやって決まるの?」

「俺に聞くなよなー」

「仲良くお話したり、デートしたり、キスしたり?」

「そんな感じかなー?」


 うーむ。

 仲良くお話か。

 私と由起彦も、毎日お店で話をしている。こいつがお祖母さんのお茶菓子を買いに来るのだ。

 デートか。

 私と由起彦は、確かにちゃんとしたデートはした事がない。でも二人で甘味屋巡りをするのはしょっちゅうである。

 キスなー。

 私と由起彦は、口と口でないキスは何度かある。その場の流れでそうなる事があったのだ。

 うーむ。

 でも私達は付き合っていない。これは確かだ。二人は単なる幼馴染みだ。

 私達の関係と、男子と女子が付き合うという関係。二つの間はどれくらい離れているのだろうか? 分からない。

 何だかそんな関係がずっと続いている。

 でも悪くない。


「まぁ、お付き合いなんて、遠い世界の話だけどね」

「どうでもいい話だよなー」


 どうでもいい?

 そうなのかな? まぁ、そうか。

 お付き合いにこだわる必要なんて、少しも無いのだ。

 大切なのは二人の関係。そうに違いなかった。


「お、着いたぞー」




 街に降り立つと、早速日曜日に描いておいた地図を広げる。

 さーてと。


「こっちよ」


 二人、地図を見ながら歩いていく。


「この地図、おかしくないかー?」

「うーん、あれ? この道って、どの道になるんだろ?」

「今はここだろー? あれ、違うか」

「今、私達はどこにいるの?」

「どこなんだ?」


 結局一時間さまよった挙げ句、お店に電話して道を教えてもらった。電話番号を控えておいて助かった。




 目的地の喫茶店はビルの地下にあった。

 かなり古い喫茶店だが、ここにパフェの美味しいお店があるなんて、今まで私は知らなかった。インターネット万歳である。


「みこはいい加減すぎるんだよなー」


 椅子に腰を落として由起彦が文句を言う。


「ちょっと線が抜けていただけじゃない」

「三本もなー」

「細かい事言ってると、モテないわよ」

「モテるとかどうでもいいってばー」


 こいつがモテモテになるなんて、私の方としても勘弁である。余計な苦労が増えてしまう。ん? 何でだ?

 まぁ、いいか。


「さーて、イチゴパフェと何にしようかな?」

「好きなの頼めよなー」


 お言葉に甘えて、イチゴパフェとチョコレートケーキ、ホイップの載ったホットケーキを頼む。


「そんなに食って、夕食大丈夫かよー」

「大丈夫大丈夫」


 さてさて、まずはジュースがやって来た。


「カンパーイ」


 オレンジジュースとコーラで乾杯だ。


「誕生日おめでとう、みこ」

「ありがとう」


 そう、今日、四月二十四日は私の誕生日。

 私の誕生日には、由起彦のおごりで二人して甘味を食べる。

 いつの頃からそうし始めたのか憶えてないが、これは毎年の大切なイベントなのだ。


「さて、これから八月までは、私の方が一才お姉さんよ」

「お前の方がよっぽどチビだけどなー」

「そんなの関係ないわ。これからは年長者に対する尊敬の念をもって接しなさいよね」

「そうやって、変な威張り方してる時点でガキだよなー。毎年同じような事言ってるし」


 注文の品々がやってきた。


「頂きまーす」

「好きなだけ食えよな」

「はー、美味しい」


 ビンゴだ。このお店は当たりだ。


「これ、毎年続けようね」

「おう、いつまでも続けようぜー」

「そう、いつまでもね」

「大人になってもこれなら安上がりだよなー」

「え? 何言ってるのよ。大人になったら、フランスとかだよ?」

「はぁ? 店はどうするんだよ」

「数日くらい、私達がいなくても何とかなるでしょ。すっごいレストランの、すっごいお菓子を好きなだけ食べるの」

「まぁ、それでもいいけどなー」


 何才になっても、こうして二人向かい合って甘味を食べる。

 そんな姿は、当り前のように思い浮かべられるのだった。


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