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兄上の帰還3 因縁に関わる

「私は今でもあの男が許せない」

「定期的にぶり返すよな、メグの怒りは」

「それも仕方ないけどね。あのセリフは最低だもの」

「どんなセリフなんだ?」


 ここは私の部屋。

 友人の恵と実知とで仲良くお話し中。

 のはずなのに、余計な奴が一人いた。


「あのねぇ、将兄、中学女子の話に混ざってこないでよ」


 何故か私のベッドの上に寝転がっているのは水野将彦。むさ苦しい、大学生男子だ。


「横で話されてたら気になるだろ」

「いい加減、出て行ってよね。もう十分休んだでしょ?」

「あんなけこき使われるとは思わなかったぜ。先代容赦ねぇよ」


 私に借りを作ったこいつは、今日一日、お店の倉庫の片付けをさせられていたのだ。

 登山やら秘境巡りやらで体力には自信があったこの男も、さすがに一日ぶっ通しでこき使われて力尽きたのだった。

 だったら近所なんだし家に帰ればいいものの、こうして私の部屋でだらけているのだ。


「お兄さんさ、女子のおっぱいって好き?」


 いきなり実知がとんでもない事を言い出した。


「おう、当り前だろ? 女の子の価値はおっぱいで決まる」


 起き上がって宣言する将兄。


「やっぱりそうなんだ」


 自分の胸を押さえてうなだれる恵。


「メグ、あの男の言う事なんて真に受ける事ないって。あんなのただのスケベなんだから」

「でも……」

「お兄さんももっと言い方考えろよな」

「え? 俺が悪いの?」

「将兄、空気読め」

「いやいやいや、空気よりまず、話がさっぱり読めないんだけど」

「知る必要もないしね」

「いいえ、ここは知ってもらいたいと思うの」

「正気? メグ」

「貴重な男子の意見を聞きたいの」


 悲壮な決意で恵が顔を上げる。


「お兄さん、私、とても最低な事を好きだった男子から言われたんです」

「うんうん」

「胸が小さいから付き合えないって言われたんです」

「うんう……ええ?」

「信じられないでしょ、将兄」

「それ面と向かって?」

「告白したら、何カップか聞かれたんです。それで答えたら、この話はなかった事にって言われたんです」


 悔し涙を浮かべる恵。あの屈辱の日を思い出しているのだろう。


「うわ、それは最低だな」

「男子的にも最低なのか?」

「当然だろ。こんな可愛い子だったら胸くらい妥協出来るだろ」

「あくまで妥協なんだ?」


 将兄の言い草が引っかかる。


「あー、いや違う。胸の大きさで振るなんて男として最低かもしれない」

「かもしれない? あんたら兄弟って、いっつも語尾が頼りないのよ」


 将兄の弟の由起彦もそんな感じなのだ。


「お兄さん、正直に教えて下さい。やっぱり胸なんですか?」

「聞いて後悔はしないか?」


 恵が力強くうなずく。


「正直、おっぱいは大きいに越した事はない。俺的には」


 顔を背けかけたが、かろうじて踏み止まる恵。

 やはりこの男は空気を読まない。


「もし同じくらいの美人がいたとしよう。片一方が貧乳で、もう一方が巨乳なら、俺は迷う事なく巨乳を選ぶだろう」


 なんて奴だ。このまま放って置いていいのだろうか?


「しかし安心しろ。これはあくまで俺の見解だ。世の中には小さい胸の方が好きな奴もいるし、胸の大きさにこだわらない奴もいる。俺の友達の彼女もみんな貧乳だ。希望を捨てちゃ駄目だ」


 フォローになっているのか、なっていないのか、よく分からない事を言い出した。

 でも恵は真剣な顔でうんうんうなずいている。こんな奴の言う事、真に受ける事ないんだけど。


「どっちみち、結局はそんなの関係ない。要は好きかどうかだ。好きになれるかどうかだ。胸だけで選ぶのは、やはり間違っている。面と向かって言うなんてのは論外だ。女子を傷付ける奴は最低なのだ!」


 拳を高々と上げる将兄。


「やっぱりあいつは最低なのよ」

「ていうか、こんな可愛い娘を振るなんて、どんな奴か見てみたいぜ」

「今度見せたげるよ」

「いいや、今呼べ。俺が直々に説教してやる」

「よし来た」


 私は自分の携帯を取り出した。




 しばらくして。

 私の部屋に汗臭い男子が三人現れた。部活帰りのハンドボール部員どもだ。


「あれ? 何で兄貴がいるんだよー」


 一人は水野由起彦だ。


「ああ、この人が例の兄さんか」


 そう言うのは高瀬だ。


「あれ? 桜宮さん?」


 恵を見て顔が強ばったのは柳本だ。


「で? どいつがその最低な男子だ?」


 女子三人で柳本を指さす。


「え? 何? 何の話?」


 柳本が露骨にキョドる。


「君、名前は」

「はぁ、柳本です」

「ちょっとそこに座って。正座で」

「正座?」

「正座よ」


 男子三人が正座する。別に柳本以外は正座する必要はないのだが、ついでなので正座させておく。


「柳本君、君、最低だね」

「はぁ」

「メグちゃんを胸が小さいからって振ったんだって?」

「やっぱりその話ですか」

「あれについては、柳本も悪いと思ってるんだよー」

「柳本は正直なんですよ。巨乳派としてのこだわりが思わず口をついた訳で」

「そのこだわりがそもそもおかしいだろ?」


 実知が柳本を睨み付ける。


「でも水野の兄さんも分かるでしょ? 俺は胸の大きな女子が好きなんですよ」


 柳本がすがるように弁解する。実に醜い。


「それは分かる。俺も巨乳派だ。最近では小さい胸が好きだって奴もいるが、俺はあくまで巨乳派だ」

「兄さん、話分かりますね」


 駄目だ。この男どもは駄目だ。


「だがしかし! それで女子を傷付けるのは最低だ。もっと上手い断り方があるだろ?」

「例えば?」


 柳本が聞く。


「例えばだなぁ」


 将兄が拳を振り上げる。


「例えば?」


 高瀬が聞く。


「例えばだなぁ」


 将兄の拳が弱々しく降ろされる。


「どうせ兄貴、告られた事ないんだろ?」


 将兄が顔を背ける。


「駄目じゃん。人生の先輩として、その辺きっちり教えて下さいよ」

「悪い。俺、恋愛運まるでないんだ」

「運じゃなくて実力よね」

「いいや、論点はそこじゃない」


 胡座をかいていた将兄が自分の膝を叩く。


「女子を傷付けた。これは償わないといけない最低な行為なのだ!」


 びしっと柳本を指さす。

 うむ、その通りだ。将兄、ちゃんと分かってる。


「お、俺はどうすれば」

「謝れ。ひたすら謝れ。それしか道はない」


 柳本が何度もうなずく。

 そして恵の方へと身体を向ける。


「桜宮さん。俺は最低な事を言いました。君を傷付けてしまいました。許して下さい、この通りです」


 深く深く土下座をする。

 恵がゆっくりと立ち上がった。


「メグ?」


 私と実知が不安げに見守る中、恵は静かに微笑んだ。


「テメェ、許す訳ネェダロ、バカヤロウ!」


 思いっきり柳本の頭を踏み付けた。

 え? 恵さん?


「しかもテメェ、毎日毎日私の事見やがって、そんなに私は巨乳グラビアアイドルに似てるのかよ! 顔だけな!」


 ぎりぎりと踏みにじる。

 ああ、恐ろしい事態になってしまった。

 そう、恵は柳本の好きな巨乳グラビアアイドルと顔が似ていた。それで柳本は恵に接近し、親切にされた恵が勘違いして柳本に惚れてしまったのだ。

 あんな事があったのに、未だに柳本はしょっちゅう恵の顔を眺めていた。時々鋭い視線で睨み付けているのだが、柳本の奴は性懲りもなく眺め続けるのだった。

 由起彦に言わせると男の性でどうしようもないのだそうだ。しかしそれでもやめさせるべきだったのだ。もう手遅れだが。


「ま、将兄、年長者の力でこの場を収めて」

「無理無理。女子のマジギレとか初めて見たし」


 恵がキッと将兄を睨み付けた。


「巨乳派は全員敵じゃー」


 今度は将兄に殴りかかる。

 将兄が軽く拳をかわすと恵は体勢を崩した。その身体を将兄が受け止める。


「やめろって。可愛い顔が台無しだぞ」


 恵の耳元で将兄がそう言うと、恵は身体の力を抜いて暴れるのをやめた。

 助かった。




 翌日の学校。

 早いめに登校した私が一時間目の準備をしていると、恵がスキップをしながら入って来た。


「おはよー、柳本君」


 柳本の肩を軽く叩いた。


「昨日は踏んづけちゃってゴメンね。これでもう、お互い忘れよう」

「お、おう。悪かったな」

「でもあんまりじろじろ見ないでね。恥ずかしいし」


 天使の笑顔で柳本から離れる。そのまま私の席へ。


「え、どうしたの? メグ?」

「うん、ブチギレちゃったらすっきりしたよ。もう、彼の悪行は忘れる事にしたの」

「本当? 良かった」


 昨日の悪夢にも価値はあったのか。良かった良かった。


「それで、みこちゃん、将兄さんって、いつまでこっちにいるの?」

「さぁ? 本人も決めてないらしいよ。え、まさか!」

「そのまさか。今日はまず、手作りクッキーで攻めたいと思います」


 恵が幸せそうに頬を染めた。




 家に帰って店番をしていると、将兄がやって来た。


「怖ぇー、女子中学生マジ怖ぇーっすよ」

「いや、普段は大人しくて優しい娘なのよ?」

「でもキレるとああなるんだよ。怖ぇーよ」

「今日も部活終わったら来るよ。しかも将兄目当て」

「はぁ?」

「惚れられちゃったねぇ」

「はぁ? どこに惚れられる要素があったんだよ。巨乳派は敵なんだろ?」

「優しく抱き止めて、『可愛い』って言ってくれたからだってさ」

「言った?」

「言ってたよ」

「いやいやいや、マズいって。俺ハタチ超えてるし、中学生相手にしたら警察捕まるって」

「愛さえあれば、年の差なんて」

「そういう問題じゃないって」

「メグの事、可愛いって言ってたじゃない」

「いや、確かに言ったけど、それは中学生としてだって。俺はロリコンじゃないし、ストライクゾーンから外れてるから」

「本人の前でそういう事言ったら傷付くよ。女子を傷付けたら駄目なんでしょ?」

「いやそうだけど。はぁ?」


 慌てふためく将兄を存分に楽しむ。

 うーん、でも恵には悪いけど、この恋も成就しなさそうだ。というよりも、成就しないように阻止しないと。

 ああ、恵がやって来た。

 手に持っているのはラッピングされた手作りクッキーですよ。

 将兄はさっきから椅子に座って頭を抱えている。恋愛経験値が低そうなこの男がうまくこの危機を乗り切れるとは思えない。

 また私の出番か。やれやれだぜ。


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