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兄上の帰還1 面倒な奴

 いつものように閉店までの一時間を猫喫茶で過ごした私が家に向かっていると、いきなり頭を掴まれた。


「おーっす、みこ」


 がしがし頭を掻きむしられる。


将兄まさにいか! 何すんのさ」


 後ろを向くと、水野将彦みずの まさひこがにんやり笑って立っていた。


「おう、みこ、相変らず小さいな」

「余計なお世話よ。何しに来たの?」

「実家に帰って来たに決まってるだろ? みこにも土産あるぞ、明日渡してやる」

「それはありがたく頂戴するわ」


 二人並んで歩く。

 この男は私の幼馴染みである由起彦の兄。水野家の長男である。


「大学は? 退学になったの?」

「なるかよ。春休みだって。みここそ中学生の分際でこんな時間にどこ行ってたんだよ」

「猫喫茶。もうね、本当可愛い猫がいっぱいいてさ」

「猫喫茶について熱く語られても知るかよ。東京にはいくらでもあるぞ?」

「さっそく東京自慢ですか? 田舎者のくせに東京出て、恥かいてるんでしょ? どうせ」

「上には上がいくらでもいるっての。お、『野乃屋』だ。じゃ、また明日来るからな」


 また頭を掻きむしって、将兄が去って行った。

 しばらく面倒な日々が続きそうだ。




 次の日の夕方。私が家のお店で店番をしていると、由起彦がやって来た。


「ちわーっす」

「いらっしゃい」

「もう最悪だってのー」

「いきなり愚痴?」


 まぁ、大体事情は分かる。あの兄上は面倒な人間なのだ。


「裸の付き合いだとか言っていきなり風呂入ってくるし。あんなでかいのと一緒に入ってられるかよー」

「山登りしてるもんね」

「それ以外にも教授に付いて行って海外の秘境巡りとかしてるんだってさ」

「ああ、この前はどっかの山奥で、危うく現地の人に殺されかかったのよね」

「何で知ってるんだー?」

「え? メール。メールしょっちゅう寄越してくるのよ」

「そんなの初めて聞いたぞー?」

「あれそうだっけ? まぁ別に聞かれなかったし」

「まぁいいや、祖母ちゃんの和菓子買わないとなぁ」

「ああ、さっき将兄来て、買って帰ったよ」

「え?」


 いつも眠そうな由起彦の目が見開かれた。これは結構珍しい。


「いや、お土産持って来たついでに買って帰ったのよ。私にもお土産くれたよ。変なお面」

「なんだそりゃー、本当、勝手な奴だなぁ」

「いいじゃない、手間が省けて。明日も来るってさ」

「何で?」

「私と積もる話があるらしいのよ」

「メールでやり取りしてるんだろー?」

「直で話すのはまた別らしいのよ」

「ふーん」


 何だか不機嫌そうな顔で由起彦が帰っていった。

 どうしたんだ?




 翌日店番をしていると、予告通り将兄がやって来た。


「おーっす」

「いらっしゃいませ」

「ませ、とか他人行儀だな」

「一応、お客様ですので」

「昨日、どこまで話したっけ?」

「虎がこっち見てるってところまで。で、どうやって切り抜けたの?」

「俺がこう、ナタを手にして身構える訳だよ。向こうもやる気だ。少しずつ近寄ってくる。俺の額に汗が流れる。奴は間合いに入ると同時に飛びかかってきた。しかし待ち受けていた俺はひらりとかわし、首にナタを叩き付けた。転げ落ちる首、吹き出す鮮血。その夜食べた虎は美味かったぜ」

「貴重な野生動物殺したら、怒られるわよ?」

「まぁ、嘘だけど」

「分かってるけどね」

「空砲鳴らしたら向こう行ったよ」

「空砲? 鉄砲持ってたの?」

「殺しのライセンスも去年取ったぜ?」

「嘘はいいから」

「同行してくれた現地の人が持ってたんだよ。でも触らせてもらったぜ?」

「すげー」

「お前、女のくせに鉄砲に興味あるのかよ」

「いや、日本じゃ普通、触れないじゃない」

「まぁな。世界は広いぜ。みこもそのうちどっか行ってこいよ」

「うーん、私はお店があるから」

「店なぁ、店だけにこだわるのもどうかと思うけどなぁ」

「将兄は逆にフラフラしすぎなのよ。去年も成人式に出て来ないとか、何考えてるのよ」

「まぁ、そうやってられるのも、今のうちだけだしなぁ」


 将兄の元気が少しだけなくなった。

 と、そこに新しいお客が。あ、由起彦か。


「兄貴、何やってるんだよ」


 おや? 攻撃的な態度だぞ?

 この兄弟も昔は仲が良かったのだ。ところが将兄が東京の大学に行くと決まった辺りから、由起彦は突っかかるような態度を取るようになった。

 由起彦のお母さんは、微妙なお年頃のなせるわざだと言っていたが。

 何にせよ、二人を仲裁する私の身にもなって欲しいものだ。


「何って、みこに土産話だよ」

「また嘘ばっかりの与太話だろ?」

「ちょっとした脚色だって。お前も聞いてけよ」

「いいよ。祖母ちゃんの和菓子は俺が買って帰るし、兄貴も夕飯までに帰って来いよ」

「和菓子は俺が買って帰るよ。どうせついでなんだし。お前は早く帰って宿題してろよ」

「いいや、俺が買って帰る」

「いいや、俺だ」


 またつまらない事で喧嘩を始めた。

 え? この仲裁をするの?


「いや、どっちが買って帰っても一緒じゃない。みっともない喧嘩はやめてよね」

「いいや、俺がみこから買って帰るんだ」


 将兄が私の頭を掴んで右に左に揺さぶり始めた。

 あの、酔うんですけど。


「何やってるんだよ、みこ嫌がってるだろ?」

「別に嫌がってなんかないよな?」

「いや、そろそろやめて欲しい」


 少しずつ気持ち悪くなってきている。


「ほら、嫌がってる」

「いいや、これは照れ隠しだ」

「適当な事言ってるなよ」


 由起彦が将兄の腕を掴んだ。ようやく頭の動きが収まる。助かった。

 でも将兄は、私の頭から手を離そうとしない。


「いい加減離せって」

「いいや、離さない」

「いいからお菓子買って帰ってよ」


 これ以上、ガキの喧嘩に付き合ってられない。

 しかし将兄は私の頭から手を離そうとしないし、由起彦はその腕を掴んだまま動こうとしない。


「両手使っていいぞ、ハンデだ」

「片手で十分だ」


 いつの間にか力比べになっている。

 でも由起彦、無謀すぎるって。相手は秘境巡りしてる大学生なんだよ?

 しかし由起彦はいつまで経っても諦めない。

 見ると顔を真っ赤にして将兄を睨み付けている。

 一方、将兄は涼しい顔だ。

 ついに由起彦は両手で将兄の腕を掴んだ。


「みこから手を離せ!」

「分かったって」


 あっさりと将兄は手を離した。だったらもっと早くに離してくれよ。

 頭の頭巾がぐちゃぐちゃになっている。ああ、もう。

 馬鹿な兄弟を睨んでいくと、由起彦の目は充血して涙まで浮かんでいる。力の入れすぎだ。


「みこに馴れ馴れしくすんな」

「別にいいだろ? 昔馴染みなんだし」

「みこは俺の物だ。兄貴の物じゃない」


 え? 由起彦、何て言った?

 途端に将兄の顔がにやける。


「最初からそう言えばいいんだよ」


 将兄が由起彦の肩に腕を回す。


「離せって」

「いいからいいから。で? お前らどこまで行ったの?」

「いやいや、どこにも行ってないから。それよりお菓子買って帰ってよ」


 ぱたぱたと両手を手を振りながら二人を急かす。


「何もしてないのか? 由起彦なぁ、ヘタレにも程があるぞ。みこはこれからどんどんかわいくなるぞ? 競争率が上がる前に、ちゃんと手ぇ付けとけよ」

「うるさい、誰にも渡すか」


 無茶苦茶な事を言っている将兄の腹を由起彦が殴り付ける。

 しかし将兄は平気な顔で話し続ける。


「何だったら俺が貰っとこうか? 先行投資だ」

「兄貴にだけは絶対渡さない。みこに触れていいのは俺だけだ!」


 今度はみぞおちに決まったようだ。将兄の顔が歪む。

 しかしすぐにこっちを見てにやーっと笑いかけてきた。


「みこ、顔が真っ赤だぞ」


 うるさい。


「いや、違う、みこ。これは無理矢理……」

「いいからいいから、今日は赤飯だなぁ」


 将兄は有無を言わさず、由起彦を引きずりながら店を出て行った。

 由起彦の言葉が頭を巡る。

 胸が高鳴るのを抑えられない。顔が赤らむのを止められない。

 しかししばらくして、違う物が胸に込み上げてきた。

 あの馬鹿兄貴、あれじゃムードも何もあったものじゃないだろ!

 あんなどさくさ紛れに何言われても、こっちはちっともうれしくないんだよ!

 ん? 将兄が戻ってきたぞ。すかさず私はカウンターを飛び出す。


「おー、悪い悪い、和菓子買って帰るの忘れてたわ」


 奴が入って来た瞬間、その股間にフルパワーの跳び膝蹴りを食らわす。


「余計な事すんな!」

「あいつもそう言ってた」


 床に崩れ落ちた将兄が言う。

 その頭を踏み付けてやる。

 本当、面倒な兄貴だ。


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