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また恋をしてしまった女

今回は甘みなしのコメディーです。

 ある日の昼休み。

 一緒に昼食を食べていた恵が、私と実知に顔を近付けてきた。


「私。好きな人が出来たの」

「また?」


 実知の言い方は非道かったが、恵は以前、最低最悪な失恋をやらかしている。その心の傷は未だに癒えていなかったはずだ。


「誰なの?」


 あまり恋愛話に興味のない私だが、友人の事となると別である。


道下みちした君」

「道下? あの道下?」


 実知の驚きようも無理はなかった。

 同じクラスの道下君は、自他共に認めるオタク少年としてクラスに君臨している。

 クラスでもオタク仲間とゲームやアニメの話を延々続けているし、かばんにはアニメキャラの小さなぬいぐるみを、束にしてぶら下げている。学校行事の合唱コンクールで歌う歌を決める時、小さな女の子向けのアニメの主題歌にする事を、顔面を真っ赤にして主張したのも思い出される。


「まぁ、見た目は別に悪くないけど」


 最近のオタクは小綺麗にしている。まぁ、昔のオタクがどんなものなのかは、都市伝説としてしか知らないのだが。


「でも何で道下なんだよ?」

「私の掃除の班、男子はみんなまともに掃除しないんだ。それで女子達で男子に抗議したんだけど、全然言う事を聞かないの。その時、いつも一人だけ真面目に掃除していた道下君が、他の男子に怒鳴ってくれたの」

「怒鳴ったんだ?」

「『それ以上俺を怒らせると、我が右腕に封印された何とかかんとかを抑え切れなくなる! 俺に罪業を重ねさせるな!』って。言ってる意味はよく分からなかったけど、とにかく怒ってくれたの」

「それで他の男子も言う事聞いてくれたんだ?」

「ううん、『道下、お前中二かよ』って逆に騒ぎ出したの。おかしいよね? 私達中学二年生じゃない」


 そう言って首を傾げる恵。こういう恵の仕草はかわいいといつも思う。


「で、メグ、どうする気なの?」


 取りあえず聞いてみる。

 恵は内気な性格だ。自分から積極的に行動していくタイプではない。大抵、私や実知が巻き込まれるのだ。


「え? うーん」


 そう言ってうつむいた。顔が赤らんでいる。


「付き合いたいのか?」

「いや、いきなりそこまでは」


 少し焦れったくなってくる。


「じゃあ、まずはお話ししようよ」

「え? う、うん。そうだね」

「じゃあ、早速行こうぜ」

「え? いきなり?」


 うろたえる恵の腕を引っ張って、実知が道下君のところまで歩いていった。道下君は例によって、友達とアニメか何かの話で盛り上がっている。

 何となく付いていくきっかけを失った私は、座ったまま様子をうかがう。実知が道下君と何やら話をしている。


「おう、どうしたんだ? あれー」


 びっくりした。同じクラスの水野由起彦である。

 由起彦も道下君達を見ていた。


「あー、うん。ちょっと。まぁ、水野君には関係ないよ」


 実知と恵が帰ってきた。目に見えてうなだれている。失敗したのだろうか?


「駄目だ。何言ってるか、さっぱり分からない」


 実知がため息をつきながら椅子に座る。


「分からないって何が?」

「取りあえず、何の話で盛り上がってるか聞いてみたんだ。そしたら、『こんきのアニメはかみアニメが多いんだ』ってまくし立ててきたんだ」

「そもそも『こんきのアニメ』ってどういう意味なのか分からないよね」

「そっから先は全く意味不明だった。どうやらアニメの中味の話みたいなんだけど、作画がどうとか」

「『けもみみが萌える』って言ってたよね。萌えるは聞いた事あるけど、『けもみみ』って何だろ?」

「分からない。私ゲームやるけど、オタクっぽいのはやらないし。その辺の知識ゼロ」


 深刻な顔で顔を寄せ合う恵と実知。

 まだ隣で立っている由起彦を見上げてみると、何か言いたそうな顔をしている。


「水野君、意味分かるの?」

「大体」

「どういう意味なの?」


 恵の顔は真剣そのものだ。


「まー知ってるったって、大体だけどなー。今期のアニメって今テレビでやってるアニメの事で、神アニメはすごくいいアニメって感じ」

「『けもみみ』は?」

「それは知らないなー」


 由起彦が首を傾げる。


「メグ、諦めようぜ。異次元すぎる」

「でも……」


 恵がうなだれる。


「いや、向こうとまともにお話も出来ないじゃない」

「私、ちょっと勉強してみる!」


 恵がキリリと引き締まった顔を上げる。

 恵は努力家である。尋常ではない集中力で、大抵の事をやり遂げてしまう。料理であったり、歌であったり、絵であったり。


「じゃあ、今期のアニメって奴をチェックしてみるか?」

「そうする」


 恵が力強くうなずく。




 次の日の朝。

 恵が青い顔をして教室に入ってきた。


「無理無理無理」

「え? 何が」


 いきなり激しく首を振り出した恵に問いかける。


「数が異常なの。衛星放送を入れたら、週に三十本くらいあるの」

「嘘でしょ?」

「本当本当。あれは無理」

「じゃあ、諦めろよ」


 やって来た実知が言う。


「でも……」


 うなだれる恵。


「じゃあ、神アニメに絞ってみたら?」

「どれが神アニメなのかな?」


 ちょうど由起彦が通りかかった。


「水野君、水野君」

「お? 何だー」

「今期の神アニメ、教えてよ」

「知るかよー。俺、アニメあんま見ないし」


 役に立たない奴である。


「直接聞いてくる」


 実知が道下君の方へ駆けていった。

 何やら道下君とその友人が騒いでいる。

 そしてうなだれて戻ってくる実知。


「どうしたの?」

「どれが神アニメかで言い争い始めた。駄目だ。何言ってるか分からない」

「アドバイザーが必要ね」

「心当たりいる?」


 そうだなー。父さんも割とオタクだ。家の事務所にヒーロー物の人形を置いている。でも、私の家がやっているお店はやたらと忙しいのだ。今のアニメなんて見ている暇はないはずだ。


「思い付かないなー」

「商店街のおもちゃ屋はどうだー? あそこのジジイ、年寄りなのにアニメでも特撮でも何でも知ってたぞー。小さい時、ロボットアニメのDVD見させられたしなー」

「ああ、そうやって興味持たせて人形を買わすのよね。それ宴会で言ってたわ」


 商店街では隙あらば親睦会を開くのだ。おつまみのお菓子を狙って私もよく忍び込む。


「他にあてがないし、一回聞いてみようか」




 放課後、女子三人で商店街にある『おもちゃのサガワ』まで足を運ぶ。

 狭い店先のショーウィンドウには、人形やらカードやらゲーム機やら、ごちゃごちゃと商品が並んでいる。鉄砲まで置いてある。

 扉を開いて中に入る。中は結構奥行きがある。天井近くまである棚に、ぎゅうぎゅう詰めに商品が並んでいる。


「おう、みこちゃんか。珍しいな」


 商店街振興会会長でもある、店長の佐川さんがカウンターから声をかけてくる。がりがりにやせていて、目付きは悪いが、基本子供には優しい。

 恵は扉の近くでオドオドしているし、実知はゲームを眺めだした。どうやら私一人で用件を片付けないといけないらしい。


「佐川さん、今期の神アニメを教えて欲しいんですけど」

「今期の神アニメ? どうしたんだ? アニメに目覚めたのか?」

「いや、そんな時間ないですから」


 私はお店の手伝いで忙しいのだ。

 かいつまんで事情を説明する。

 佐川さんがじろりと恵を見る。目付きが悪い知らないお爺さんに睨まれた恵が、生まれたての子鹿のように震え出す。


「おい、西田」


 店の奥で商品を並べていた店員の西田さんがやって来る。二十代後半で、有名大学の大学院を出ているのに、こんな田舎のおもちゃ屋さんで店員をしている変人として知られている。コンピュータオタクで商店街のホームページを運営していた。


「お前の方が詳しいだろ? 今期のアニメで人気なのを教えてやってくれ」

「今期、神アニメ多いっすよ?」

「一つでいいよ」


 私は親睦会で顔馴染みの西田さんとはタメ口で話す。基本、父さんより年下は全員タメ口だ。


「いや、少なくとも三つだね。これは譲れない」

「じゃあ、その三つ」

「でももう半分くらいまで来てるよ?」

「録画してたりしない?」

「全部してるよ」


 と言う訳で、アニメの入ったハードディスクを借り受ける。ちなみに私達三人はお店で待たされて、西田さん一人で家まで取りに行った。独り暮らしの男性の家に女子中学生が押しかけるのは、世間的にヤバいらしい。西田さんは極めて深刻な顔でそう言った。


「じゃあ、後で返してね」

「あ、そうだ『けもみみ』って何?」

「ケモノの耳が付いた女の子の事に決まってるじゃん」


 決まっているらしい。




 次の日の朝。

 恵がよろめきながら教室に入ってきた。

 目の下が青くなっている。


「え、へへへへへ」

「ど、どうしたの? メグ」

「全部見た」

「早!」


 帰ってからノンストップで見続けたという。さすが恵。恐るべき集中力だった。


「で、面白かった?」

「うん、面白かったっ。すっごいよー、今のアニメっ」

「何か、メグ、テンションおかしくない?」

「大丈夫っ。一睡もしてないけど、気分最高っ」

「寝よう。保健室で寝よう」


 いきなり恵がシャキッと背筋を伸ばすと敬礼した。


「桜宮恵。これより突撃いたします!」


 そして道下君の方へ文字通り突撃した。

 あああ、私はどうしたらいいんだ? 実知、早く学校来て。

 突然恵が高笑いを始めた。道下君の背中をばしばし叩いて、何やら喋り倒している。道下君もやはり何かをまくし立てている。二人、実に楽しそうだ。


「お? メグから話しに行ったのか? 珍しいな」


 ようやく登校してきた実知が私に声をかけてきた。


「そうなんだ。メグが変なテンションで突撃したの」


 恵と道下君は、先生が来るまでひたすら喋り続けた。

 そして一時間目の授業。

 恵の方をそっと見てみると、ほおづえを付いて熟睡していた。先生に見付からないか、ハラハラしながら恵の様子をうかがう。

 授業が終わると恵は机に突っ伏した。ここはそっと寝かせておく事にする。そして授業が始まるとほおづえで居眠り。

 何とか昼休みがやって来る。

 恵の様子を見に行く。


「大丈夫? メグ」

「うん、授業中寝ちゃった」


 バツの悪そうな顔をして少し微笑む。良かった、いつものかわいい恵だ。


「朝は道下と仲良く話してたな。 良かったな、大分前進だぞ」

「うん、自分でも何であんな行動に突っ走れたのか、よく分からないよ」


 恵が道下君の方を向くと、向こうも恵を見ていた。

 恵が軽く手を振ると、向こうは照れて目を逸らした。


「今日、ゲーム借りるんだ。アニメの原作」

「すごいね。大進歩じゃない」


 恵の恋の進展を、私と実知は心から祝福する。




 さらに次の日の朝。

 恵が顔を真っ赤にして教室に駆け込んできた。


「え? どうしたの、メグ?」

「道下! 道下はどこ?」

「まだみたいだよ。あ、来た来た」

「道下!」


 恵がすごい形相で道下君の方へと走っていく。

 嫌な予感がする。私も走って追いかける


「これ何? これ!」


 恵がかばんから何かの箱を取り出した。

 女の子のイラストが描かれた箱だった。


「ちょっと、桜宮さん、こんなところで出さないでよ」


 目に見えて道下君がうろたえる。


「これ何? これ! とんでもなくエッチじゃない!」

「いや、だからそういうゲームだって言ったじゃない」

「言った? 言ったっけ? あ、言ってたね」


 うなだれる恵。


「あ、これ返すよ」

「分かったし、早く隠さないと」


 道下君がきょどきょどしながら、その箱を自分のかばんの中に隠した。


「それって、どんなゲームなの?」


 単純に気になったので聞いてみる。


「え? あー、いや。恋愛ゲームだよ」

「でも最後に、とんでもなくエッチなシーンがあるの」

「いや、ちゃんとした必然性があるし」


 道下君は相変らず挙動不審だ。少し離れた所に突っ立っていた道下君の友達を見ると、全員露骨に目を逸らした。


「道下君はこんなのをやるんだー」


 恵が深い深いため息をつく。


「不潔だ」


 吐き捨てるように言って、恵が去って行く。


「道下、言っただろ? 桜宮さんルートなんてありえないんだ」

「フラグも立ててないのに向こうから来るとか、エロゲーでもないんだって」


 道下君の友達がやって来て、道下君を優しく慰める。


「え? エッチなゲームを貸したの?」

「あー、いや、そういうゲームだって何度も言ったよ? 桜宮さん、『オッケー、オッケー』って言ってたし。絶対どっかでフラグが立ったと思ったんだよ」

「あー、昨日のメグは徹夜明けでどっかテンションおかしかったからね」

「ルートに入ったんじゃなかったのか……」

「何言ってるか、さっぱり分からないけど。メグ純情だし、エッチなゲームとかありえないって」


 道下君が深くうなだれる。


「エッチなゲームって、中学生がしちゃ駄目なんでしょ? 先生にはチクっとくから」

「え? 勘弁してよ! これ手に入れるのに、兄ちゃんにどんだけ頭下げたか」

「知ったこっちゃないわ。じゃ、ご愁傷さまという事で」


 とんでもないエロ集団の元を離れ、恵と実知のところへ戻っていく。

 恵は実知の胸の中で泣いていた。


「徹夜した挙げ句、あんなもの見せられるなんて……」


 恵は深い傷を心に負ったようだ。


「また、一つの恋が終わったわね」

「まー、元々趣味が違いすぎたし、無理ゲーだったんだよ」

「無理ゲーって?」

「クリアするのが無理だろってゲーム」


 ゲームの例えはよく分からないが、確かに恵と道下君が仲良くなるなんて、元々無理な話だったに違いなかった。


「まー、趣味が違っても付き合えるとか、みこと水野くらいなものじゃないの?」

「え? 私? 何でそこで私?」

「水野、和菓子興味ないんだろ? で、みこん家、和菓子屋だろ?」

「そうよ」

「みこ、スポーツ興味ないんだろ? で、水野、ハンドボール部でエースだろ?」

「そうね」

「で、二人仲良くお付き合いだろ?」

「いや、そこが違うわ。私達は別に付き合ってないし。ただの幼馴染みよ。無理矢理そっちに話持っていかないでよ」

「妬ましい」


 恵が顔を上げ、私を見る。


「今はみこが妬ましい」


 その日一日、恵の怨念の籠もった視線が、私の身体を貫き続けた。

 何このとばっちり。


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