着物で初詣
我が『野乃屋』は元旦・二日はお休みを頂いている。なので元旦はいつもより遅く、七時まで寝ている事を許される。
私、野宮みこも、昨日までの戦場のようなお店の忙しさにクタクタだったので、時間ギリギリまでぐっすりと眠り続けた。
そして起床後、なんやかんやと準備をして、八時半に祖父さんと祖母さんの部屋に集合。
男は羽織袴、女は着物を着て、祖父さんによる新年の挨拶。
「新年、明けましておめでとうございます。旧年は皆の努力の元、お客様のご愛顧を頂き『野乃屋』もこうして無事年を越す事ができました。本年も引き続き気を引き締めて、より一層お客様に愛される『野乃屋』にして参りましょう。それでは本年もよろしくお願いします」
などと言って、みんなで深々と頭を下げる。
その後に朝食。
年末は忙しいので、お節は買っておいた物。それに祖母さんが作る雑煮を並べて、新年最初の食事。
正直、着物を着たままでご飯を食べるのは苦労するのだが、この後初詣に行って帰ってくるまでは着物を脱ぐ事は許されない。
とは言え、私も中学女子。滅多に着ない着物を着るのは毎年の楽しみである。
そして十時に家族そろって初詣。
毎年決まって、近所にある神社に行く事になっている。土地の神様への義理を欠いてはならない。
住宅街を抜けたその向こうにある神社まではそこそこ距離があり、履き慣れない下駄で足が痛くなってくるが、そこは我慢である。
小さな神社にはそれなりに人が集まっている。屋台がないのが少し残念である。
神社に祀られている神様が何の神様かは知らないが、とにかく商売繁盛を祈願する。
と、大人達が絵馬だなんだと買っているところで由起彦と遭遇。
こいつは同じ町内に住んでいる、幼馴染みだ。
ちなみにかろうじてジャージではないが、まったくもって気合いの入っていない服装をしている。
「明けましておめでとうございます。由起彦」
深々と頭を下げる。
「おう、明けましておめでとう。みこ」
ペコリと頭を下げてくる。
「あんた、また一人なの?」
「おう、家族とはまた明日、大きい神社に初詣に行くからなー」
「でもあんたは今日ここにお参りに来たんだから、初詣にはならなくない?」
「細かい事は気にするなよなー」
「ふーん、まぁ、いいけど」
そう言いながら、私は軽く袖をヒラヒラとさせてみる。
由起彦は無反応。
「あのさ、何か言う事ない?」
「え? あいさつは今しただろ?」
「いや、そうじゃなくてさ」
目の前に着物を着飾った女子がいるのである。何かしら言うのは男として当然の勤めではないだろうか?
かんざしを挿した頭に軽く手をやってみる。
しかし由起彦は無反応。
「着物、どうかな?」
こいつは言わないと分からないのだ。
由起彦の鈍感さに屈し、私自ら感想を求めてみる。
「え? ああ、去年と一緒だよなー」
「え? ああ、去年とそんなに身長変わってないし」
え? それだけ? 他に言う事があるんでは?
「もっとこう、気の利いた事は言えない訳?」
「気の利いた事?」
「そう。そんな残念な事しか言えないと、女子にもてないわよ」
「まぁ、別にもてたい訳じゃないしなー」
確かにこいつがモテモテな姿なんて想像もつかない。
「あ、みこちゃん、水野君。あけましておめでとう」
そこに現れたのは同じ商店街に住む咲乃さんである。
華やかな着物姿でいつも以上にきれいだ。
「あけましておめでとうございます、咲乃さん」
「あ、あけましておめでとうございます、森田さん。着物すごく似合ってますね」
え? 今なんて言った由起彦?
私にはノーリアクションで、咲乃さんにはしっかりと着物を褒める訳?
「ありがとう。今年は受験だからね。気合いを入れて神頼みなんだ。この後、学問の神様とか三件くらいハシゴするの」
神様をハシゴしてもバチは当たらないのだろうか?
よく分からないが、受験生。すがれるものなら何にだってすがりたいのだろう。
「じゃ、今年もよろしくね」
「受験、頑張って下さいね」
咲乃さんが神社の奥へと去って行った。
「え? 由起彦、今の何?」
「何って何?」
「咲乃さんの着物姿は確かにきれいだったよ? でも私と反応違いすぎない?」
「みこ? みこは毎年見慣れてるしなー」
「まぁ、毎年ここで会ってるけど。それにしたって言う事あるんじゃない?」
「え? 今更だろ?」
「今更だろうと言う事はきっちり言うべきよ」
由起彦が頭をかいて、右に左に目を泳がせる。
「あー、みこ」
「はい」
「着物、きれいだ」
「そうかな、ありがとう」
「何か、無理矢理言わされた感が強いけどなー」
それでも言われるとうれしいのだ。
その辺、こいつは女心が分かっていない。
「あ、水野君、明けましておめでとう」
母さん達が戻ってきた。
「みなさん、明けましておめでとうございます」
由起彦がさっきの私に対するものより深い目に頭を下げる。
「じゃあ、これ少ないけど」
と、母さんがお年玉を由起彦に差し出す。
「あ、いやいいですよ」
「子供は遠慮しないで。今年もみこをよろしくね」
最後に余計な事を言って、母さんがお年玉を由起彦に押しつけた。
ちなみ私は中学生になってから、お年玉を貰えなくなっている。もう大きいんだしとか何とか言って。
明日は商店街とお店の取引先に年始回りに行くのだが、その時も同じ口実で私へのお年玉は断っている。まぁ、それはそれで大人扱いされているようで、ちょっとうれしくもあるのだが。
「じゃあ、ありがとうございます」
「じゃ、由起彦、今年もよろしく」
由起彦に軽く手を振って、家族と一緒に神社を出て行く。
少し歩いてから母さんが口を開く。
「それにしても水野君も毎年大変ね」
「何が?」
「何がって、みこの着物姿を見る為に、毎年ああやって神社までやって来るんだから」
「はぁ? 何言ってるのよ、母さん」
「でも水野君のお母さんもそう言ってるわよ。私達って正月のスケジュールは決まってるでしょ? で、初詣に行くくらいの時間になるとそわそわして、家を飛び出すんだそうよ」
「でも毎年気の利いた事なんて一つも言わないよ、あいつ」
「そこが難しい男心なんだよ」
父さんが言う。
そういうものなのか?
そういうものなんだ。
私の着物姿を見たいが為に、一人だけ神社にやって来るんだ、この寒いのに。
ふーん、そうなんだ。
ふーん。




