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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
クリスマスにて
37/82

クリスマスにて・後編

 すっかり忘れていた。

 クリスマスは坂上がバイトに来るのだ。この男は好きだと何だと言って、やたらと私に付きまとってくるウザい奴なのだ。


「あんた、モテるんだし、クリスマスはデートでもしてたら?」

「僕の目に映っているのはみこちゃんだけだから。他の女の子とデートなんて考えられないよ」


 相変らず歯の浮くような事を言う。


「そう言いながらあんた、中学の時、咲乃さんの事が好きだったんでしょ? 二人全然タイプが違うし、単なる節操無しじゃない」

「前にも言ったけど、僕はその時心に響いてきた人が好きになるんだよ。顔とか関係ないし」

「いや、見た目が関係ないなんて、あり得ないでしょ? あんたにだって、見た目の好みはあるんでしょ?」

「あるよ。正直に言って、森田先輩は好みだよ。顔は」


 ほらやっぱりだ。人の事を好きだの何だの言いながら、本当は咲乃さんみたいなのが好みなんだ。


「でも今思えば、あの人は僕の好みじゃなかったな。性格がキツ過ぎるよ。気が強いとかじゃなくて、一匹の悪魔でしょ?」


 一匹は言い過ぎだが、確かにその通りだ。咲乃さんは半端じゃない意地悪さんだ。それがチャームポイントだと私なんかは思うのだが、悪魔の意地悪をされた方はたまったものじゃないだろう。


「あの人、僕と勝負して勝った方の言う事を聞くって契約書にサインさせたんだけど、僕が負けた後、その契約書のコピーを昇降口の掲示板に貼り付けたんだよ。契約不履行をしない為に全校生徒を証人にするとか何とか言って」

「それはあんたがしつこく付きまとったからでしょ? 咲乃さん、私には優しいよ」

「あの二面性が怖いんだよ。とにかく、見た目に騙されちゃ駄目なんだ。その点、みこちゃんは最初から内面だから」

「内面?」

「僕が商店街で万引きをして捕まった後、君のお祖父さんにぶん殴られたでしょ? みこちゃん、あんなに僕を憎んでたのに、優しく僕を介抱してくれたんだ。その優しさが胸に染みたんだよ」

「ああ、それは勘違いもいいところね。祖父さんが殴った後始末をするのは、私の役目って決まってるのよ。その役目を果しただけだし。残念ね、あんたの恋心は勘違いだったし、素直に私を諦める事ね」

「それだけじゃないよ。みこちゃんの『野乃屋』に対する愛情にも心打たれたんだよ。あれ程、真剣になって僕を追い詰めたんだからね。みこちゃんの持つ、勇気と情熱と信念に心打たれたんだよ」

「ああ言えばこう言うわね。でもどっちみち、見た目が好みじゃないんだし、すぐに冷めるんでしょ?」

「それはないね。好きになったら見た目は関係ないよ。あばたもえくぼって奴だね」

「ああ、私はあばたですか」

「いや、そういう意味じゃないって」


 そんな無駄話をしている間にお客が増えてきた。

 一方で、今日もそろそろ配達に行く時間だ。その間坂上から離れていられるので、これは好都合である。

 今日も駅向こうを中心に回る。

 リストの最後に書いてあるのは、水野様。つまりは由起彦の家だ。由起彦の家は『野乃屋』のある商店街に隣り合う住宅街の中。つまりは今いる所の逆方向だ。だからリストの最後にある訳か。

 水野家の呼び鈴を鳴らす。思えばこの家に来るのも久しぶりだ。小学生の途中まではよく遊びに来たものだ。いつの間にか疎遠になっていたな。おばさんにきっちりあいさつをしなくては。

 しかし出てきたのは由起彦だった。


「おー、悪いなー」

「いいえ。今日は来れないの?」

「ん? まーなー」

「じゃあ、これ。お任せって事だから、私が選んでおいたし」

「おう、ありがとう」


 代金をもらう。さて帰ろうか。


「もう配達は終わりなんだろ?」

「ん? そうだけど」

「ちょっと、そこの公園に行こうぜ」

「いや、寒いんだけど」

「ちょっとだけだし」


 よく分からんが、とにかく公園に行く。




 公園のベンチに二人並んで座る。この公園も滅多に来なくなったな。由起彦はここで筋トレなんかをよくしている。そういう姿を通りがかりに見掛けた事がある。


「あのさー、みこ、最近おかしくないか?」


 いきなりよく分からない事を言い出す。


「いや? 別に普通だけど」

「何か変によそよそしいって言うか」


 バレてたか。

 そう、最近何故か私はおかしくなっている。

 いや分かっている。こいつの女子の好みを聞いてからだ。

 私はこいつの好みじゃない。私はこいつの気になる存在なんかじゃない。そう思いだしてから、私はおかしくなっている。今まで私は変な勘違いをしていたのだ。恥ずかしくってまともに顔を向けられないのだ。

 でもそんな事、言える訳がなかった。


「いや、私はいつも通りだし」

「あのさー、やっぱり前の事、怒ってるのか?」

「何が?」

「前に森田さんが好みだって言っただろー?」

「ああ、そんな事、あったわね」

「だからって、森田さんの事が好きとかそんなんじゃないし」


 由起彦が咲乃さんを好き? そんな事、考えた事もないんだけど。

 どっちにしても、


「水野君が誰を好きだろうが、私には関係ないんじゃないかな?」

「やっぱり怒ってるだろ?」

「いや、だから何でそこで私が怒るのよ」

「分からないけどなー。でもみこって、理不尽に怒り出すからなー」

「いや、だから怒ってないし」

「駄目だ。やっぱり怒ってるよー」

「怒ってない」

「頼むから機嫌直してくれよ」

「怒ってなんかないわよ!」


 思わず立ち上がっていた。

 由起彦が驚いて私を見上げる。


「自分が恥ずかしいだけなの! 変な勘違いして、馬鹿みたいに自惚れて。そんな自分が嫌になっただけなの!」

「何の話だよ?」


 由起彦が私の手を握ってくる。その手を振り払う。


「優しくしないでよ! だから勘違いしたんじゃない。あんたが私を好きだなんて馬鹿みたいな勘違い!」


 由起彦が立ち上がり。私の両肩に手をやる。肩を振って振りほどこうとするが、向こうはそれを許さない。


「みこは馬鹿だ」

「そうよ。私は馬鹿なのよ」

「勘違いなんかじゃないって」


 優しく言う由起彦の顔を見上げる。


「勘違いじゃない?」

「俺はみこが好きだ」

「本当?」

「本当……だと思う」

「だと思う?」

「いや、自分でもよく分からないんだけどなー」


 由起彦がため息をつきながらベンチに腰掛ける。


「いや、その辺はっきりして欲しいんだけど」


 でないと安心して座れない。


「確かにみこの事は気になる」

「うんうん」

「でもそれが好きなのかどうかは、よく分からない」

「よく考えてみて?」

「よく考えてみたけど、よく分からない」

「考えがまとまらない時は、紙に書き出すといいって先生が言ってたよね?」

「試してみたけど、駄目だった」

「誰かに相談した?」

「何を相談したらいいのかよく分からないんだよ」

「どういう事?」

「みことは小さい時からの付き合いだろ?」

「そうだね」

「いつから何がどう変わったのか、さっぱり分からないんだよ」

「そう言われると、こっちにも心当たりがあるわ」

「だろ? 糸がぐちゃぐちゃになってて、どうやっても解けそうにないんだよなー」


 由起彦が頭を抱える。

 ようやく座る気になって、由起彦の隣に腰掛ける。


「あれ? でも由起彦って私は好みじゃないんでしょ?」

「そんな事言ったか?」

「だってあんた、咲乃さんが好みでしょ? 私と正反対じゃない」

「あれは見た目の話だってばー。この際、大した問題じゃないって」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ。森田さんは見てて良いと思うけど、みこは一緒にいて楽しいんだよ」

「楽しい? それって単なる幼馴染みと変わらなくない?」

「そうなんだよー。そこら辺からよく分からなくなるんだよなー」

「難問ね」

「難問だよ」

「まぁ、じっくり待つわ」

「そうしてくれると助かる。それでなー」

「それで?」

「みこはどうなの?」

「私? 私は……どうなんだろ?」


 由起彦が他の女子に告白されたと聞いて、かなり焦った。自分が由起彦の好みじゃないと知って、ショックを受けた。

 答えは出ているのか?

 早まってはいけない。よく考えないと。あれ? そもそも、よく考えるというのがおかしくないか?

 好きとかそういうのって、心の内側から沸いて出て止めようがないものじゃないのか?

 あれ? 自分で自分の気持ちがよく分からない。


「私もよく分からない」


 うなだれる。


「お互いよく分からないのか」

「そうね。情けないけど」


 ぼんやりと地面を見ていると、白くて小さいものが降ってきた。


「あ、雪だ」


 見上げると、空から雪が舞い降りてくる。ゆっくりと、静かに。


「雪かー」

「ホワイトクリスマスね」

「あ、そうだ、忘れてた。ちょっと待ってろ」


 由起彦が慌ただしく走り去った。

 はー、結局訳が分からない。でも良かった。見た目の好みは大した問題ではないらしい。

 でもこれからどうなるんだ? 先が思いやられるどころの話じゃないぞ。

 あ、由起彦が戻ってきた。

 立ち上がって出迎える。


「おい、これ。クリスマスプレゼント」


 不器用に紙袋を突き出してくる。


「ありがとう。あ、でも私、何も用意してないわよ」


 お店のクリスマス・キャンペーンの事で頭が一杯だったのだ。


「別にいいって」

「そうはいかないって」

「じゃあ、それくれよ」


 そう言って、由起彦が私の頭を指さした。

 そこにあるのは前髪を留めている髪留め。


「こんなのでいいの?」

「おう、くれよ」

「まぁ、いいけど」


 髪留めを外す。前髪が落ちてくるが、別に邪魔になる訳ではない。

 それを引き替えにして、紙袋をもらう。


「開けていい?」

「おう。大した物じゃないけどな」


 中には髪留めが入っていた。

 それを取り出して、雪の降る空にかざしてみる。

 真っ赤な中に、黄色い線が何本か入っていた。

 漆に金箔? そんな訳がなかった。でも気に入った。


「ありがとう。由起彦にしては良い趣味だわ」

「買うの、かなり恥ずかしかったんだぜ」


 でしょうね。

 その姿を想像すると笑えてくる。


「留めてよ」

「俺が?」


 由起彦にもらったばかりの髪留めを渡す。

 私は前髪をかき上げる。

 由起彦がそっと髪留めを差し入れる。

 変に真面目な顔をしている由起彦の顔を見上げる。

 向こうがちらりと私の眼を見てきた。


「よし、これでいいか?」

「上出来」


 微笑みを返す。

 顔を赤らめた由起彦が一歩離れる。


「じゃあ、これ、大事にするし」

「おう、俺も大事に取って置くし」


 由起彦が手にしていた私の髪留めを軽く振る。


「そろそろお店に戻るわ」

「そうしろ。オオキタに勝てよな」

「絶対勝つよ」


 手を振って公園を出て行く。

 お店に向かって道を歩く。

 ちょっと歩みを速めてみる。足がすごく軽い。どこまでも走って行けそうだ。




 お店に戻るとまだ坂上がいた。


「あれ? みこちゃん、髪留めが変わってるよ?」


 目ざとい奴め。


「由起彦からのクリスマスプレゼント」

「あちゃー、被った!」


 坂上が額を叩く。

 危なかった。由起彦から先にもらっておいて良かった。


「でももらってよ」

「でも私、何も用意してないわよ」

「軽く頬に口づけなんて」

「え? 拳が欲しいって?」

「冗談だよ。何もいらないよ。前にみこちゃんを賭けた勝負に負けたのを、なしにしてくれたお礼だから」


 そう言って、ラッピングされた小箱を手渡ししてくる。


「そういう事なら、ありがたくもらっておくわ」

「次のシフトの時に着けていてくれるとうれしいかな」

「これ見よがしに由起彦のを着けるから」


 坂上は肩をすくめる。


「じゃ、僕は上がるし、後、頑張ってね」


 坂上が更衣室へと消える。


 その後もお客は絶えない。

 閉店間際の、値引きしたクリスマス大福を狙う狼どもだ。まぁ、お客だし、いつも通り笑顔で迎える。

 そして滝川さんが現れる。


「なかなかやるね、みこさん」


 滝川さんは私が作ったちらしを持っていた。


「そちらはどうでしたか?」

「去年比、一割増しくらいかな? 期待したほど伸びなかったね」

「駅前のカフェでも売ってましたしね」

「あれに食われたね。で、そちらさんはどうだったの?」

「ウチは大成功ですよ。宅配で今までにない客層を開拓したみたいで。全体で見ても三割増しだそうですよ。まぁ、売り上げでは負けるでしょうけど」

「それでも勝負あったね。今回は負けを認めるよ」


 滝川さんが手を差し出す。私も手を伸ばしてお互い固く握り合う。


「次はお正月ですし、ウチの圧勝ですね。予約も一杯ですよ」

「ところがウチは、餅つき器を安くレンタルしたんだよ。低コストの機械生産の恐ろしさをとくと味わうがいいよ」

「うわ、強敵ですね」

「あ、既製品も込みだからね」

「え? それはなしでしょ?」


 しかし滝川さんはにやりと笑って立ち去った。


 そして閉店。

 片付けが終わった後に遅い夕食。ちょっとしたご馳走と、食後には駅前のカフェで買っておいたケーキ。お風呂に入って、後は寝るだけ。

 自分の部屋。

 ベッドの上に寝転がって、由起彦がくれた髪留めを眺める。

 クリスマス・キャンペーンの大成功。そして滝川さんに勝利。

 お店の役に立てた喜び。達成感。

 でも今、胸を大きく占めるのは、由起彦に抱いていた変な考えが消え去った晴れ晴れとした気持ち。

 結局、由起彦が私の事をどう思っているのかは、分からない。今はまだ分からない。

 でも由起彦にとって、私は気になる存在ではあるらしい。

 そんな事、とうに分かり切っているじゃないか。

 今ならそう言える。

 でも分からなくなっていた。私が由起彦の好みじゃなかったから?

 好みの話はきっかけに過ぎなかった。

 私達は長い付き合いの幼馴染み。でもいつまでも一緒にはいられない。そんな不安がいつの間にか私の心の隅にこびりついていた。

 由起彦と私の繋がりが切れる。考えたくもない事が頭をよぎった時、心の中の不安が一気に大きくなり、心を埋め尽くした。

 これからも同じような不安に駆られるのかもしれない。でも私は信じよう。自分の気持ちを、由起彦の気持ちを、そして二人の繋がりの深さを。

 私と由起彦は大人になると『野乃屋』を継ぎ、二人してお店を盛り立てていくのだ。そんじょそこらのスーパーなんて太刀打ち出来ないくらい、今以上に美味しくて、みんなに愛されるお店にしていくのだ。

 そうなるものと決まっているのだ。

 ……でもそうなると由起彦と結婚する事になるのか?

 結婚か、結婚なぁ。まだ全然ピンと来ない。まぁ、その事は追々考えていこう。

 今は今なりの付き合いをしていけばいい。

 そろそろ眠くなってきた。髪留めをベッド脇にそっと置く。

 おやすみ、由起彦。 


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