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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
クリスマスにて
36/82

クリスマスにて・中編

 さて、クリスマス前の平日。

 私達を含めた学生は冬休みに突入している。

 昼過ぎに恵と実知がやってきて、手分けしてちらしを配る。

 駅前の西口を恵が、東口を実知が、そして私はここら一帯のワンルームマンションのポストにちらしを入れていく。

 しかし今日は寒いな。駅前でずっと立ちっぱなしの二人には悪い事をした。バイト代に特別手当を追加しておこう。

 事前に調べておいたマンションを自転車で回っていく。

 確かに寒いが、私は全然苦にならない。こうして自分のお店の為に働くのはいつだって楽しくて仕方がない。『野乃屋』は私の全て。何ものにも優先される、私の全てなのだ。


 夜になって、今日のちらし配りは終わり。恵と実知が、私の家に戻ってくる。


「おい、滅茶苦茶寒かったぞ」

「悪かったわよ。で、どうだった?」

「割と受け取ってくれたよ。声出して配るのはかなり恥ずかしかったけど」


 恵は割と恥ずかしがり屋さんだ。学校でも、よく知らない相手だと話し方がぎこちない。それでも今日は頑張ってちらしを配ってくれたのだ。本当にありがたい事だ。


「お菓子、好きなの持って行ってよ。残り物で悪いけど、ご遠慮なく」

「じゃ、遠慮なく」

「折角だし私も。私って、みこのお店には滅多に来てないし、この機会にいろいろ試してみるよ」

「まぁ、メグは自分でお菓子作るからね。その辺は気にせずに」


 二人が和菓子を選び、それを箱詰めして渡す。


「じゃ、悪いけど明日もお願いね」


 手を振って、二人を見送る。


 そして次の日も同じように三人でちらし配り。何事もなく、無事に終了。

 特別手当をたっぷりと入れたバイト代を二人に渡す。


「お、こんなにかよ。これで新しいゲーム機買えるな。ありがとう、みこ」

「随分多くない? でもありがとう。新しいキッチン用品を買うのに使わせてもらうよ」

「こっちこそありがとう。寒い中頑張ってもらったし、これでウチも大助かりだよ」


 本当に助かった。持つべき者は友達である。




 クリスマス・イブ前日の祝日。

 いつものように店番をしていると、由起彦がやって来た。


「ちわーっす」

「いらっしゃい」


 由起彦がお店に貼ってあるポスターを見付ける。


「クリスマスにキャンペーン?」

「そうよ。オオキタに負けてられないからね」

「何だよ、言ってくれたら何か手伝ったのによー」

「水野君は部活があるでしょ? いつも迷惑かける訳にはいかないわ」

「別に迷惑なんて思ってないけどなー」


 そうなのかな? まぁ、いつも文句は言いながらもちゃんと言う事を聞いてくれている。でもそれに甘えてばかりというのも、どうかと思うのだ。

 幼馴染みとは言え、もう中学生。私は相変らずお店一筋だけど、由起彦は部活なり何なり、新しい世界に足を踏み出しているのだ。その邪魔をするのも程々にしないと。


「クリスマス当日に手伝う事はないのか?」

「クリスマスは綾小路さんのパーティーでしょ?」

「あれはクリスマス・イブの昼間だしなー。野宮は来ないんだって?」

「私はお店があるからね。まぁ、楽しんできてよ」

「そうかー、残念だよなー」


 え? どういう意味だろう。私とパーティーで楽しみたかったという事?


「かなりご馳走が出るみたいなんだぜー」

「はぁ、まぁ、そんな事でしょうね」


 色気より食い気だ。ガキである。


「あ、でも綾小路さんはカップルを一杯作るって張り切ってたわよ」

「は? 何だそりゃ?」

「それもいいんじゃない? 女子と仲良くなれるチャンスよ」

「何言ってんだよ、お前はー」


 本当だ。何言ってるんだ、私は?

 他の女子と仲良くなる由起彦。あんまり考えたくはない話だ。

 前に他の女子に告白されたと聞いた時には、かなり焦った。まぁ、あれはタチの悪い嘘だったんだけど。嘘だと知って、心底ホッとしたのは確かだった。

 でも由起彦は私の事を本当はどう思っているのだろうか? こいつは常に私の事を意識している。私はずっとそう思い込んでいた。

 ところが先日、こいつは私とは正反対のタイプの女性が好みだと白状した。

 その日の夜。私は何故か一睡も出来なかった。

 そうなんだ。私は由起彦の好みのタイプではなかったのか。

 今までは単に幼馴染みとして仲が良かっただけなのか。二人の関係が結局前に進まないのは、私が奴の好みじゃなかったからか。必死になって否定しようとしたが、そんな考えが胸の中にシミのように残った。

 他の女子と仲良くなる由起彦。それが本人の意志なら、祝福するのが本当の幼馴染みなのかもしれない。


「独り身にクリスマスはこたえるわよ。良い機会じゃない?」


 口が勝手に変な事を言っている。


「別に彼女作る為に行く訳じゃないんだぞ? ご馳走を食いに行くだけなんだからなー」

「まぁ、よく考えておく事ね」

「何だよ、ご馳走食えないひがみかよー」

「そうかもね。で、今日は何にする?」


 出来るだけ平静に、幼馴染みとして、店員として、由起彦に話しかける。




 余計な事は考えまい。

 クリスマス・イブだ。勝負の時だ。

 朝から昼にかけてはお年寄りや主婦が訪れた。お年寄り向けの大福を買っていってくれた。やはりそれなりの需要があったようだ。

 それ以外にも、宅配の依頼も多かった。父さんがワゴンで町内を駆け巡った。その中には新しいお客も多かった。今までは家が遠くて来られなかった人達だ。

 あまりにも宅配の依頼が多かったので、近場は私が配る事になった。

 商店街のラーメン屋さんで岡持を借りての出動だ。

 場所は駅向こうのマンションや高級住宅街になる。

 一通りこなしていって、最後の一件だ。高級住宅街にあるこの家に行くのは気が重かったので、最後まで残してしまったのだ。でも行かねばならない。

 表札には『綾小路』とあった。

 パーティー会場は家の正面にあるようだ。外からでも賑やかな声が聞こえてくる。

 呼び鈴を鳴らすと、綾小路さんが顔を出した。


「あ、いらっしゃい、野宮さん」

「ご注文ありがとうございます。『野乃屋』です」


 綾小路さんが門まで出てくる。


「ありがとう。祖父がケーキを嫌がっちゃって。毎年自分だけは食べないんだけど、和菓子なら食べたいって。本当はみんなと楽しみたいのよ。意地っ張りなんだから」


 そう言いながら、代金を支払ってくれた。


「では、ありがとうございます」

「野宮さんも、ちょっと顔を出していってよ」

「いや、私は仕事があるから」


 本当は配達が終わったので、少しくらいの時間はあるのだが。


「ちょっとだけ。良かったら、ケーキ持って帰って。みんなで作ったのよ」


 世話好きの綾小路さんは強引でもある。

 私の手を引いて、家の中に引きずり込んだ。

 さすがにリビングが広い。二十人近くいるはずなのに、余裕で収容している。

 そして美味しそうな料理の匂い。前に聞いた話の通りなら、女子達の力作のはずだ。

 あ、目に入ってしまった。向こうは私に気付いていない。そして他の女子と楽しそうに話をしている。

 由起彦一人と女子が二人か。何を話しているのかまでは聞こえて来ない。由起彦が何かを言って、女子達が笑う。あいつにそんな話術があったのか?


「野宮さん?」

「あ、ごめん、みんな楽しそうだね」

「良かったわ。大成功よ。カップル成立も順調だしね」

「え? そうなの?」

「ほら、あそことか」


 そう言って指さす先には由起彦。


「柳本君と佐々木さんとイイ感じだと思わない?」


 ああ、由起彦の向こうに柳本がいた。

 佐々木さんは胸が大きい。柳本の奴はそこばかり見ている。駄目だ、ありゃ。

 どうやら綾小路さんの目は節穴のようだ。


「うーん、どうなんだろ? 微妙っぽいけど」

「そうかな? あ、でも心配しないで。野宮さんの旦那様は安全だから」

「は? 旦那?」

「水野君よ。野宮さんと夫婦だってみんな知ってるから、安全よ」


 また勝手な事を。いつの間にか私と由起彦が夫婦にされている。まぁ、そういう噂を柳本と高瀬が流しているのは知ってるけど。

 でも由起彦には迷惑かも。駄目だ。こういういじけた考えは私の柄じゃない。


「さ、まずは一杯」


 綾小路さんにジュースの入ったコップを渡される。

 それを一気に飲み干す。ウジウジした考えを押し流すのだ。


「いい飲みっぷりね。まだまだあるし、料理も食べていってよ」

「じゃ、ちょっとだけ」


 でもお店も気になるので、十五分で切り上げた。その間、由起彦とは一言も声を交わさなかった。私が避けたのだ。


 お店に戻って店番。

 夕方近くになってきて、今度は若い人達の姿が増えてきた。新しいお客も多い。

 商品を渡す時、一人の女性客が呟いた。


「ホンット、助かるわ。コンビニでもキツイのよ」


 私は笑顔のままで、何も言えなかった。

 吉川さんも来てくれた。

 彼は私が入り浸っている猫喫茶の店長をやっている中年男性だ。


「面白い事やってるよね」

「ありがとうございます。お店はお休みですか?」

「逆なの。今日はいつもより営業時間を延ばすの。理由はこちらの新製品と同じかな?」


 なるほど、クリスマスの孤独を猫で癒すのか。

 そして吉川さんもクリスマス大福を買って行くという事は?


「みこちゃんは相変らず思っている事が顔に出るよね。そう。僕も独りさびしくクリスマスを過ごすの」

「はぁ」


 何と言っていいのか言葉が見付からない。


「彼女も新しく彼氏が出来たみたいだし」


 ああ、今、ただの中学生に言わなくていい事、言っちゃいましたね。

 吉川さんは、シェリーという猫に会いに来る女の人に恋をしているのだ。ただ、ヘタレなので何も出来ないでいる。


「あのシェリーの女の人、競争率高そうですよね」

「あ、僕、余計な事言っちゃった?」

「まぁ、前から分かってましたし」

「あの人は優しくて良い人なの。珍しくシェリーが懐いているしね」

「美人ですしね」


 そして年齢不詳なのだ。何才だと言われても、驚く事はないだろう。


「確かにきっかけはそうだけどね。今はシェリーを優しく撫でる姿を見るのが好きなの」


 見るだけでいいのだ。ヘタレはこれだから困る。


「やっぱり見た目は重要ですよね?」

「好きになれば関係ないけどね。みこちゃんも例の彼の見た目だけが好きな訳じゃないでしょ?」


 うーん、私は味わい深い顔が好きなので、由起彦みたいな顔はどちらかというと好み……って。


「いや、私とあいつはそういうのじゃないですから」

「素直になった方がいいよ、みこちゃん。まぁ、僕も他人の事言えないんだけどね」


 そう言って、肩を落として吉川さんは帰って行った。

 良いクリスマスを。


 夜が近付いた頃、由起彦がやってきた。


「ちわーっす」

「いらっしゃい」


 予想通りというか、今日はいつもより機嫌が良い。


「楽しかった、パーティー?」

「まぁな。ご馳走たらふく食ったぞー」


 そして女子と楽しくお話ししたんだよね。

 今は他にもお客がいるし、そんなに話ばかりしていられない。


「で、どれにしますか?」

「まずこれ。それと折角だし、このクリスマス大福ももらおうかなー」

「ありがとうございます」

「これもみこの発案だろ? みこは本当、『野乃屋』が好きだよなー」

「まぁね。私はこのお店が全てだし」

「みこのそういうところ、好きだよ」


 好き? あ、いや違う。今のは単なる私の『野乃屋』愛が好ましいという意味だ。変な事は考えるな。

 お金をもらって、商品を渡す。


「じゃ、また明日」

「おう。冬休みなのに、毎日会うのも何か変だよなー」

「常連客の宿命ね」


 そう、幼馴染みで常連客。それがこの水野由起彦なのだ。


 そして閉店。

 クリスマス大福は予想以上に売れ、開店時間中に作るのが追い付かなかったくらいだ。

 明日の仕込みは予定より増やす事にした。

 さて明日も頑張るぞ。


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