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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
クリスマスにて
35/82

クリスマスにて・前編

 冬休みに入る少し前の話である。

 中学校から帰ってきた私が家の和菓子屋の店番をしていると、いつものように水野由起彦がやってきた。

 こいつは幼稚園以来の私の幼馴染みであり、毎日お祖母さんのお茶菓子を買いにくるのだ。


「ちわーっす」

「いらっしゃい」


 私は既に不機嫌である。


「何、怒ってるんだー?」

「今日、あんた達が話してるの、聞こえちゃったんだけど」

「何の話?」

「あんたがどんな女の人が好きかって話」


 途端に由起彦の目が右に左に泳ぎ出す。分かりやすい奴だ。


「あんたが好きな女優さんって、咲乃さんに似てない?」


 森田咲乃さんは同じ商店街に住む美人女子高生だ。


「そうかなー?」

「そうよ。そしてあんたは前に咲乃さんにデレデレしていた。そうよね?」

「いや、あれは仕方ないってー」

「してたわよね」

「してました」

「あの女優さんとか咲乃さんとか、ああいうタイプが好みなんだ?」

「いやー、見た目の話だぞ?」

「見た目でも何でも、好みなんでしょ?」

「あー、まーなー」

「よろしい。素直に認めましたね」

「で、それで何でみこが怒ってるんだ?」

「ん? 私は別に怒ってなんてないわよ?」


 咲乃さんと私の見た目のタイプが正反対なんて、どうでもいい話ですから。




 別の日。

 私がお店で店番をしていると、滝川さんがやってきた。


「いよいよクリスマスだね」

「はぁ、ウチは和菓子屋なので関係ないですが」

「でも勝負はするからね」


 滝川さんは、近所にあるスーパーオオキタのパートさんで、生菓子部門を実質的に切り盛りしている。

 滝川さんが来てから、オオキタの和菓子は飛躍的に美味しくなり、我が『野乃屋』の売り上げにまで影響を与えるようになった。

 そう。うちのお店。そして私のライバルなのだ。

 生菓子部門は洋菓子も扱っているので、クリスマスはかき入れ時に違いなかった。

 でも、ウチは和菓子屋ですんで。


「策はあるんでしょ?」


 さすが滝川さん。私の思惑はお見通しだ。


「まぁ、ちょっとだけ。でもケーキには到底かないませんよ?」

「そこはそれ、勝敗はお互い分かるものでしょ?」


 滝川さんとは何か行事がある度に勝負をしているが、勝敗の条件は決めた事がない。どちらかが負けたーと思えば、それで勝負ありなのだ。

 ちなみ最近ではハロウィンで勝負していた。元より不利な私だったけど、企画したカボチャフェアが空振りに終わり、完敗していた。

 ここは是非ともリベンジしたいところなのだ。


「和菓子屋なりに全力を尽くしますよ。それでは勝負という事で」

「正々堂々と戦いましょう」


 滝川さんは口元の片方を上げて笑みを浮かべた後、いつものようにさっそうとお店を出て行った。

 さて、勝負だ。




 『野乃屋』の二階にある会議室。

 私が企画案を家族全員に配って、このクリスマスに展開するキャンペーンの説明を始める。


「確かに和菓子屋にクリスマスは関係ないとお思いでしょう。しかし手はあります。ターゲットとするお客を絞り込めば、我々にも勝機があります」

「それが独り身の人なの?」


 母さんがまず口を挟む。


「その通り! 独り身の人、特に一人暮らしの人にとって、クリスマスはつらい行事です。世はカップルや家族が楽しくクリスマスを過ごしているのに、自分は独り。しかしクリスマスは楽しみたい。しかし独りケーキを食べるのは虚しすぎる。そこで和菓子です! 自分はクリスマスケーキを食べるのではない。あくまで和菓子を食べるのだ。そういう言い訳を用意するのです!」

「クリスマス用の和菓子か」


 祖父さんはあまり乗り気ではなさそうだ。頑固な職人である祖父さんが、世に迎合する和菓子を作るのは本意ではないのだろう。


「そうです。あんことクリームは意外に合います。お餅の中にクリームとあんこを包み込む、クリスマス大福。大福の上にはクリスマスツリーの焼き印を押して、クリスマスらしさを演出します。そしてローソクを灯して、クリスマスの完成です」

「いや、ローソクは駄目だな」


 父さんが反対意見を出す。もう、みんな反対ばっかりだな。


「考えてもみろ、独りでいる部屋をローソクだけが照らすんだぞ。それは哀し過ぎるって」

「あんた、やった事あるでしょ?」


 母さんがにやにやと父さんに言う。

 そうなのか? 父さんは大学・大学院時代に独り暮らしをしていたって言ってたな。貴重な体験談なのかもしれない。


「じゃあ、ローソクはやめます。後はサンタクロースを形取った練り切りを載せます」

「それもおまけ扱いがいいな。出来るだけ買う時にはクリスマスらしさを消した方がいい。その方が買いやすいからな」


 またもや貴重な意見だ。父さんは哀しいクリスマスを過ごしてきた経験が豊富なようだ。


「じゃあ、あくまでおまけとして。それを大福の上に乗せるかどうか、それはご本人次第という事で」

「年寄り向けのクリスマス和菓子は嬉しいね」


 祖母さんは乗り気なようだ。


「そうです。そっちはクリームなしです。洋菓子が苦手なお年寄りでも、家族みんなでクリスマスを楽しめます。そして最後の切り札です」

「これなぁ」


 父さんが私の書いた企画書を軽く叩く。


「そう、宅配です。クリスマス一色の商店街に出るのすらつらい独り身の人に商品を届けるのです。しかも、さすがに大福だけでは悪いからと他の商品も頼むに違いなく、ウチの商品が気に入れば、新たなお客になるかもしれないのです」

「誰が宅配なんてするんだ? これ以上、バイトは雇えないぞ?」

「父さんがやります。和菓子を作れない父さんが、店長としての威厳を見せる時が来たのです」

「随分な言い方だなぁ。まぁ、クリスマス限定なら、宅配も悪くないな。独り身の人だけじゃなくて、駅向こうの人も買ってくれるかもしれないし」

「そうです。クリスマス用の二つの新商品と、宅配という秘策。これで、クリスマスという不利な戦いで勝利を収めます!」

「さっきから勝つ勝つ言っているけど、どこに勝つつもりなの?」

「スーパーオオキタです。彼女らに一矢報いるのが、『野乃屋』の使命なのです!」

「あんた、また滝川さんと勝負するのね」


 呆れ顔の母さん。


「まぁ、面白いかもしれん。ただ手をこまねいているより、打って出る意気が必要だ」


 『野乃屋』の独裁者たる祖父さんも賛成してくれた。これで決まりだ。




 翌日の中学校。今日は二学期の最終日だ。

 終業式の後の休憩時間に、私は友人二人に声をかけた。


「ちょっと、うちのお店を手伝って欲しいんだけど。バイト代出すし」

「みこが私達にそう言ってくるのって珍しいね」


 恵が言う。まぁ、そうかも。


「いつも水野と仲良くやっているのにな」


 実知がちょっと意地悪な笑みを浮かべる。

 由起彦は無料でこき使える貴重な人員なのだ。それ以上の他意はない。

 今回は部活があるので動員しなかった。あいつは私の用事の為に、結構部活をサボっている。一応ハンドボール部のエースなのだから、そう頻繁にサボらせるのも悪いし、遠慮しておいたのだ。


「仲良くは余計だって。今回はなり振り構っていられないのよ。可愛い女子の力が必要なのよ」


 ちょっとおだててみる。


「まぁ、他ならぬみこの頼みだし、何でも言ってよ」


 恵はいつだって優しい。


「バイト代、いくらだ?」


 実知は意外にシビアだ。


「時給千円」

「千円! さすがみこは金持ちだな」


 お店の手伝いをしている私は、お小遣いが豊富過ぎる程あるのだ。二人のバイト代もお店に請求してもいいのだが、全ては私の独断でやっているのだし、私は自腹を切る気でいる。


「クリスマスに向けて、一大キャンペーンを展開するのよ。クリスマス前の平日二日間、ちらし配りを手伝ってよ。寒いところ悪いけど」

「いいよ。ちょっと恥ずかしいけど」

「メグなら大抵受け取ってもらえるって。まぁ、私もいいぞ。最近、私のところにサンタが来なくなったしな」


 そこへクラス委員長の綾小路さんがやって来た。


「ねぇ、お三方。クリスマス・イブにみんなを呼んで私の家でパーティーするんだけど、来てくれない?」


 綾小路さんは高級住宅街に住むお嬢様だ。家はかなり広いと聞いている。みんなでパーティーなんて余裕なのだろう。


「私はお店の手伝いがあるから無理だわ。折角のお誘いだけど」

「それって、柳本の奴も来るの?」


 恵はクラスの男子の柳本を嫌っている。故に、奴だけは呼び捨てにするのだ。


「来るわよ。ハンドボール部の三人は全員来るわ」


 ハンドボール部の三人、つまりは柳本、高瀬、そして水野由起彦か。

 ふーん、由起彦も行くんだ。まぁ、奴とは幼馴染みだが、行動をいちいち束縛するのも変な話だ。


「じゃあ、折角だけど私も行けないな。冬休みにまで奴の顔は見たくないの」

「桜宮さんて、柳本君を毛嫌いしているわね。何でなの?」


 綾小路さんの疑問も当然だろうけど、その理由はうかつには言えない。


「あいつ、メグが告ったのに、胸が小さいからって拒否りやがったんだよ」


 実知が考えなしに口走った。

 いつもはおしとやかな美人の恵の顔が歪む。夜叉のごとくに。


「うわぁ、それは最悪ね。同情するわ。元町さんはどう?」

「ああ、この二人が行かないなら、私もやめとくわ。何人くらい集まりそうなんだ?」

「今のところ、女子十人に男子五人ね。男子が碌なの集まらないから苦労してるのよ」


 少なくともハンドボール部の三人は女子に人気があるようなタイプではない。碌でもないのは確かだ。

 うーん、しかし他人に由起彦の事を碌でもない扱いされるのはちょっとムカッと来るな。まぁいいや、ここで変な事を言うと、あらぬ噂が立ちかねない。


「結構集まるんだな。男子も集めるつもりなんだ?」

「女子と男子の親睦を深めるのよ。カップルを一杯作るの」


 綾小路さんはクラス委員長をするだけあって、世話好きである。しかし、カップルを量産しようとは、余計なお世話でもある。


「まぁ、頑張ってよ。出来ればスーパーオオキタのケーキは買わないでね」


 少しでも、オオキタの売り上げを落とすのだ。


「ケーキも料理も女子で作るのよ。三人欠席かー、残念だけど仕方ないわね。じゃ、いい冬休みを」


 綾小路さんが去って行き、また別のクラスメートに話しかけている。実に熱心だ。




 そしてちらし作りだ。

 父さんの助言通り、出来るだけ独り身のクリスマスの哀しさは出さないよう気を付けねば。

 いろいろと苦心している間に、朝を迎えた。

 しかしもう冬休みなので、朝の仕込みが終わった後、昼過ぎまで寝て過ごした。

 

 焼き印は既成の物が見付かった。安く上げる為に父さんがネットで探しまくったのだ。

 クリーム入り大福の試作品も仕上がった。祖父さんがしっかりと味の加減をした物だ。

 そしてサンタクロースの練り切りの試作。あんに粉を混ぜた生地をこねて、ディティールにこだわったサンタクロースを祖母さんが仕上げた。

 こうして準備は整った。


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