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厳しいお客さん

 粗く搗いたお餅をひと千切りし、手で軽く丸めて、トレーに並べていく。

 一通り数が揃ったところで、調理用手袋を付け替える。

 今度はあんこをひと掴みし、さっきのお餅を包み込んで、別のトレーに並べていく。

 どんどんおはぎを作っていく。




 私は中学校から帰ると、家の和菓子屋の手伝いをする。

 まずは一時間ほど厨房で和菓子作り。

 その後二時間ほど店番。

 その日の分のおはぎを作り終わったので、祖母さんと店番を変わる。

 今日は金曜日なので、あの人がやってくる。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


 私が生まれる前からの常連さんである、菊池さんだ。

 もうお婆さんと言っていい年のはずなのだが、相変らず威圧感がすごい。全身から何かが出ているとしか言いようがない。

 菊池さんがカウンター下のショーケースをじっくりと眺めていく。


「今日は……おはぎだね」


 ぎろりと私を見る。


「ええ、そうです。おはぎを作りました」


 また見抜かれた。

 菊池さんはお盆に並べられたおはぎを丹念に、丹念に、見ていく。

 私の緊張が高まっていく。


「ふん、まあ、いいね」


 良かった。今日も何とかクリアした。


「じゃあ、おはぎを二つ貰うよ」

「どれでもいいですか?」

「どれでもいいよ」


 どれでもいい。そう言って貰えるようになったのは、ここ半年の事だ。

 半年前は、あれとこれ、と同じ種類の和菓子の中から、どれを買うか指定されたのだ。

 その頃の私が仕上げた和菓子は、出来上がりにムラがあると言われていた。

 さらに一年遡って中学一年になった時、私は初めて商品の仕上げまでさせてもらえるようになった。

 何だか一人前になれた気がして、上機嫌で店番をしている時に現れたのが菊池さんだった。

 菊池さんはショーケースを一瞥すると、


「先代を呼んで来い!」


 と、ものすごい剣幕で私を怒鳴り付けた。

 祖父さんを連れてくると菊池さんは言った。


「あんたの所は、いつからこんな手抜きをするようになったんだ。形も大きさも全然違うじゃないか」


 そう言って指さしたのは、私が作ったきな粉餅だった。

 私が作った後、祖父さんはお店に出せるかどうか、ちゃんとチェックしてくれていた。

 そうしてうなずいてくれたのだ。

 私は何が何だかさっぱり訳が分からなかった。私が作ったお餅は出来損ない?


「申し訳ありません。今すぐ引き上げますので」


 祖父さんは何度も頭を下げて、私が作ったきな粉餅を載せたお盆をショーケースから引き出した。


「お嬢ちゃんが作ったのかい?」


 菊池さんが鋭い目で私を見てきた。

 私はうなずくしか出来なかった。


「十年早いよ」


 菊池さんは吐き捨てるように言った。


「いえ、明日はちゃんと作らせますので」


 祖父さんが言ってくれた。


「明日じゃ無理だろう」


 菊池さんが言う。


「毎日私が確認しますので」

「今日も見たんだろ?」

「はい」

「でも駄目だった。あんたじゃ駄目だ。孫をひいき目で見るんだ」


 祖父さんは肩を狭めて恐縮していた。

 祖父さんのこんな姿を見るのは初めてだった。私のせいで。


「あんたが出せるって思えば出せばいい。あんたの店なんだし。でも私は許さない。知ってる通り、私は毎週金曜日に来る。来週もまた駄目だったら引き上げさせるから」

「承知しました」


 祖父さんが頭を下げる。

 私も頭を下げた。


「お嬢ちゃん、次はちゃんとしたのを作るんだ」

「はい」

「声が小さい。聞こえない」

「はい、次はちゃんとしたのを作ります!」


 精一杯、声を出して宣言する。


「声が大きすぎるよ。じゃあ、今日はこの葛餅二つちょうだい」


 しかし次の金曜日も駄目だった。


「勿体ないから、金曜日は五個だけ作るように」


 そう言って菊池さんは去って行った。

 私は懸命に和菓子を仕上げた。五個だけなので、分量はきっちり量って作った。

 しかし駄目だった。


「形が全然駄目じゃないか。見て分からないのか?」


 私には分からなかった。

 祖父さんに言われて、祖父さんが仕上げた和菓子と自分の仕上げた和菓子をじっくりと見比べた。三十分くらい見て、少しだけ私の方の形が歪だと気が付いた。

 私が仕上げた五個を並べて見ると、どれもこれも、少しずつ形が違っているのも分かった。

 次の金曜日。


「少しマシだ。でもまだ駄目」


 その日も引き上げさせられた。

 菊池さんが来ない日も、私の作った和菓子は店頭に出された。

 祖父さんはそれでいいと言ってくれた。店の基準には達している。ただ、菊池さんの基準には達していないのだと言われた。

 とにかく、私は毎日懸命に和菓子を作った。金曜日だけは限定五個。

 それでも毎回引き上げさせられ、その日の私の夕食は自分が作った和菓子だけになった。

 そして二ヶ月が過ぎた。


「これだけはまともだ。これだけちょうだい。後は好きにすればいい」


 ようやくそう言ってもらえた。

 半年して、半分は菊池さんに許してもらえる物が作れるようになった。

 でも菊池さんは、毎回その中でも一番出来のいい二つを選んで買って帰った。

 ある日、菊池さんの指定した和菓子を箱詰めしていると、菊池さんが言った。


「あんたの祖父さんは毎回、私を悪者にするんだ。あんたの母さんの時もそうだった。私にケチを付けさせて、自分の身内を育てるんだ。大概狸だよ」


 菊池さんが厨房との出入り口をじろりと見たので振り返ると、祖父さんが頭をかいていた。気のせいか、笑って見えた。


「まぁ、若い者が育つのを見るのは悪くないけどね」


 最後にそう言い残して、菊池さんはお店を後にした。


「みこ、気付いていたか?」


 菊池さんがいなくなってから、祖父さんが声を掛けてきた。


「何が?」

「菊池さんは、お前の作ったお菓子だけ買って行って下さってるんだ」


 そう言えばそうだ。私が菊池さんのお眼鏡にかなう和菓子が作れるようになってから、菊池さんは毎回その中から一番出来がいい二つを選んで買って行ってくれていた。

 他の、祖父さん達が作った和菓子は買って行かなかった。


「菊池さんは教師をしてらしたんだ。元々子供好きなんだ。俺が頼んで悪者になってもらっている訳じゃない」


 祖父さんはそう言ってにやりと笑った。大概狸だった。




 こうして今では、作る和菓子は全部きちんと仕上げる事が出来るようになった。

 私がおはぎを二つ箱詰めしていると、菊池さんが口を開いた。


「あの間延びした少年」

「水野君ですか?」

「そう水野君。あの子がここに婿入りする時、厨房に入れるかどうか決まったの?」

「え? あー、いやー、そもそもまだ婿入りが決まったって訳じゃー」


 最近、菊池さんはこの手の話題を口にする事が多くなった。

 正直、参っている。


「婿入りはもう決まってるだろ。みんなそう言ってる。修行させるなら早くさせるんだね。私は子供には甘いけど、大人には厳しいから」

「はぁ、まぁ、お手柔らかに」


 あれで甘いんだったら、厳しかったらどうなるんだろう? 菊池さんがいつも持っている杖が気になって仕方がない。足腰なんて、まだまだしっかりしているのに。


「子供も早く産むんだね。その子も私が仕込まないといけないから」

「子供? いや、それは飛躍しすぎですよ」


 私と水野由起彦の仲を冷やかす人は多いが、子供の事まで先走るのは菊池さんくらいだ。


「じゃあ、野乃屋を潰す気かい?」

「いや、そんなつもりはないですよ」

「じゃあ、早く婿入りさせて、修行させて、子供作って、子供厨房に立たせるんだ。旦那と子供、まとめて面倒見るから」

「はぁ、お言葉はありがたいですが」


 いくら何でも飛躍しすぎている。

 私と由起彦の子供? いや、私達まだ中学生ですし、あいつはただの幼馴染みですから。まぁ、今のところ。


「私も長生きしないとね」


 そう言って、楽しそうな顔で菊池さんが商品を受け取った。

 ちょうどそこに由起彦が入って来た。

 じろりと菊池さんが由起彦を見る。


「駄目だな、こいつは手がかかりそうだ」


 首を振りながら、菊池さんが出て行った。


「ありがとうございます」


 いつもお客さんにそうするように、頭を下げる。


「あの人、いつも怖い目で俺を見てくるけど、何なんだろうなぁ」


 由起彦がいつもの間延びした調子で言ってくる。

 確かにこいつは手がかかりそうだ。


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