ちょっとモデルをやってみる
私が学校から帰ると、母さんが待ち構えていて、すぐそこにある商店街振興会の会議室まで連れて行かれた。
テーブルの向こうに座るのは、『おもちゃのサガワ』店長にして、振興会会長の佐川さん。それと、商店街にある『たかうらフォトスタジオ』の高浦さん。母さんは私の隣に座った。
「はぁ、モデルですか」
「そう、モデル」
高浦さんがうなずく。豊満な体型の中年男性である高浦さんは、写真好きが高じて写真屋を開いた人で、デジタル化の進んだ今の世の中でも、デジカメ画像のプリントや、証明写真や記念写真の撮影なんかで、うまくお店をやり繰りしているという話だ。
「面白いし、やってみたらどう? みこ」
母さんは、面白ければ何でもいいという人なので、素直に言う事を聞く必要はない。
うーん、しかしモデルか。確かに面白そうではあるのだが。
「良い記念になるぞ、みこちゃん」
私が物心着いた頃からお爺さんである、佐川さんがそう言ってくれる。
私はちょっと考えてから、口を開いた。
「ええ、いいですよ。モデルやります」
話が終わって帰ると、そのまま家がやっている和菓子屋で店番。
「ちわーっす」
常連客にして幼馴染みの由起彦がやって来た。
「いらっしゃい。部活遅かったのね」
「おう、もうすぐ試合があってなー」
由起彦がカウンター下のショーケースを眺めだす。とは言え、こいつは和菓子の事なんてさっぱり分かっていない。お祖母さんのお遣いで来ているだけなのだ。
「私、モデルする事になったから」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を出して顔を上げる由起彦。かなり失礼である。
「商店街に写真屋さんあるでしょ? あの人に撮ってもらうの」
「えらく変な奴をモデルにするんだなー」
かなり失礼である。
しかし、早くも目がきょどきょどし始めているのを私は見逃さない。
「しかも一人じゃないの。洋服屋さんの息子さんと一緒に撮ってもらうの。二十代前半の、商店街で一、二を争うハンサムなのよ」
「でも、みこは二枚目とか好みじゃないんだろ?」
「え? 私の好みが何で関係あるの?」
驚いた顔で由起彦を見る。当然、わざとである。
向こうは目を逸らしてきた。
「あ、そうか、関係ないよなー」
「そうよ。単なるモデルなんだから」
「そりゃそうだよなー」
由起彦が頭をかく。相当動揺しているな。
「で、どんな写真なんだ?」
「どんな? それはトップシークレットね」
「どうせ商店街関係なんだろ?」
ほとんどすがるような目で見る由起彦。
「コンクールに出す写真をとるのよ」
「コンクール?」
「そう、コンクール」
「みこがモデルで?」
「そう、私がモデルで」
「嘘だろー?」
そう言って笑う口の端は引きつっている。
「まぁ、信じる信じないはあんたの勝手だけど」
「で、いつなんだ?」
「何が?」
あえてとぼける。
「いや、いつ撮ってもらうんだ?」
「土曜日よ。朝十時、写真屋さんに集合」
「土曜の午前かー、部活あるんだけんどなー」
「いや、あんた関係ないし」
由起彦の顔は、捨てられた犬みたいになった。
土曜日の朝。
『たかうらフォトスタジオ』で軽く打ち合わせをした後、外へ出る。撮影は外でするのだ。
お店の前には案の定、由起彦が。
「あれ? 由起彦、部活は?」
わざとらしく言ってやる。
「部活? ああ、今日は休みだったんだー」
「ふーん」
部活がある事は調査済みなのだが、ここはあえてスルーする。
「ああ、この子があの水野君かい?」
洋服屋の息子さん、赤木義文さんが声をかけてくる。
「『あの』ってやめて下さいよ」
私が抗議して、義文さんを軽く叩く。
商店街の人は、そう言って私と由起彦の事を冷やかすのだ。
「水野君、悪いけど今日はみこちゃんを借りるよ」
義文さんが私の頭に手を置く。
私も笑顔を由起彦に向ける。
「いや、別に俺の物じゃないですし」
由起彦、精一杯の強がりである。
さて、大人達が移動を開始したので、私も後に付いていく。さらに後ろに由起彦。
「なー、どこで撮影するんだ?」
「ん? まぁ、着いてからのお楽しみよ」
とは言え、すぐそこである。
商店街の入り口で全員が止まる。
「え? こんな所?」
「こんな所? 私の商店街を馬鹿にする気?」
私が睨み付けると、由起彦はすかさず視線を逸らした。
今日のカメラマンである高浦さんが、商店街全体が写る位置に三脚とカメラをセットする。
さて、私達の出番だ。
私と義文さんがカメラの前に並んで立つ。
手伝いに来た何人かの商店街の若い衆が、白い板を持って、私達に光を当ててくる。
カメラの向こう側にいる由起彦を見ると、かなり情けない顔をしてこっちを見ている。うーん、ちょっといじめ過ぎたかな? まぁ、もうちょっと待っててよ。
義文さんがタバコを手にして火を付けた。しばらく吸った後、ぽいっと地面に投げ捨てる。
そこで私が力強く義文さんの腕を掴む。
カメラのシャッター。
「え? 言ってなかった? 美化のポスターよ。ポイ捨て禁止」
私の言葉に全身の力が抜けてうつむく由起彦。
「コンクールに出すって言ったろー?」
「そうよ。県の美化運動のコンクールに出すのよ」
「何だよ、それー」
ようやく顔を上げた由起彦の顔は相変らず情けない。
「いや、あんた、どんな写真だと思ったのよ」
「え? いやー、そう言われるとよく分からないんだけど」
よく分からないから、不安になって付いてきたのだ。わざわざ部活までサボってね。
「もう終わりみたいだし、みこちゃん、お茶でもしようか。おごるよ」
義文さんが誘ってくれる。
そのさわやかな笑顔は、なるほど確かに商店街で一、二を争うハンサムのものだ。
「みこはもう、返してもらいますんで」
それより数段劣る顔の由起彦が、私の両肩を掴んで義文さんを睨む。いや、義文さんに罪はないんだけど。
「あ、そ。じゃ、お邪魔しないよ」
さわやかな笑顔がにやにや笑いに変わった義文さんが去って行く。
周りにいる若い衆もにやにや笑っている。
こうしてまた一つ、商店街に変な噂が流れる事になるのだ。ま、別にいいけどね。
私は振り返って由起彦に身体を向ける。
「じゃあ、由起彦、代わりにお茶おごってよ」
「え? あー、俺そんなにお金持って来てないんだよ」
「駄目な奴」
私が脱力していると、高浦さんが声をかけてきた。
「みこちゃん、せっかくだし、二人で撮っておく?」
由起彦と顔を見合わせる。
「どうする?」
由起彦に聞く。
「まぁ、一枚くらい?」
「そうね、一枚くらい」
こうして撮ってもらった二人の写真は、机の引き出しの奥にこっそりしまっておいた。




