恋の橋渡しもするのです
さて、今日は一年生の斉藤君の家にお邪魔しております。
目的はただ一つ。
「アレクサンドロス。今日も最高だわ」
そう言って、ソファの上に座る、凛々しい黒猫の毛を撫でまくる。
このアレクサンドロスはコンクールで入賞した事もある美猫で、サラサラの毛がたまらないのだ。
最初は触ろうとする度に威嚇してきた彼も、今ではすっかり諦めて、私のなすがままとなっている。愛の勝利だ。
ちなみに私は猫喫茶『オッドアイ』にいるベティにもメロメロである。一度に二匹の猫を愛せる女。そう、私は恋多き女なのだ。
「野宮先輩、これどうぞ」
「あ、いいのに。勝手に押しかけてるだけだし」
斉藤君がオレンジジュースを出してくれた。さすがに恐縮する。
「いえ、お菓子も頂いてますし。家族にも好評ですよ」
「まぁ、それぐらいは」
家が和菓子屋をやっているので、それを持って来ているだけなのだ。まぁ、お金はきっちり取られるんだけど。
「あの、先輩、ちょっといいですか」
斉藤君が改まって話を切り出してきた。
え? 出入り禁止?
まずはアレクサンドロスを解放して、斉藤君と向かい合う。
「僕、好きな人がいるんです」
真剣な表情の斉藤君。
それってもしかして? いやいやいや、私には。私には? ここで由起彦は関係ない。
えー、でも参ったな、しかし。こういう時どうすればいいんだろ? あ、斉藤君がまた何か言おうとしている。ここは大人しく愛の告白を聞こう。
「元町先輩なんですけど」
元町? あー、実知か。実知ですか。ちょっとでも勘違いした私が馬鹿でした。
え? 実知!
「ミチ? 何でミチ?」
もう一人の友人である恵ならまだ話が分かる。恵は学年でも知られた美人なのだ。
「溌剌とした元町先輩を見ているうちに……」
斉藤君が顔を赤くしてうつむく。
溌剌か……あのがさつな姿をそう表現する事も出来るのか。えー、実知か。何か負けた気がするのは何故だろう。
「野宮先輩、元町先輩と仲良いですよね。何とか取り持って欲しいんですけど」
まぁ、斉藤君には散々お世話になっている。それくらいの労は取るべきなんだろうな。
「うん、いいよ。斉藤君がミチの事好きだって言っておく」
「いやいや、そこまではいいですよ。ただ、ちょっとだけ、お話をさせてもらえれば……」
「え? それだけでいいの?」
「それで十分です……」
さっきよりうつむく斉藤君。
何だってこう、私の周りの男子はヘタレばっかりなんだろう。由起彦にしても、猫喫茶の店長にしても。
「いやいやいや、好きだって伝えようよ。私から言っておくし」
「それだけは勘弁して下さい。そんな恥ずかしい事……」
ほとんど土下座同然にうつむく斉藤君。
うーん、好きなら好きって言わないと。秘めた恋とかウジウジしたの、私嫌いだし。まぁ、いいや。その辺は私が臨機応変に対応しよう。
「分かった。じゃあ、お話するセッティングしたげるよ」
「本当ですか? ありがとうございます。よろしく願いします」
私の手を取って喜ぶ斉藤君。
あ、私の手を握るのは全然平気なんですか。いまいち境界が分からない。
「一年の斉藤君っていう子が、ミチの事好きだってさ」
翌日の学校。早速実知に伝える。こういうのはちゃちゃっとしないとね。
「え? マジかよ。いやー、参ったな。私にもモテ期到来か?」
「一人だけじゃ、モテ期って言わないんじゃないかな?」
恵は天然で酷い事を言う。
「とにかくそういう訳だから。取りあえず、お話したげてよ」
用件もちゃちゃっと伝えないとね。
「で、その斉藤って、どんな奴なんだ?」
実知に聞かれて考えてみる。斉藤君ってどんな子だろ?
「普通?」
「見た目は?」
「普通」
「体格は?」
「普通」
「性格は?」
「普通……あ、優しいよ」
「優しいだけの普通の奴かよ」
実知が肩を落とす。贅沢な奴だな。
「まぁ、化学部だし、頭はいいかも」
根拠はなかったが、賢くなければ化学部なんて入らないだろう。
「え? 文化部なのか?」
「そうよ」
「それって、ミチとは話合わないんじゃない?」
恵に言われて、そうかも、と気付いた。
バレー部の実知はどこまで行っても体育会系なのだ。
あれ? どうしよう。
「まぁ、とにかくお話しだけでもしてみてよ。それで駄目なら駄目で、いいじゃない」
「適当だな、みこ。こっちは人生かかってるんだぞ?」
「いや、そこまではかかってないよ。私達、まだ中学生なんだし」
恵の言う通りだ。実知め、相当浮かれてるな。
その日の夕方。
「えー? それで勝手に好きだって事まで言っちゃったのか?」
「そうよ。手っ取り早く、ちゃちゃっと済ませたのよ」
いつものように、家の和菓子屋で店番。
やって来た幼馴染みの由起彦と話をする。
「いやいやいや、本人の意志を尊重してやれよー」
「でもあの調子じゃ、一生かかっても告白なんて無理そうだったし」
むしろ、感謝して欲しいぐらいのものである。
「それでも他人に勝手に伝えられちゃ、たまらないってー。男だったら自分で伝えたいものなんだからさー」
「そういうものなの?」
「そういうものだって」
しかしヘタレというものは、自分では告白なんて出来ない生き物なのだ。目の前の男がそれを証明している。
いいところまで行くんだけど、結局最後にヘタれる。それがヘタレという生き物なのだ。
「で、これからどうするんだよー」
「まずは喫茶店でお茶する事に決めたわ。明日ね」
「仕事早いなー、みこは」
「それで二人を一気にくっつける。それで任務完了よ」
まぁ、まだプランは考えていないけど、その場の流れで何とかしてしまうつもりでいる。
「え? 斉藤は話するだけでいいって言ってるんだろ?」
「好きなんだったら、お付き合いしたいでしょ? でも斉藤君は自分からじゃ何も出来なさそうだし、代わりに私がくっつけたげるのよ。いつものお礼にね」
「駄目だってー。付き合うのも自分から言いたいもんなんだからさー」
「そういうものなの?」
「そういうものだって」
しかしやはり目の前の男が証明しているように、ヘタレにそんな事を言う度胸なんてある訳がなかった。
「自分から自分からって、ヘタレは何も出来ないのよ。あんただってそうじゃない」
「俺はタイミングを見計らってるんだよー」
「何年タイミング見てるのよ」
「え? 今、俺達の話だったっけ?」
「ほら、すぐそうやって誤魔化すでしょ?」
由起彦を睨み付ける。話がよく分からない方向に進んでいるけど、あえて気にしない。
「分かった」
由起彦が姿勢を正す。
私も正す。
由起彦が私をじっと見つめている。
よく分からない流れからこうなったが、いよいよか? いよいよなのか?
「あのな、みこ」
さぁ、来い。
「あのな、みこ」
そのセリフはさっきも聞いた。
「あのな、みこ」
もういい加減、聞き飽きた。
「あー」
「あー?」
「あのな、みこ」
またかよ。
「あーもー、いいわよ。さっさとお菓子買って帰ってよ」
「なんか、悪いな」
「馴れてますから」
私が選んだ和菓子を買って、すごすごと由起彦が帰っていった。駄目だ、あいつ。
さて、翌日の喫茶店。
私は制服のまま平気で猫喫茶に行ったりするが、校則では下校途中の買い食いは禁止である。
全員一旦家に帰って、着替えてから商店街にある喫茶店前で集合だ。
「何で水野君もいるの?」
相変らずふわふわな服がよく似合っている恵が聞く。
「野宮が暴走しないように見張るんだよー」
「ああ、それは必要だね。お役目ご苦労様」
恵が由起彦に頭を下げる。
随分と失礼な話だ。私は恋の橋渡しをしてあげるだけなのに。
斉藤君がやって来た。
斉藤君の私服は……やっぱり普通だった。まぁ、ジャージの由起彦よりはマシである。
「お待たせしました。あれ、元町先輩は?」
実知の家は由起彦の家の近所だ。もう来ていてもいいはずなんだけど。
あ、来た来た。
え? 無茶苦茶気合い入ってるんだけど。私服でスカートの実知なんて、レア過ぎる。携帯で撮っておきたい。
「おう、遅くなったな」
あ、喋り方はいつも通りだ。
まぁ、とにかく五人で喫茶店に入る。
斉藤君と実知が二人がけのテーブルに。残り三人が隣の四人がけのテーブルで待機する。
このお店はクリームソーダーが美味しいのだ。私はここに来たら、これ一択である。
さて、後ろの二人、うまくお話し出来るのかな?
「あ、こんにちは」
まずは斉藤君から声をかける。まぁ、あいさつは基本だよね。
「お、おう、こんにちは」
実知が応え、続いて斉藤君が……あれ? 斉藤君?
沈黙がその場を支配する。え? いきなり?
「お前って、私の事が好きなんだって?」
実知がいきなり口走った。これがアウトなのはさすがに私でも分かる。
「え? 何でそれを」
「みこが言ってた」
「野宮先輩……」
私の背中に斉藤君の怨みの視線が突き刺さるのを感じる。あれ? 失敗?
「あ、いやー、あのー、そういう訳じゃー」
あ、斉藤君がヘタれた。
よし、ここで押しの一手だ。
私が立ち上がろうとすると、隣の由起彦が手を引っ張ってきた。
「やめとけって、みこ」
「でも、ここで押さないと」
「みこ、しばらく様子を見ようよ」
恵もそう言うなら一旦引き下がろうか。でも放って置いても前に進まないって。
「でも好きなんだから、こうやって話する事になったんだろ?」
「えーはーまー」
「どっちなんだよ。好きなのか? そうじゃないのか?」
「いや、好きです。好きなんです」
お、言っちゃいましたね、斉藤君。やはり私の行動は正しかったのだ。
「あ、そうなんだ、面と向かって言われると照れるな」
あれ? 実知が急にしおらしくなったぞ? はっきり言ってキモイが、前にいる恵はうんうんうなずいている。どうやら私は乙女心もよく分かっていないようだ。
「この前の練習試合、見てました。先輩、格好良かったですよ」
「いやー、そうかなー。まぁ、レギュラーになってから、気合い入れてるからなー」
女子に向かって格好良いもどうかと思うが、実知的にはオッケーらしい。
「斉藤は化学部で何やってるんだ?」
「最近は結晶作りばかりやっていますね。硫酸銅の結晶の美しさと言ったら……」
「ごめん、よく分からない」
「あ、そうですよね。でも僕、スポーツ見るのも好きですよ。サッカーとか」
「私もサッカー好きなんだよ。どこのファン?」
お、話が盛り上がってきましたね。私の手助けは必要なさそうだな。
「僕はパロセロナですね。パロセロナ、いいですよ」
「パ・ロ・セ・ロ・ナ・だ・と・?」
「え? 先輩もしかして」
「スペインと言ったらルアルだろ?」
「ルアル! ルアル・マトリッドはないですよ」
「ないのはパロサだろ!」
え? いきなり険悪ですよ?
「何がどうなってるの?」
由起彦と恵に聞いてみる。
「何か、その二つのチームって、あんまり仲が良くないらしいよ」
「いや、滅茶苦茶敵対してるってー。最悪だよ」
「え? でもたかがサッカーでしょ?」
「ミチは大ファンなんだよ。この前もその相手チームの事、口汚く罵ってたし」
そうは言われてもよく理解出来なかった。え? たかがサッカーでしょ?
今も二人は激しく言い争っている。
とにかく仲裁しなくては。二人のいるテーブルに急行する。
「ちょっと、お二人さん。大人げないですよ? たかがサッカーじゃないですか」
「みこは黙ってろ!」
「野宮先輩は黙ってて下さい!」
うわー。二人、睨み合ってるよ。
「ここまでだな」
「ここまでのようですね」
二人、立ち上がって、出口に向かう。
斉藤君がレジでお勘定をしている横を実知が通り過ぎていく。
斉藤君もお勘定を済ませるとさっさと出て行った。
「あ、お客さん、足りません……」
「すみません。私が払いますんで」
斉藤君は自分の分だけ払ったようだ。実知の分を私が払っておく。明日実知に請求しなくては。
こうして二人は物別れに終わったようだ。え? たかがサッカーでしょ?
「じゃあ、私こっちだから」
ひらひらと手を振って、恵が駅の方へ向かった。恵は駅向こうの高級住宅街に住んでいるのだ。
私と由起彦が並んで歩く。
「え? たかがサッカーでしょ?」
スポーツに興味のない私には理解不能な二人の行動だった。
「うーん、そうだなー。みこが面と向かって、『スーパーオオキタ』のおはぎの方が『野乃屋』より美味しい、って言われたらどうする?」
「ぎたぎたにするわ」
『オオキタ』は、私の家がやっている『野乃屋』のライバルなのだ。
「それと一緒だってばー」
「ああ、そうなんだ。ちょっとだけ理解出来たわ」
ちょっとだけだけど。私の『野乃屋』への愛と斉藤君達のサッカーチーム愛が同等なはずはないし。
「無理矢理くっつけなくて良かったよ。みこは恋に疎すぎるよなー」
「そんな事ないわ。今回はたまたま失敗しただけよ」
「俺にだって無理矢理告白させようとしただろー」
「あれは流れでそうなっただけよ」
「流れで告白とか勘弁だよー」
まぁ、そりゃそうか。
でも黙って待っていたら、いつまでかかるか分からないんだけど。
「私達、趣味が違っててかえって良かったね」
「まーな。ハンドボールぐらい、興味持って欲しいけどなー」
由起彦はハンドボール部だが、私は一切興味がない。そもそもスポーツに興味ないんだし。
「それを言うなら和菓子もよ。毎日買ってるくせに、未だにどれでもいいとかどういう了見よ」
あれ、結構傷付くんだけど。
「みこの猫狂いも理解出来ないけどなー。猫ごときに湯水のように金遣うし」
「猫ごとき? ごときって言った、今?」
由起彦を睨み付ける。
由起彦もこっちを見てくる。
「やめとこ」
「そうね」
また二人、歩きだす。
そうこうしている間に私の家に着いた。
「じゃあ、今日の分、買って行ってよ」
「そうだなー。みこ選んでくれよ。俺、和菓子分からないし」
ここで私はブチギレた。
「あんたねー、そんな事で『野乃屋』継げると思ってるの?」
「誰が『野乃屋』継ぐって言ったんだよ」
こいつめ、言いやがった。
お互いぎりぎりと睨み合う。
あ、何か涙が出てきた。
「泣くなってー。『野乃屋』継ぐ頃には和菓子も興味持つようにするし。二人で『野乃屋』を盛り立てようぜ」
「え? それって告白?」
言われちゃった。
由起彦と二人、見つめ合う。
「流れで言っただけだし。ノーカウント」
「でしょうね」
脱力しながらお店に入る。駄目だ、こいつ。




