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修行の旅1

和菓子屋の娘みこが、別の和菓子屋に興味を持つ。

そして弟子入りを申し込むのだが……


といったところから始まる中編です。

 え? 何これ?

 背筋に冷たいものが通り過ぎるのを感じた。

 もう一口食べる。

 やっぱりだ。

 やっぱり信じられないくらい美味しい。


「みこ? おいどうしたー、みこ」

「え?」


 声をかけてきたのは目の前の席にいる由起彦だ。

 この幼馴染みとはしょっちゅう甘味屋巡りをしていた。私の家が和菓子屋をしているので、研究の為にお店を回っていくのだ。小学生の頃から中学生の今までずっと続けている。

 まぁ、ちょっとした恒例行事? さっきまではそう思っていた。

 今日初めて来たこの和菓子屋『大村堂』さんは、家から数駅離れた街の外れにあった。不覚にも、このお店の存在を知ったのはつい最近の事だ。何でこんなお店がある事を今まで知らなかったんだろう?


「ねぇ、由起彦。それちょうだい」

「ん? おう、いいぞー」


 由起彦が食べていた葛切りを器ごともらう。

 麺状のその葛切りを、まずは数本黒蜜に軽く浸して食べる。

 まず黒蜜が違う。味に深み? 何か普通とは違うものが入っている。


「おい、全部食うのかよー」

「あ、ごめん」


 気が付いたら全部食べていた。葛切り自体も絶妙な歯ごたえの逸品だ。


「どうしたんだー? さっきからおかしいぞ?」

「え? うーん、ここのってものすごく美味しくない?」

「そうかー? 俺は和菓子はさっぱり分からないからなぁ」


 由起彦は甘いものが苦手なくせに、こうしていつも甘味屋巡りに付き合ってくれているのだ。しかし今はそれが歯がゆい。


「ものすごく美味しいのよ。都会の下手な名店よりよっぽど美味しいのよ」

「そうなんだー、良かったな」


 駄目だ。私の焦りが伝わっていない。

 私は自分のお店である『野乃屋』の味に誇りをもっていた。そこらのお店よりは絶対に美味しいという自信があった。

 でもどうだろう? このお店の和菓子。

 私が食べた栗きんとんにしても、葛切りにしても。ウチが負けてる? いや、そんな事はない。そんな事はないが、ウチにはない良さが確実にある。


「おい、どこ行くんだよー」


 私はいても立ってもいられなかった。

 カウンターまで行くと、店員さんに話しかけた。


「私、上葛城にある『野乃屋』って店の者ですけど、店長さんに会わせて頂けませんか?」




「ウチに弟子入りしたい?」


 『大村堂』の店長である大村さんが、厨房の入り口脇にもたれかかりながら聞き返してきた。

 思ったよりずっと若い。父さんと同じくらいか。


「はい」


 カウンター裏に入れてもらった私が答える。

 由起彦は先に帰らせた。あいつがいても仕方がない。

 大村さんが私を見ている。


「君、今何才だ?」

「十四です」

「中学生か。学校はどうする?」

「学校は……辞めます」


 この際、学校なんてどうでも良かった。

 この人に弟子入りして、味の秘密を知る。それしか頭になかった。


「いや、義務教育だろ。来るんだったら、卒業してから来るんだな」


 自分の年が忌々しい。


「でも今、今からすぐにでも弟子にして欲しいんです」

「うーん、そうは言ってもな。放課後の部活じゃないんだ。和菓子屋の娘なら分かってるだろうが、そんな簡単なものじゃない」


 それはそうだ。

 でもここで引き下がる訳にはいかない。


「ご迷惑をおかけします。それでも、それでもこちらの味を覚えさせて欲しいんです」

「参ったな、過去最年少だ。まずな、親御さんの承諾を取れ。話はそれからだ」

「はい、分かりました。またうかがいますんで」


 親の承諾か。そう簡単に許可してはもらえないだろうな。




「駄目よ」


 やっぱりだ。

 母さんと祖父さんを前に言ってみたが、すぐに母さんに反対された。


「他所様にご迷惑をおかけするなんて、駄目です」


 母さんはあくまで反対だ。


「大体、お前はウチの仕事もまだ完全に覚えきっていないんだ。まずはウチでしっかり勉強するんだな」


 祖父さんが言うこともその通りだろう。

 でもあの味が忘れられない。あれを少しでも早く身に付けたい。

 しかしいくら頼み込んでも二人の首を縦に振らす事は出来なかった。


 翌日学校。

 休み時間に由起彦がやって来た。


「昨日はどうしたんだー?」

「あのお店に弟子入りしたいの」

「え? 『野乃屋』はどうするんだよー」

「『野乃屋』の味は知っている。でもあの『大村堂』さんはウチとは違う味を持っている。何としてでもその秘密を知りたいの」


 私の決意は固い。家の大人にいくら反対されても諦めるつもりはない。


「水野君。頼みがあるんだけど」

「何だ? 何でも言ってみろ」


 由起彦を巻き込むしか手はなかった。


 『野乃屋』の事務室。

 私の横には由起彦。私達の前には祖父さんと母さん。


「しばらくの間、みこさんを貸して欲しいんですよー」

「マネージャーねぇ」


 母さんが腕を組んで考え込む。


「そうなんですよー。一人辞めちゃって、人手が足りないんで」

「いつまでなの?」

「悪いんですけど、ずっとです」

「じゃあ、ウチの店の手伝いが出来ないな」


 祖父さんは心なしか由起彦を睨んでいるように見える。

 由起彦の顔が少し強ばっている。うちの祖父さんの怖さをよく知っているのだ。


「悪いんですけど、朝練もありますしねー」

「でも六時って早くない?」

「マネージャーはもっと早いのよ、お母さん。五時には出ないと。だから早起きの出来る私じゃないと駄目なの」


 祖父さんと母さんがうなっている。

 祖父さんは今度は私を見ている。出来るだけ平静を装う。


「女子マネで青春したいの。お祖父ちゃん、母さん」

「そこまで言うならやってもいいだろう」

「え? いいの。お父さん」


 祖父さんの言葉に母さんが驚く。

 私も驚いた。祖父さんが母さんより早く認めるとは思っていなかったのだ。


「ずっとうちの店ばかりだったからな。新しいバイトも入ったし、そろそろ解放してやってもいいだろう」

「ありがとう、お祖父ちゃん」


 嘘をつくやましさが心に広がるが、これも最終的には『野乃屋』の為なのだ。

 私は自分にそう言い聞かせた。




「これで俺も嘘つきだよー」


 由起彦が両手を頭の後ろにやってぼやく。

 二人並んで由起彦の家まで歩いていく。


「ごめんね」


 由起彦は基本、正直者だ。嘘の片棒を担がせたのは本当に悪いと思っている。


「お前って、時々平気で嘘つくよなぁ」


 自覚はある。

 私は何かにのめり込むと周りが見えなくなる。目的の為には手段を選ばない。

 そういう女だ。


「まぁいいけどなー。みこの頼みだし、仕方ないよ」


 由起彦の家の前に辿り着く。

 由起彦が私の方へ身体を向ける。

 そして私を真っ直ぐに見る。


「お前は自分のやりたいようにやれ。それが野宮みこという女だから」


 胸に何かが込み上げてくる。


「ごめんね、ありがとうね」


 涙が出てきそうなのを必死で堪える。

 そんな私に、由起彦は優しい笑みを向けてくれた。


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