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年上の女の人は好きですか?

 私はただ今勉強中。

 私の家は一階が和菓子屋。二階が事務所とリビング、客間。三階が家族それぞれの部屋となっている。

 その三階にある私の部屋で、朝からずっと勉強を続けている。

 もうすぐ十二月。中学の期末試験が近付いてきていた。

 はぁ、試験なんてなくなればいいのに。特に文系。


「みこちゃん、ここは終止形だよ。け、け、ける、ける、けれ、けろ、けよ。けるが正しいの」


 うーん、何度聞いても憶えられない。何この呪文?

 でもせっかく受験生の咲乃さんが教えてくれているのだ。ちゃんとしないとな。


「はぁ、私、教え甲斐ないですよね。咲乃さんも大学受験なのに」

「まぁ、もうちょっとあるし。お店手伝ってくれたお礼だよ」


 そう言って微笑んでくれる。

 咲乃さんは自分の家がやっているお店には関わっていない。店長からもバイト代はもらってるし、本当は義理なんてないんだけど。

 そうは言っても自分の家の事だ。咲乃さんなりに気にかけているのかな?


「あ、森田さん、ここが分からないんですけどー」


 幼馴染みの由起彦もここにいる。こいつは理数系が全滅なので、しっかりとした教育が必要なのだ。でも勉強嫌いなので、塾は行かない。

 和菓子屋に学歴は必要ないとは言え、こんなんじゃ先が思いやられるなぁ。

 まぁ、経理は私がやって、由起彦には厨房に立ってもらおうか。いやいやいや、何先走ってるんだ、私は。


「ここはxの符号が反対ね。ほら、さっきと同じだよ?」


 そう言って、咲乃さんが由起彦のノートを指さす。

 ん? ちょっと距離が近いぞ?

 そして由起彦の顔が赤い。

 あ、ちらっと咲乃さんの顔を見た。


 確かに咲乃さんは美人である。切れ長の目に高い鼻。そして色白。可愛いではなく、きれいである。

 この商店街に美人コンテストなんてフェミニズムに反したものはないのだが、もしあったとしたら優勝候補の一人らしい。前に商店街の若い衆が熱心に議論し合っていた。連中、平均年齢三十後半のくせに。


 うーん、それにしても由起彦か。こいつが女好きという話は聞いたことがない。中学男子らしく女子の胸にこだわりがあるようだが、その程度だ。

 胸か……咲乃さんは胸も割とあるよな。

 あれ? 私何してたんだっけ? そうだ勉強だ。

 今度の試験が悪かったら、猫喫茶一ヶ月出入り禁止の刑が待っているのだ。それだけは勘弁だった。

 勉強勉強。

 い、い、いる、いる、いれ、いろ、いよ。




 そしてお昼。

 リビングで三人、親子丼を食べる。


「何かかえって悪いね。ご馳走になっちゃって」

「いえ、大した物じゃありませんし」

「みこが作ったんじゃないけどな」


 余計なお世話だ。私が和菓子以外の料理を作ったら、碌でもない物が出来上がるのだ。知らぬ由起彦ではあるまいに。

 取りあえず睨んでおく。向こうも見てくる。

 お? やるか?


「本当、二人仲いいよね。なんかうらやましいなぁ」

「え、森田さんて今、フリーなんですか?」


 おい、由起彦。身を乗り出して何聞いてるんだ。


「夏休み明けに振られちゃった。二股よ、二股」

「うわ、それは酷いですね」


 思わず言ってしまう。不誠実な男は許せない。


「森田さんみたいなきれいな彼女がいて二股なんて、何考えてるんですかねぇ」


 お前こそ何考えてるんだ。どさくさ紛れにきれいとか、何言ってるんだ?


「どうも私はドライらしいの。毎晩電話でお話とか、ちょっと面倒だったんだ。だから今の彼女さんは情熱的らしいよ。この前も腕組んで歩いてたし」

「そういうの見ても平気なんですか?」


 疑問に思ったので聞いてみる。

 元彼氏がイチャイチャしてるのを見かけたら、心穏やかにはいられないと思うんだけど。


「平気。やっぱりドライなんだよね」


 咲乃さんはそう言って微笑む。

 ふーん、そうなんだ。

 私はどうなんだろ? まぁ、彼氏なんていた事ないし、分からないんだけど。




 さて、次は英語かー。

 これも駄目なんだよね。そもそも何で発音とスペルが違うのよ。絶対おかしいって。


「みこちゃん、そこ What じゃなくて、 How だよ」


 あ、そうか。そうなんだ。そうなの? よく分からない。


「みこちゃん、数学は得意なのに」

「そうなんですよね。小さい頃から計算ばっかりしてたからだと思うんですけど」


 店番をする前から、お店屋さんゴッコをずっとやっていたのだ。

 そういう下地があるから、xとかyとか出てきても余裕なのだ。


「水野君と逆なんだね。ちょうどお互い補い合ってる感じ?」


 ちょっと意地悪げな笑みを浮かべる咲乃さん。


「こいつはそんなんじゃないですからぁ」


 あ、私が否定する前に由起彦の奴が否定した。

 そう言われるのはしゃくに触るな。


「そうですよ、咲乃さん。私、こんなぬぼーっとした奴、好きでも何でもないですから」

「あ、私、好きとかそんなの全然言ってないのになー」


 さらに意地悪そうな笑み。

 う、この人結構、意地悪さん?


「それより森田さん、ここ教えてもらえませんか?」

「どこどこ?」

 

 咲乃さんが由起彦の隣に移動する。

 うーん、肩が接していますよ?

 あ、由起彦の奴、胸をチラ見しやがった。

 とんだむっつり野郎だ。

 まぁいいや、勉強に集中だ。


「え、そうなんだ、ちょっと触ってもいい?」


 え? 何を?

 咲乃さんが由起彦の差し出した二の腕を握り始める。

 何してるの?


「うぁーすごい。ガッチガチだー」


 咲乃さんは由起彦の腕に興味津々なようだ。

 由起彦の顔は真っ赤。目尻が下がっている。


「ありがとう。いやー、筋肉フェチにはたまらないわ」


 咲乃さん?


「あの、咲乃さんて筋肉フェチなんですか?」


 一応聞いておく。


「あ、口走っちゃったね。そうそう筋肉大好き。前の彼氏はラグビー部だったし。常に筋肉よ」

「何だか意外な一面ですね」

「だからスポーツ観戦とか大好きなの。面白いよ。みこちゃんも今度一緒に行かない?」

「せっかくですけど、私、スポーツ興味ないんで」


 由起彦はハンドボール部でエースをやっている。まぁ筋肉もあるのだろう。

 そしてそんな由起彦の腕に、咲乃さん大興奮。

 うーん、スポーツに興味のない私には理解不能な世界だ。


 まだまだ勉強は続けられる。

 由起彦と咲乃さんは大分打ち解け合ったようだ。筋肉がつないだ仲である。


「そう、そこで2xで割れば良いの。よく出来ました」

「いやー、森田さんの教え方がうまいんですよー」


 咲乃さんの笑顔に由起彦はデレデレだ。

 まぁ、咲乃さん、美人ですからねぇ。胸も割とあるし。


「みこちゃんはどう?」


 今度はこっちに来てくれた。


「この強く発音するところっていうのが、全然頭に入ってこないんですけど」

「そうね、ちょっと声に出していこうか」


 咲乃さんは親切にいろいろと教えてくれる。

 あ、ちょっと分かってきたかも。


「ん? どうしたの、水野君」


 咲乃さんが急に顔を上げる。


「え、いや、何でもないですよー」


 あ、あいつ、咲乃さん見てやがったな。

 勉強しろよ、勉強。

 あいつの成績が落ちると、ウチに和菓子を買いに来るのが禁止となるのだ。何か変な罰だけど、とにかくあいつにはしっかりしてもらわないと。




 夕方前に咲乃さんは帰っていった。

 お店の前で見送る私と由起彦。

 咲乃さんは手を振って、ステップを踏みながら去って行った。

 うーん、ああいう仕草は真似出来ないよなぁ。


 それはともかく。


「今日はいろいろと反省点があるわ」


 お店に入りながら私が言う。


「まーなー、でも森田さんに教えてもらって、大分分かったよー」

「いいや、そこじゃない」


 カウンター越しに由起彦を睨み付ける。


「え? 何?」


 少しうろたえるところが、やましさのある証拠である。


「そんなに美人のお姉さんがいいですか?」


 私の言葉に、由起彦が横を向いて口笛を吹き始めた。すっとぼけだ。


「ちゃんと答えて下さい」


 嫌々こっちを向く由起彦。


「だってさー、仕方ないだろ?」


 まぁ、仕方がない。あれだけの美人が間近にいて、鼻の下が伸びない方がおかしい。

 だがあえて。


「それでも許しません」

「悪かったよー。何個買えばいい?」


 由起彦がカウンター下のショーウィンドウを眺める。


「八個」

「八個! それは多いって」

「月曜日、言い触らすわよ。水野君は美人女子高生にメロメロで、胸を盗み見たりしてました。って」

「え、そこまで見てたの?」


 由起彦の顔に汗が浮かぶ。脂汗だ。


「当然です。何あれ? 本人に気付かれないようにチラ見とか。最低なんですが」

「悪かったって。勘弁してくれって。八個な? 八個買うし」


 慌てて財布を取り出す由起彦。

 私はきっちり高いめのお菓子を八個選び出す。


「はぁ、小遣い飛んだよー」

「自業自得よ」


 私が梱包し終わった箱に、由起彦が手を伸ばす。


「ちょっと待って」

「え、まだ何かあるの?」


 由起彦の腕を見る。


「私もちょっと触らせてよ」

「え? おう、いいぞ」


 由起彦の二の腕を掴むと、向こうが力を入れてきた。力こぶが出来る。

 何度も握ってみる。

 由起彦が様子をうかがっている。

 私もその顔を見続ける。


「駄目ね。うちの祖父さんの方がよっぽどすごいわ」


 そう言って私は手を離す。

 途端にうなだれる由起彦。


「みこんとこの祖父さんにはかなわないってー」

「精進する事ね」


 しっしと手を振って追い払う。

 由起彦がうなだれたままお店を出ていく。

 その姿が消えるまで、カウンターから見送る。

 私はずっと腕組みをしたまま。

 いや、今日は許さないし。


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