たまには古い映画なんかを
へぇ、あの映画、リバイバル上映するんだ。
新聞を見ていた父さんから、数駅向こうにある映画館で、とある白黒の時代劇を上映するという話を教えてもらった。
その映画のDVDを父さんが持っていて、私も何度か観ている。やたらと長いので一度にまとめて観た事はなかったが。
私はその映画に剣豪の役で出ている俳優さんのファンだった。すごく渋いのだ。
迫力のあるアクションシーンが見所なので、大画面で見るのは面白いかもしれない。
「ちょうど次の日お店休みだよね。私、観てこようかな」
「これはレイトショーだからな。中学生が一人で観に行っちゃ駄目だ」
「じゃあ、お祖父ちゃん連れて行ってよ」
「そうだな、久しぶりに映画館に行くのもいいかもしれん」
「やった」
私の家は和菓子屋をやっている。
毎朝早くから仕込みをするので、普段なら夜更かしなんて出来ない。それがちょうど定休日の前日に上映するというのだ。これは観に行けという天命に違いなかった。
翌日、学校が終わった後、いつものように店番だ。
「ふーん、あの映画かー」
この幼馴染みの由起彦は、毎日お祖母さんのお茶菓子を買いに来てくれている。要するにお得意様だ。
「え、あんた知ってるの?」
「俺、あの監督の映画って結構好きなんだよー」
へー、そうなんだ。映画が好きって話は聞いた事があったけど、こういう古い映画まで守備範囲だったんだ。
「あれ? 珍しく趣味があったね」
「あ、そうだなー。この映画限定だけどなー」
私達は幼馴染みのくせに、興味のあるものが全く違っていた。私は和菓子と猫が大好きだが、由起彦は両方とも興味なし。由起彦はハンドボールをやっているが、私はスポーツに興味なし。
それでここまで長い間付き合いが続いているのも変な話だった。
「俺も観に行こうかなー」
「じゃあ、一緒に連れて行ってもらおうよ」
「そうだなー。連れて行ってもらおうかー」
決まりだ。
こうして来週火曜日、三人で映画を観に行くことが決まった。
さて当日。
一旦家に帰って夕方になってから出発だ。
この映画は三時間半くらいあるので、六時始まりなのに、終わったら九時半だ。うーん、結構遅くなるな。
「あれー、みこってそんな服持ってたんだー」
「え? ああ、まぁね」
私が着ているのは、上下ともおしゃれ好きの友達に選んでもらって買った服だ。
こういうヒラヒラした服はこれしかないので、コーディネイトは買った組み合わせで固定である。まぁ、たまには着ないともったいないしね。
「由起彦も珍しくまともな格好ね」
「んー? そうかー?」
いつもはジャージかヨレヨレのシャツなのに、カーディガンなんて着ている。そんなの持ってたのか。はっきりって、柄じゃない。まぁ、私も人の事言えないか。
祖父さんはいつも着ているジャンパーだ。
「なんだ? 二人とも色気付いて」
いや、そんなんじゃないですから。
まずは早い目の夕食。
映画館近くのファミレスに入る。ファミレスなんて久しぶりだな。そもそも外食の機会があまりない。
「あ、それ美味しそうね、ちょうだい」
由起彦の海老フライを一つ失敬する。
「ひでえぇな。お前のも寄越せよー」
私は鳥の照焼きをひと切れ取られた。ちっ、先に切っておいたのは失敗だったか。
「お前らは小さい頃から変わってないな。幼稚園の頃もお菓子の取り合いをしていた。大抵みこが由起彦を泣かすんだ」
「そんな小さい頃の話なんてやめてよ」
大人にとってはちょっと前の話かもしれないけど、私達にしてみれば大昔の話なのだ。
しかも女子が男子を泣かした話とか。
「今は絶対負けませんけどねー」
こいつも何、変な意地張ってるんだか。
映画館に入る。
ポップコーンにジュース。あ、祖父さんビール買っちゃった。何で大人ってことある毎にビールなんだろう? 全員アル中なんだろうか?
ちょっと早い目に来たので良い席が取れた。
祖父さん、私、由起彦の順に座る。
あれ? 由起彦が早くもポップコーンを食べ始めたぞ。
「ちょっと、ポップコーンは映画が始まってからでしょ?」
「そんなの関係ないだろー。俺はいつもこうしてるぞー」
うーん、見解の相違だ。
それにしてもこいつとはことごとく意見が衝突するな。何で幼馴染みなんてやってるんだろ?
暗くなった。
予告編は無いのか。
勇壮なテーマ曲が流れる。
ああ、イライラする。最初に出てくるこの農民達は、イジイジしていていつもイライラさせられるんだよなぁ。
あ、出てきた。剣豪だ。いきなり格好良いんだよね。バッサリ敵の浪人を斬っちゃうのだ。
ポップコーンに手を突っ込んだら、由起彦も同時突っ込んできた。手が当たる。慌てて両方とも手を引っ込める。
ああ、驚いた。でも暗いので顔が赤くなっても気付かれない。助かった。
ここからしばらく剣豪は前に出て来ない。リーダーのお侍さんも渋くてこれはこれで結構好みだ。私は恋多き女なのだ。
ん? 何か肩と頭が重いぞ?
え? 由起彦寝てるじゃん。思いっきりもたれかかってきている。髪の毛ちゃんとセットしたのに潰れてしまうー。
いや、それどころではない。由起彦のごつごつした身体が当たってくる。駄目だ。胸がドキドキしてきた。
それにしてもこいつ、結構筋肉付いてるな。昔はあんなになよなよしていたのに。
「休憩」? 休憩だ。場内が明るくなる。
起きろ、由起彦。思いっきり押し退ける。
「あ、悪い、寝てた」
「映画館でイチャイチャするな」
祖父さんが何故かニヤニヤしながらこっちを見てくる。祖父さんの機嫌が良いのは割と珍しい。ああ、ビールで酔っ払ってるのか。
「いや、私、大迷惑だったし」
「顔が赤いぞ」
うるさいなぁ。それを自覚してるから祖父さんの方を向いてるんじゃない。
「休憩」が終わる。
さて、映画に集中集中。
あ、ポップコーンが無くなった。大サイズなのに由起彦の奴が食べ過ぎなんだよ。仕方なしにカップを抱える。
ふう、空いたひじ掛けに手を置く。
さて、もうすぐ剣豪が活躍する場面だ。
うわ、由起彦の奴がいきなり手を握ってきた。いや違う。たまたま向こうもひじ掛けに手を置いてきただけだ。さっさとどけろ。
え? 冗談でしょ? 由起彦の奴、手を退けない。手と手が重なっている状態だ。
振り払う? いやどうしよう。手の温かさが伝わってくる。
ちょっと待ってよ、さらに握ってきやがった。何考えてるんだ? こいつ。
由起彦を見る。普通に映画を観ている。
「ちょっと」
「映画観ろよ」
うー、すっとぼけやがった。でもあんまり声を出す訳にもいかないし。
あ、剣豪。剣豪の場面だ。
駄目だ、手が気になって仕方がない。あ、終わっちゃった。あーもー、後で憶えてろよ。
もういいや、勝手にしやがれ。
映画だ、映画。
今度は剣豪が優しさを見せる場面だ。若侍と村娘がイチャ付いてるところを見逃してやるのだ。でもこの若侍、ヘタレなので村娘から「いくじなし!」って言われちゃう。
うーん、由起彦も大概ヘタレなんだけどなぁ。そのくせ暗闇に紛れて手を握ってくるとかとんだ卑怯者だ。断じて許す事は出来ない。後で蹴りだ。
さてクライマックス。剣豪も斬って斬って斬りまくる。
終わった。最後ちょっと悲しげなんだよね。
場内が明るくなる前に由起彦は手を離した。
うわ、手がじっとり濡れている。由起彦の手汗か。そんな緊張するなら最初から握ってくるなよな。
帰りは祖父さんと映画の感想を述べ合う。由起彦は無視である。
さて、家まで帰ってきた。
「お祖父ちゃん、ちょっと由起彦と話あるし、先入ってて」
「おう、まぁ、頑張れ」
ニヤリと笑ってシャッターの向こうへ消えた。
何を頑張るのだ?
私の店の前には街灯がある。由起彦はいつものように眠そうな顔だ。反省ゼロである。
「由起彦。さっきの説明してよ」
「んー? ああ、別にいいだろー?」
「暗闇とか卑怯だから」
「嫌だったら払い除けたらいいだろー」
その通りである。
「でも卑怯なのは許せないの」
「じゃあ、これでいいのかー」
由起彦が両手を伸ばして私の手を握る。
私も握り返す。
「それでいいのよ」
すぐに由起彦が手を離す。
「じゃ、帰るし」
「また明日」
由起彦を見送る。
結局あのヘタレは手を握るだけ。手なんて今まで何度もつないでるのに。
私達はどこまで行ってもただの幼馴染み?
さぁ、どうだろう。
あの剣豪が最初に出てくる場面。
決闘をする剣豪と浪人を見て、リーダーのお侍さんがこう言うんだ。
「勝負は見えておる」