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弱みを握って、今日は買い出し

先に短編「20の弱みを持つ男」として投稿したものと同じ内容です。今回、改題しました。

 ボンジュール皆さん、和菓子屋の娘、野宮みこです。

 本日は新しい和菓子の開発のため、駅向こうのオサレ食料品店にやってきました。


「いい加減、もういいだろー? 粉ばっかり何袋買えば気が済むんだよー」


 私の後ろでカゴを下げている男、水野由起彦が口を尖らせる。


「文句言わない。お祖母さんのお使いで買った和菓子のお釣りを、こっそり頂いているってバラされたいの?」

「それは困るけどさー」

「他にも? 去年の九月、女子が着替えてる教室に入り込んだのを、かばってあげたりもしたよね?」

「あれは間違えて扉を開けたんで……」

「あ〜?」


 私が後ろを振り返ると、


「ゴメンナサイ。あの時は本当に助かりました」


 そう言って深く頭を下げる。

 私に軽く20は弱みを握られている水野が、私に逆らえるわけがなかった。

 そして私は水野の持つカゴに、新しい粉袋を投下する。パスタ用の小麦粉だ。


「また粉かよ、重いんだよー、和菓子なんてそこら辺の粉で十分だろー」


 私は黙って後ろ回しローキックを繰り出す。


「痛てっ、的確に向こうずねを蹴ってくるなよー」


 和菓子を軽んずる者に容赦は必要なかった。


「次は具材ね」


 そう言いながら後ろを見ると、全身でうんざりしながらカゴを下げている水野の姿。カゴの中身は粉袋で一杯である。


「やっぱり……」


 私が言いかけると、水野はようやく解放される期待に笑みを浮かべる。


「もう一カゴ必要ね。水野君、取ってきて」


 また何か言ってきたら、半年前ふざけてホウキを振り回して、先生が大事にしていたメダカの棲む水槽を叩き割った件を持ち出してやろうと、待ち構える。

 が、水野は「はいはい」などと言いながら、素直にカゴを取りに行った。

 なんだかんだで忠実な犬である。

 と、大きな声が。


「みーちゃんじゃないの、珍しい!」


 うちの常連、尾田の奥さんだ。


「こんにちは、いつもありがとうございます」


 とにっこり笑う私。

 戻ってきた水野が、「変身早!」とか言っているが無視である。

 尾田さんは私と水野を見比べると、


「あらあら、もうお尻に敷いてるの?いい婿さんが見つかって、野乃屋さんも安泰ね!」


 なんて言い出す。


「ちょ、そん……」

「ないないないない、オバさん、ないですよ、それは。ないないない」


 野郎、八回も『ない』を連呼した!

 しかしお客さんの前で蹴り飛ばすわけにもいかない。

 憶えておきなさい、後で手加減抜きに買いまくってやる。




 結局、水野は大きな袋を三つぶら下げて、店を出ることになった。


「なー、ここまでやったんだから、この前の小テストの話は黙っててくれよなー」

「くどいわね、私に二言はないわ。野乃屋の名にかけてね!」


 ここは道幅が広いので、水野は私の横に並んで歩いている。

 そして私の顔をじっと見る。


「な、何?」

「いや、お前、本当に自分の店が好きなんだな、と思ってなー」  

「まぁね、生まれる前から厨房にいたんだから」

「そうそう、チビの頃なんか、他の子が泥団子作ったら『そんなの団子じゃない!』ってマジ切れだったからなー」

「うるさいわね、三才の時からスカートめくりやってた奴に言われたくないわ」

「男ってのはそういう生き物さ」

「中学の今になってもやっているのはどうかと思うわ。先月の・・・」

「あ、あ、あれは事故だって! お前も分かってるだろ。な!」


 懲りずにホウキを振り回して、私のスカートを引っかけたのは確かに事故だろう。

 しかしその後の言葉に私は深く傷ついた。


『お前のパンツなんて、見たい訳ないだろ!』


 じとーっと私は水野を見つめる。


「悪かったって。でもちゃんと、七日連続で甘い店巡り付き合っただろー。全額俺持ちでー」

「当然じゃない」


 私は胸を張る。


「怖いわ。お前は本当に怖いわ」


 そんなことを喋りながら歩いていると、右手に公園が見えてきた。小さい頃よく遊んだ場所だ。


「ちょっと休憩しようぜー」


 水野はそう言いながら公園へと入っていった。

 ベンチの上に座り込むと、情けないため息をつく。

 私もそっとその横に腰かける。


「そんなことじゃ、一日千個のお餅をこねることはできないわね」

「別にこねやしないよー」


 果たしてそれはどうかな?

 目の前の砂場では、幼稚園前くらいの男の子と女の子が遊んでいた。

 男の子は、草の茎を結わえて作ったリングを手にしていた。

 そして真剣な面持ちで女の子と向かい合った。


「おいおい、まさか」


 水野が呟く。

 私も思わず顔が赤くなる。

 十年前の私たちとまるっきり同じだ。

 ただしあの時は針金だったが。

 今も大事に取ってあるが、なんで針金なんだろう? 昔から気が利かない。

 砂場では、ついに男の子が女の子にリングを手渡した。


「大きくなったらお嫁さんになって!」


 セリフまで一緒!

 私はお店の和菓子より甘い気持ちに浸る。

 そしてちらりと水野を見る。


「あーあ、やっちまったー、一度言ってしまったが最後の弱み、十年後死ぬほど後悔するぜ、なぁ」


 そう言ってこっちを向いた水野の顔面に、私は容赦なく右フックを食らわせた。

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