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私の闘争

「反対! 絶対反対! あくまで反対!」


 ここは和菓子屋『野乃屋』の二階にある事務室。

 書類が山積みになっているテーブルの周りに集まったのは、祖父さん、祖母さん、父さん、母さん、そして一人娘の私・野宮みこである。

 私の主張は続く。


「大体、あいつは元々万引き犯なんだよ? 私の目の前でおはぎを盗んでいった最低最悪な奴なんだから。絶対に許せない、私の敵なのよ」

「でも、もう罪は償ったじゃない。一ヶ月、文句一つ言わずにただ働きしたのよ。みこもいい加減許してあげなさいよ」


 女たらしである奴は、余裕で母さんをたらし込んだ。我が母ながら、駄目な女だ。


「ぶっちゃけると、彼はウチの売り上げに貢献してるんだ。彼のいる日は十パーセントも売り上げが上がってる。若い女性の固定客が多いからな」


 く、この金の亡者め。父さんはいつも帳簿ばかり見てるから、そういう考えに陥ってしまうんだ。


「あの子は熱心に商品の勉強もしてるよ。毎日商品の味見もしてるし、空いた時間にもいろいろ聞いてくる。そろそろ厨房の手伝いをさせてもいいくらいだよ」


 祖母さんまでもが! あの女たらしは年寄りまでたらし込むのか。


「厨房は駄目。あんな奴を厨房に入れるなんて、『野乃屋』の恥よ!」

「反対してるのはみこだけよ。どっち道、多数決であんたの負けなんだから」


 ちなみに我が『野乃屋』は民主制ではない。祖父さんの独裁制である。

 つまり、みんなが何を言おうが、祖父さんさえ反対してくれればそれで勝ちなのだ。


「奴は根は真面目な奴なんだ。環境のせいでちょっとねじれてしまっただけだ。今じゃちゃんとしたウチの戦力になっている」


 え、祖父さんまで奴の肩を持つの?


「奴をバイトとして雇う。来週から来てもらうからな」

「私は反対! 絶対に奴を認める訳にはいかない!」




「で、そのはちまきなのかー?」

「そうよ。徹底抗戦よ」


 『野乃屋』の店内。私は「スト中」と書かれたはちまきを巻いて、お店の中にいた。

 由起彦はいつものように、お祖母さんのお茶菓子を買いに来てくれたのだ。


「私の主張が認められるまでは、断固としてお店の手伝いはしないのよ」


 今は母さんが店番をしている。

 さっきからこっちをジトーッと見ているが、無視である。


「あ、あんたこれ書いてよ」

「何だー、これ?」

「署名を集めてるの。常連さんから署名を集めて、祖父さんの決定を覆すのよ」

「全然集まってないなー」


 そうなのだ。あの女たらしは常連さんを軒並みたらし込んでいるのだ。

 署名を書いてくれたのは、高校生なんて興味のない一部のお姉さんか、ラブラブの新婚さんくらいなのだ。


「あれー? お前の店ってもっと男のお客もいなかったかー」


 そうなのだ。奴はただの女たらしではなかった。男性客までたらし込んでいるのだ。

 愚痴を聞いたり、ダウだかダウンだかよく分からない経済の話をしている。そうやってたらし込んでいるのだ。恐るべき敵と言えよう。


「あー、猫喫茶の店長は書いてくれたのかー」

「実は吉川さんって、奴とは会った事ないんだけど、猫のエサを今までの倍買うからって無理に頼み込んで書いてもらったの」

「それって、買収じゃないのかー」

「この際、手段は選んでられないわ」


 取りあえず由起彦には署名を書いてもらった。


「俺もあいつがこの店にいるのは嫌だしなー」


 由起彦には奴を捕まえる手助けをしてもらっていた。

 それに、奴はやたらと私に付きまとってくるのだ。好きだのなんだの言って。はっきり言って、ウザかった。

 由起彦もそれを面白く思っていない。


「はー、でもなー」

「え、何?」

「店の手伝いをしてないみこってのもなー」


 そう言って私を見てくる。呆れているような、悲しいような、そんな目だ。


「仕方ないのよ。奴のバイト入りだけは何としてでも阻止しないといけないのよ」


 でも私の目は下を向いてしまう。

 そう、こんなの本当の私じゃない。そんなの分かってる。




 数日経っても署名はなかなか集まらなかった。

 お店も私なしでも回っている。そうなんだ、私がいなくてもお店はやっていけるんだ。

 母さんが呼んでいる。


「みこ、明日からお父さん入院するし」

「え? お祖父ちゃんどこか悪いの?」

「気にしなくてもいいわよ、すぐに退院するから。みこは心置きなくストしてて」

「でもお店どうするの?」

「高原さんも厨房に入ってもらうし」


 高原さんはウチのパートさんだ。普段は店頭に出てもらっているが、厨房の仕事も出来る人だ。


「でも店番は?」

「うーん、ま、何とかなるわよ」


 何とかならなかった。

 お客さんが来た時だけ母さんが店頭に出てくる。お客さんが帰るとすぐに厨房に戻る。その分、厨房の仕事が進まない。元々祖父さんは他の人の三倍は働いているのだ。駄目だ、もうちょっとでよもぎ大福がなくなってしまう。

 でも私はスト中だ。手出しできない。


「なー、みこー。みこってばー」

「え? 何ごめん、聞いてなかった」


 由起彦が私をジーッと見ている。


「いい加減、意地張るのやめろよなー」

「意地? 意地じゃないよ。これは断固してやり遂げないといけない闘争なのよ」


 由起彦がため息をつく。


「意地だよ。お前、いっつも意地ばっかり張るからなー」

「そんな事ないってば」

「じゃあ、何でそんなに顔引きつってるんだ?」


 思わず顔を押さえる。

 やっぱり顔に出てるか。仕方ないじゃない。お店があんな事になってるのに、私は見てるだけ。そんなの耐えられる訳がなかった。


「素直になれって。お前の意地とお前の店、どっちが大切なんだ?」


 いつになく真面目な顔で由起彦が見てくる。

 私の意地とお店のどっちが大切? そんなの分かり切っていた。


「でも……」

「デモもストもやめちまえって」


 由起彦は相変らず私を見ている。

 こいつとは長い付き合いだ。私がどれだけお店を愛しているか知っている。その心を見透かすように私を見ている。


「お前は今すぐ店に戻るんだ」


 駄目だ、涙が出てきた。

 頭の中がグチャグチャだ。訳が分からない。


「ほら、お客が来たぞ」


 お客さんがガラス戸を開けて入って来た。


「いらっしゃいませ!」


 涙を拭うといつもの笑顔でお客さんを迎え入れる。




「にんげんどっく? 何それ?」

「ん? 健康診断の大掛かりな奴よ。お父さん、ずっと受けてなかったから、一泊二日で徹底的に受けてもらったの。言ってなかったっけ?」

「え、何それ? どこか悪いんじゃなかったの?」

「検査結果が出るのはもう少し先だけど、あのお父さんがどこか悪いなんて、まずないでしょうね」

「でも何でこのタイミングで?」

「ワガママな小娘を懲らしめる為よ」

「はぁ?」


 ハメられた。完璧にハメられた。


「これ以上、馬鹿な真似はしないわよね?」

「う」

「あの子には予定通り、来週から来てもらうから。異存ないわよね?」

「う」

「ちゃんと返事しなさい」

「分かりました。ストはやめます。あいつが来るのも異存ないです」

「よろしい」


 こうして翌週、元万引き犯であるところの坂上俊輔がやってきた。


「よろしく、みこちゃん」


 差し出してきた手を弾き飛ばす。


「私の事はみこさん、て呼ぶように」

「はいはい」


 坂上が私の頭を軽く二回叩いてカウンターの中に入っていった。

 この馴れ馴れしさが腹立たしい!


 見てろ、いつか絶対叩き出してやる!


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