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店長なんて関係ない

「ふーん、ここが」

「そう、ここが私の極楽浄土なのよ」

「確かにかわいい猫が多いね」


 ここは猫喫茶「オッドアイ」。

 私が毎日入り浸っているこのお店に、今日は友人の恵と実知も連れてきたのだ。


「はい、みなさん、オレンジジュースに、ミルクティー、コーラー」


 店長の吉川さんが注文した飲み物を置いていく。

 相変らず柔らかい物腰に好感が持てる。

 単なる猫好き意外のお客さんも増えているようだ。吉川さんの魅力だろうな。

 それはともかく。


「触ってみてよ、このベティのモフモフ。たまらないわよ」


 私の膝の上で丸くなっているベティを、隣にいる実知に勧める。

 しかし実知は全然違う方向を向いてる。


「あー、なるほどね。みこが入り浸る理由がよく分かった」


 え? まだベティのモフモフを体験してないよね。

 でも分かったんだ? 変なの。


「ん? これがベティ?」

「そう、この子がベティ」


 やっと実知がベティを触り始めた。


「お、すげぇな。モフモフだ」


 やっと分かったか。


「私にも触らせてよ」


 前の席にいた恵も回り込んできて、ベティを触りだす。


「わぁ、すごい。羽毛みたい」


 友達二人とベティの良さを共有出来て、私は大満足である。




 次の日の学校。休み時間に幼馴染みの由起彦がやって来た。


「野宮ー、しばらく店行けないわー」

「え、なんで?」

「祖母さん、風邪引いちまったんだよー。まぁ、家で寝てたらいいみたいだけどなー」

「それはお大事に」


 ここへ実知がやってきた。


「水野、みこが行ってる猫喫茶、行った事あるか?」

「いや、俺、猫興味ないしなー」

「でもみこは興味津々なんだ」

「らしいなー」

「みこが興味津々なのは、実は猫じゃないんだぜ?」

「え? 何それ」


 聞き返したのは私だ。全く身に覚えのない事を言い出したからだ。

 

「あそこの店長だよ。もろ、みこのドストライクなんだよ」

「はぁ?」


 何を言い出すんだ、この人は。

 あの人、白髪だし、どう見ても父さんより年上だよ?


「野宮のストライクってー?」


 ちょっと声が上ずっている。

 幼馴染みの好みなんて知ってどうするんだ。


「みこは変なイケメンより、味わいのある顔付きが好きなんだよ。いつもそう言ってるよな?」


 確かに常々そう言っている。

 私はいわゆるイケメンが好きじゃない。もっと味わい深い、そう、由起彦みたいな……いやいやいや何でここで由起彦なんだ?


「あの人って、前にみこが好きだって言ってた白黒映画の俳優に似てるだろ」


 うーん、確かに吉川さんはあの俳優さんに似ているけど。

 ちなみにあの俳優さんは由起彦とは全然方向性の違う顔だ。いや、だから由起彦は関係ないってば。


「みこはあの店長さん目当てに通ってるんだよ。間違いない」

「いやいやいや、待って下さいよ、ミチさん。年齢的にあり得ないですから」

「憧れるだけなら年齢なんて関係ないだろ?」


 はぁ、実知は思い込んだら突っ走るところがあるからなぁ。

 でもこの変な誤解は解いておかないと。


「違うって、私はベティのモフモフにメロメロなの」

「いや、猫撫でるだけに、毎日五百円も遣わないだろ」

「吉川さんに会いたいだけで五百円て方が不自然でしょ?」


 お店の手伝いをしていてお小遣いが豊富な私にとって、一日五百円はそれほど大きな出費ではないのだ。ベティの為なら余裕で遣える額なのだ。


「愛の為なら、お金なんていくらでも使えるんだよ」


 ここでチャイム。

 由起彦も席に戻る。あれ? あいつ、途中から何もしゃべってなかったな。

 変な誤解してなきゃいいけど。




 今日も店番。私の家は和菓子屋をやっているのだ。

 そうかー、由起彦はしばらく来ないのか。お祖母さんのお茶菓子を買いに来てるので、お祖母さんが風邪を引いている間は仕方ないか。お年寄りなら風邪でも大変なんだろう。早く良くなりますように。


 あ、お客さんが来た。

 あれ?


「いらっしゃいませ。こんにちは、吉川さん」

「こんにちは。ここがみこちゃんのお店なんだ。良いお店だね」

「ありがとうございます。うちに来られるのは初めてですか?」

「うん、僕は甘い物が結構好きなんだけど、ちょっと僕みたいなおじさんは変かなぁって思ってて。今日は勇気出して来てみたんだ」

「いや、男の方も結構いらっしゃいますよ」

「そうなんだ。ずっとスーパーで済ませてたけど、これからはこちらにお世話になろうかな?」

「そうしてもらえると、嬉しいですね」


 吉川さんがカウンター下のショウケースを眺めていく。

 よく見れば見るほど例の俳優さんに似ている。あの俳優さん、やたらに長い時代劇で剣豪の役をやっていて、すごく格好良かったんだよね。

 吉川さんはその役みたいに精悍ってかんじじゃないけど、優しそうなところはよく似ている。

 いや、でも憧れとか愛とかそういうんではないですよ。


「じゃあ、まずはオーソドックスに大福をもらおうかな、普通のとよもぎと、二つずつ」


 四個か、奥さんとでも食べるのかな?

 まぁ、お客さんの事を変に詮索するのは良くない。テキパキと箱詰めしていく。


「僕しかいないのに、四つぐらい平気で食べちゃうんだよ」


 あ、今一人なんだ。フリーなのかな?


「みこちゃんて、思っている事がすぐ顔に出るね。そう、僕って男やもめなんだ。前の奥さんとは円満に別れて、それで吹っ切れて会社辞めちゃったの。恋人募集中だから、みこちゃん」


 そう言ってウインクをする。

 え? 今のどういう意味だろう?

 まぁ中学生相手のちょっとした冗談だよね。


「あ、はい。四百八十円です」


 五百円もらって、二十円のお返し。

 ちょっとお釣りを手渡しする時に緊張してしまう。何考えてるんだ、私。


「じゃあ、またね」

「ええ、またうかがいますから」


 吉川さんが去って行った。

 その後ろ姿を眺める。




 別の日。今日はお店が混んでいて、お店を上がる時間が遅くなってしまった。

 あー、今日は三十分しか猫喫茶にいられない。


「みこちゃん、何だったら、お店片付けてる間もいてくれていいよ」

「え? 本当ですか?」

「常連さんだし、特別にね」


 またウインクだ。

 お店の片付けが終わって、二人でお店を出る。猫喫茶「オッドアイ」はビルの二階にある。階段を下りていく。


「あ、明日お店、お休みなんだ」

「そうなんですよ。だから朝寝坊できるんです」

「じゃあ、ちょっと僕の家に寄ってみない。駅前のカフェのケーキがあるんだ」


 あ、あそこのケーキ美味しいんだよな。


「でもいいんですか?」

「うん、ちょっと買い過ぎちゃった。駄目にするわけにはいかないし、助けると思って食べるの手伝ってよ」

「じゃあ、喜んで」


 ケーキかー、私は甘い物が大好きなのだ。

 よくそれで太らないなぁ、とか実知に言われるが、全然大丈夫なのだ。お店の仕込みを手伝っていると、太る間もないくらい、いい運動になるのだ。

 吉川さんの家は駅向こうのマンションだ。

 リビングに入って驚いた。

 すごくセンスのいいお部屋なのだ。

 スチールで出来た棚の上には葉のない枝を活けた花瓶やら陶器の人形やらが飾られている。フローリングの上には小さめの絨毯が部屋の真ん中らへんに斜めに敷かれている。その上には皮のソファが二つとガラスのテーブルが置かれている。

 なんか、ドラマか映画に出てくるお金持ちの部屋みたいだ。


「ソファで待ってて」


 うわ、キッチンもすごいな。置かれている道具は全部一つのブランドで揃えているな。それがインテリアみたいに並んでいる。

 出されてきたお皿とカップには絵が描かれている、これってヨーロッパの高級ブランドのだ。前にデパートで見た事ある。


「さ、食べて」

「はぁ、きれいなお部屋ですね」

「ありがとう。ちょっとづつ揃えていって、ようやく完成したって感じかな。猫とインテリアぐらいしか趣味がないから、ちょっと背伸びしたかんじ」


 別にお金持ちって訳じゃないのか。

 自分のこだわりでここまで揃えたんだ。うちの厨房も祖父さんのこだわりで全部国産の道具にしていたな。多少高くても、長く使えて道具としても優れてるって言ってた。

 う、それにしてもこんな高そうなお皿、緊張するな。

 でもありがたく頂戴しよう。

 ああ、紅茶も美味しいな。


「ここのケーキって美味しいよね。あそこの店長さんは相当修行したらしいよ。そういうこだわってる人が好きなんだ。みこちゃんのお店もそうだよね」


 吉川さんはあの次の日も顔を出してくれた。商品を見ながら唸っていたのも、うちのこだわりを見てくれていたんだ。かなり嬉しい。

 この後、猫の話題で盛り上がる。でも一時間くらいで切り上げた。


「疲れてるでしょ? 送っていくよ」

「いや、いいですよ。そんなに遠くないですし」

「夜道だし。レディはちゃんと送っていくものなんだよ」


 そしてウインク。

 レディ。レディなんだ。私がレディ? いや、それはないですよ。まぁ、でもせっかくだし送ってもらおうか。


「ごめんね、車なくて。猫とインテリア以外は何もないんだ」


 帰り道も猫の話題で盛り上がる。

 「オッドアイ」にいるのは、別に血統書付きとかではないらしい。吉川さんが自分で見て、可愛い子やきれいな子を選んでいったんだそうだ。

 同じ趣味の人と話すのは楽しい。

 家にはすぐ着いた。




 翌日学校で、恵と実知にそういう話をした。


「ほう、つまりみこは店長さんにベタ惚れだと」

「いや、そんな事一言も言ってないでしょ?」

「でも今、生き生きとして話してたよ。よっぽど楽しかったのね」

「うん、楽しかった。吉川さん、本当良い人だし」

「やっぱりベタ惚れじゃん」

「だからそういうんじゃないって」


 実知が由起彦を見た。何で由起彦?


「奴め、盗み聞きですぞ」

「ずっとこっちばっかり気にしてるよね」


 え? そうなんだ。後ろにいるから気付かなかったけど。でも何で由起彦が?


「ライバル出現に焦りまくってるな」

「しかも余裕で負けてるしね」


 はあ? 何言ってるんだ、この二人は。

 由起彦は単なる幼馴染みだし、吉川さんも単に趣味が合うってだけだ。

 この後も吉川さんにベタ惚れ説を必死で否定したが、二人は決して聞き入れようとはしなかった。

 疲れた。




 今日も店番。

 あ、由起彦が来た。いつもより遅い時間だ。それに私服。一旦家に帰ってまた出てきたのか、珍しい。


「ちわーっす」

「いらっしゃい。お祖母さん良くなったんだ」

「おう、どうにかなー」


 そうか、家に帰ったらお祖母さんの調子が良くなっていて、それでまた出てきたのか。

 それにしても何かキョドキョドしてるな。言いたい事あれば言えよな。そういうウジウジしたの嫌いだって知ってるだろうに。長い付き合いなんだし。


「何? どうしたの?」

「いや、あー、今日も猫喫茶行くのかー?」

「行くわよ。それが使命だし」

「今日は俺も行くわー」

「え? でも猫興味ないんでしょ?」

「あー、お前がいつも言ってるベティって猫? ちょっと見ておこうかな、と思って」


 奴も猫の良さを知ろうとしているのか。いい傾向だ。


「もうすぐ店番終わるし、ちょっと待っててよ」

「おう、分かったー」


 すぐに店番が終わり、着替えてから二人で猫喫茶に向かう。

 まだキョドキョドしてる。何なんだ?

 とにかく猫喫茶だ、ベティだ。

 まずはドリンクを注文する。由起彦は何故か紅茶だ。いつもはコーラーとかジュースばっかりなのに

 あ、ベティが来た。抱え上げて、膝に乗っける。もう嫌がったりはしない。ここまで来るのに多大な苦労を強いられたものだ。


「こっち来てよ。彼女がベティだよ」

「お、おう」


 由起彦が隣に座る。あ、失敗した。私が真ん中らへんに座っていたので、奴が座るスペースが少ない。必然的に二人の距離が近くなる。

 ていうか、向こうの腕が私の肩に当たっている。うーん、いつの間にこんなに身長差が出来たんだろ。

 でもベティが膝にいるので動く訳にはいかない。仕方ないか。

 吉川さんがオレンジジュースと紅茶を持ってきてくれた。


「こんにちは、彼が例の彼氏さん?」

「はぁ? いやいやいや、こいつは単なる幼馴染みですから」

「でも商店街の人はみんな、二人は婚約者だって認識だよ?」


 え? そうなんだ。

 あーまぁ、この前罰ゲームでお手々繋いで商店街引き回しの刑とかしたしなぁ。あれはまずかった。

 でもいきなり婚約者は飛躍しすぎでしょ?


「そうなんですよ、俺達付き合ってるんですよ」


 そう言って由起彦が私の肩を抱いてきた。

 何するんですか?


「じゃ、邪魔者は消えるよ」


 吉川さんが変な誤解をしたまま向こうへ行った。


「何するのよ、いきなり変な事しないでよ」

「いいだろ、別に」

「うーん、まぁいいや。それよりベティよ。触ってみてよ」


 由起彦がベティを触ってみる。

 どうだ、このモフモフ感をたっぷり味わえ。


「ふーん」


 あれ? リアクション薄いな。

 やっぱり猫には興味ないのか?


「あんた何しに来たのよ」

「いや、別に」


 そう言って、ちらりと吉川さんを見た。


「あーそういう事、いや違うし。私は吉川さんの事そういうふうには思ってないから。昼間散々言ってたけど」

「でも趣味が合うんだろ?」

「うん」

「ケーキご馳走になったんだろ?」

「うん」

「家まで遊びに行ったんだろ」

「うん」

「駄目だ。そんなの許せない。特に最後だ」


 はーもうやめてよ。そういう変な嫉妬は。

 こいつは時々そうなんだよ。大体、私達はあくまで幼馴染みなんだから。

 うーん、でもそうだなー、ちょっと試してみるか。


「でも許せないって言って、あんたと私ってどういう関係なのよ」

「幼馴染み」

「でしょ?」

「以上」


 あ、言ってくれた。言ってくれたじゃない。いつもその調子で頼みますよ。


「でもないかな?」

「え? どっちなのよ」

「うーんどうなんだろ?」


 頭を抱えて悩みだした。

 まぁ、確かに難題なんだけどね。

 でもこんなところで何の話をしてるんだろ、私達。

 ほら、吉川さんもニヤニヤしてこっち見てるでしょ? 拳握って振ったりして何してるんだろ? 変に煽ったり勘弁して下さいよ。

 あ、来た来た。


「ほら、見てみ、由起彦」

「え、何?」


 私が指さした先、つまりは入り口を見る。

 現れたのは妙齢のご婦人。前から思うんだけど、あの人って何才なんだろ? 全く年齢不詳だ。

 そして出迎える吉川さんは相変らず挙動不審だ。

 あの人も大概ヘタレだよなぁ。


「あ、そういう事」

「そういう事。分かった?」


 由起彦が深く深く息を吐き出す。

 他に好きな人がいる人に憧れるとか、私、そんなジメジメしたの大嫌いですから。長い付き合いだし、知ってるでしょ?

 昨日だって、吉川さんはご婦人が贔屓にしているシェリーの話ばっかりだったんだし。

 どうにかしてシェリーを通じてお近づきになりたいらしい。まぁ、さすがに中学生相手に恋の相談は持ち込んで来なかったけど。


「で、私達の関係ってどうなのよ」

「いや、単なる幼馴染みに決まってるだろ?」


 こいつも大概ヘタレだよ。


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