女子マネなんてやってみる
うーん、何故私はこんなところにいるのだろうか?
ここは県立体育館。
目の前ではハンドボールの試合が繰り広げられている。
あ、由起彦にボールが渡った。
シュート。
キーパーに弾かれた。
惜しい。
今、私がいるのは客席ではなくて、コート脇の自陣営である。
そろそろ前半が終了する。
「頼む!」
私がいつものように店番をしていると、これもいつものように由起彦がやってきた。
ここまではいい。
この後和菓子を買うはずなのに、由起彦は両手を合わせて私を拝みだした。ちなみに私は仏様ではない。
「いや、マネージャーとかやった事ないし」
「他にもう一人マネージャーはいるし、野宮はちょっと手伝うだけでいいから」
そうは言われてもなぁ。
私は体育会系ではないので、なんとなくそういうスポーツには汗臭いイメージがあるんだけど。あんまりお近づきにはなりたくない。
「今回だけだし。一人、どうしても抜けられない用事があるんだ。助けてくれ!」
「まぁ、日曜日は確かに休みもらってるけど、私には猫喫茶に行くという使命があるのよ」
店番のある日は一時間しか行けないので、休みの日には思う存分猫と戯れたいのだ。
「ケーキでもパフェでも何でも奢るから!」
うーん、仕方ないなぁ。他ならぬ幼馴染みの頼みだ。聞いてやるか。
「分かった。ちょっと手伝うだけね」
「恩に着る!」
今、情にほだされたことを後悔し始めている。
あああ、来た来た来た。
汗まみれの男子達がやって来た。
和菓子を作る為に生まれてきた女である私は、味覚と同時に嗅覚も発達しているのだ。
でも私も客商売の女。ここは笑顔で迎えてやろうではないか。
「お疲れー、頑張ってるねー」
トレーに載せたスポーツドリンクを配っていく。
もう一人のマネージャーがタオルを配っている。このマネージャーは男子である。
あ、由起彦が来た。
「はい、どうぞー」
由起彦は無言で自分のボトルを掴むと、そのままどこかへ行ってしまった。
なんだありゃ、愛想のない奴だ。
そして後半戦。
男子のマネージャーが何か記録を取っている横で、スポーツドリンクを補充していく。中には自分専用のドリンクを持って来ている子もいるので、そういうのは預かっているポットから移していくのだ。
まぁ、すぐに終わる仕事だ。
そして試合観戦。ルールはさっぱり分からない。
正直言って、飽きてきた。
試合はこっちが負けてるみたいだな。頑張れー、みんなー。恥ずかしいから声は出さない。
あー、何か私だけ浮いてるな。みんな真剣なのに、私だけ退屈そうにしている。でも私にスポーツ観戦の習慣はないし、楽しみ所が分からないんだよな。
はぁ、早く終わらないかなぁ。
ありがたい事に、時間というのものは確実に進んでいく。
試合終了。どうやら負けたようだ。
あああ、また来たよ。しかも今度は全員不機嫌だ。
どうしよう? 変に笑顔だとまずいかな?
「野宮さん、笑って」
横にいた男子マネージャーに言われて、笑顔を取り繕う。
「残念だったねー、頑張ったねー」
みんな無言で取っていく。せいぜい頭を下げるくらいだ。
また由起彦だ。
取って行きざま、ちらりとこっちを見た。顔はブスッとしている。
やっぱり笑顔は逆効果だよ。
この後、監督の先生の話があるみたいだ。
仕事は終わったし、何か気まずいし、先帰ろ。
翌日、月曜日。学校では由起彦と話をする事はなかった。まぁ、よくある事である。
そしていつものように店番。
今日はいつもより早い時間に由起彦がやって来た。
「あ、今日は早いね」
「試合の後だからなー」
何となく元気がない。まぁ、負けたしね。
「あ、マネージャーありがとうなー。評判良かったぞー」
そうなんだ。何か場違いな感じじゃなかったっけ?
「やっぱ、女子マネはいいよなー、ってさ」
「え? もう一人のマネージャーも男子なの?」
「そうだぞー、みんなモテないから女子は寄って来ないんだよー」
「はぁ」
まぁ、そうだ。知ってるハンドボール部員は由起彦に高瀬に柳本。
他の二人は馬鹿とでくの坊だ。モテる要素は一つもない。
それがハンドボール全体に言える事かどうかは知らないが、少なくともうちの中学のハンドボール部員はモテないらしい。
「また今度も来てくれよなー」
「いや、今回だけって話でしょ?」
「そう言ったけどなー。やっぱり野宮がいるとこっちも頑張れるしなー」
「でも負けたじゃない」
「向こうは県大会優勝の常連なんだぜー。あそこまで食い下がれたのは野宮がいたからだよー」
そうなんだ。
でもみんな悔しそうだった。どんな相手でも負けると悔しいものなんだ。
「やっぱり勝ったとこ見せたいしなー」
「まぁ、私は試合ってそんな興味ないんだけど」
「え? そんな事言うなよー」
「いや、仕方ないでしょ? ハンドボールなんて見たの初めてだし」
「何だよ、それー」
がっくり肩を落とした。
悪いとは思うけど、実際興味がないのだ。こればっかりは仕方がない。
「あんなに頑張ったのに……」
「別に私に見せる為に試合した訳じゃないでしょ?」
由起彦が私の顔をじっと見る。
「みこに見せる為に頑張ったんだよ」
「え?」
あ、顔が赤くなるのを抑えられない。
でもずっと口も利いてくれなかったじゃない。
そうか、それだけ真剣だったんだ。
真剣に頑張ってたんだ。
「それを興味ないとか、あんまりだよー」
うなだれる。
う、興味ないは言い過ぎたか。
「まぁ、ちょっと格好良かったよ」
「ちょっとかよー」
「で、今日はどれにする?」
「どれでもいいよー、俺、和菓子興味ないし」
「うわ、子供みたいな仕返ししないでよ」
結局私が選んだ和菓子を買うと、のろのろと足を引きずるようにして帰っていった。
うーん、悪い事したな。
でも言える訳ないでしょ?
ドキドキするぐらい格好良かったなんて。