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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
上葛城商店街の魔
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上葛城商店街の魔 4(完結)

「結局、向こうは俺を警戒している訳だろー? だから俺がわざと出て行ったんだよー」


 由起彦が言う。


「で、自分を見張ってるのは水野と野宮だけだと思ってる犯人を、さらに後ろで控えていた俺がバッチリキャッチ、と言う訳だ」


 高瀬が言う。

 私達三人は、万引き犯であるところの坂上俊輔が商店街の若い衆に連れて行かれる、その後を歩いている。


「でも何で高瀬君な訳?」

「一番ヒマそうだからなー。別れた後すぐに呼び出した」

「ヒマな訳あるか。部活抜け出るのは苦労したぜ。結局、宿題一週間分が大きかったな」

「簡単ね」


 私はそう言ってみたが、わざわざ部活を抜け出すのは大変だったろうし、そうしてまで手伝ってくれた高瀬に感謝していた。調子に乗るので口には出さないが。

 

「まー、これで無事犯人逮捕。良かったなー野宮」

 

 由起彦が笑う。由起彦はいつだって私を助けてくれるのだ。今回だって、私の事をずっと心配してくれていたし、犯人とデートなんて無茶をやらかしてもちゃんとフォローしてくれていた。本当にいつだって助けてくれるのだ。ちょっとウルッときたが、我慢する。

 



 そして坂上は商店街振興会の会議室まで連れて来られた。

 振興会のメンバーが招集され、坂上は入り口から離れた席に座らされる。入り口と坂上の両隣を若い衆が固める。

 集まった大人達は、少し離れたところで何やら相談している。

 とりあえずの取り調べを、私達中学生三人がやってみる。


「今までの犯行を、洗いざらい吐いてしまいなさい」


 私がテーブルを叩いて凄むと、坂上はあっさりと全てを語り出した。

 何の悪びれもなく、五件の犯行と、今さっきした犯行まで。ごく淡々と、まるでただ側で見ていただけのような他人事のような言い方だった。

 私の怒りは沸き立つ一方だ。


「あんた、全く反省してないわね」

「したからってどうにもならないでしょ? 済んだことは今更変えられないし。もらった物は全部食べちゃったし」

「あげてないわ。あんたが盗んだのよ」

「ああ、そうか、僕が盗んだんだった。盗んだと言うと、随分生々しく聞こえるね」


 そう言って、大げさに肩をすくめてみせた。


「盗んだんじゃなければなんだっていうのよ」

「ゲームだよ」

「ゲーム?」


 ゲーム感覚と言う奴だ。ゲーム感覚で盗まれるなんて許せるものじゃない。商品一つから得られる利益なんてほんの少しだけ。一つ盗まれた分、取り返すのに一体いくつ売らなきゃならないのか。遊びで盗みなんてやらかす奴には、こういった経済の基本が分かっていない。警察に突き出して、体で分からせないといけないのだ。


「ゲームと言っても、遊びじゃない。ゲームオーバーになればこうして捕まって、警察行き。人生終了。そういう真剣なゲームなんだよ」

「ゲームである事には変わりないわ。こっちはそれこそ本当に真剣に商売してるの。勝手なゲームとやらに巻き込まれるいわれはないわ」

「それに万引きで警察行きになったからって、人生終了って訳じゃないだろ。あ、万引きが軽い犯罪って意味じゃなくて」

 

 高瀬が私に気を遣いつつ言う。

 でもその通り。万引きは犯罪なので、ちゃんと警察に突き出すつもりをしているが、それで相手の人生を終わらせるつもりはない。しっかりと罪に相応しい罰を受ければそれでいいのだ。


「僕の学校は私立の進学校だからね。万引きで警察沙汰なんて許されないのさ。現に僕の友人はそれで自主退学する事になったし。あくまで、自主ね。そういうふうに追い込むのさ」

「それが万引きを始めたきっかけって事ー?」


 由起彦が聞く。どういう意味?


「友人が退学させられたから、その腹いせにって? 違うね。良いヒントにはなったけどね。退屈していた僕に、面白いゲームのヒントを与えてくれたんだよ」

「面白くない。全然面白くない」


 私は激しく首を振る。こいつのペースで喋らせると、こっちの頭が痛くなる一方だ。


「面白いってのはあくまで僕にとってね、当然だけど。君達が真剣に商売をしているのはそうなんだろう。その相手を出し抜くからこそゲームとしてのやりがいがあるんだよ。まぁ、商店街のお店は隙が多かったから、取りあえずの初級編だったけどね」

「さらにエスカレートさせる気だったの?」

「次はスーパーだ。あそこには万引きGメンとやらがいるらしいから、なかなか歯ごたえがあると思っていたんだけどね。さらには百貨店で高級品を狙ってみたり。交番で拳銃はさすがに無理かな?」

「初級編で失敗するとは、ゲーマーとしては三流だな」


 高瀬が皮肉を言う。高瀬なりに、腹を立てているように見える。


「そうだね。まぁ、ゲームオーバーになるというのも、一つの目的ではあったんだけど」

「どういう意味?」


 離れたところで固まっていた大人達が深い溜息を付く。


「駄目だ、その子の親、来ないって言ってる」

「両方共だ。仕事が忙しいって言って聞かない」

「何それ?」


 私が坂上を見ると、ニヤリと笑ってきた。


「それが我が両親なのさ」

「じゃー、当てつけでこんな事をー?」


 由起彦が言うとおりなのだろうか。自分を構わない親を困らせるため? それか、親を自分の方へと振り向かせるため? そのためにこんな下らないゲームなんてしでかしたのだろうか。

 坂上は、隣に住む人の事をよく知らない他人だと言っていた。本当は自分の親ですら、よく知らない他人のように感じているのかも? そんな孤独がこいつをゲームに走らせた?


「それも違う。両親には感謝しているよ。高い授業料を払っていい高校に押し込めれば自分達の義務は終了。後は知らないってね。分かりやすいよ。おかげで僕は好き勝手できる。親に迷惑をかけるかも? そんな心配なんて少しもせずにこんなゲームをやってみせる事も出来るんだ」


 本当かな? こいつの言う事のどこまでが本当で、どこからが嘘なのか、さっぱり見当が付かない。全部嘘にも聞こえるし、全部本当な気もしてくる。でも全部本当なら、この男は何を考えているのだろうか? 本当にただの暇つぶしのゲームなの?


「でもゲームオーバーが目的の一つって言ってただろー。それって両親への当てつけってことだろー?」

「違うね。僕はねぇ、臆病なんだよ。確かに僕は好き勝手できる自由がある。でも自分から人生をドロップアウトさせる度胸はなかったんだ。だからまずはゲームを始めてみた。ゲームオーバーで人生終了。それは怖くもあるし、魅力的でもあったんだよ」

「じゃあ、念願叶って良かったな」

「そうだね。これからどうなるか、ワクワクしているよ」

「もういい、聞きたくない」


 私は坂上の側を離れて、大人達の方へ行く。


「ねぇ、あいつ全然反省してないし、さっさと警察呼ぼうよ」

「でもなぁ、あの子もちょっと、可哀想じゃないか?」

「そうねぇ、親御さんに捨てられてるも同然じゃない」

「盗まれた物もそれ程高額じゃないし、弁償さえしてくれれば」


 大人達は何故か坂上に同情的だ。

 しかもなぁなぁで事を済ませようとしている。駄目だ。大人はこういう時、本当に駄目だ。


「駄目! 絶対に警察に突き出さないと。万引き犯に甘い顔をしたって知られたら、第二第三の万引き犯が現れるわ。それにあいつの為にもならないって!」


 私が地団駄を踏みながら強く主張するが、大人達は乗ってこない。


「よし、こういう時は、昔ながらの方法でケリを付けるに限る」


 そう言い出したのはうちの祖父さんだ。

 ノッシノッシと坂上の方へと歩いて行く。


「野宮さん、それはちょっと……」

  

 スギタミートさんが祖父さんに声をかけるのを、おもちゃのサガワの長老が制する。

 何が始まるんだろう?

 祖父さんは坂上の横で立ち止まる。

 まずは坂上の横にいる連中に声をかける。


「あんたら、ちょっと横に避けてろ」

「はぁ」

 

 高瀬と若い衆が言われた通りにする。


「小僧。歯ぁ、食いしばれ」

「は?」

「歯ぁ、食いしばれ」


 祖父さんの気迫に圧され、坂上が歯を食いしばる。あーあ、祖父さんやらかすつもりだ。


 拳だった。


 祖父さんの右拳は坂上の左頬を捉え、奴は大きく五メートルは吹っ飛んだ。


「世の中舐めてんやないぞ、こん糞ガキャ!!」


 そしてまたノッシノッシと戻っていった。

 

「あ、水野君、その棚の上に救急箱あるから取って。後、冷蔵庫の氷とタオルもね」

 

 私は同じ目に遭った人間を何人か見たことがあったので、馴れたものだった。

 私が坂上の手当をしてやっている間、こいつはずっと無言で、ほとんど瞬きをしなかった。鳩が豆鉄砲を喰らったと言う奴だ。

 だんだんと笑いが込み上げてきた。


「痛い?」

「痛い。すごく痛い」


 ついに吹き出してしまった。ケタケタと笑い出す私を見る坂上は、やっぱり豆鉄砲を喰らった顔そのままだった。




 数日後の中学校。

 私は校門で、由起彦の部活が終わるのを待っていた。

 と、そこへ見たことのある人影が。頬に大きな絆創膏を付けた坂上だ。


「やあ、こんにちは」


 ヌケヌケと言ってのけた。


「何? ウチで丁稚するのは今日じゃないでしょ?」


 あの後、商店街振興会の大人達は、万引きを働いた店で当分ただ働きをする事で、坂上を許すことにした。

 警察沙汰にしない事に私は最後まで不満を述べたが、祖父さんが鉄槌を下したのだしと、結局言いくるめられてしまった。

 坂上がうちのお店でただ働きをするのは明後日のはずだ。


「明後日まで待ちきれなくて」

「いや、今日は私、用があるし。ウチに行ったら祖母さんが段取り教えてくれるから」

「違うよ、君に会うのが待ちきれなかったんだ」

「はぁ、そうですか。いや、もう、そういうの結構ですから」


 私とデートしたいなんていうのも、しょせんゲームの一環だったのだ。懲りずにゲームの続きでもする気なのだろうか?


「確かに今回、僕は悪い事をしてしまった。今更許してくれなんて、言えないのかもしれない」

「その通りよ」

「でも、それでも抑えきれないんだ。君への想いに」

「はぁ、そうですか」


 なんか、面倒くさい事を言い出したな。君への想いですか、それではまるで告白ですよ。


「僕は真剣なんだ。君に恋をしてしまったんだ」


 あーあ、本当に面倒な事を言い出した。告白ですか。ここは私の通う中学校の校門前で、今も下校する生徒が何人も通っているんですよ。私にも外聞とかあるんですよ。


「うーん、そういうのいいから」

「いや、ちゃんと聞いてくれよ。こんなに真剣になったのは、生まれて初めてなんだ」

「でもあんた、万引き犯じゃない」

「罪は償うから」

「罪は償えても、私の怨みは消えないから」

「じゃあ、僕はどうすれば?」

「どうしようもないよ。諦めて?」


 坂上がさらに私に近づいて来る。近いなぁ。


「どうしても諦め切れない」

「どうしても?」

「どうしても」

 

 私はそっと坂上の両肩に手を置く。

 そしてニッコリ笑うと、鋭い膝蹴りを繰り出した。膝は的確に股間を貫いた。


「諦めて?」


 やっぱりニッコリ笑って私が言う。

 坂上は声も出せずにうずくまっている。


「うわぁ、えぐいぜ」


 声がする方を見ると、高瀬だった。その隣には由起彦。


「普通はここで、昨日の敵が今日の友になる、とかじゃないのかよ?」

「少年マンガの読み過ぎよ」

「野宮は根に持つからなー」


 最悪な打撃を受けた坂上に、取り合えず同じ男子として合掌する二人。


「さ、水野君、行こう。駅前のカフェのケーキが思いの外、美味しいのよ」

「え? 俺は?」

「ああ、高瀬君にはこれ」


 そう言って、高瀬にうちのお店の無料クーポン券二千円分を渡す。


「わーい、やったー(棒読み)」

「じゃ、また明日」

「デートですか?」


 ここで私の動きが止まる。高瀬の奴が余計な事を言い出した。

 由起彦の顔を見る。由起彦もこっちを見ている。


「いや、俺を除け者にして二人仲良くケーキだろ? どう見てもデートでしょ?」


 くそ、口の減らない奴だ。このままスムーズな流れのまま二人でケーキという計画だったのに。

 デート、うーんデートか。そう認めてしまうのは、なんだかちょっと、あれなんですよ。


「違うってー。甘味の研究だよ。いつも二人で行ってるんだー」

「じゃあ、俺も連れてけよ」

「宿題プラス一週間」

「よし、二人仲良く行って来い!」


 簡単な奴だ。

 さて、由起彦と二人並んで駅へ向かう。


「ごめんね」

「んー?」

「危険な真似ばっかりして、心配かけて」

「俺がどんだけ心配したか分かってるー?」

「うん、分かってるつもり」

「今、みこが思った十倍は心配したからなー」

「本当に、ごめん」


 突然、由起彦と反対側の肩が掴まれた。

 そしてグイッと引き寄せられる。

 向かい合わせに由起彦とぶつかる。

 そしておでこに柔らかい物が。

 そうして長い間、いやほんの一瞬かもしれないけど、時間が流れる。

 おでこに当たっているのが由起彦の唇だと気付いた時、身が引き剥がされた。


「今のお仕置き」

「はぁ」

 

 気の利いたセリフがとっさに何も出てこなかった。

 え? おでこにチューですか?

 今起きた事態に見る見る顔が赤くなっていく。横を見ると、由起彦の顔も真っ赤だ。


「あ、この前のあいつとのデート」

「あいつ? あ、あれね」

「あれノーカウントだからなー」

「そうよ、あれはノーカウントよ」

「だったらいいよー」


 で、今のこれはデート?

 結局お互い、そんな事は言えずじまいだった。

 別に良かった。おでこにチューだし。

この中編はこれで完結です。

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