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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
上葛城商店街の魔
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上葛城商店街の魔 3

 さて、デートだ。

 デート? デートですか?

 そう言えば、私はデートというものをした事がない。今気付いた。

 由起彦とはしょっちゅう出歩いているが、あれは単に遊びに行っているだけだ。デートとは言わない。


 え? これが初デート?


 いや、ちょっと待て。これはデートではない。あくまでおとり捜査なのだ。

 万引き犯のしっぽを掴むための、デートを装った捜査なのだ。

 そう、デートにはカウントされない。今決めた。


「で、みこちゃんは甘いもの好き?」


 いきなり名前で呼んで来やがった。鳥肌が立ちそうだが、我慢する。


「甘いものなら何でも好きよ」

「じゃあ、ケーキにしようか」


 駅前にある、商店街からは外れたところにあるカフェに入った。

 個人経営の、大人しめの照明がいい雰囲気のカフェである。

 この店には来たことがなかった。外からも見えるカウンターに並ぶケーキが美味しそうだとは思っていた。しかし私は商店街の振興を常に考える女なので、友達とお茶をする時は、商店街にある喫茶店に入っていた。そこのケーキも美味しいし。


「何にする?」


 万引き犯の坂上が聞いてきた。

 うーん、迷うな。あ、このイチゴのタルトが美味しそう。


「これ? じゃあ、僕はチョコレートムースの」


 そして二人、席に付く。飲み物は二人ともミルクティーだ。

 目の前にいるこの坂上という男は、確かにイケメンという奴に違いなかった。その点、マヌケ面の由起彦は大きく劣る。性悪の人間が良い奴ぶっているというふうにも見えない。あくまで自然な笑顔を見せている。

 では、もしこの男が万引き犯でないなら、私はこの男にメロメロになるのだろうか?

 いや、決してそんな事はない。これは断言できる。

 イケメンで爽やかなこの男は私の好みではない。やっぱり由起彦みたいなのが……いや何でここで由起彦なんだ?私は別に、由起彦にメロメロになっている訳でもないのだ。


「で、僕は何を万引きした事になってるの?」


 私の思考が邪魔された。

 しかもいけしゃあしゃあと言ってのけた。怒りを堪えながら言葉を振り絞る。


「おはぎよ。うちのお店のおはぎを二個、盗んで逃げたのよ」

「おはぎか……君の家って、おはぎ屋さん?」

「和菓子屋よ。『野乃屋』って言うの。知ってるでしょ?」

 

 万引きを働いた店なのだ、知らない訳がないのだ。


「ああ、商店街にあるね。品の良い感じの」


 少しぐらい褒めたくらいで、私の怒りが和らぐ訳では無い。


「盗んだだけじゃ無いの。とんでもない、犯行声明を寄越してきたのよ」

「どんな?」

「これよ」


 犯人から送られてきた写真そのものは持ち歩いていないが、携帯で画像を撮っていた。怒りを持続させるためだ。

 それを見せる。

 

「『おいしくいただきました』か、うーん、これは酷いね」

 

 坂上が身を乗り出して画像を見てくる。か、顔が近い。


「この時、犯人は女装してたのよ。女のお客と思わせて、注文したおはぎの箱を引っ掴んで逃げて行ったの。私は追いかけたけど逃げられた。それが、あんたと全く同じ背格好なんだけど」


 坂上を睨み付けながら顔を近付ける。しまった。さっきより顔が近い。唇同士の距離が五センチもないぞ。

 幸い坂上は身を引いた。


「背格好だけで僕を犯人呼ばわり? それって酷くない?」

「雰囲気とか、サングラスをしてたけど、口元とか。とにかく、客商売をやっていると、お客の事は一度見たら忘れないのよ。その商売人の嗅覚が言ってるの。あの時の女装男とあんたは同一人間だ、と」

 

 私は坂上を睨み続ける。少しでも動揺したら見逃さない。


「怖い顔だなあ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ。とにかく、さっきの男の子も言ってたけど、証拠がないと駄目だよ。商売人の勘? で捕まったら堪ったものじゃないよ」

「あんたはきっとしっぽを出す。このデート中にね」

「自信たっぷりだね」

「あんたは愉快犯だ。スリルを楽しんでる。あんたを捕まえようと躍起になっている私といる時に犯行に及ぶ。それに勝るスリルはないわ」

「なるほどねぇ。じゃあ、この後は商店街を巡ってみようか。で、ケーキどう?」

「美味しいわ。イチゴの酸味とクリームの甘さのバランスが絶妙よ」

  

 最後の一切れを口に運ぶ。

 


 

 さて、商店街だ。

 でも、仲が良い訳でもない男子と一緒に何を見て歩けばいいのやら。そう思っていると、坂上の方から積極的に話しかけてくる。


「ここにも喫茶店があるね。よく来るの」

「しょっちゅうよ。ここのクリームソーダーが美味しいの。クリームが特別仕立てなの」

「野菜屋さんってさっきもなかった?」

「そう、でも仲が悪い訳じゃないわ。談合している訳じゃないけど、安売りしている商品が食い違っていて、お客さんは両方を使い分けてるの。結果的に、スーパーより安く買える時もあるし、両方とも儲かってるみたいね」

「みこちゃんは、本当にこの商店街が好きなんだね」

「そうよ。ここで生まれ育ったんだから、当然よ。ちょっと前まではシャッター街になりかけてたけど、みんなで頑張ってまた盛り返したの。新しい人もいっぱい入って来て新しいお店を作っていったわ。そういうのをずっと見ているの」

 

 坂上がジッと私を見ている。少し恥ずかしい。顔を逸らす。


「いいね、そういうの。僕が住んでいるのは駅の向こうのマンションだよ。中学の頃に引っ越してきた。コンビニはあるし、スーパーもある。でも何もないところだよ」

「何もない?」

「君はこの商店街のお店の事なら何でも知ってるでしょ? でも僕は隣に住んでる人の事もよく知らないんだ。全員他人なんだ」


 そういうのはよく聞く話だ。都会の方がみんな孤独だ、とかそういう話だ。


「それは単に知ろうとしないだけよ。うちのクラスにもマンションに住んでる子がいるけど、その子はマンションの顔だわ。みんなに挨拶するし、お婆さんがいたら荷物を持ってあげるし、だからみんなに好かれてるの。マンションだからって、他人とは限らないのよ」


「そうなのかな? 夜中コンビニに行くと、塾帰りの小学生くらいのグループが騒いでるんだ。あんな時間にしか遊べないんだ。ああいうのを見ると、とてもやり切れないよ」


「私だって、毎朝早起きしてお店の手伝いをするから、夜は早く寝なくちゃいけなくって。友達はみんな携帯やらメールでお話ししてるのに、私はいっつも参加できないの。でも寂しくはないわ。朝起きたらメールが山のように来てるし、学校でも会えるし。楽しもうと思えばいくらでも楽しめるものよ。その小学生達だって、時間帯は不健康だけど、短い間だけでも十分楽しんでるはずよ」

「君みたいな娘がうらやましいよ」


 そう言って坂上は少し寂しそうに笑った。

 寂しいから、孤独だから万引きをしたの? そんな理由は許せなかった。万引きするのに理由を付けるのが、そもそも許せなかった。

 万引きは万引き。捕まえてギタギタにして警察に突き出さないといけなかった。




 坂上は常に私の前を歩いていた。そして両手は後ろに組んでいる。万引きが出来ない状態であることを見せつけているのだ。

 いい加減、焦りが出てくる。そもそも私は気が短いのだ。さっさと万引きの現場を押さえて、さっさと捕まえてしまいたかった。


「万引き犯逮捕にご協力くださーい」


 「上葛城商店街振興会」の見回り組だ。思わずそっちに気を取られる。


「おい、みこ!」

 

 不意に横から手を掴まれる。

 由起彦だ。


「目を離すなよ」

 

 由起彦が目だけを坂上の方へ向ける。


「狙ってるぞ」


 私がゆっくり後ろを見ると、坂上が女子向けの小物屋さんの商品を物色している。

 そして髪留めを手にする。


「あっ!」

「まだだ」

 

 由起彦が私の腕を引っ張る。


「みこちゃん、こんなのはどう?」


 髪留めを手に、坂上が近づいて来る。そして私の前髪を留めている髪留めに、自分が持ってきた髪留めを当ててくる。


「こんなのもいいんじゃないかな?」


 そしてチラリと由起彦を見る。


「デートの邪魔かい?」

「ちょっと通りかかっただけだよ」


 ニッコリ笑う坂上。こういう時でも、意地悪げな様子は見せない。


「これ、デートの記念に」


 そう言って、お店の中へと入っていく。


「目を離すなよ」

「分かってる」


 でも何事もなく、カウンターで髪留めを袋に入れてもらって、勘定を済ませる。

 なかなか神経を使う。ため息が出る私。


「はい、みこちゃん」

 

 ヒョイっと坂上が紙袋を投げてきた。

 慌てて受け止める私。


「さて、君はいつまで付いてくるのかな?」


 由起彦に聞いてくる坂上。


「もう終わりだよ」

「そう、じゃあ、デートを続けようか、みこちゃん」

「それも終わりだ」

 

 怪訝な表情の坂上。

 由起彦が坂上の後ろをあごで示すと、そこには携帯を手にした高瀬が。


「高瀬君?」

「袋を投げて気を逸らした隙に獲物をかすめ取る。なかなかのお手並みでしたぜ。動画でバッチリ抑えさせて頂きやしたが」

「高瀬、どこだ?」

「左のケツポケット。クシが二枚」


 坂上が高瀬に飛びかかろうとするのを、由起彦が後ろから羽交い締めにする。

 

「捕まえた! 捕まえたよ!」


 私が叫ぶと、近くにいた商店街の人達が殺到する。

 二、三人に捕まえられると、突如として坂上が笑い声を上げだした。


「ゲームオーバー、ゲームオーバーだ!」

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