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和菓子屋『野乃屋』の看板娘  作者: いなばー
上葛城商店街の魔
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上葛城商店街の魔 2

「これで五件目か」


 スギタミートの若大将が言う。

 ここは上葛城商店街振興会の会議室。会議室とは言っても、大抵は親睦会(つまりは宴会)の会場として使われている。

 しかし今、ここに漂うのは緊迫した空気。

 その空気の発生源は、私、野宮みこ。

 私の前には一枚の写真が置かれている。

 写っているのはお皿に乗ったおはぎが二個。そこへマジックで「おいしくいただきました」と書かれている。

 何度も見てもはらわたが煮えくりかえる。証拠物件でさえなかったら、ギタギタに引き裂いてやるところだ。

 昨日、ウチのお店である和菓子屋「野乃屋」で万引きが発生し、今朝、郵便受けにこの写真が入れられていたのだ。ちなみにレトロなインスタント写真だ。

 発見したのは、朝の新聞を取りに行く係をしている私。見た瞬間、思わず叫んでいた。


「犯行声明も同じね」


 洋服の赤木の奥さんが言う。

 今までの被害は、駄菓子屋さん、肉屋さん、魚屋さん、果物屋さん、そしてウチ、和菓子屋だ。

 商品が表に出ている、駄菓子屋さん、魚屋さん、果物屋さんは知らない間に盗まれていた。

 肉屋さんは、スーツを着たサラリーマン風の男が、買う振りをして持ち逃げをしていた。

 ウチと同じ手口だ。ウチに来たのは若い女だったが。


「あれは男よ。走り方が男だった」


 私はその万引き犯を走って追いかけていた。後ろから見た姿は確かに男だった。


「じゃあ、うちに来たのと同一犯かな?」


 スギタミートさんは、カウンターからの出口が店の奥になるので、追いかける間もなく逃げられたのだ。


「単独犯?」

「確証はないけどな」

「愉快犯だな」

「それは確かだ」


 他の商店街の人も口々に考えを述べる。


「これからどうする?」


 振興会会長である、おもちゃのサガワの長老がそう言って周りを見回す。

 出席率は全商店の九割を超えていた。私が電話して回ったからだ。


「絶対に捕まえる。そしてギタギタにして警察に突き出すのよ」


 最年少の私が言う。

 その頭を、祖父さんが抑え付ける。


「みこは頭を冷やせ。まず、どうやって捕まえるんだ」

「まぁ、見回りは強化しないとな」

「それで諦めるだろう」

「いいえ、相手は楽しんでる。見回りがいれば、その隙を突こうとするはず」 


 私は昨日からずっと対策を考えていた。

 相手は愉快犯、そして知能犯。わざわざ女装して、逃走経路の下見をした上で、犯行に及んでいるのだ。自分の頭の良さを誇示したがっているのだ。


「見回りは囮。その隙を突こうとしている犯人をさらに追い込むのよ」

「二重に見張りを立てる訳か」

「しかしなかなか難しいぞ。お互いの店を注意して見るにしても、夕方になるとお客が多くてとても見通せない」

「やっぱり監視カメラが必要だったんだよ」


 これは大木電器さんの持論だった。

 しかし、ゆったりした買い物空間を提供したい商店街としては、物々しい監視カメラ設置は避けたいところなのだ。


「出来るだけ人を出して、見張りを立てよう。半分は注意喚起の見回り。残りはみこちゃんが言うように見回りがいないところを重点的に」

「敵に気付かれないように。うまく泳がすのよ」


 私が補足する。




「それでまだ成果は上がらずかー」


 数日後の中学校。

 犯人逮捕に集中したいところだが、私の本職はあくまで中学生。昼間は学校に来ないといけないのだ。

 水野由起彦に話しかけられた私が答える。


「今までも、犯行の間隔は最大で二週間よ。持久戦よ」

「で?」

「で?」

「野宮は見張りなんてしてないよな?」

「してないわ。約束したじゃない」


 私が一人で万引き犯を追いかけた事を、由起彦はひどく怒っていた。そして二度と無茶をするなと約束させられたのだ。


「本当か?」

「本当よ」

「野宮はな、嘘付くとき鼻の穴が広がるんだよなー」


 思わず鼻の穴に力が入る。


「ほらなー、嘘付いている」


 由起彦が口の端を上げる。


「ハメたわね」


 ハッタリに引っかかってしまった。よりにもよって、鼻の穴はないだろ? 思わず顔が赤くなる。


「お前だって嘘付いただろ。無茶はするなって言っただろ」


 真面目な顔。こういう顔をするのは珍しい。罪悪感と胸の鼓動。 


「無理よ。他の人に全部お任せなんて、私に出来る訳ないじゃない」

「よし、じゃあ、俺も行く」

「部活があるでしょ?」

「部活とみことどっちが大事だと思ってるんだよ」


 いきなり、ドキッとする事を言ってきた。場違いに胸の鼓動が高くなっていく。


「どっちなんだ?」


 話に割り込んで来たのは由起彦の友人の高瀬だ。

 いきなり気分がげんなりする。


「高瀬君、今シリアスな話してるの。割り込んで来ないでよ」

「シリアスな愛の告白?」

「シリアスな犯罪対策よ」

「でも部活より野宮を取るって話だろ? やっぱり愛の告白じゃん」

「部活と犯人逮捕とどっちが大事かって意味よ」

「違う。野宮は俺が守るって話をしてるんだよ」


 由起彦が高瀬に言い切る。

 軽く口笛を吹く高瀬。


「野宮のナイトかよ」

「そうだよ。悪いかよ」


 由起彦を見ると相変らず真面目な顔。こんなに長時間真面目な由起彦を見るのは初めてだ。


「オーケー、オーケー、正直でよろしい。部長には適当に言っておくわ」

「あ、高瀬君、余計な事は言い触らさないでね」


 立ち去ろうとした高瀬の袖を掴む。私の顔は真っ赤なので、高瀬からは顔を逸らす。


「んー? どうしたものかな?」

「言いたきゃ言いたいだけ言えばいい」


 今日の由起彦は何だか変だ? さっきから何を言ってるんだ?


「そんな無粋な真似するかよ。じゃ、何か知らんけど、お前も気を付けてな」


 片手を振って、他の友人のところへ立ち去る高瀬。


「何、今の?」


 小さな声で由起彦を問い詰める。


「俺は怒ってるんだ」

「は?」

「お前が勝手ばっかりするから。後でどうなっても知るもんか」

「は?」


 怒りのあまり、後先考えずに口走ったって言うの?

 何考えてるのよ。

 でも、私もあまり人の事は言えないのか。怒りに任せて犯人を追いかけて、こいつにものすごく心配をかけたのだ。しかも嘘を付いて今も同じ事を繰り返している。

 由起彦が怒るのも無理はないのか。


「ごめん」


 消え入るように私が口にする。


「ん? 分かれば良いんだよー。大丈夫だってー、高瀬は頭は軽いけど、口は堅いからなー」


 由起彦はいつもの調子に戻っていた。




 そして放課後。

 すぐに私と由起彦は商店街に向かった。

 商店街の中では、「上葛城商店街振興会」のタスキを掛けた若い衆(とは言え、平均三十代後半)が、「万引き犯逮捕にご協力くださーい」と声を出して歩いている。

 私は軽く手を振って挨拶をして、その集団から離れる。

 そして少し離れたところで、ウィンドウショッピングを始める。当然、四方八方に目を配る。


「野宮さー、殺気放ちすぎ」


 由起彦の指摘はごもっとも。実は少し自覚していた。


「でもこの怒りはどうしようもないのよ」

「大体さー、野宮って、犯人に顔見られてるだろ? 野宮がいるところでもう一回万引きすると思う?」

「私は奴に逃げられてるわ。だから奴は私を侮っているはず。むしろ、私がいる側でもう一度犯行に及ぶと思うのよ。奴はあくまで愉快犯なんだから」

「なるほどなー、それは一理あるかもなー。でもそんなに殺気飛ばしてたらなー」

「仕方ないでしょ? これでも精一杯抑えてるんだから」


 そう言いながらも、ウィンドウショッピングの振りだけは続ける。

 ここの帽子屋さんの帽子はいつか欲しいと思っているのだ。そう思っているうちに夏が終わってしまったのだが。


「そこの赤い帽子が君には似合いそうだね」


 いきなり話しかけられた。

 声の方を見ると、爽やかに笑う男子がいた。高校生くらい?

 背はそれ程高くない。由起彦より少し低い。細身。中性的な雰囲気。やや長いめの直毛。整った顔つき。多分、女子にもてるだろう。そして万引き犯。

 そう。こいつこそ、探し求めていた万引き犯だ。

 本物の商売人は、一度来たお客さんを決して忘れない。同時に、店に悪さをした奴も決して忘れない。私のお店に来たときには、ご丁寧に化粧までしていたが、背の高さ、体つき、雰囲気。間違いなくこいつが例の万引き犯だ。私の全細胞がそう言っている。

 そいつは平然とした顔で、リンゴを丸かじりしている。


「あんた! そのリンゴ!」

「リンゴ? そこで買ったんだけど?」


 後ろを振り返って、果物屋さんのYAMAZAKIのおばさんを見る。おばさんが愛想良く笑う。YAMAZAKIさんこそ、この万引き犯に桃を一籠盗まれた被害者なのに!


「あんた! よくもヌケヌケと!」


 飛びかかろうとした私を後ろから由起彦が押さえ付ける。


「何するのよ! こいつよ、こいつが万引き犯よ!」

「馬鹿、証拠もなしに決め付けるなって」

「私には分かるのよ!」


 万引き犯がニッコリ笑う。


「万引き犯て何の事かな? 僕はただ、可愛い女の子がいたから声をかけただけなんだけど」

「おぞましい事を言うのはやめて。大人しく自首しなさい。今なら無傷で警察に突きだしてやるわ」


 私は手を伸ばして万引き犯を捕まえようとするが、後ろから両脇を抱え込んできている由起彦の力には敵わない。


「離して、由起彦!」

「やめろ、証拠がなければ何にもならない」


 万引き犯は余裕たっぷりにリンゴを囓る。


「ねぇ、君。何だったら、これから僕とデートしないかい?」

「デート? 手錠付きでかしら?」

「まぁ、それでもいいけど。君は僕の事を誤解しているし、二人で話し合えば分かり合えると思うんだ。それに君、僕を万引き犯だと思っているんだから、これからずっと僕の事つける気でいるんでしょ?」


 確かにその通り。証拠がなければ証拠が見付かるまでつけ狙うしかなかった。いつか必ずしっぽを出すに違いないのだから。


「いちいち尾行なんて面倒だと思わないかい。だったら最初から一緒にいればいい。つまりデートさ」

「そうね、デートか、それも悪くないかも」


 敵の手に乗ってやろうじゃないか。まんまとしてやられるつもりはこれっぽっちもないけどね。


「駄目だ、みこ。危ない事はするなって言っただろ」

「いいえ、水野君、これは最大のチャンスなの」


 私は由起彦に抵抗するのをやめる。

 自然、由起彦の手も緩められる。


「君はもう帰っていいわ。後はこいつと一騎打ちよ」

「よし、決まった。デートだ」


 万引き犯が指を鳴らす。


「では初めまして。僕の名前は坂上俊輔。君は?」

「野宮みこ。あんたを牢屋に放り込む女よ」


 坂上が差し出した手を、嫌々ながら握り締める。鳥肌が抑えられない。

 坂上は手を離し、早速歩き出した。私も後を付いていく。

 ちらりと後ろを見ると、由起彦が一人突っ立っている。

 由起彦が私の心配をしてくれているのは分かっている。でも、このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。それにこれでおめおめと帰ってしまう由起彦でもない。きっと後をつけてくれるはずだ。私は安心して、この万引き犯と並んで歩くことが出来る。

 さぁ、坂上とやら、余裕を見せていられるのも今のうちだぞ。

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