連続殺人事件
統合連邦という名前で、世界は一つになった。
その一つの国となった世界には、もちろん、元々国が持っていた権力はなくなり、今で言うところの都道府県レベルの権限しかなくなった。
そして、警察も統合連邦の1組織となり、警察、公安、軍、消防、救急などの行政の仕事は、すべて"連邦総局"というひとつの機関が行うことになった。
連邦総局局員に与えられた権限は強大だが、その中でも選ばれた者は1人で捜査、起訴を行い、法律に定められている状況に至った場合は、裁判官や執行官も兼ねることができるものとされた。
それは、どのような地域にいても、公平性を保てると認証されたもののみに与えられた特権でもあった。
そのような者たちのことを、人々は個人総局と呼んだ。
そして、いつしかそれが公式な名前となった。
沢板建造は、そんな個人総局の一人だった。
沢板は、さまざまな物的証拠や証言によって、麻薬の頒布、不法所持並びに強盗致傷の疑いがかけられているマリコック・ビハイルンドという男が住んでいる、古いアパートへ踏み込むことになった。
銃を片手に、管理人によって鍵が開けられた瞬間、沢板は中で札束を勘定していた男へ襲いかかった。
「動くな!マリコック・ビハイルンド、麻薬頒布、不法所持並びに強盗致傷の容疑で逮捕だ。現在、コカイン1kg、アヘン0.5kgを所持の疑い、今月5日午後11時15分ごろに48条第5ブロックで麻薬を頒布した疑い、同日午後11時30分ごろに商売敵である河流重孝を強盗し傷害を負わせた容疑だ。捜査するぞ」
沢板がマリコックの後ろから一気に抑えつけ、手錠を付けた。
「おい!証拠はあるのかよ!」
「ああ、あるとも。お前がいつも売りさばいていたストリート、48条第5ブロックでの証言や、お前にブツを売ったっていうやつが幾人もいたんだよ」
「ちっきしょ。俺も足がついちまったか」
「諦めな。お前は逮捕される。裁判をしっかりうけて、娑婆へ戻るんだな」
立たせると、外にいた捜査員に引き渡す。
「ほれ、ちゃんと連れていけよ」
引渡してから、中の捜索へとりかかった。
翌日、沢板は上司へ報告書を提出しに、役所へ来た。
総局本部は、40階建てのビルになっており、沢板はそのなかの25階のオフィスへ来ていた。
「部長、報告書出しに来ました」
「ああ、沢板か」
沢板の上司に当たる北米個人総局部部長は、椅子に座ってパソコンをしながら沢板を見た。
「そう言えば知ってるか。連続殺人のこと」
「ええ、噂になってますね」
報告書を受け取りながら、部長と話をする。
巷を賑わしている連続殺人事件は、半年前から始まった。
最初は一人暮らしの老人が狙われた。
手口は昼に玄関または窓を壊し、家へ侵入。そこにいる人を胸にひと突きして刺殺。心臓が止まってから、両手首、両足首にナイフを刺し、腹部に一突きして完全に殺してから、額に二重丸を書いて、その上から×を書くというものだった。
「この半年で51件、同一の手口で、狙っている層も同じ」
「そう、この犯人については各新聞も騒いでいる。警察部の半分を動員しても、つかまらない」
部長が、悔しそうに下を向きながら言った。
「…個人総局も出てるんですよね」
「ああ、10人ほどな」
「10人もですか」
個人総局は、その特性上あまり多くはない。
連邦総局の局員中から10の試験に突破をした者のみが名乗れる資格なのだ。
そのため、人数は全世界で20人もいないと言われている。
その全員を知っているのは、連邦総局のごく限られた者だけだ。
「君にその任務を頼みたいんだが」
「いいですよ。こっちの山も片がつきましたし」
沢板は、部長にそう言うと、詳しく事件について聞き始めた。
「犯人の目星は」
「ない」
「じゃあ、犯行時刻は」
「一連の事件では午前11時から午後3時までの間に行われている」
「被害者の共通項は」
「独居老人で75歳以上、日本に住んでいることだ」
「では、自分のパートナーは」
「ああ、日本にいる。ということで、よろしく頼むよ」
部長に言われて、沢板は飛行機の切符を渡され、それとともに辞令も渡された。
「日本はいいところだ。事件が終わったら観光でもしてこい」
「はい、分かりました」
沢板はそう言って、本部があるスイスを離れた。
日本は、チャーター機を使い、関西国際空港へ降りた。
「部長の話だと…」
沢板は着陸ロビーを見まわし、迎えに来た人を探していた。
「沢板さん!こっちです」
沢板の名前を書いたスケッチブック片手に、男性と女性が沢板のところへ走ってきた。
「連邦総局の方ですか」
「ええ、そうです」
男が先に話しだす。
「連邦総局警察部門日本支部次長の河乎尾居です。こちらは、今回、あなたについてもらう、個人総局の市来澪です」
「市来です。よろしくお願いします」
手を差し出して、沢板と順々に握手をする。
「では、さっそく事務所に来てもらえませんか」
「いいですよ」
沢板は、河乎に連れられて、対岸の建物へ向かった。
電車で移動している間に、市来の紹介を受けた。
「彼女は3か月前に、個人総局の資格を取ったばかりの新米だ。といっても、総局に入ったのは、10年前になるのか」
「ええ、それぐらいです」
市来が河乎に答える。
「河乎さんは、個人総局なんですか」
沢板が、釣り輪をもちながら聞いた。
「いいえ、昔は目指してましたけど、今は部長ポストの空きを願っている、単なる局員です」
「そうなんですか」
電車は、ゆっくりと動き出し、徐々に加速していく。
「だから、お二方を見ていると、自分も個人総局だったらと思ったりするんですよ。今からでも間に合うと言えば間に合いますけど、試験受ける体力はそう残されてませんので」
「次会う時に、個人総局同士として出会えるように、願ってますよ」
河乎が笑いながら、沢板と話していた。
向かいにある、りんくうタウン駅で降りると、5分ぐらい歩く。
「昔はここ一面空き地だったんです。でも、東京がアレに換わってしまって以来、大阪が首都となりました。しかしながら、大阪都心には土地がなかったため、大きな土地が余っていたこの付近に副都心を造成したんです。その一環として、連邦総局もビルを構えることになりました」
「それで、ここにビルを」
「ええ、連邦総局日本支部ビルディングです。地上60階、地下10階、別館として地上40階、地下10階の二棟で構成されてます。両棟とも、地下はすべて資料室となっています」
「ほうほう」
ビルの前に建つと、超高層ビルにふさわしい構造をしていた。
「さすがに高いですね」
上を見上げるのが首が痛くてできなかった。
「さすがに本局にはかなわないですけどね」
笑って3人は建物の中に入り、河乎が沢板に、受付まで案内をする。
「彼にIDを」
「わかりました」
受付嬢に指示をする河乎から、沢板はIDを受け取った。
「そのIDを身に着けている限り、日本国内ではどこにでも入ることができます。ただし、高濃度汚染区域はのぞかれますが」
「あそこは、特攻部隊だけが入れますよ」
受付嬢の後ろには、日本列島が描かれているが、ところどころ赤色で塗りつぶされていた。
「…東京に、福島に、北海道、四国の一部もですか」
沢板がばやく。
「ええ、浸食はすでに始まっています。東京が他の世界の大都市とともに向こうの世界へ行ってしまってから」
地球が一つになったきっかけの一つになったのは、戦争でも飢餓でもなく、SFやファンタジーのような小説の中だけの世界が、現実に起きてしまったことだ。
空間移転と今では言われているそれは、元に戻すための技術開発が続けられている。
ある日突然、東京、チューリッヒ、ロンドン、ニューヨーク、ヨハネスブルグ、デリーの6つの都市は、そこにいた人ごと、平行世界へと移ってしまった。
代わりに来たのは、放射能や超高濃度の汚染物質の山だ。
このため、世界では戦争を行うよりも先に、これらを片付ける必要ができた。
そのために、世界は一つとなったのだ。
現在では、その統一された政府を、統一連邦と呼んでいる。
国はあれども、権限はほとんどない。
その中を、個人総局は、関係なく歩き回ることができるが、それでもなお国としては残っているために、それぞれの国ごとの制約に沿って行動をすることになっている。
「さて、それよりも、君のデスクが置いてあるところに案内しましょう。これから、日本で活動をするときには、ここを拠点として行動を行うことになります」
河乎が沢板に、受付のすぐ横にあるエレベーターへと案内をする。
一緒に、市来も乗り込み、18階へと着いた。
18階は6つの大きな部屋に区切られて、そのうちの一番エレベーター側の部屋に、沢板は案内された。
「現在、個人総局用の部屋として使用している場所です。一人1つの机を使ってください。なお、パートナー同士は向かい合って座れるようにしています」
河乎が、一番窓際の席に連れて行く。
「なお、週に1回、全体会合がありますので、ぜひとも出席してください。本事案の進捗状況の確認を行いますので」
「わかりました。ありがとうございます。それで、休みたいときとか、眠りたいときとかは…」
「仮眠室をお使いになっても構いませんし、近くのホテルには、連邦総局が常に押さえている部屋がいくつかあります。そちらを使っていただいても構いません」
一礼して、河乎が部屋から出ていく。
机の上には、パソコンと車のカギと日本の2万分の1の地図があった。
「…じゃあ、やっていきますか」
「そうですね」
なんだかぎこちない二人だが、たがいに座り、現時点での捜査状況を伝えた。
「現時点で判明しているのは、単独犯、年齢は20~30、または40前後、身長は170~175程度、常に黒い野球帽をかぶり、サングラス、白手袋をつけて犯行に及んでいる。住宅に侵入するのは、玄関または窓。どちらにせよ、鍵を壊して侵入。これまで最短3分で現場に到着したことがあるが、犯人は逃走済み、老人は殺害されていた。このことから、犯行は短時間で行われたものと思われる。人種については不明。時間は、日本時間午前11時3分から午後2時59分までの間。同一犯と思われる犯行は、この半年で51件発生。75歳以上の男女問わず襲うことは判明。最初の事件は74歳を襲っていることをかんがみても、老人を襲っているのは間違いない。家の中を物色した形跡がある場合もあるが、殺害して速やかに立ち去ることのほうが多い」
市来が沢板に現状を報告した。
「では、さっそく行ってみましょう」
座ってその話を聞いていた沢板が、IDを首からぶら下げたままで、市来に言った。
「行くって、どこに」
「最初の事件現場。たしか、近くだったはず」
第1事件発生現場は、大阪近郊の閑静な住宅街だった。
電車で小一時間で、その場所についた。
「すでに、このあたりの警戒は解除されてるわ。家主から許可はもらってるから、さっそく入ってみましょう」
市来が言って、手元にあった鍵を使い、玄関ドアを開けて、中へと入る。
玄関で靴を脱いで、部屋をぐるりと見た。
「事件報告書は」
「はい」
ポンと市来が沢板に手渡す。
「ん、ありがと。さて、じゃあ現場検証を始めよう」
報告書を開けた状態で、それから侵入経路を確かめた。
「庭の窓をたたき割り、鍵を開けて侵入」
沢板がサンダルを借りて庭に出て、犯人の動きを逐一真似をする。
庭から窓を割る動作をして、鍵を開けてから室内へとはいる。
サンダルは脱いでいた。
「居間から、室内を物色。続いて廊下へ」
沢板が、市来を連れて、東へ伸びる廊下を歩く。
「廊下から寝室へ。ここで被害者と遭遇し、持っていたナイフで刺殺。その後も物色を行い、なぜかそれからマークを彫る」
見えない相手を刺す真似をする沢板。
「その後、再び庭から脱出。被害者は、回覧板を回して来た隣人の連絡によって発見。死亡してから2日経過」
「犯人はどうしてここを選んだだろう…」
沢板が頭をひねった。
「犯行時、周囲の人は何にも音を聞いてないわ。それに友人はいないの。でも家族はいた」
「聴取は」
市来が言った言葉に、沢板は報告書のなかを探した。
「数年の間あってないそうよ。息子の方はね」
「じゃあ息子以外がいたのか」
「50歳を超えている娘さんがいるの。ただし二人とも日本外にいるから、話を今すぐ聞くって言うには無理よ」
「それは残念だ。じゃあ、ほかに関係者は」
「デイサービスの人が来ていたらしいわ。聴取録は、ファイルに挟まっているわよ」
沢板が市来に言われて、次のページを見る。
「永井良デイサービスステーションより派遣されてきたのか。このサービスステーションについては」
「白だと断定できます」
「弔慰金殺人では」
この時代、老人が多くなる一方で、子供の数が減るという、少子高齢化が進んでいた。
そのため、子供を産めば100万の補助金がもらえ、老人がなくなると、関係者に100万の弔慰金という名目でお金が支給されることになっている。
この支給目的で、殺害をする例が後を絶たず、弔慰金殺人という名前までついたほどだ。
なお、出産補助金については、両親に合わせて100万であるが、弔慰金については、3等親以内の親族または、デイサービスなどの個人をおもに世話していた福祉団体の全員に対して、合わせて100万支給されることになっている。
なお、支給による配分は、遺族が5割、残りは福祉団体等にわたることになっており、それぞれで頭割をすることになっている。
「そのようなことはないです」
「そうか、では弔慰金殺人の線は消えたな」
「じゃあ、次の現場を見に行こうか」
報告書を市来に手渡し、沢板たちは次の現場へと向かった。
そうして3日間を現場めぐりに費やし、それぞれの立地、状況、犯行の手順を一通り確認した。
「なんだか、手慣れてるな」
「そこよ。半年で51件という犯行の多さは、それが好きで好きでたまらないっていう感じがするのよね」
事件現場の写真を見ながら、昼食をとっている二人に、緊急招集のメールがほぼ同時に届いた。
「と言っている間に、52件目が起きたわけか」
「行きましょう」
すぐに昼食の弁当のふたを閉め、袋に入れてから、その袋やカバンを持って、二人は駆け出した。
次の現場は京都だった。
入り組んだ道を通り、奥まった家が現場だ。
「かなりこまごまとしているところなんだな」
「碁盤の目状に道が通っているから、とにかくどこかの方向へ行けば、逃げ切れたりするのよ」
「それにしても、ここまで奥まったところを選ぶのか」
「何か基準があるのかもね、ほかの場所はもっと開けた場所で、交通量もそこそこ多い生活道路だったもの」
「その調査は、あとにしよう。まずは、この事件についての現場検証だ」
すでに何人かの個人総局が調査を始めているようだった。
規制線の境目になっている黄色のテープをくぐって中へと入る。
現場の外では、入念にほこりなどが落ちないように、靴を脱ぎ、ビニール袋を履いて、髪にもキャップを付けて、さらに服からのちりも落ちないように、ビニールをまいて中へと入った。
「最後に、マスクも付けてください」
「わかりました」
警察部鑑識課の人に指示をされて、マスクも付けて、事件現場へと足を踏み入れた。
壁にはナイフで切った後の血がついていた。
現場の人から、どのような状況だったのかのあらましを聞く。
「抜いてからそのあたりで血を飛ばすために振ったのでしょう。その時の血痕が壁の一部分についてます。それと、あのマークが彫られていますので、52件目で間違いないと思います」
「連続殺人、ですか」
現場主任は沢板にうなづいた。
「それで、なにか物色したような跡は」
「今のところなしですね。ここまでくると、殺しが目的っていう感じがしますね」
「それは、確かに思います。犯人の目星もつかない中で、どうやって探しましょうか…」
腕組みをして、考えていると、市来がパンフレットが入った証拠袋を持ってきた。
「これがその手掛かりになるかも」
それは、あのデイサービスステーションのものだった。
「永井良デイサービスステーションか。これ、第1の事件にも関連があったな…」
「家族がいたり、世話をしてもらえる人以外は、どうやらこのデイサービスステーションが鍵を握っているようだ」
「とりあえず鑑識にこれ返してくるわ」
「ああ、分かった。ありがとう」
近くを通りがかった鑑識の服をした人に、証拠袋を渡す。
「外に出よう。ここで得られるものは、あとは報告書だけだろう」
二人は、いったん外へと出る。
ビニール袋をすべて廃棄してから、携帯のバイブレーションが作動したので、沢板が出る。
「本部からメールだ…ん?」
「どうしたの」
「ここに来る前、捕まえたやつがいたんだ。麻薬取締の一環でな。その時逮捕した奴が、もっとでかい事件のことを話しているそうだ」
「何の事件のこと」
「この殺人事件と何か関連があることだそうだ。それでこれからアメリカに行かなければならない。くるかい?」
「もちろん」
沢板に言われてから、わずかな時間も空けずに、市来が答える。
「関西国際空港から3時間後の飛行機でスイス経由でアメリカに向かう。場所は、高濃度放射能地帯のそば。ニューヨークだ」
二人は、弁当を食べながら、JR西日本の関空行き特急である、はるかに乗り、すぐに日本から発った。
ニューヨークに到着すると、速やかに本部へと出頭する。
「部長、どうしたんですか」
「やっと来たか。調書だ。その3ページ目中段から読んでみてくれ」
そこに書かれていたのを、市来にも聞こえるように読み上げる。
「11月21日、私は、ニューヨーク湖畔にて、いつもの通りに売買を行っていた。その時に、二重丸に、その中心円のみ十字が入った入れ墨をした男にコカイン5gを売った。この男は、それからも幾度となくあらわれて、いつも一定量のコカインを買っていった。そのコカインを何に使ったかは知らない。だが、彼は自分に使ったような感じではなかった」
「…この入れ墨男のマークが何かを知ってるんでしょうか」
市来が沢板に言ったが、それは、すでに沢板は気づいていた。
「だろうな。問題は、この男の行方だ。これが丸に十字だったらもっと絞れるんだがな…」
「どうしてだ」
部長に調書を返すと、さっき沢板がつぶやいたことが聞こえていたらしく、聞き返してきた。
「丸に十字といえば、島津家の家紋ですよ。ほら、イギリスに紋章ってあるじゃないですか。あれは、個人に与えられるものでもありますけど、家族全体で紋章の一部分を共有するんです。クレストというところなんですが、それが家紋と同じ機能を果たすんです。つまり、その人の出自を決定することができるんです」
「そうなのか」
「ええ…そうか、島津家の関係者かもしれないな」
沢板はそちらへ頭が一気にシフトした。
「どういうことですか」
市来が沢板に意味が分からない顔で聞いてきた。
「家紋というのは、本家が中心となった一つの系図を作ることができるんだ。代表紋とか表紋といったものが、その系図を証明する手立ての一つになるんだ。そして、それらとは別に、個人で使ったりそれぞれの分家などで使ったのが定紋というもの。それは、表紋をすこし変えた図柄で行われることもあったんだ。きっとこれもそうだ」
「島津家の分家か支流か、もしくはさらに上代で分かれた家系かといった感じか」
部長が沢板にそういった。
沢板は、軽くうなづいてから続ける。
「そういうことなんで、このあたりでその紋を使っている人をちょっと聞いてきます」
「よし、行ってこい。後で報告書出しとけよ」
「わかりました。市来、いくよ」
「はい」
沢板たちは、部長にそう言われて、必要な物を持って外へと出た。
他の荷物は、この建物に置かせてもらうことにした。
「さて、どこから探そうか」
「とりあえずは、売った場所からでは」
「ニューヨーク湖畔からか」
建物から出ると、ガスマスクをつける。
通常であるならば、全ての行動は建物の中で行うことができる。
飛行機から降りてから建物までは地下道を使って、他の建物に行くときも同じだ。
だが、今回の目的場所は、その外にあった。
「めんどうですよね」
「仕方ないだろ。"感染"したくないだろ」
感染とは、この高濃度汚染に肺がやられる症状のことを言う。
悪性の風邪や、ウイルス性の肺炎によく似た症状を呈することから、感染と言われるようになった。
この感染を引き起こす地域では、放射能や有害な粉じんなどが、空気中を漂っている。
ただし、漂っている範囲は、それぞれの都市の周囲5km程度だけとなっていた。
なぜかは、誰も知らない。
沢板たちはそんな街中に飛び出して行って、知り合いを見つけては、声をかけていった。
そしたら、15人目でそいつの名前が出てきた。
「おい、それは本当だろうな」
相手はガスマスクをつけていない。
アウトローとして、建物から追放されたり、犯罪を犯したりしたものたちだ。
かれらは、この世界の中で朽ち果てるしかない。
「ああ、おれがうslをつたことがあるk?」
俺が嘘をついたことがあるかと、彼は言っている。
「…いや。お前の話は常に裏が取れるものだった。きっと今回もそうなんだろうな」
「ああ、dからこs、あれをくrないか」
「いいだろう。ほら」
沢板は、やつに薬をやった。
この汚染物質の吸収を妨げる薬だ。
沢板はそれをどうするか確認せずに、教えてもらった場所に向かった。
その場所は、超高濃度汚染区域といわれる、通常人が立ち入ることができない地域だった。
昔は自由の女神があったリバティ島の所在地であったが、今では、無限にゴミを生成するような穴が開いているだけだ。
そこから、こちらの世界に超高濃度汚染物質が、どういう原理でかは知らないが、移動してくる。
この周囲一帯は、特攻部隊以外は立ち入りが禁止されているが、それゆえに政府の干渉もない区域となってしまっている。
そのために、追われている人や、隠し事がある者たち、ならず者たちがこの区域に集まってきている。
ほかの移転した町にも似たようなものはあるが、ここは、それらの中でも最大の勢力がある。
「この中に入るには、区長の許可がいるな」
「区長って、なんですか」
市来が沢板に聞いた。
「この汚染区域に集まってきているギャングやマフィアといった者たちを束ねている最高指導者だ。この区域は法の支配が及ばないところになっているから、自然に独立国のような感じになってしまっているんだ。そのために、それらの者たちの中心的人物として、自然に区長の存在が出来上がった」
沢板はこれより危険と書かれたフェンスの隙間をくぐり、その先で待っていた巨大なショットガンを持っているガスマスクをつけたやつに聞いた。
「なあ、区長に会いたい」
「貴様はだれだ」
「友人だ」
ショットガンを俺の額に押し付けながら、やつは沢板に聞いた。
「…補佐、区長の友人と名乗る男がやってきました」
「通せ」
沢板たとに見えない補佐と言われた奴に、そいつは聞くと、すぐに声が聞こえてきた。
ショットガンを空に向けて持ち直すと、俺たちをすんなり通してくれた。
「こっちだ」
すぐに声が沢板たちを誘導する。
「君たちを信頼していないため、本当に区長の友人かどうかを確かめるすべを知りたい」
「第451分署、署長補佐が来たといえば、一発でわかるだろう」
その言葉を聞いて、声は動揺しているような感じだった。
「なぜお前がここに来た」
「捜査の一環だ」
「…仕方ない、こっちだ」
今度は、黒いフードを深くかぶった男が、沢板たちをじかに案内してくれた。
「彼どこから出てきたの…」
「元から前にいたさ」
沢板は案内してもらいながら、簡単な仕組みを説明した。
「このガスマスクの目の部分にあるプラスチックには、偏光板が仕込まれているんだ。その偏光率は常に一定になるように製造されているから、それにあわせて服装を調節すれば、ガスマスクをつけている限りは見えなくなるっていうことだ」
「そうなんですか」
「まあ、何度も偏光率を変えるっていう話もあったんだが、そのたびに何らかの妨害があってな。それで、ここまで来たっていうことだ」
沢板が説明している間に、彼はある家らしきテントの前で立ち止まった。
「区長、分署長の野郎が来ました」
「通せ」
テントの入り口から、堂々と入る。
「お久しぶりですね」
「ああ、何年ぶりだ。30年か」
「それぐらいになるでしょう」
「お知り合いなんですか?」
市来が沢板にこそこそ聞いてくる。
「ああ、知り合いだ。当時ストリートギャングのボスだったやつを逮捕したんだ。それ以来の仲だな」
「しかし、なんだか友人のような感じに見えますけど…」
「そりゃ、10回も逮捕すれば、友人にもなるさ」
そういって沢板は、近くの椅子に座った。
市来は、そのまま入り口近くで腕を組んで立っていた。
「それで、用は」
早く帰ってほしい一心で、すぐに区長は聞いた。
「外で今連続殺人事件が起きているのは知っているか」
沢板は市来が持っていたファイルから写真を選び出しながら、区長に聞いた。
「それぐらいは知っている52件の連続殺人だそうだな。マスコミもいろいろと騒いでいる」
「その筆頭容疑者が、このあたりにいるか、いたようなんだ。このマークに見覚えはないか」
死体の一部写真を区長に見せる。
「ああ、このマークを入れたやつを一人知ってる。名前は島伊平次郎と言ってたな。それが本名かどうかは、俺は知らん」
「島伊平次郎か。ここにいるのか」
「いや、この1年は見てないな。そいつがやったと思うのか」
「俺はそう思っている」
沢板は写真を返してもらって、そのことを言った。
「十中八九間違いないだろうな。やつは本家から追放された恨みを果たすと、何度も言っていたからな」
「追放って、何をしたんだ」
「当主を殺したそうだ。それ以後、絶縁状態となり、追放されたということらしい。だが、本人は殺していないといい続けていた」
「なるほどな、それが動機か」
沢板は一人合点して、メモを急ぎ取り、それから礼を言ってこの場から立ち去った。
すでに、フィルターは目詰まりを起こし始め、警戒センサーが常時鳴りっぱなしだったからだ。
除染し、服も着替えたうえでオフィスの中へと戻る。
「収穫は」
すぐに上司が沢板たちを見つけて、報告を求めてきた。
「筆頭容疑者の名前は、島伊平次郎。島津家の当時当主を殺害した容疑で指名手配されています。そのために、本家から追放、絶縁を言い渡され、その恨みを晴らすべき、殺人を行っているということです」
「そうか。だが、全員が島津家に縁があるものとは限らないだろ」
上司の質問ももっともだ。
「それについては、初めは島津家の人間を殺すことが目的であったが、何人かやるうちに、殺人の快楽ととも言える感情が発生したものと推察できます。今の彼は、目的を忘れた殺人ロボットのごとき存在です」
「ならば、緊急に手配をかけろ。これは連邦総局挙げての大捕り物になるだろうな」
そういって上司が、速やかに電話を掛けると同時に、沢板は個人総局の権限を駆使して、さまざまなところに筆頭容疑者の島伊を捜索するように命令を出した。
その10分後には、連邦総局全局員に指令が出された。
それは沢板と市来の携帯電話にもメールでやってきた。
「…史上初めての全局員動員令か。一人のために、すごいことになったな」
「それほど重要だと考えているということだと思いますよ。私たちも向かいましょう」
「日本か…」
次の瞬間には、カバンを持って、出口へと俺たちは向かっていた。
全局員動員令が布告されたため、必要最小限以外の各局員を除いて、全員が警察官として連邦総局治安局局長の指揮下に入ることになる。
個人総局に対しては、局長が辞令を交付、布告しない限りは、平時と同等の権限を持つ。
辞令は、局長代行としての権限を付与するものと認められており、この辞令交付、さらに即日施行されるため、受け取ったとたんに、局長と同等の権限が与えられ、その場にいる治安局員の全員を指揮することができるようになる。
ただし、複数のものが辞令を受け取ったうえでその場にいたときには、先に個人総局に着任にした時期の早い人を局長代行として定めることになっている。
再び日本に到着すると、すぐに捜査を開始する。
「今の状況は?」
出迎えてくれた河乎に聞くと、すぐに返答がある。
「しらみつぶしに捜査にあたっているところですね。特に島津家の分家、宗家がある各地に捜査員が多数派遣されています」
「それだけでは足りないでしょう。こちらも、宗家へ出向こうかと思いますが」
「すでに個人総局の方が向かっておりますが」
「どなたでしょうか」
「フォン・アルバート・イルネス卿と名乗っておりましたが…」
「ああ、あのお方か」
「ご存知ですか」
「イギリスで伯爵号を持つ、立派な貴族ですよ。サー・アール・イルネスと、いつもは呼ぶことにしてますが、イルネスと呼ぶこともままありますね…」
あまり思い出したくない思い出が、頭をよぎる。
それを振り払うようにして、ぶんぶん頭を振ると、すぐに聞き直した。
「筆頭容疑者は、どこにいると」
「こちらが聞きたいぐらいなんですが、殺人現場に戻ることも考慮に入れて、全捜査員には写真を携帯させたうえで、幾名かを現場に張り付かせています」
「それでいいだろう。では、俺たちはちょっと行くところがあるので」
市来とともに、沢板は出発をする。
「どこに行くのですか」
「大阪だ」
大阪は、東京が壊滅以後の首都として認知されている。
法的な根拠はないが、天皇は京都御所に、大阪府を大阪都に再編成し、大阪市を特別市扱いにしたうえで、首都として認知されるようになった。
急激な成長を大阪は遂げることになったが、その一方で、東京の時と同じく、ドーナツ化現象が起きつつある。
つまり、新興住宅街は、物価が急上昇している大阪中心部ではなく、その周囲のところに作られているということだ。
その中で、大阪駅は、その物流の中心点として機能していた。
「いやはや、いつみてもすごいところだ」
地下街へ降りるための入り口がそこらじゅうにある上に、天井からつりさげられている看板を見ながら行っても迷子になるという噂が絶えない大阪駅は、現在第8次工事中であった。
そこここで工事が行われているために、通路がいつも以上に細く、入り組んでいる。
「こっちですよ」
そこを市来に引っ張って、時には先頭を歩いてもらいながら、目的地へ向かっていた。
目的地は、みどりの窓口と名前が付けられている場所だった。
さまざまな発券手続きを行ってくれるここで、聞き込みをしようと考えたのだ。
「もし、少しよろしいですか」
身分証の代わりに個人総局のバッチを見せる。
「いかがいたしましたか」
「こちらに、このような顔の人が来たことはありませんか」
沢板は、市来が持っていた写真を、受付のお姉さんに見せる。
「私にはちょっと分からないですね…お借りしても?」
「ええ、どうぞ」
お姉さんは、いったん別の人にこの写真を見せ、私を指さし、また別の人に聞いてを繰り返していた。
そして、5人目に、反応があった。
「お待たせいたしました」
お姉さんが連れてきたのは、お姉さんよりも若そうに見える方だ。
「この写真の男を知っているんですか」
沢板が彼女にすぐに聞く。
「ええ、私が販売した航空券の相手です。チューリッヒ行きの航空券で、関空から出発する分でした。もう出発した後だと思います」
時計を確認し、出発時間と合わせたのだろう。
彼女はすぐにそう言った。
「チューリッヒ…スイスでしたね」
市来がつぶやく。
「今度はスイスに飛ぶか」
そう言って、俺は次の便の航空券を予約してもらった。
すぐにチューリッヒへ飛んだ沢板たちは、現地の個人総局ベルダン・ツェーリング辺境伯の案内で、最後に防犯カメラに映った地点に来た。
「この周囲は、流浪者が集まるポイントとなります。ロンドンがアレになってから、欧州は大混乱に陥り、結果として戦国の様相を呈しました。現在では、ルクセンブルグを中心として、再統合が進んでいます。ですが、戦国時代の過程で、スイスは衰退。その結果、国家主権が及ばない空白地域が発生し、そこに流浪者が集まることとなりました。そして、その流浪者の街をワンダーフォーゲルと呼ぶようになり、今では、フォーゲルという地名になりました」
「それで、フォーゲルに、彼が入っていったと」
銃を構えた憲兵が、フェンスの前で沢板たちを睨みつけている。
「ここで憲兵がいても…」
市来が言ったが、俺は小声でいう。
「いないよりかはましなんだ。どっかに秘密の通路でも作ってるだろうしな」
「まあ、その通りなんですが。それはそれとして、中に入りましょう。ここでは、自治がおこなわれており、頭長と呼ばれている人が、全ての実権を握っています」
「では、頭長へ会う必要があるのですね」
「ええ」
辺境伯は、沢板たちを頭長へ案内してくれた。
いくつかの私的な検問も、辺境伯の口添えでどうにか通り抜け、頭長と面会することができるようになった。
テントで作られた、簡単な2部屋ある家の奥の部屋で、頭長は待っていた。
「私が頭長です。個人総局と聞いておりますが」
「ええ、そうです」
頭長といった人物は、スラっとした長身で、若い男だった。
「それで、お話というのは」
頭長は、椅子に座ると足を組み、沢板たちに指も組んで見せつけるようにしていた。
「ええ、この写真の男を見たことがありませんか」
「ちょっと失礼…ふむ」
考え込むように、頭長は小首をかしげて、それから思い出したかのようにいった。
「ええ、見たことがあります。今、この街にいるはずですよ」
それから沢板たちの横を通り、すぐ外に待っていた人にジャンクを呼ぶようにと言っていた。
「ジャンクとは」
「その男の通称ですよ。彼がここに来た時、そう呼べと言ったので。それからみんなはそう呼ぶようになったのです」
「なるほど」
それから辺境伯は立ちあがって頭長と握手をした。
「彼が来たら、すぐに立ち去ります。何か、他にご用があれば、今のうちですが」
辺境伯が頭長にそう伝えた。
「いえ、こちらのことは、こちらで解決できますので。心配かけています」
「そうですか、ならばいいです。ご健康で」
「そちらこそ」
別れのあいさつを交わしながら、彼が来るのを待っていた。
「頭長、ジャンク、つれてきやした」
男が写真で見たおおり野顔つきをした、よれよれのレインコートを着ている男を連れてきた。
辺境伯が、飲んでいた紅茶を頭長に渡し、その男の顎を人差し指で上げてから、顔を真正面から覗き込んでいる。
「…島伊平次郎か」
「そうだ」
彼は即答する。
「…お前を逮捕する。52件の殺人容疑並びに不法薬物使用容疑及び所持容疑だ。お前には黙秘権があり、以降の全ての発言は法廷で証拠として使用されることがある。弁護士を付ける権利があり、費用がなければ国費によって弁護士をつけるという選択を行うことができる。以上のことを、理解したか」
「ああ、理解した」
「…ならば、お前を連行する。頭長、お騒がせしました」
「いえ、またどうぞ」
頭長が手を振りながら、俺たちを区域外にでるまでずっと後ろをついてきた。
最後は憲兵により制止されていたが、それでもじっと俺たちを見ていた。
連続殺人事件の筆頭容疑者逮捕のニュースは全世界に、それこそ光の速度で駆け巡った。
彼は犯罪が行われた現場の国である日本へと送られ、そこで、起訴された。
取り調べは、俺と市来と辺境伯の3人で行われることになった。
主としての捜査官は、辺境伯となった。
「今回の事件について、どうしてこのようなことを起こしたんだ」
銃をもった警官が、6畳ほどの取調室の四隅に立って、ジッと島伊を見ていた。
「初めは、復讐からだった。俺を本家から追い出したという、その復讐で最初殺した…」
彼が語ったのを要約すると、こういうことだ。
本家を追い出された復讐として、就職先であった永井良デイサービスステーションに登録されていた訪問先に、偶然いた本家筋の人を殺害。
だが、それが快感だと気付いてしまってから、その快感を得たいがために、登録先の人を次々と殺害。
上司から、担当する人が死に続けることを不審に思われたこともあったが、老人相手で、死ぬことは珍しくないため、何か言われるということはなかったらしい。
そして、気付けば52人の連続殺人を行っていたということだそうだ。
「…そうか。それで、今はどんな気分だ」
辺境伯が、質問をする。
「やっと終わったと言った感じ。安心してる感じ」
「…ならよかった。今日の取り調べは以上だ。また明日、続きをすることにしよう」
辺境伯は立ちあがって、犯人を連れていくように、警官らに指示した。
1ヶ月後、大阪にある事務所で報告書を書き終わった沢板は、真向かいに座っている市来に言った。
「…さて、俺らの仕事もこれで終わりか」
「そうですね」
島伊は起訴されて、公判が始まっている。
傍聴には整理券が発券されるほどの人気で、証人として出廷した時以外、沢板たちは報告書作りに追われていた。
「これからどうする」
沢板は椅子から立ち上がって、上司に報告書を提出するために、まとめた書類を脇に抱えながら市来に聞いた。
「そうね。これでおしまいなら、ちょっとだけ、喫茶店にでも行く?」
「報告書提出してから、だな」
ちょうどその時、上司の河乎が沢板の横を通り過ぎた。
「あ、河乎さん。報告書、できましたよ」
「受け取りますね。それと、お二人さんにお話があります」
「なんですか」
市来も立ちあがって、河乎の話を聞く。
「今回の活躍で、二人がいい組み合わせだということになりまして。個人総局としては初めてのコンビとして、これからも活動してもらうことになりました。これは、連邦総局長からの公式通達です。そういうことになったので」
「ということは、ずっとコンビって言うことですか」
「ええ、引退するまでは」
「…では、改めて。よろしく」
市来が、テーブル越しに手を差し出す。
「こちらこそ…」
たどたどしい声になりながら、沢板は市来と握手した。
それを見た河乎が、うんうんとうなづいて、そのまま上司室へと戻っていった。
それから、沢板と市来は、コンビ総局という通称で知られるようになった。
でも、それはまた別のお話。